第百五十六話 死闘の始まり
空を覆いつくす魔力の刃。
その全てが完全に物質化し魔装と同等の威力を秘めた凶器だ。
魔装と同等という事は、その能力も持ち合わせている可能性が高い。
あの無数の刃一つ一つにファルシュの望む可能性を実現する能力があると考えるだけで寒気がする。
額から嫌な汗が流れ落ちる。
呼吸が安定しない。荒い息が続く。
それでも。
セトは剣を構え空を埋め尽くす刃に立ち向かう。
恐怖はある。
身体のあちこちの痛みが警鐘を鳴らしている。
このまま奴に立ち向かうのは無謀なのだろう。
セトもそれは分かっている。
だが、それは一人ならだ。
セトが二人に目配せをした。
二人に一度だけ視線を向ける。そのセトの目を見てエリウとランツェは頷いた。
今からファルシュに一斉攻撃を仕掛ける。
あの刃の雨を潜り抜けて、接近戦に持ち込む。
策なんか、無い。
でも、希望はある!
「みんな! アズ姉とルフタさんがあいつに神術を叩き込むまで時間を稼ぐんだ。1分でも1秒でもいい、できるだけ長く!」
叫ぶと同時に走り出す。
もうこちらが何を企んでいるかはファルシュに知られてしまっている。火蓋はとうの昔に切られている。
なら、相手が休む間もないほどに攻撃を叩き込むしかない。
「ランツェ、あちしと一緒にセトを援護するニャ!」
「ああ!」
セトに続いてエリウとランツェも走り出した。セトを起点に三角形となるフォーメーションを組み上げる。
互いにフォローし合えるフォーメーション。
強さも。策も。足りないのなら補い合えばいい。
それで、少しでも、一瞬でもファルシュを上回ることができれば十分だ。
果敢に立ち向かうセトたちをファルシュは冷静に、冷たい氷のような心で迎え撃った。
最初の激突でセトの力量を把握し、エリウとランツェも不確定要素となり得る存在だと認識を改める。
そして、自分に匹敵し得るアズラを即座に無力化。
循環型癒呪術式への対抗策を持つルフタも、倒れたアズラを助けるために、彼女に縛られる形となって無力化される。
自分を超える可能性を根こそぎ奪い取る。
僅かでも、抗う力があるのなら徹底的に。
「まだ希望を持っている。キサマらの希望は何だ? 何が心の支えになっている・・・」
ファルシュがじっくりと解きほぐすように思考していく。
セトの異常なまでの抵抗。抗う意思。
あれはどこから来ている。
何が原因だ?
「何がそうさせている・・・。何が? 誰が・・・か!」
矛先をぐるりと変更した。
空を埋め尽くす魔力の刃をアズラとルフタだけに向ける。
全ての刃の剣先がルフタの目に映っていく。
それを認識したルフタは何かを思う前に全力でアズラを抱えて横に飛んだ。
「オォォォォッ!!」
直後に打ち放たれる無数の刃が地面を抉り、数十メートルも舞い上がった土砂が空を覆う。
魔力の刃を投げつけただけ、だというのに威力は爆撃だ。
地図から消したい部分を選択して、切り取るような範囲攻撃。
壁の如く立ち上がる土砂と爆発を見ながらセトがアズラたちの名を叫ぶ。
「ルフタさん!! アズ姉ェ!! ッ!」
だが、その声は爆発地点から広がる地鳴りと衝撃波にかき消され、セトたちを飲み込んだ。
土砂の混じった衝撃波は、まるで散弾銃のようにセトたちの体に叩き付けられる。
「がッ! クッ!」
耐え切れず膝を付き身を丸めた。
舞い上がった土砂のせいで周りが全く見えない。
爆発の音をモロに聞いたせいか耳鳴りが絶えず頭の中で響いている。
動けない。
「み・・・んな」
セトが絞り出すように声を出した。耳鳴りの所為で声が出せたかセトには分からない。
分からないが、すぐに状況の変化には気付いた。
舞い上がる土砂の向こうに光る無数の点が見えた。
その光は徐々に、そして一気に強くなり大きくなる。
「ッ!!?」
背筋に強烈な悪寒が走り、セトはその感覚が告げるままに真横に身を投げ出した。
ゴッ!!
