第百五十四話 大義を掲げた復讐者
身体を形作るルールが書き換わっていく。
肉体と魂、そして、意識に人格。
それらを全て術式にて再構成する。
ファルシュが自分自身に施した循環型癒呪術式。
それは永続的に治癒効果をもたらす術式だが、死体に使用すれば癒呪暴走体を生み出す原因となる。
非常に危険な術式。そのために禁忌の術式となっている。
だが、ファルシュはそれをエール族の血と合わせることでより上位の効果を生み出した。
肉体が意識を保ちながら不死へと変化する。
術式が生きている健全な肉体を永遠に観測し世界に再現し続ける。
それは、一つの魂で複数の世界にまたがる自分という存在を統合していく所業。
たった一つの僅かな何かが違う世界。
歩く歩数が違った世界。呼吸の量が違った世界。
そんな世界の生きている自分の可能性を術式で束ね上げる。
無限に続く世界は、無限に続く可能性。
その無限とは、生が無限に続くこと。
つまり、ファルシュは無限の残機を手にしたのだ。無数の世界にいる無数の自分。
元来、術式とは無数の平行世界から観測する可能性が発生している世界を特定し、自身の世界に出力する世界干渉装置だ。
その世界干渉装置のリミッターを血に関してのみ解除する。それは何を意味するのか。
リミッターの外れた術式によりファルシュの肉体が波打つように跳ねる。
まだダメージを負っていない体へ、別の健康な体の可能性を重ねていく。
存在に別の世界の同存在が重なり合う。
世界が無限というなら無限にファルシュという存在が重なるということになる。
それは彼の力も無限に重なる。
ファルシュの膨大な魔力が無限に重なり合う。
より高濃度に。激しく。濃密な魔力がファルシュより溢れだした。
あまりにも高い濃度により魔力を操作しなくても物質に影響を及ぼしていく。
魔力が触れた地面が分解されるように崩れ落ち。草花は一瞬で燃え上がる。
純粋なエネルギーの塊。
それを生み出すファルシュはエネルギー炉心と言えるだろう。
ファルシュが無尽蔵の魔力を自分の手足のように動かし魔装・銃剣へと注ぎ込んだ。
ほんの僅かに感じる量だけで一気にエネルギーが満たされる。
無限の力の奔流にファルシュは高揚感にも似た感覚に満たされていく。
「・・・ああ、素晴らしい光景だ。そうは思わないかセト・ルサンチマン・アプフェル」
ファルシュは劫火に燃える王都を眺めながら呟く。彼の目に入ってくるのは変わり果てた王都の姿。
城門のすぐ側から振り返るとその惨劇を見渡せる。
彼の望んだ光景だ。
「こんなに惨い光景が素晴らしいだって!? 人の痛みが、苦しみが分からないからそんなことが言えるんだ!」
こんな光景をの望まなかったセトは怒りのままに否定する。
たくさんの人を殺し、ライブラとキャンサーを裏切り苦しめた男を、セトは決して許すことができない。
「誰かのために泣いたことがあるのか! 誰かを助けようとしたことがお前にはあるのか!! みんな、必死に生きているんだ。どんなにちっぽけでも、弱くても。必死に、必死に生きているんだ。それを否定するお前なんかに」
「ある」
「!」
セトの言葉をファルシュが遮った。お前には決してないと叫ばれた感情をあると答える。
答えたファルシュの目は決して嘘偽りのそれではなかった。
「みんな必死に生きていると言ったな。そうだ。全ての人は平等に生を受け生きている。それは何者にも否定されるものではない。我が祖国も、そして亜人も」
ファルシュの言葉は本当だ。本当にそう思っている。
だが、セトには理解できない。
そう思っているなら、なぜあれだけ酷いことができたのか。シュピーゲル王を殺すためだけに無関係の人たちを大勢殺したのか。
矛盾した行動をしているのはなぜなのか。
その疑問に答えるようにファルシュは語る。
「キサマは四公国のことをどれだけ知っている? どう国が滅んでいったか想像がつくか?」
「国が滅ぶ? 何の話だ」
「何も知らないか。無知な上に大義もない。そんな者に後れを取るとは」
ファルシュが自身にとっての痛恨の汚点とも言うべき存在を。セトを睨む。
魔装・銃剣の銃口を空へと向けて、四公国の真の姿を語る。
「教えてやろう。四公国とはカラグヴァナに王族を殺され併合された、もしくは長いカラグヴァナとの戦乱の中で王族を失った国の成れの果てだ。公国として国の形を残せたのは、戦乱を長引かせないための処置にすぎない。分かるか? 四公国はカラグヴァナに滅ぼされた国々ということだ」
