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僕と姉の神話遭遇記  作者: 暁0101
第七章 変動と胎動
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第百六十九話 移ろう関係

現在のベスタ公国が抱える最大の闇。

そうとしか表現できない存在が、黒い天使アレーテイア。


城の者たちからは黒い天使と呼ばれている。

一年前、アズラが帰国した時にそのままついてきたのだが、人の手に余るためこうして城の中に隠しているという訳だ。

封印ではなく隠しただけ。ベスタの人間ではどうしようもなく、ジグラットに救援を求め今の管理体制へと落ち着くこととなった。

ジグラットから派遣された殲滅神官ウォフ・マナフたちは、アレーテイアをその目にした瞬間異様な殺気を向けていたが、これはそういう存在なのだろう。


一年経ったことで、いきなり町にやって来た時のような騒ぎは無くなった。

当時、アズラたちのような王都からの避難民を迎え入れていた町にいきなりアレーテイアがアズラたちと一緒にやって来たのだ。

フローラ直属の護衛の術導機だと誤魔化し、情報封鎖を徹底して首都へと搬送。そのまま城の中に放り込んだ。


理解できないものには蓋をする。

自分たちがしているのは、まさにそれだ。

だが、どうしようもないのも事実。

マルクが殲滅神官ウォフ・マナフからの報告を一通り聞き終え、さっさと黒の天使区画から撤収していく。

あまりこの場所に長くいたくない。

意志とは関係なくそう思う。


あれは機械などの無機物ではない。

マルクはそう感じている。何らかの意思をあれは持っている。

もしその意思がジグラットと敵対するのなら、いずれアレーテイアはベスタの脅威となるだろう。

アレーテイアが脅威となるという事は、必然に彼女も・・・。


「・・・このマルクにも休憩が必要だと思われますね。悪い考えばかり浮かびます」


マルクが目頭を押さえながら異端技術管理区画を後にしていく。

彼女が脅威になる?

