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僕と姉の神話遭遇記  作者: 暁0101
第六章 顕現せし五血衆
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第百六十三話 望まぬ神話

世界は常に改変されている。

この世界は揺蕩う存在。

可能性が無数に存在し変化する。


世界がある可能性。

人間がいる可能性。


もっと細かい無数の可能性で溢れている。


だが、可能性は誰かが観測しなければ在った事にはならない。

起きたことには出来ない。

誰も見ていない。知らない可能性なんて無いのと同じ。


ならば。


否定したい可能性は見なければいい。

無かったことにしてしまえばいい。


異常が生じていく。

世界を観測していたそれは、異常を観測する。

今までのように可能性を探すのではなく、可能性を否定しようと蠢く端末が一つ。

その端末は観測される。

観測されて彼女の否定は現実へと手を伸ばす。


観測していたそれは、端末の新たな振る舞いに興味を持った。

彼女の変化を許容した。

そして、権限を与えた。


睨み合うヌアダとダートの両者。

光の波紋と黒き魔装が互いの手に握られ相手の出方を窺っている。

そこへ二人が全く気付けなかった変化が割り込んだ。


彼らを同時に振り向かせるほどの異常が世界に出力される。

異常はただの少女から始まっていた。

絶望に沈んだ彼女は、弟の亡骸を抱えながら澱んだ目で世界を眺めている。

彼女は、アズラは澱んだ目で絶望の世界を見ながら、ポツリと呟く。

その声は耳を澄まさなければ聞こえないほどか細い。


だが、ヌアダには逆にハッキリとその声が頭に滑り込んできた。


「違う・・・・・・こんな・・・間違ってる・・・・・・間違ってる、間違ッテルッ!」


世界の全てを否定する声が。

こんな結末を与えた世界を憎悪する意思が。

亜人の始祖の一人であるヌアダに警戒心を持たせるには十分な気配がアズラからのたうち回っていた。


「これは・・・!」


その気配にヌアダの意識がダートより一瞬だけ外れてしまった。

一瞬の隙。

それをダートが見逃すはずがない。迷わず仇敵へ黒の刀を振り下ろす。

ヒュンッ! と空を切りヌアダの脳天へと吸い込まれる。

だが、ヌアダは黒い刀を無意識で受け止めた。

片手で受け止めてから振り返る。


ダートが赤い一つ目を明滅させながら、即座に黒い刀を手放し後ろに距離を取る。まだ、殺される訳には行かない。

まだ、足りない。届かない。

ダートの新しい存在はまだ馴染み切っておらず、強さはファルシュの時のままだ。

元のファルシュでも十分な戦闘力を持っているはずなのに、ヌアダには全く通じない。

ヌアダと対峙するのはまだ早かったと判断せざるを得ない。


(2、3日もあれば存在が馴染んで本来の力が扱えるが、この器では役不足か・・・・・・ッ!?)