それが四公国の始まり。
カラグヴァナに滅ぼされた国々の屍の上に建国された国。
ファルシュは、その四公国の中でも最も新しい国、エウノミアの生まれ。
属国になってまだ日が浅いという事は、カラグヴァナへの憎しみも色濃く受け継がれているということ。
「ワタシはそんな滅ぼされた側の国に生まれた。その生まれた国ですら本来の王国としての姿をとうの昔に奪われ、自治区として地図に存在していた敗者の集まりだ」
ファルシュがかつて居たあの場所を思い浮かべる。
道端に浮浪者が溢れかえり。まともに食べ物も手に入れられない吹き溜まりのような場所を。
アーデリ自治区。
旧アーデリ王国の民が集まる地を自治区として管理し統治していた場所。管理者は旧アーデリ王国の民だが、統治者はカラグヴァナだった。
形だけの自治区。
「そんな国とすら呼べない場所は簡単に無くなったよ。貴族共の娯楽施設を造るためだけに数百の人を押しつぶし、数千の人を荒野に放り出した!」
あまりにも理不尽。
その地にしがみついて生きている人を完全に無視した政策。欲望が人を押しつぶして殺していったのだ。
その理不尽の権力にかつてのファルシュも飲み込まれた。
「ワタシは抗った。母と弟たちを救うために! 剣を手に傲慢な権力者共を斬り伏せた。だが・・・、無駄だった。カラグヴァナを倒さなければ、いくらでも湧いてくる。そのうじ虫を相手にしている間に家族は殺された」
全てを失ったあの時、ファルシュは泣いていた。悲しみと無力を嘆く涙。
憎しみを覚えるには十分な境遇。
だが、セトはそれでも理解はしても許容できなかった。
「・・・だからって、人を殺していい理由にはならない。復讐をしていいはずがない!」
「これは大義だと言ったはずだッッ!!」
セトの否定を怒りが覆い潰す。
これは大義。自治区の話は始まりに過ぎない。ファルシュの大義はそれだけでは語れない。
ファルシュが魔装・銃剣の銃口をセトたちに向けた。
大義を理解できない者を否定するために。
「忘れたか? それとも理解できないか? ならば、もう一度宣言しよう、必ず祖国をカラグヴァナから解放するとッ! ・・・そのために、まずは祖国の脅威となるキサマからだッ!!」
宣言と共に銃口から赤黒い光が溢れだした。
魔力が溢れたことで紫電が飛び散り、周囲を飲み込む。
無尽蔵の魔力が限界を超えた力をファルシュに与えていく。
指先にまで紫電が走り、握り締める魔装へとその力が流れ、白銀の魔装が黒く変色する。銃口にエネルギーが集まる。
そして、赤黒い一撃が解き放たれた。
極太のエネルギーが直線状に突き進みセトたちを飲み込んでいく。
その光景を急いで城門へと向かっていたアズラとルフタが目撃する。
王都の城壁に風穴を空け、地平線の彼方まで焦土と化していく攻撃を。
「あれは!」
「術式による攻撃か!? アズラ、吾輩につかまれ! 一気に飛ぶのである」
ルフタが飛翔の神術を発動し一気に飛躍した。
瓦礫を飛び越えてセトたちの所へ猛スピードで落ちるように飛んでいく。
「このまま突っ込むのである!」
「了解。まずはあれを何とかするわ」
アズラが魔装を構える。
目の前を通り過ぎていくエネルギーの放流。
まずはこれを何とかしないと城門に近づけない。
「ルフタ、このエネルギーの発射点まで移動して」
「う、うむ。もう長くは飛んでいられんから注意してくれ」
荒れ狂う赤黒いエネルギーの流れとは逆に進む。すると、発射点はすぐに発見できた。
こちらを見上げるファルシュが見える。
「なッ!!?」
アズラの思考が一瞬にして怒りに染まった。なぜ、こいつがここにいる。
そして、セトたちに何をした。
そのアズラの怒りを見てファルシュは嘲笑う様にエネルギーの放出を止めた。
破壊が舐め尽くした跡には、地面に転がるセトたちの姿。
「待つのだ! アズラッ!!」
「アアアアッ!!!」
ルフタの声を無視しアズラが飛び降りた。
風と火の術式が展開され、背中に風が渦巻き中心に純粋な熱のエネルギーが収束する。
それを瞬時に起爆し爆発のエネルギーを抑え込んで推進力を生み出した。
音速を超えて、目にも止まらぬ速さでファルシュの懐に飛び込み拳を放つ。
ドゴォッ!!