無知からの恐怖でしかない。

理解できていないから、こんな考えが浮かぶ。

マルクは城の外が映る窓に近づき、その景色の先にいる仲間のことを思い浮かべる。

今も景色の向こうでベスタのために奮闘するアズラのことを。


この一年、ベスタは彼女に頼りきりだった。

カラグヴァナ王都が機能不全に陥った隙を突いてのアーデリ王国とティル・ナ・ノーグの独立。

進軍してくる敵国の軍隊。

カラグヴァナ王国の揺らぎはそのまま多数の革命勢力の増長を呼んでしまい、混乱期へと突入する。

各地で続発する騒乱。それがこのベスタの一年間だった。

アズラはその騒乱にいち早く投入され、見事に解決していった。

彼女のおかげでベスタはすぐに安定を取り戻し戦争に備えることができたのだ。

昏睡状態の弟と記憶障害を負った妹がいるというのに、アズラは自分たちの助けを求める声に応えてくれた。


何か彼女にできる事は無いか。

マルクがそんなことを考えながらしばらく外を眺めていると、会議が終わったフローラが通りかかった。

互いに気付いた瞬間、フローラが笑顔を浮かべながらマルクに駆け寄り、会議でのことを話し出す。

隠そうとしているが嬉しいという感情が外に溢れている。


「マルク聞いてくださいな!」


余程うまく行ったのか終始笑顔で話し続けるフローラ。いつも貴族らしい風格をと心がけている彼女にしては珍しい。

いや、公務で笑顔を浮かべるのが珍しいのか。

フローラもこの一年苦労を重ねて来た。

ウィリアム公爵が亡くなったことで、公務の負荷がフローラに全て圧し掛かった。

フローラも公爵家の一人として携わっていたもののその負荷は尋常ではなかった。

失敗に、異常事態の連続。

優雅な雰囲気を常に纏っている彼女が色褪せる程度には、過酷だった。


それが今日になって好転してきたのだろう。

フローラにしては珍しい感情的な喜びはそれが原因だ。


「さすがは姫。このマルクも嬉しく思いますね。それと、ようやく組み立て段階に入った反セフィラ因子力場発生装置ですが何とか完成にこぎ着けれそうですかね」


「ようやくですわね。これで戦いが楽になれば良いのですけれど・・・」


「このマルクがさせますとも。姫はご自分のことに集中してくださればよいのです」


フローラと一緒に歩き出し、休憩室に案内するマルク。

彼女の付き人としての仕事を果たすべくお茶を入れに行く。

ベスタを取り巻く状況は一向に良くならないが、フローラを取り巻く環境は好転している。

彼らにとっては、それだけで十分。



----------



三日後。


ヒギエア公国への援軍。総勢1万もの騎士たちが首都城門の前で整列していた。

一糸乱れぬ動き。

一面が蒼の鎧で埋め尽くされた光景。

壮観だ。

見送る立場として参加しているアズラは彼らに敬意を払う。

ベスタにはこれだけの力があると実感できる光景。


指示を待つ騎士たちにフローラ公爵から出陣の命が出され、ついに援軍が出発する。

隣国ヒギエア公国へ向けて蒼の塊が移動を開始した。

これで戦況を変える一撃がヒギエア公国の地に向かう。

前線を押し上げケレスまで進むことができれば、彼の地で苦しむケレスの人々を助けることもできるだろう。

いきなり助けることはできない。

だから、確実に助けるための一手を打つ。

そんな一大行事を終えたフローラは、疲労の色など見せずに次の仕事をこなすために馬車へと乗り込んだ。

近衛騎士のアズラも後ろに続く。


これからさらに忙しくなる。

今回、援軍を出したことでアーデリ王国との戦争に直接介入したと周囲には受け取られるだろう。

それは、アーデリ王国もだ。

今は直接攻めて来ていないが、国境沿いにいた先兵のような牽制ではなく。

いずれより直接的な脅威が送られてくるようになる。

近いうちに必ず。

ヒギエアとケレスを挟んだ向こう側にいるアーデリ王国。さらにカラグヴァナの一地域を奪い建国したティル・ナ・ノーグ。

どちらかが確実に仕掛けてくるだろう。


アズラがヒギエアへの援軍を提案したのは、フローラの意見を汲んだのもあるが、アーデリ王国に対する共同戦線を早急に構築するのが狙いだ。

この状況下でも四公国は未だに足並みがそろっていない。

さらには、カラグヴァナからの増援もない。

現地駐留軍とヒギエアだけで対処させようとしているのだ。


アズラが各国の現状を細かく分析していくように考えていく。

あの王は何を考えている?

アズラの頭に浮かぶのは玉座を掠め取ったタウラス王子だ。

この一年、カラグヴァナの王が変わったこと以外は、彼らからこれといって干渉がない。

まるで現状維持を望んでいるかのような無反応ぶりだ。

権威や威光を求めて玉座を手に入れたのではないのなら。


(あいつの目的は王になった後にある・・・? 王だからこそ出来る事・・・)


「アズラ、考え事ですの?」


アズラが小難しい顔でもしていたのだろうか。

フローラがアズラの顔を覗き込んでいた。アズラは慌ててコホンと咳払いをして。


「気にしないでどうでもいい事よ」


気にしないでと告げられたが、フローラはそのまま話を始めた。


「実は・・・わたくしも悩みごとがあるのですの。この戦争、誰が味方で誰が敵か。自分の示したこの一手は本当に民を救えるのか」


今感じている不安を語るフローラ。

フローラの不安は、まさにカラグヴァナ圏の現状と言える。

敵は確実にいるのに、味方と思っていた奴は何かを企んでいる。

だから不安になる。


「悪の軍勢がいて、それに立ち向かう騎士たち。おとぎ話ではそうなる簡単な話のはずですのに、現実は騎士たちはバラバラで悪の軍勢が正義を掲げている。立場もどちらが正しいのか怪しいものですの」


