第百五十三話 再戦
激闘の余波で拒絶のシェリダーの巨体が崩壊していく。
骨の肉体が崩れ落ち、砂へと返っていく。
降り注ぐ骨の残骸に注意を払いつつアズラたちはルフタのいる場所まで退避していた。
互いに体力の消耗が激しい。森羅とバティルはダメージもある。
癒呪術式で治してはいるが体力までは戻らない。
「師範たちはセトたちと合流してください。リーベとフローラたちのことは私が」
アズラが体力の消耗度合いを考慮し森羅たちを休ませようとする。
だが、森羅たちは首を縦には振らなかった。
「いえ、フローラ様たちは私とバティル殿の二人で救助に向かいます」
「でも、そんなボロボロじゃ・・・」
アズラが森羅たちの体を心配する。とても救助に行ける状態とは思えない。次に敵と戦うようなことがあったら確実にやられてしまう。
敵がゼヴと同じ強さを持っていたら、自分たちではもう勝てない。
逃げるにしても。
戦うにしても。
その体力が残っているのはアズラだけだ。
そうなのに、森羅たちは行くと言っている。
アズラは納得できない。
「ダメです! これ以上は限界のはず。やっぱり私が」
「アズラ」
バティルが力強い声でアズラを呼んだ。
その顔は真剣そのもの。
出かかっていた言葉を飲み込みアズラはバティルを見る。
バティルはアズラが納得できるように分かりやすく指摘した。
「アズラ、お前の話だとセトたちのいる城門には敵の仲間と思しき亜人がいて誰かを待っている。そうだな」
「はい」
「なら、城門に敵が集結するんじゃねぇか?」
「ッ!!」
アズラの目が見開き、その可能性を見落としていたことに驚愕する。
なぜ。
なぜ、その可能性を考えなかった。
あのエール族は何らかの理由で暴走した亜人たちが蔓延る王都で誰かを待っていた。
その誰かとはルフタの師匠らしいが、その師匠はこの非常事態に一体どこで何をしている?
城門に近づく人を殺すようなことをし人々を王都に閉じ込めて、何をしている。
敵かもしれない怪しい人物が待つ相手も敵であるのは推測が付く。
ならば、アズラが行くべきはどっちだ。
「セトが・・・! みんなが危ない!」
アズラが自分たちがまだ安全地帯にまで逃げきれていないことにようやく気付く。
目的地に着いたから安心してしまったのか。
アズラが直ぐに戻ろうとすると。
「待て! 合流場所も決めずに行ってどうする気だ。落ち着くんだ」
バティルが引き留める。彼の言う通りだ。
一時の感情だけで突っ走ってはいけない。
次のことを想定して。
考えて行動をしなければ。
「すみません・・・。合流場所は」
「城門から西の方角にしばらく行けば騎士の詰所がある。そこを合流場所にする。ハンサたちもその方角にいるから合流は容易いはずだ。騎士の詰所ならそう簡単に陥落はしない。部隊を立て直す時間さえ確保できればカラグヴァナ軍が敵を一層する。なら、俺たちは避難するだけでいい」
「騎士の詰所ね。分かったわ」
合流場所が決まり、アズラが城門の方に背を向けた。
自分たちは敵を倒しに来ているのではない。
仲間と家族と一緒に生き残るために。今、戦っている。
そのことを深く心に刻む。
「何かあったら空に向かって合図を送れ。すぐに駆け付ける」
「私たちがいつもあなたの味方であることを忘れないでくださいね」
森羅とバティルの力強い言葉。
それは、この地獄の中で不安と恐怖に駆られる心を落ち着かせてくれる。
僅かなミスも痛恨のミスも帳消しにしようと焦ってしまうアズラを正しい道に引き戻してくれる。
アズラの心に余裕が戻っていく。
急いでセトたちの所に向かおうとすると。
「待つのである。吾輩を忘れてないか?」
意識が戻ったルフタが立ち上がり自分も行くとアズラの横に立つ。
「大丈夫なの? まだ回復しきっていないはすじゃ・・・」
「たっぷりと休ませてもらったのである。それに、お前さんがギッサーと事を起こさずに合流場所まで行けるとは思えんのでな」