爆発音が鳴り、一瞬聞こえた音は衝撃波としてセトに襲い掛かる。
力の限り叫ぶが、その声は爆発という破壊にかき消されセトは宙を飛ぶ。
数十、もしかすれば100メートルも吹き飛ばされたかも知れない。
ボールのように吹き飛ばされ、地面にぶつかり跳ね飛びグルリと回転しながら、さらに地面に叩き付けられて止まった。
「が・・・ッ」
声が出ない。叩き付けられた背中は肺にまで衝撃が走り、息ができなくなっている。
地面の上で息ができずにもがく。
土砂が雨のように落ちてくる中、断続的に爆発音が響いている。
エリウたちが襲われている音だ。
「ぐ・・・グゥ!!」
爆発に吹き飛ばされたセトの体が悲鳴を上げた。痛みを通り越し体が麻痺し始めている。
だけど、セトは歯を食いしばりながら体を持ち上げた。足に力を籠めて無理矢理起き上がる。
攻撃は断続的に続いている。
不思議なのは立ち上がったセトに来ないことだ。
(この土砂であいつだけが一方的に攻撃できるのは何か理由があるはず! 考えろ、考えるんだ!)
セトは舞い上がった土砂に潜むように息を殺し考える。
攻撃が断続的に続いているということは、まだエリウたちはやられていないという事。
そして、ファルシュはエリウたちを何度も捕捉しているということだ。
(どうして僕は攻撃されたんだ? 攻撃は一直線に僕の所まで来た。場所が分かっていたんだ。なら、なんで分かったんだ?)
そう考える今も爆発の音が鳴っている。
セトのいる所が徐々に晴れて来た。
見えて来たのは僅か100m先が舞い上がった土砂の壁に埋め尽くされていること。
その土砂がセトの近くに振って来た。
ドサッ! と砂の塊が落ち、小石が地面を跳ねながら転がった。
タッタッタッとまるで人が走るように。
ゴッ!!
それを魔力の刃が貫き、地面に突き刺さった刃が地面を吹き飛ばすほどの爆発を起こす。
近くにいたセトを軽く転がせるほどの爆風が吹き荒れる。
「ぐあああぁぁ!」
近距離での爆風をモロに受けることは全身を殴りつけられるに等しい。
セトが地面に倒され血反吐を吐き出す。
二発目を受けたことで内臓にダメージが入った。
このままでは何もできずに殺されてしまう。
「くそ・・・なん、とか・・・しないと・・・」
焦りが出てくるのに、体が全く言う事を聞かない。
懸命に腕を伸ばし目の前に転がる片手剣を掴み取る。だが、起き上がることができない。
顔が苦痛に歪み上を見上げることしかできない時、今までと違う爆発音がファルシュのいる方から鳴った。
舞い上がる黒煙。
そして、ぶつかり合う魔力の刃と青白い光球。
黒煙の中からファルシュが姿を現した。
迫りくる光球を剣で弾き落としながら強襲者を迎え撃つ。
黒煙の中に魔力の刃を数十と叩き込んだ。
煙を突き抜けガガガッ! と何かに突き刺さる。
それは黒煙をかき消して、ファルシュに突っ込んでいった。
「ウォォォォォッ!! 皆を殺されてなるものかッ!」
ルフタが障壁の神術で刃を防ぎながらファルシュに体当たりをかます。
醜い、技とも呼べない攻撃。だが、確実にファルシュを弾き飛ばし、攻撃を止めることに成功する。
全身が血まみれで、肩で息をしながらもルフタはセトたちのために。
彼らのために命を懸ける。
「まだまだァ!!」
決死の形相で天武の神術を発動し、光球を打ち放つ。
攻撃の手を止めた瞬間、ルフタは殺される。それだけの力量差がある。
それでも、セトたちが態勢を持ち直すまで退くわけにはいかない。