善悪で言えば現状どちらが悪とは決め受けることは出来ない。

反乱し侵略してきたアーデリ王国が悪だと決めつけるのは簡単だが、向こうは向こうで亜人の解放を掲げてそれを成し遂げようとしている。

虐げられる者たちの解放を悪だとは到底言えないだろう。

だから、フローラは不安になるのだ。人々を助けるために騎士団を動かせても、敵を殺すためにその力を振るう事が出来ない。

向こうの正義も正しく見えてしまいそうになる。


「アーデリ王国・・・彼らは亜人の解放を掲げているのですの。押さえつけられていた者たちの声の代弁者。対するわたくしたちはそれを許さないとさらに押さえつけようとしている。そういう風にも見えるのですわ」


そんなフローラに、アズラは確信を持って答えた。

迷いなく、憎しみを込めて。


「違うわフローラ、間違っている。奴らは間違いなく悪よ。その亜人解放という大義のために私の家族を殺したのだから・・・。奴らは滅ぼすべき敵よ」


「そ・・・う、ですわよね。ありがとうアズラ。貴方にそう言ってもらえると気が楽になりますわ」


フローラは思わずそう受け答えしてしまった。

自分も家族を殺されている。信のおける部下を殺されている。

だが、フローラはアーデリ王国に対して憎しみの炎が燃え上がる程、恨みなどを抱いたりはしなかった。

公爵家の人間として、敵に敗北すれば殺されるのが普通だと幼少の頃より習っていたのが原因だろうか。

分からないが、今のアズラのように相手を完全否定するほど憎んではいない。

でも、アズラのように考えられたらそれは楽になれるのだろう。


自分の正義が正しいと。

どちらが正しいのかで悩む必要がないのだから。



----------



馬車が城に到着した。

自分の部屋へと戻り、各自が次の仕事の準備を進めていく。

今日は、ヒギエアへの援軍の他に、マルクの開発した反セフィラ因子力場発生装置の試運転に立ち会うのが大きな仕事だ。

この装置の成果如何で今後の戦略が大きく左右される。


近衛騎士隊長のために用意された部屋で、鎧を身に着けていくアズラ。

万が一のために備えるため、アズラがその役目を負う。

反セフィラ因子力場発生装置の元々の機能はセフィラ因子から魔獣クリファを発生させること。

なら、装置の試運転が失敗すれば魔獣クリファの発生は十分に考えられる。

マルクならそんなミスをするとは考え辛いが、あの装置は彼が全てを見ている訳ではない。

ならば万が一はあり得る。


準備の出来たアズラが異端技術管理区画へとやって来た。

区画の中央には、配管を寄せ集めたような大きな装置が設置されている。

これが反セフィラ因子力場発生装置だ。


装置の前にはフローラの他に将軍たちの姿が見える。

彼らもベスタの新しい力と成りえるこの装置に興味があるようだ。

少し離れた所には黒い神官服を着たジグラットの殲滅神官ウォフ・マナフの姿も見えた。

宗教上、セフィラ因子を阻害する装置を認める事は無いとアズラは考えていたので、見に来ていることに少し驚きを覚える。

逆にそんな装置は成功しないと見下すために来ているのか?


装置の前に用意された見学スペースに移動しフローラと合流する。

アズラはちょっと心配する感じにフローラに話しかけた。


「マルクは上手くやるかしら?」


と聞いてみるが。


「あら、わたくしのマルクはやるときはやる男ですのよ」


フローラはそんな心配など無用だと自信満々に答える。

自分の部下が心血を注いで頑張ってくれた。成功以外にあり得ないと信じているのだ。

自信満々なフローラを見て、マルクの幸せ者めと思うアズラ。


さて、そんな会話をしている内に反セフィラ因子力場発生装置の準備が整ったようだ。

公爵や将軍へのお披露目というよりは、報告という実に実務的な形。

マルクたちもこのようなやり方の方が報告しやすいだろう。

突貫作業で完成させた装置をただ見栄え良く見せるのではなく。ちゃんと性能を評価するために見てもらえるのだから。


装置の横に取り付けられた滑車台がカラカラと音を立てながら下へと降りてくる。

調整作業を終えたマルクたち技術部門の面々が油で小汚くなりながら姿を現した。


「さて、お待たせしましたね。これより反セフィラ因子力場発生装置の起動試験を行います。・・・念のため確認しますがジグラットはこの起動試験に関与しないと認識してよろしいですかね?」