絡みつくような殺意が掴んで離さないのをダートが感じ取る。

ヌアダだけを警戒していたダートがその対象を切り替えた。

正確には切り替えさせられた。

のたうつアズラの気配がダートを標的と定めている。

ダートの新しい器、ファルシュという存在を。殺すべき対象として。


ヌアダとダート。二体の人外を釘付けにしながらアズラは世界を呪う。

最愛の弟を奪った世界を。

そして、殺したファルシュを。

ダートを。


涙を流し続ける。

黒に染まった目から。

体から絶望を滲ませるように黒い靄が彼女を覆っていく。

それはアズラを取り囲むように膨れ上がる。

ファルシュの見せた黒い魔力よりも遥かに深い黒。


滲み出た闇の中心でアズラはセトを抱き寄せながら、呟いた。

悲しみの底で。

自分たち姉弟以外を認めない声色で。


「・・・・・・セトのいない世界・・・なんて、・・・・・・・・・いらない」


絶望の黒い靄がアズラの心に呼応するように爆発的に膨れ上がる。

アズラの頭上へと上がっていき、巨大な黒い塊となって。

そして、黒い塊からそれは姿を現した。


巨大な黒い塊が内部から引き裂かれ、漆黒の腕が塊の中から飛び出す。

それはファルシュの漆黒の異形などとは比べ物にならない、整った人の腕の形。

巨大な人形の細長い腕。

さらに腕が伸びると、前腕は人の腕と同じ形だが、上腕の作り物のような歪な形を見せて来た。

腕が地面へと到達し、土を握り這い出るように漆黒の上半身が姿を見せる。


黒の卵から生まれ出るように、黒い人型がその全貌を現した。

体を仰け反らせながら黒い塊から上半身を完全に外に出す。


骨に甲冑を貼り付けたような外観。

黒い体には赤いラインが奔っていて、その赤い線が体格を明確に浮かび上がらせ女性的な体のラインを意識させ。

背中には長い複数の突起を左右対称に生やし、その先に翼のようなものを付けている。


黒い無機物の天使。


美しい。

一目見れば心奪われる美しさだ。

黒と女性の美を凝縮した姿。


頭から垂れ下がる髪の毛の代わりのような長い白銀の布を揺らめかせながら、その黒い天使は赤い瞳を輝かせる。


その姿は、あの黒の異端者アニマと驚くほど似ていた。

誰が見てもこう思うだろう。

新たな黒い巨人の出現と。


ヌアダは新たな神話の誕生を確信した。

自分を上回るかも知れない存在の誕生を。


「新たな黒の異端者・・・」


目を細めながら黒い天使の正体を看破する。

それは世界の秩序を大きく揺るがす存在になるだろう。神に準ずる力が一人の人間の手の内にある。

ヌアダは新たに現れた黒の異端者と、ダートの二体を相手取ろうと構えていく。

どちらも見過ごせない脅威だ。


ヌアダの判断を見たダートも、黒い天使は敵の援軍ではないと理解し二体を葬るための魔装を具現した。

両手に黒い大剣を握り二本の大剣を横に広げていき。

先手を打とうとして、異形の四本の脚で地面を砕きながら飛び跳ねようと力を籠めた。


まずはヌアダに仕掛ける。

謎の乱入者がどれだけ来ようとも最も脅威となるのはヌアダ。

ヌアダの取る選択肢を削ぎ落とす。

ダートがその巨体からは想像もできない俊敏さで飛び掛かる。


「!?」


「ッ!!?」


飛び掛かった・・・。

なのに、空中で止まるダート。

赤い一つ目が異常に激しく明滅する。

ダートは一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

ベキリ・・・。

手足が痙攣する。黒い大剣があっさりと砕けて地面に落ちていく。


赤い一つ目が激しく明滅しながら、真横へ振り向いた。

その目に。

ダートの漆黒の異形の体が、黒い天使の腕に貫かれている光景が生々しく映っていく。

綺麗な細長い腕が黒い大剣を軽々と砕き、胴体に風穴を空けている。

貫かれた胴体から赤い血を噴き出す。


決してダートは、この黒い天使を過小評価してはいなかった。

現状出せる最大の能力を持ってこの戦いに参加した。

だが、黒い天使はそれを軽く超えて来たのだ。


「な・・・バカな。この俺が!?」


黒い天使が突き出した腕を動かし、大きく振り上げる。

何をしようとしているのかを察したヌアダは即座にその場を離れた。


「・・・フっ、ハハハハハ」


胴体を貫かれたダートは不気味に笑い出す。

黒い天使の腕を掴むがビクともしない。魔装獣では届かない。

ダートを貫いたまま黒い天使は腕を振り下ろした。

ドゴォォッッ!!

