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僕と姉の神話遭遇記  作者: 暁0101
第六章 顕現せし五血衆
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第百六十二話 絶望

今目の前で起きている光景は何だ?

本当に起きていることなのかと疑ってしまう。


違う。

間違いであってくれとアズラは現実を拒否し始める。


こんなはずじゃなかった。

こんな結末を。

自分たちが仲間が、家族が。自滅していく結末など。

望んではいなかったはずだ。


しかし、その望まない悪夢のような結果は確実にアズラたちに牙を剥いていた。


「ア・アアアァァ・・・」


癒呪暴走体アンデットへと変わり果てたルフタが、彼の前で泣き叫んでいたエリウへと迫る。

目の前にある肉を食らおうと両手で押さえつけて口を大きく開いていく。


「い、嫌ニャ・・・。こんなの嫌ニャッ! ルフタ目を覚まして!」


自分を食らおうとする癒呪暴走体アンデットをまだルフタと認識しているエリウは、必死に呼びかける。

それがどんなに無駄な行為で、それが癒呪暴走体アンデットによる犠牲者を増やす最もな原因だとしても。

エリウは止めない。

彼がもう死んでいるなんて思えない。


「ルフタッ! ルフタァッ!」


必死に、懸命に呼びかけ続ける。エリウの泣き声の混じった叫びがこの地獄を彩っていく。

助けないと、アズラが震える手を伸ばす。

エリウを癒呪暴走体アンデットから引き剥がさないと食われる。

そんなのは見たくない。

ルフタの姿をした癒呪暴走体アンデットにエリウが食われる姿なんて絶対に。


「エリウ! 今すぐ逃げッ!」


叫んだアズラに漆黒の巨腕が直撃した。

ファルシュがゆらりと動き、ただ腕を振ったのだ。

アズラが全く気付くことができなかった。

腕に押しつぶされ、地面にめり込んでいるアズラにファルシュが邪魔をするなと。


「余計なことはしないでくれ。あれを引きずり出すにはお前たちの死が必要だ」


と告げる。それは確実にファルシュの声。

だが、その声だけが滑らかに、セトの耳へと入り込んできた。

静止した世界での会話の続きのように、セトには思えた。


何も聞こえず、世界から切り離されたようにただ突っ立っているだけだったセトが、顔を上げてファルシュを見る。

ファルシュの姿をしている。

だが、セトには彼がファルシュだと思えない。

セトの視線に気づいたファルシュ? が叩き付けた腕を上げながら喋りかける。


「お前はそこで見ていろ。何も覚えていないお前に俺を止める権利などない」


「覚えていない? 何の話だ! お前はファルシュじゃ・・・」


「俺はファルシュだよ。今だけは」


そう言いながら、ファルシュ? は自身の腕、脚。体を見回した。

漆黒の異形に首を捻りながら。


「こんな体だったか? まぁいいか。殺すのには好都合だ」


体に誤差を感じながらも、ファルシュ? は自身の目的のためにセトたちに死をもたらそうとする。

それは絶望に包まれた死だ。

一つはセトたちの支えであり希望となっていたルフタの死。


そして。


もう一つは希望が反転して、絶望となったルフタに食い殺される死。

絶望にエリウが叫ぶ。


「嫌ニャァァッ!! ルフタァッ! ニャアアアアア!!?」


指がエリウの肩に食い込み、牙が首に突き刺さっていく。

エリウの血がルフタの口を濡らし、血の匂いが充満する。

自分の血の匂いを感じたエリウは、大粒の涙を流しながら死ぬと、死んでしまうんだと絶望に呑まれていく。

みんなの父親代わりだったルフタに殺されてしまうんだと、その現実に大粒の涙を流す。


エリウの瞳から生気が消え、全身の力が無くなる。

その瞬間。


ルフタが内側から弾け飛んだ。

血が撒き散らされ、エリウの体が真っ赤に染まる。

彼女の前から絶望とかつての希望が同時に消失する。それは、エリウの心を壊すのに十分なものだった。


「ニャ・・・」


弱弱しい声がエリウから漏れ、肉片の残骸を抱きしめようとする。もう、抱きしめれないのに。

それがエリウにルフタの死を認識させる決定的なものとなる。

目の前に散らばる肉片をただ眺め、エリウは全ての認識を拒否していった。


そうなっていく中、セトは何も出来なかった。

その決断をアズラがするまで、何も。

震える手を伸ばしながら、悲痛な思いでアズラは術式を発動させていた。

どんな思いでアズラがその決断をしたか、誰にも理解できないだろう。

ルフタを殺すという決断。


たとえ癒呪暴走体アンデットだとしても、それはルフタだったのだ。

自分が彼を癒呪暴走体アンデットにしてしまった。そして、自分が彼をもう一度殺さないといけない。

きっと、一生悔いても悔い切れない決断。

家族を殺してしまった決断にアズラは倒れそうになる。


だが、絶望は悲しむ間など与えはしなかった。


「邪魔をするな人間モドキが!」


「アズ姉ッ!!」


ファルシュ? が黒い刀をアズラ目掛けて突き出した。今までのファルシュとは明らかに異なる挙動の一振り。

ただ刀を突き出すだけなのに、近くにいたセトが間に合わない。


(何とかしないと。アレは僕の中にいたんだ! これは僕の所為なんだ!!)