マルクもジグラットの見る目が気になるようだ。

それはそうだろう。彼らの目の前で神への背信行為をしようとしているのだ。

神官様の目の前で神の力の否定。

特にベスタは今ジグラットに貸を作っている。

ジグラットに配慮するマルクを見てフローラが一言。


「わたくしがこの起動試験の全責任を負っていますの。これの結果如何で生ずる全てのことは、このフローラ・ウィリアルナ・ベスタの命により生じたこと。誰にも口出しさせないですの」


フローラの後押しを受けマルクは安心する。

チラリと殲滅神官ウォフ・マナフの様子を窺うが、口出しする気はないようだ。


「かしこまりました。起動スイッチを押せ!」


そして、マルクの指示により起動試験が開始された。

部下の一人が赤いスイッチをしっかりと押し込み、装置の制御部が動き出した。

スイッチが押されたことで唸り声のような駆動音を鳴らしていく装置。

張り巡らされた配管のパイプに液体が流れる音が聞こえてくる。


「第一内圧、第二内圧共に正常値! マルク部門長、変換機の準備を」


「よし。では行きますかね、反セフィラ因子力場出力開始!」


出力が開始された瞬間、装置の駆動音が変わった。

唸るような音から圧縮するような何かを絞り出す甲高い音に変わる。

装置の上部先端から赤い稲妻が発生し、吸い寄せられるように金属部分へと降り注いでいく。

次に青白い光が上部先端から広がり始めた。

セフィラ因子の発生だ。

そしてそれを赤い稲妻が絡めとって輪状に包囲する。


「第一内圧急激に低下!? 第二内圧限界値付近です!」


部下からの報告を耳にしながらマルクは手元の制御装置でゲイン調整を掛けていく。

凄まじい集中力でノズルを微調整しメーターに目を凝らす。

すると、ゲイン調整が適切だったのかメーターが安定値に戻り内圧が安定しだした。


「変換機出力安定・・・、マルク部門長成功です!」


「上出来ですかね!」


装置が安定稼働に入り、発生させた赤い稲妻がセフィラ因子を阻害しているのが確認できる。

起動試験は成功だ。

成功したが。


「マルク? これで終わりですの?」


どうやらフローラや将軍たちが想像していた成功と違うようだ。

もっと、こう空間に穴が空いて出て来たセフィラをやっつけるみたいな? ものとばかり思っていたようだ。

将軍たちもこれでは分からないと首を傾げている。

ちょっとまずいぞと、マルクが説明を開始した。


「コホン! えー、今回のこの反セフィラ因子力場発生装置ですが、兵器ではなく力場発生装置ですね。御覧の通り赤い稲妻が発生していますが・・・」


「説明はいい。成功したのだな?」


せっかく説明したのにゲネラール将軍に必要ないと止められてしまう。

今必要なのは納得できる回答ではない。確実な結果だ。


「え、ええ、もちろんですね」


マルクの返事を聞き、満足そうな表情を浮かべたゲネラール将軍は


「フローラ様、これでアーデリ王国の転位戦術を阻止できますな」


「そうですわね。マルク、この装置はすぐにでも使えるのですの?」


「はい。問題ないですね」


「では、本稼働状態への準備を」


後のことは任せて、フローラたち次の仕事に移っていく。

マルクは起動試験が終わったばかりなのに、すぐ本稼働の準備に取り掛かっていた。

起動試験は無事終了した。

これでベスタはセフィラ因子を阻害する技術を確立した訳だ。

それはジグラットの望まない力を得たという事


「・・・」


アズラが殲滅神官ウォフ・マナフの方へと振り返る。

彼は見るものを見て撤退していた。

ジグラットはこの結果をどう受け取るだろうか。

黒の異端者である黒の天使アレーテイア。そして、反セフィラ因子力場発生装置。

二つもの神への背信を抱えたベスタをどう見ているのか。


今はまだ分からない。

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