建物が崩壊でもしたかのような轟音が鳴り渡った。
ルフタが地面に着地して、攻撃を仕掛けたアズラを見る。
「くっ・・・!」
「やはり来たかアズラ・アプフェル」
アズラの一撃を軽々と素手で受け止めていた。
無限の魔力はファルシュの肉体を不死だけでなく極限まで強化している。
肉体への負担を無視して強化術式を施せるのだ。それは、単純な強化で終わらない。
「そこのツァーヴ族も覚えがある。かかってくるといい。祖国の敵になり得る者はここで摘み取るまでだ」
無数の魔力の刃を滲み出るように空間から生み出していく。
その量は今までの比ではない。空を覆いつくす数だ。
「強化した体に痛みが走る? キサマ、魔装で何らかの可能性を操作したな? ククク・・・、魔装の意味をこうも早く理解するとは、殺すには惜しい」
「ふざけるな・・・!」
アズラの顔が怒りで染まる。瞳孔が開ききる。
受け止められた魔装を強引に動かし、ファルシュの手に可能性を叩き込む。
魔装からの打撃を内包してしまう可能性。
それはすぐに世界へと出力された。
ズドドドドッ! と手が見えない何かに攻撃されていく感覚をファルシュは覚える。
アザが広がり骨が砕けていき、アズラの魔装が拘束を無理矢理突破した。
「ハァッ!」
顔面へと振りかぶった拳は軽々とかわされる。
ファルシュは即座に距離を取り、破壊された手を確認する。
手はすでに回復が完了していた。
「回復速度、現象の再現率共に素晴らしい結果だ。これならば万が一はない!」
アズラを追い払う様に空から無数の刃が降り注ぐ。頭上から迫る攻撃をアズラは回避してみせるが、ルフタがいる場所まで退けられてしまう。
近づけない。
魔力の刃は壁のようにアズラたちの前に立ちふさがる。
「悪いが退場願おうか。ワタシの狙いはキサマの弟だけだよ」
「ッッ!!?」
逃げ道を塞ぐように、空から刃が降り注ぎアズラたちを包囲した。
アズラたちを取り囲む魔力の壁。
そこへ、魔装・銃剣の銃口を突き付ける。
紫電が飛び、エネルギーが集まり出す。
指が引き金に触れようとした時。
「オ待ちください術導師ファルシュ様」
そこには息を切らせて走って来たギッサー・エールの姿があった。
跪き懇願するように言う。
「ファルシュ様。ソのツァーヴ族の男を殺してはなりませんワ。ソの者は導師様のお知り合い。このギッサー、その者の護衛を誓っておりまス。どうか、私の声を聞き届けて下さいまセ・・・」
額から汗を流しながら必死に懇願する。
エール族の彼女がここまで言うという事は本当なのだろうとファルシュは判断し銃口を降ろす。
だが、降ろしはしたが魔力の壁で包囲したままファルシュは尋ねた。
「一つ聞くがツァーヴ族の男だけなのだな?」
「ハ、はい! 導師様のお知り合いはその男だけでございますワ」
「そうか・・・分かった」
引き金を引いた。
極太の赤黒いエネルギーが二人を飲み込み二つ目の地平線まで続く焦土の道を作り出す。
その光景を見ながらギッサーはぺたりと力なく座り込んだ。
「ソ、そんな・・・ファルシュ様・・・」
唖然としながらファルシュを見る。唖然とした表情は恐怖に引きつった。
笑っている。
あのファルシュが邪悪な笑みで笑っていた。
「クハハハッハハハハハッ! そうだ! そうしなければツァーヴ族の男は死ぬぞ。その男がここから助かるための望みなのだろう? なら助けなければな」
ギッサーが銃口の先を見た。吐き出される赤黒いエネルギーの先。
そこに、一人で破壊の嵐を受け止めるアズラの姿があった。
魔装にヒビが入っていき、今にも崩れ落ちそうになっている。
ギッサーは即座に理解する。ファルシュは二人とも殺そうとした。
そして、導師と話せる立場にあるルフタをアズラが庇うことも計算に入れて引き金を引いた。
なぶり殺そうとしている。
口では大義を語るが、心は確実に復讐へと黒く塗りつぶされていっていた。
「う・・・」
その状況の中、セトが意識を取り戻す。
目に飛び込んできたのは、今にも赤黒い光に呑まれそうなアズラの姿だ。