「警戒はしていたが、やはり神術は術式の観測領域に影響を与えるか。変化と固定・・・、まるで真逆の力と言える」
「そう真逆である! 貴様と吾輩、信じるもの、見ている未来、その全てが正反対だ!」
光球を一点収束させ、剣では弾き返せないエネルギーの塊を発射した。
ファルシュに強烈な一撃をお見舞いしてみせる。だが、即座にファルシュは魔力の刃を自分の目の前に降り注がせ幾層にも重ねて盾を作り出した。
魔力とセフィラ因子が正面からぶつかり合う。
激しい光を放ちながら、二つの力は互いに消滅し跡形もなく消えてしまった。
舞い上がっていた土砂が地面へと落ち切り、砂煙が辺りを漂う。
ルフタとファルシュが互いに睨み合いながら、動きを止めた。
空に浮かんでいる魔力の刃が砂煙から姿を現したエリウたちを狙っていた。
牽制だ。
神術をファルシュに使えば、エリウたちを守ることはできない。
だが、エリウたちを守ればルフタは自分を守ることができない。
ファルシュが目を細めた。
そして、手を動かし魔力の刃を放とうとする。
タッタッタッ・・・。
それを止めるように少し離れた所から誰かが走る音が聞こえて来た。とても小さな音。
だが、ファルシュにはハッキリと聞こえた。
舞い上がった土砂に砂煙。それに施した術式により音という情報がファルシュには可視化されて把握できる。
ファルシュに見えているのは。地面を何かが駆けた跡。その跡が赤く色が付き鮮明に見えている。
魔力を空へと走らせ。
ドドドドドッ!
魔力の刃を音が聞こえた地点よりズレた場所へと打ち込んだ。
再び空を土砂が覆いつくす。
あらぬ方向に攻撃を放ったファルシュに驚きながらも、ルフタは障壁の神術で爆風を防ぎ次の攻撃を警戒する。
その警戒するルフタを嘲笑う。
「ワタシが真実を見ているなら、キサマは事実にすら気付かない愚か者だルフタ・ツァーヴ」
ズレた場所に打ち込んだのは、地面を駆けた小石の出発点にセトがいたからだ。小石が進んだ反対方向、そこに徹底的な破壊を打ち込んだ。
舞い上がる砂煙が捉えるのは音だけではない。砂に触れる物体を見えない視界から浮き彫りにする。
音に反応し攻撃を打ち放つのは術式による自動攻撃。
対象が動けばファルシュは即座に居場所を知ることができる。
セトが小石を投げた動作も鮮明にその目が捉えていた。
子供騙しなど通用しない。
「それは貴様が望む結末である。吾輩たちが倒れ貴様に殺される未来。だがな、吾輩たちを舐めてもらっては困るであるな!」
そんな完全に王手をかけられた状態でルフタは言い放つ。
自分たちを舐めるなと。
ファルシュには負け犬の遠吠えにしか聞こえないが、警戒は解かずに周囲の気配を探る。
居場所を目視したエリウとランツェに魔力の刃の照準が合わされ、魔力を破壊因子に変換する術式で動けないアズラにも照準が向けられる。
これでチェックメイトだと、ルフタに剣先を向けた。
「ワタシの勝ちだ。全てを防ぎ切れないだろう? このまま諦めるといい。キサマが導師とどういう関係かは知らないが、知り合いならば我らの居城に案内しよう。武器を捨てて降伏しろ」
「舐めるなといったである」
「もう終わりだ」
降伏勧告を突き付けるファルシュに対しルフタは全く怯まない。
まだ、自分たちは負けていない。
ルフタの目は輝きを失っていない。
そこに絶望の色をねじ込もうとファルシュが口を開く。