セトがアズラを助けようと飛び出した。


血が飛び散る。

黒い刀が容赦なく貫いていく。

アズラの目の前に絶望が広がった。



----------



白い世界が揺れる。

それが世界を蝕むたびにセフィラたちは怯え、許しを乞うていく。


彼だ。

彼だ。

彼が来たんだ。


セフィラたちが怯える中。

世界に穿たれた死をセフィラ界から観測したハーザクは叫んだ。


「ヌーッ!」


ハーザクの頭の中へすぐにヌアダの返事が返って来た。

呼ばれたヌアダは全てを聞かずとも理解している。


(分かっている。誰がなった?)


「エハヴァの家族か、・・・その側にいたファルシュ」


声を押し殺すように伝える。


(視認した。城門の側か・・・・・・ファルシュは)


「分からない。思念が届かないんだ! 何度呼びかけても、答えてくれないんだ!」


やられたとハーザクは思う。

人が集まっている所に、紛れ込まれたら近づかれても気付くことはできない。

誰が奴なのか、判別が付かない。

自分たちの作戦が利用された?

それともたまたま?


ハーザクは焦る。奴の側にはエハヴァがリーベがいる。


「ヌー、ぼくの妹を助けて」


(・・・ああ)


ハーザクの声を聞きながら、ヌアダは急ぐ。

空を引き裂きながら宙を飛び、一直線に漆黒の異形がいる地点へと向かった。


そして、世界に穿たれた死を間近で感じ取ったリーベは同時に家族の死も感じ取っていた。

フローラたちと騎士の詰所に用意された部屋で休んでいたところ、唐突に立ち上がる。

ハッとした表情をするリーベにフローラが心配して。


「どうしたのですの?」


「・・・」


呼びかけてみるが反応がない。

ライブラやシアリーズも心配する。


「リーベどうしたのですか。何かあったのですか?」


ライブラがゆっくりと聞いてみると、リーベが呟く様に答える。


「・・・お父さんが」


「お父さん? ルフタのことですか」


「死んじゃヤダ!」


いきなりリーベが走り出し、部屋を飛び出た。


「リーベ!」


慌てて追いかけるフローラたち。

騎士の詰所の前に設置された避難所に飛び出して、リーベは立ち止まった。


「リーベ何があったのですの!? わたくしにも教えて欲しいですわ!」


「うう・・・お父さん・・・死んじゃった」


ポロポロと涙を流しながら、白いワンピースの縁をギュッと両手で握り締めている。

お父さんが死んだ。

つまりルフタが死んでしまったとういことかとフローラたちは考えるが、なぜそれがリーベには分かるのか見当も付かない。

しかし、涙を流し続けるリーベを見ていると嘘とは思えない。


「ルフタの所には、森羅たちが向かいましたわ。必ず助けてくれるですの。だから泣かないで」


フローラが優しく語り掛けながらリーベに近づく。

彼女の手を取ろうとして。

その手を弾かれた。


「死んじゃったもん!」


リーベから青白い光が滲み出て、空が光る。

フローラたちの真後ろから高速で何かが彼女の側に向かった。


美しい純白の六対の翼に、透き通る白い肌の女性を思わせる体。

上位セフィラの中でも更に特別な、最上位に次ぐ存在。


イェホバ・エロヒム


完全に傷の癒えたその翼をはためかせる。それは、ここから飛び立つと言っていた。


「待ってッ!」


フローラが叫び手を伸ばす。

だが、リーベは背を向けイェホバの手を取った。

その背を見たシアリーズが悲鳴を上げ、ライブラが言葉を失う。

黒い翼を頭に生やし、背中より何本もの腕を伸ばして翼のドレスを形作っている。

それは、こう呼ぶ存在ではないか?