「う・・・そうかもしれないけどルフタひどい」
城門にいる亜人のエール族。ギッサーが何も言わずにこちらを見逃してくれるとは考え辛い。城門から離れるから敵視されないとは保証されていない。
ならば、彼女を説得できるルフタがアズラに同行するのは当たり前だろう。
戦闘で受けたダメージもアズラの処置で大分回復している。足手まといにはならない。
「お二方、騎士の詰所を目指すなら途中にいるアプフェル商会の者たちを連れて行って欲しいのである。鎧の騎士団が使用していた倉庫に避難させている」
「分かりました。私たちに任せてください」
「感謝である」
森羅たちになら商会のみんなを安心して任せられる。
ルフタの周りを見る目。先を考えての行動。
アズラにはない頼りになる力だ。アズラがルフタたち3人を助けている間に、ルフタはきちんと商会のみんなを助け避難まで完了させている。
周りを見る目が無ければ助けれる人の人数は大幅に減ってしまう。
そんな頼りになる目を持つルフタを見て、アズラの心から焦りが完全に消え去る。むしろ、必ず助けられるという自信が湧て来た。
「心配無用だったかしら」
「当たり前である。では、行くぞ」
アズラとルフタが城門に向かって走り出した。
森羅たちもハンサたちの所へと移動を開始する。
二人は敵の次の動きを警戒していた。
敵の攻撃には段階があった。
第一段階がゼヴによる亜人の洗脳と暴動の誘発。
第二段階が重要拠点への強襲。
第三段階と呼べるかは分からないが、極大戦力での蹂躙。
そして、ここまで攻めてきたのなら次があるはず。
この襲撃を完成させる何かを起こしてくるはずだ。
それを仕掛けれられる前に合流しなければならない。
でないと、この嵐が過ぎるまで祈るしかなくなるのだから。
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王都の中央付近から聞こえていた戦闘音が青白い光と共に無くなった。
城門からでは詳しい状況が分からない。だが、拒絶のシェリダーの巨体の残骸を見て、人々は喜びの声を上げていく。
拒絶のシェリダーというあまりにも分かりやすい脅威がいなくなり、自分たちの後ろにエール族のギッサーがいることすら忘れて、助かった思い涙を浮かべる者もいる。
それだけ、絶望的な状況だった。
セトたちの前に転がる魔獣クリファたちの死体の山を見れば、自分たちが死と隣り合わせだったことがよく分かる。
セトとエリウが腕と腕を重ね、勝利を分かち合う。
「姉御がやったニャ」
「うん。暴動も収まってきているみたいだし僕たち助かったんだ」
「ニャら早いとこ姉御と合流してリーベを迎えに行くニャ」
セトとエリウが早く帰ってこないかと話していると、話が聞こえたギッサーがそれは困ると口を挟む。
「アンら~、それは困りますワ。ルフタさんとあなたたちを守ると約束しましたかラ。動かれては困りますワ~」
「姉御とルフタが戻ってからニャ。それニャら問題ニャいだろ」
「ンん~、ルフタさんがそう判断したのならネ」
エリウがあいつは苦手だと嫌な顔をして目を逸らす。
正直な所セトも彼女は苦手だ。自分の大切な者とそうでない者との扱いの差が、生き物かただの物なのかぐらいの差がある。
大切な人のためになら嫌なことも出来る人のように見えるのにだ。
そう思いながらセトは、ギッサーに斬り殺された死体を見る。
側では、家族であろう人がうずくまり泣いていた。
泣いている人たちに何も言えないまま時間は過ぎる。
「速く戻ってこないかな・・・」
セトの悩みを感じ取ってくれたのかランツェがポンとセトの頭を叩いた。
気を落とすな。
そう励ましてくれている。
「・・・亜人がいない」
ランツェがぽつりと呟く。
辺りを見回すと確かに亜人がいない。あれだけ王都中で暴れていたのに今は一人も。
そのことに気付いた所為か、城門に静寂が広がっていることにも気付く。