地面がミシリ・・・と悲鳴を上げる。ダートが叩き付けられた場所を起点に100m近くが陥没しクレータを作り上げていた。


クレータの中心で手足を痙攣させながら、辛うじて動けるダートが潰されていく虫のようにもがいていく。

そこから逃げようと。


ドゴォッ!!

赤い体液が撒き散らされる。


ドゴォッ!!

手足が折れ曲がり、漆黒の外装は粉々に砕け散る。


ドゴォッ!!

脚の一本が飛んでくる。ヌアダはただその光景を眺めるだけ。


殴りつける。肉塊になっているのかどうかなど、気にも留めないで黙々と。

ダートから反応が無くなっていく。

ガシリ・・・と頭を掴み、地面に叩き付ける。

頭部が砕け、内部の臓物を垂れ流しながら、さらにそれごと掴み上げる。

ビチ・・・ミチ・・・ミチミチ、臓物を引きずり出すように、頭部が引き千切られた。


美しい姿のまま。

残酷に。

血を撒き散らしていくその姿。


ヌアダはただ見守るだけだった。黒い天使を呼び出したあの少女が完全に絶望に呑まれるのか。

そうでないのかを。

タン・・・と後ろから足音が聞こえ、ヌアダが足音の主に現状を伝える。


「今、終わった所だ」


「悪化しているように見えるけど・・・違うのかな?」


ヌアダの後ろに来たのはノネたちだ。

ラバンとシャホルもいる。ラバンたちは黒い天使が何を叩き潰しているのかを血の匂いですぐに理解した。

全身に血管を浮かび上がらせ殺意を漲らせる。

だが、それをヌアダが止めた。


「待てエールの姫たち。あれはもうファルシュではない」


「でも兄者!」


「今回はファルシュが食われた。ダートになった者を救う方法はない。そう教えたな?」


ヌアダに止められたラバンたちは、ファルシュだった者が嬲り殺される姿をただ見ることしか出来なくなる。

悲しみの表情を浮かべ、かつての仲間が死んでいくのをただ見守っていく。


「うう・・・」


「ファルシュー・・・可哀想」


ヌアダたちが見届け、黒い天使の殴りつける音が響き渡る。

そんな中、ノネは彼を探そうと城門が在った辺りに移動していた。

もう辺り一面、戦闘の余波で地面がひっくり返っているので本当にここかは分からないが。


「・・・」


それでも、彼はすぐに見つかった。

黒い天使から少しだけ離れた所にいた。

傍らにハトゥール族の少女がいて、うずくまって泣いている。

少女は必死に彼を抱きしめようとしているが、もう抱きしめられない。


彼が着ていた服からそれが彼だと認識できた。

血で染まった神官服。

辺りに散らばった彼の肉片。

ルフタの無残な姿。


「・・・」


遅すぎた。

来るのが遅すぎた。

これを恐れていたノネは自分にできる全てをしていたのに。


人への憎しみと憎悪から、ネームド・クリファである拒絶のシェリダーを生み出した。・・・それは全て彼のため。

あえてルフタを災厄の中心に送ることで、拒絶のシェリダーによってこの地獄から守ろうとした。

そのために、拒絶のシェリダーに術式機械を埋め込んでルフタを仮死状態で体内に取り込むように命令をインプットしていた。


全て彼のため。

ルフタのためにした独断行為。


でも、無駄だった。

無意味だった。


「・・・・・・そっか」


無表情のままポツリと呟く。

変わり果てたルフタを眺めながら時間だけが過ぎる。


そこに、最後の役者が揃う。

その気配にノネたちが空の一点を見る。



----------



王都を駆けるバティルたちの先に城門が在った地点が見えて来た。

城壁が大きくくり抜かれ、もう城門の跡も残っていないがだいたいの位置は分かる。

そこにセトたちがいる。今も戦っている。

だが、徐々に見えてくる城門跡にバティルたちは最悪の展開を予想せざるを得なかった。


黒い巨人に酷似した化物が、同じく黒い巨人の特徴を持つ化物を嬲り殺している。

そこにセトたちが介入できる要素など無い。


一体セトたちはどうなった?