魔獣クリファと。


だが、リーベはその先へと存在が昇華する。

するかどうかは、彼女が向かった先の結末で決まる。

それを確かめるためにリーベは、イェホバと共に飛び立った。


飛び立っていく彼女にフローラは何も出来なかった。

何も出来ずにただ崩れ落ちるように膝を付いた。



----------



アズラの目の前に広がる絶望。

それが、自分を庇った人が流す血だと気付くのに時間が掛かった。それは一瞬の間の出来事だったかもしれない。

だけど、アズラの中では永遠に等しい悲劇であり、自身の存在理由を打ち砕かれる瞬間だった。


自分の目の前にセトがいる。こちらを見て精一杯微笑もうとした顔だ。心配させまいと無理をしようとした顔だ。

その目からは光が失われていた。

全身から生きる力を失い、アズラの胸に倒れ込んでいる。

もう彼は動かない。


胸に黒い刀を突きさされながら自分の姉を守り切っていた。

ほぼ即死だっただろう。

心臓を貫かれ、それでもその一撃を逸らそうとして、黒い刀はアズラの腹を掠めて後ろへと伸びていた。

アズラが震える手を動かしセトを抱きしめようとする。

震えが止まらない。ルフタを癒呪暴走体アンデットへと変えてしまってから、止まらない。

ただ、抱きしめようとした腕が、上手く動かずセトがより深くアズラへと倒れ込む。


まだ温かい。だけと息をしていない。鼓動も感じない。

アズラの目から涙が流れる。


もう生きる意味が・・・ない。

もう自分には何も・・・ない。


アズラが絶望に呑まれていく。

それを眺めていたファルシュ? は笑う。


「ハハハハハッ、どうだ? 喜んでくれたか聖女たち。お前たちに捧げるコレ絶望だハナンダ?」


言葉にノイズが走る。ファルシュ? は少し驚いた。

自分の意志とは関係ない声が混ざった。それは、彼がまだいる証だ。


「これは、ワタ初めシハてだなキサマ。存在が残っコロシていタる?。・・・人間モドキも時が経てば変化もするし進化もするか」


一人で納得するようにノイズ混じりに喋りながら、ファルシュ? は黒い刀を引き抜いた。

ドシャ・・・と血を噴き出しながらセトが横に倒れ、アズラの前でにさらに血の赤が広がる。

ファルシュが刀を振り上げ、残った二人も斬り殺そうと狙いを定めた。


これで全部。

4人いる聖女の内、これで二人が手に落ちる。

これは復讐だ。ファルシュ? の中にいるそれが叫ぶ。

波動が。

神への憎しみを。叫ぶ。


振り下ろされる黒い刀がアズラの首に迫る。だが、アズラはもう見向きもしない。

エリウも涙を流し続けながら、うずくまっている。

これが結末。

聖女と出会った者たちの運命。


そんな運命を。

クソッタレな運命を唯一覆せる存在が、二人の間に割り込み黒い刀を折り砕いた。

衝撃に押されながら、ファルシュの存在を完全に食った波動が悪態をつく。


「クソッお前か。懲りないな、お前じゃ勝てないよ。神共の犬が」


「そうかもしれない。だがな、ダート!! 貴様の計画を阻むことはできる!」


波動の名は、ダート。そう、これがダートだ。

人でもない。セフィラでもない。二柱の神とも違う存在。


ダートが奪った力を存分に使用していく。

漆黒の異形となったファルシュの肉体は、普通の人間の存在を奪うより遥かに強力だ。

馴染む前から十分に戦える。黒い魔装を両手に具現する。


割り込んだヌアダも両手に光の波紋を収束させて初手から全力を見せていく。

この敵は虚無に呑まれても、平気で世界に姿を現してくる。何度倒しても同じだ。

だとしても、ヌアダは攻撃を止めるつもりはない。


人とは程遠い二体が睨み合う。


完全に戦いがアズラの手から離れていく。

失意と絶望の中。

アズラはただ、この現実を拒否し続けていた。

無意識に魔力がその意思に呼応し、無意識に術式が発動して、無自覚な観測は探しだす。


この結末を無かったことにできる力を。


探せ。

この世界には可能性が満ち溢れている。


探せ。

可能性は必ずある。セトが生きている可能性が。


探せ。

この現実を壊せる可能性を。覆せる力を。


世界の因果を全て、YesとNoに置き換えろ。

不可能な可能性はNo。

可能な可能性にYesを付けていくんだ。付箋を貼るように。


淡々と作業をこなす。可能性の海に沈んでいく。さらに深く。もっと深く。

そして、・・・見つけた。

可能性の根源を。因果の始まりを。

自分が観測するように、こちらを観測していたそれに。手を伸ばす。


コード・アニマ、末端観測端末からのアクセス申請を確認return/


コード・アニマに許可権限無し。上位への判断を申請return/


コード・アニマからの申請に対し、コード・プネウマより回答を確認return/


コード・プネウマ、末端観測端末からのアクセス申請を許可するreturn/


コード・プネウマの権利により末端観測端末、観測次元での名称アズラに対し、コード・アレーテイアの使用権限を付与return/


コード・アニマ異議なしreturn/


コード・プネウマ、アクセス申請を受諾。観測次元への干渉を開始delete/


世界が再び改変された。

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