「セト・ルサンチマン・アプフェルだけでは足りないか? キサマ以外を殺し尽くしても・・・いいだろう殺せば諦めも付く」
そう言った直後。無慈悲にも魔力の刃が発射された。
3ヵ所に立ち上る土砂の山。
アズラたちを殺すには十分にな威力。
勝敗が付いたと戦いを見守っていたギッサーもファルシュの下に歩いてくる。
「ルフタさん・・・オ仲間は残念ですけド。怒らないでくださいネ~?」
「怒る? 何故、ギッサー殿を責める必要があるのだ。吾輩たちは負けてないのである」
「減らず口を・・・。死体を見なければ諦めらめられないか?」
ルフタを諦めさせようと漂う砂煙を術式でかき消していく。徐々に地面が露わになる。地面に空いた無数の穴がハッキリと見え。
そこに死体は。
「・・・」
無かった。
ファルシュの目が細く、細くこの状況を認めないと睨み付ける。
そして、砂煙が完全に消え去ったその場所には。
セトとアズラが。
エリウとランツェが立っていた。
セトが片手剣とダガーを構え。
アズラが魔装・絶対魔掌を第弐魔装・絶対魔掌へと進化させる。
ランツェが槍に竜巻を纏わせながら真空の一撃を構え、エリウがその槍に立ちファルシュに爪を叩き込む準備を終えていた。
「不確定要素が・・・」
セトが足を踏みしめ、上段と上段に剣を構え力を籠める。
アズラの魔装が変化する。白銀の手甲に赤いラインが入り液体が流れるように走り抜ける。
指の部分を覆う魔装が黒く変色して、浮かびあがる腕輪のような赤い輪がより強く明滅する。
ランツェの槍が纏う竜巻が周囲の空気を巻き込み威力を跳ね上げていく。
「不確定要素がッ!」
そして、4人の最大奥義を今この瞬間。
ここで解き放った。
「「「「ハァァァァァッッ!!!」」」」
残像を生み出したと錯覚させるほどの動きで、一瞬にして間合いを詰める。二つの剣が残像と重なって振るわれた。
それは、セトが身に着けた剣術の到達点の一つ。
奥義・影双牙
望む可能性を徹底的に手繰り寄せ掴み取る。自身を蝕んだ破壊因子の可能性、ファルシュの魔装の力を。
魔装に鼓動するように首に下げた赤い魔晶石の首飾りが明滅する。腕輪のような赤い輪が輝きながら回転し可能性を掴んだ拳が放たれた。
空気という障害物のない道を最速で駆け抜ける一突きの槍。奥義・蒼槍。
エリウと共に音の壁を越える。
「不確定要素共がァァァァァァァアアアアッッ!!」
奥義・影双牙がファルシュの剣を砕き。
第弐魔装・絶対魔掌が破壊因子の可能性を完全に否定しファルシュから魔装の力を奪い去り。
奥義・蒼槍が魔力の壁を一撃で砕いて、エリウが懐へと飛び込んだ。
最速のままにその爪をファルシュに叩き込む。
「ガアァァァァッッ!!」
展開していた術式が崩壊し、魔力の刃が粉々に砕けて雪のように散っていく。
十数m以上も吹き飛ばされ、地面に体を打ち付けながらもまだ止まらない。
魔装・銃剣すら手放し、地面から突き出た岩に叩き付けられる。
「今である!! 覚悟しろ!!」
そこへ、ルフタが治癒の神術をファルシュを癒呪暴走体へと作り変えている循環型癒呪術式を破壊する神術を叩き込んだ。
ファルシュの体を青白い光が包み、すぐに効果は現れた。
「ぐぁぁぁぁあぁっぁあアアアアッ!!?」
ファルシュの体にヒビが入っていき、全身から血を噴き出していく。
重なり合った自分という存在が引き剥がされ魔力が霧散する。
ファルシュを特別たらしめた力が。今、セトたちの手で打ち砕かれた。