ここからでは人影しか分からない。数名の人影が見えるが、明らかに亜人も含まれている。

羽のある亜人などセトたちの知り合いにはいないはずだ。


バティルの目が険しくなっていく。自分たちは判断を誤ったのではないか?

そう思えてしまう。


少しでも早くたどり着こうとハンサが術導機の速度を上げようとしたその時。

バティルたちを何かが一瞬にして抜き去っていった。


「なんだ!?」


あまりの速度で抜き去られたため強烈な風が吹き荒れる。

術導機が姿勢を崩しバティルたちの脚が止まった。

もう、城門跡近くまで進んでいる自分たちを抜き去った何か。

それを見たハンサが叫ぶ。


「リーちゃんッ!!?」


「何!? リーベだと!」


バティルたちが自分たちを抜き去ったのがリーベだと気付く頃には、彼女は城門跡に到着していた。

自分を抱えて飛んでくれていたイェホバから、リーベが離れ地面に降りる。

静かに足を着いて、急いでアズラとセト、ルフタにエリウを探す。


「みんなどこ・・・」


でも、いるはずの家族の姿が見えない。

目の前にいるのは、黒い天使だ。

返り血を浴びた美しい天使。


黒い天使の姿に、リーベはとてつもない恐怖を感じ取る。

あれは自分を殺す存在だと、自分の知らない自分が叫ぶ。

恐怖に倒れそうになる。


「みんなに会いたいよ・・・」


涙を浮かべながら、リーベは前に足を進める。

恐怖を押しのけるように少しずつ。

黒い天使から少し離れた所に知らない龍みたいな人と、ラバンとシャホルがいるのが見えた。


よかった。知っている人がいた。リーベの恐怖が少し和らぐ。

だが、ラバンたちの様子がおかしいことにリーベは気付いた。

何かを伝えようと必死に手を振っている。

まるで、追い返そうとするように手であっちに行けと言っている。


なんでそんな事をするのとリーベが悲しくなりながら前へ進む。


「っ!!」


手に火傷したみたいなキリッと刺す痛みが走った。

キュッと手を握り、痛みの走った所を擦る。だけど、痛みが引かない。

恐る恐る手を見ると、指の先が少し欠けていた。ドロリと血が溢れてくる。


「!!?」


驚きで尻もちをつく。

座り込むと同時に、誰がこんな酷いことをしたのか分かった。

知らない龍みたいな人が、光る弾を浮かべて自分を狙っていた。こちらが気付くと同時に足元に光の玉を二、三発打ち込んでくる。

ラバンとシャホルが必死に止めているが、聞く耳は持っていない。


動けなくなるリーベ。

そんな彼女を助けるように黒い天使がいきなりヌアダを攻撃した。

ちりじりに回避するヌアダたち。

助けてくれたのかと思い、黒い天使を見るリーベ。


黒い天使をハッキリとその目で見て、天使の真下に人がいることに気付く。


人影が二人。

最愛の家族が二人。


もう事尽きている家族が一人。


「・・・・・・・・・・・・ィヤ」


リーベが目を見開いていく。瞳孔が伸縮を繰り返し、思考が崩壊していく。

そして。

認識する。


セトは死んだのだと。


「イヤァァアアァアァアアアアッッッ!!!」


リーベの絶叫と共に、世界に青白い穴が空いた。

世界に穿たれた穴はリーベの頭上に展開していき、青白いセフィラたちの腕が伸びてくる。

なるで蛹になるように

リーベを包み込む。


鼓動が鳴る。


ドクン・・・と存在が聖女から、別のモノにへと変わり果てる。

青白い腕の殻を引き裂いて、それは姿を現す。


それはどこまでも黒く、神秘的で愛に満ちたもの。

聖なる4体の獣、その一体、ビナー。

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