「何だろう? 終わったのかな?」
王都を襲っている出来事がようやく終わったのかとそんな思いがセトの頭を過る。
本当に終わったのかを確認しようと人々の中から離れていく。
魔獣クリファを押し止めていた所まで進んでみて、辺りを確認する。
「・・・とても静かだ。嵐が過ぎ去った後みたいな」
さっきまで人々が泣き叫び、死が溢れていたとは思えない静けさだ。夜の冷たい空気も感じ取れるほどに雰囲気が落ち着いている。
そこに透き通る空気を通してセトの隣から男の声が響いた。
「見つけたぞ。セト・ルサンチマン・アプフェル」
セトが振り向く。セトの思考が一瞬停止する。
その声は静寂を別の意味に変えた。
そう、それはまるで。
災厄の中心に入ってしまった世界が終焉という静けさを味わっているような感覚。
目が見開いて行き、その目に怒りと殺意が宿る。
セトの口から憎しみに近い怒号が放たれる。
「お前はッ!!」
セトの異様な叫びにエリウとランツェがすぐさま向かった。
そして、セト同様にその男を見て殺意が飛び出さんばかりに溢れだす。
殺意を向けるエリウたちを見て男は懐かしむように。
「ああ、そんな雑兵もいたな。だが、用があるのはキサマだけだ」
この男を。
その存在をセトたちが忘れるはずがない。
ファルシュ・ニヒリズム・モーン。
やせ細った顔に鋭い目つき。色が抜け落ちたまだら模様の白髪。
ミイラのような顔の男。
あの時、あの場所で戦った時と全く同じ姿。
特に装飾をしていない特色のない鎧に、ただの片手剣を腰に提げながらセトを見ていた。
「なんでお前がここにいる! 僕たちが、ライブラが倒したはずだ!」
「倒した? 雑兵如きにワタシが倒されるものか。唯一例外があるとすれば、それはキサマだセト・ルサンチマン・アプフェル」
ゆっくりとこの日を待ちわびたかのように剣を抜く。
駆け付けたエリウたちが後ろを取り囲んだが、見向きもしない。
ファルシュはセトを。セトだけを見ている。
セトを殺す。そのためだけに今日まで生き延びたと。
「キサマの存在がワタシを否定してくる。キサマのその力がワタシの信じる世界を否定してくる・・・。キサマの内にいるソレがッ! ワタシのッ! 全てを否定しているッッ!!」
ファルシュから叩き付けるほどの殺意がセトに襲い掛かる。
殺意がセトにダガーと片手剣を構えさせた。意志よりも速く本能が殺されまいと剣を抜く。
続く様にエリウたちも構えた。
あの頃の自分たちなら、ただの殺意だけで戦意を喪失し逃げ惑っていただろう。
だが、もう自分たちはあの頃の弱いままではない。
一回りも二回り、それ以上に強くなった。
どれだけ、強大な殺意をぶつけられても跳ね返して抗おうとするほどに強く。
「当たり前だよ。ライブラを苦しめて、キャンサー王子を殺して! そんなお前が世界に肯定なんてされて堪るかッ!!」
強大な敵に立ち向かえるまでになった。
セトたちの気配の違いをファルシュは即座に感じ取る。
戦士。そう戦士だ。ファルシュの目の前にいるのは一人の戦士。
あの時の雑兵ではない。
「クク・・・クハハッ! なるほど、あの時のままではないか。そうでないと面白くない・・・、キサマが手にした全てを否定しなければ、ワタシのこの屈辱は消えないッ収まらないッ!」
ジジ・・・。
周囲に魔力が満ちていく。それも膨大な量の魔力が。
ファルシュの体に魔力が満ちていき、可視化された魔力が白い球状の壁となってファルシュを包み込む。
そして、その右手には魔装・銃剣が構築されていっていた。
セトが片手剣を中段に、ダガーを下段に構え防御の体勢で迎え撃つ準備をする。
ファルシュは初手から全力で来る気だ。
ならば、今持っている全てでセトは反撃する。
「ウォォォォォッ!!」
セトが雄叫びと共に突っ込む。
同時にエリウとランツェも動いた。3方向より同時に仕掛ける。
ガガガッ!
剣が槍が、爪も。
全て魔力の壁に受け止められる。
「不確定要素はここで排除するッ! 今度こそ確実にだッ!!」
魔力の壁がグニョリと歪に形を変えた。
不定形となったそれは、鋭く伸び魔力の刃となってセトたちに襲い掛かる。
「くっ!」
「ニャッ!!」
セトとランツェが弾き返し距離を取るが、エリウが裁き切れずに肩を斬られ血を流す。
それを見たファルシュがエリウに猛攻を仕掛けた。
「ッッ!!」
無数に展開された魔力の刃がエリウを取り囲み完全に包囲する。
確実に数を減らす。
最適化された行動がエリウを襲う。
「エリウッ!!」
「ニャァァァァア!!」
乱れ飛ぶ刃の嵐。それを阻止しようとセトとランツェが攻撃を叩き込むが、ファルシュに届かない。
ドドドドドドドドッッ!!
無数の刃が地面に突き刺さり砂煙が舞い上がる。
セトの顔に焦りが出た。このままではエリウが殺される。
「ランツェさん。僕に続いて一点だけを攻撃して!」
「ああ!」
セトたちを狙う刃を弾き返し、魔力の壁に全力でダガーを突き付けた。
しかし、紫電が散るだけで突破できない。
そこへ、ランツェがセトの指示に従いダガーが刺した場所へ一寸もズレずに突きを放った。
魔力の壁にヒビが入り槍が突き刺さる。
「チッ雑兵が!」
ファルシュはすぐさま魔力の壁を放棄し、その魔力を暴走させた。
セトたちの目の前で魔力が激しく明滅する。
臨界に達したエネルギーは容易く起爆した。
突っ込んできたセトたちに暴走するエネルギーを叩き付けた。
だが、魔力の壁を放棄したという事は、魔力の刃も一時的に放棄したことになる。
「ニャァァ! そこォォォ!!」
その隙を。魔力の刃をかわし切ったエリウが見逃さない。
ファルシュの懐目掛けて一気に飛び込んでいく。
排除しようと、ファルシュが魔装・銃剣を打ち放った。エネルギーチャージ無しでの速射。
それを体を捻って避けて見せる。
「ッ!」
懐に飛び込んだエリウにファルシュが剣を横に振るった。
だが、その剣は空を切る。
エリウが下に潜り込み足に一撃を。
「・・・ッ!!」
いきなり真下に向かって魔装・銃剣を打ち放った。そんなことをすれば当然爆発はエリウどころかファルシュをも巻き込む。
いや、違う。
魔力の壁の再展開が間に合ったから真下に打ったのだ。
宙に浮かび距離を取るファルシュ。
爆発の煙が晴れていく。
「・・・」
そこにはセトとランツェに守られたエリウの姿があった。
3人ともファルシュの攻撃をものともせず耐えきってみせる。
それを見たファルシュは表情を変えた。殺意に満ちた表情から、無機質な完成された騎士としての顔へ変わっていく。
「・・・いいだろう。使わせてもらうぞ血の根源の力を」
ビキリ・・・とファルシュの顔に血管が浮き出ていく。それはラバンやシャホルたちのように。
さらに、自身に術式を施していく。
術式で観測する。常に無傷な自分の体を。血の根源によってその可能性を強制的に引き上げて。
自分自身に禁忌の術式を。
循環型癒呪術式を施しその存在を死から最も遠い呪われた存在と化す。
癒呪暴走体へと。