第百五十二話 今の全力を
ノネたちの計画は達成された。
当初のシュピーゲル王殺害という目的は達せられなかったが、その死亡が確認され計画を満たすに値する結果となった。
王が不在の混乱期。それを利用しての亜人たち独立。
ティル・ナ・ノーグの建国がノネと彼女に従うアーデリ王国最高戦力である五血衆の目的だ。
反乱を起こしたアーデリ王国も、その国力の差により数年後にはカラグヴァナ王国に敗北するのが残酷なまでに分かっている。
ただ抗うだけではダメなのだ。
剣を抜き立ち上がるだけではダメなのだ。
カラグヴァナを倒せなくとも、一時的に王国に膝を付かせその隙に支配圏の者たちを独立させる。
そうすれば、カラグヴァナはアーデリ王国だけでなく全ての属国だった国々と対峙することとなるだろう。
旧支配国と新独立国家群。
亜人の国ティル・ナ・ノーグの独立はその一歩となり独立運動の波は確実に広がる。
奴隷であった亜人がカラグヴァナに勝利したという歴史とともに。
王のいない王宮を降りていくノネたち。
六角形の台座は王宮の外にまで独りでにノネたちを乗せて進んでいく。
その進んでいく途中、誰一人としてすれ違うことがない。
王宮が物家の殻となっている。
「タウラス第一王子は逃げちゃったかな?」
自分たちが王を殺しに来たと知っていたタウラス。彼を殺さないと折角与えたカラグヴァナへの混乱がすぐに消えてしまう。
王になるための準備をしていたタウラスが、シュピーゲル王の死亡を知って動かない訳がない。
ノネは考える。タウラスを追うべきか。それとも、計画を完遂としてティル・ナ・ノーグの独立を声高らかに宣言すべきか。
どちらもかなり重要だ。
タウラスを逃せば確実に戦争となるだろう。アーデリ王国とティル・ナ・ノーグにカラグヴァナの全軍を持って攻めてくるのが分かる。
だが、ティル・ナ・ノーグの独立が遅れれば、その間にアーデリ王国が敗北するという最悪のシナリオも出てくる。
完璧を求めてリスクを取るか。最悪を想定して将来にリスクを回すか。
難しい選択だ。ノネが頭を悩ませていると。
「導師様」
悩むノネを心配したヌアダが声を掛けた。
ヌアダの声に一旦悩むのを中断するノネ。
「何かな? 大事なことを考えているのだけど」
「タウラスを追うか。追わないかを悩んでいるのだろう? なら、追わないでいい」
「え? どうして?」
ヌアダの言い切る回答にノネが何故と聞き返す。
重要な決断だ。何か根拠でもあるのか。
「万が一、タウラスが短期間で王位を継承しカラグヴァナ全軍で攻めて来たとしても、そのことを想定したジュゼッペ卿が独自に対抗処置を講じている。それの成果がそろそろだ」
「ジュゼッペ卿が動いてくれてたんだ。後でお礼を言わなきゃ。それで対抗処置というのは?」
「今は言えない。だが、こちらの要求の一つでも向こうが飲んでくれたとしたら亜人の独立は確実となる。アーデリ王国もだ」
「ジュゼッペ卿の戦場は政治だから、その飲ませようとしている相手もそういう事かな」
「ああ。彼らが動けばカラグヴァナはその矛を納めざるを得ないだろう」
そう告げるヌアダの目はまさに指導者としての鋭い目つきだ。龍の顔が余計に威厳と言うものを付け足している。
ノネは導師と呼ばれアーデリ王国の指導者的立場に収まっているがとんでもないとノネは思う。
自分がこの立場を維持できているのは彼らのおかげ。
武力の将
知略の将
それがヌアダとジュゼッペの二人。
彼らを巡り合わせたのはノネだが、彼らのおかげで今の彼女がいる。
その一人であるジュゼッペが講じた対抗処置なのだ。
何も問題は無い。彼の成果を待つだけだ。
「分かった。じゃあ戻ってジュゼッペの報告を聞こうかな」
今後の方針は決まった。
ノネとヌアダが王宮の外へと出ていく。外ではシャホルとラバンが二人を待っていた。
少々遅い合流でもう退却するが、シャホルたちは文句を言ったりはしないだろう。
何気なく合流した二人だが、ノネがよくよく二人を見るとラバンが両腕を斬り落とされていた。
自分の血を操作し腕のように形作っているから気付かなかった。
ちょっぴり怒りながら心配するノネと泣きながら失恋したことを報告するラバン。
その会話は微笑ましいがどこかズレている。
そのズレにノネは気付けない。そして、ノネのズレに気付きながらも何も言わずただヌアダは見守るだけだった。
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巨体を裂かれ、核を破壊され地面に倒れ伏す拒絶のシェリダー。
動かないその巨体はそれだけでも人々に恐怖を植え付けている。
王都にのさばる魔獣の砦。
その骨の全身は異常と異形の象徴だ。
そんな拒絶のシェリダーの巨体の一部が突如動いた。
小さく膨らみ内部より押し広げられる。そして、中のそれを吐き出すように膨らみは破裂した。
骨と肉片が舞い飛びながらバティルが飛べ出てくる。
だが、その姿はズタボロで胸の鎧に大きなツメ跡が刻み付けられていた。
外へと吹き飛ばされたバティルを追う様にもう一つの影が飛び出て来た。3、4mはある大きな肉体が拒絶のシェリダーに空いた穴をさらに大きく広げてゼヴが姿を現す。
バティルの頭を乱暴に掴み、拒絶のシェリダーの体内へと叩き込んだ。バティルの身体が骨の巨体にめり込みもう一つの穴が空く。
再び体内に投げ戻されたバティルを森羅が風の術式で受け止め地面への激突を防ぐ。
術式を使用しただけで森羅が荒い息を吐いた。
もう魔力がほとんど残っていない。魔力の消費量が少ない術式でも体に大きな負担が掛かる。
バティルも立ち上がろうとするが脚に力が入らなず膝を付く。
二人はもう戦う力を使い果たしていた。
「四大系もあと数回が限度ですね・・・」
魔力の残量を確かめながら何とかしようとする。
拒絶のシェリダーの体が一撃で粉砕され大穴が空いた。
森羅が苦しい顔をしながら体内に舞い戻って来たゼヴを見る。
今までの遊びではない。
こちらを殺しに来ている。
拒絶のシェリダーの核を破壊しようとする者を排除せよという命を受けたゼヴ。
だが、その命を果たすことができずに核は破壊された。
それは屈辱でしかない。
弱者に後れを取るなどゼヴのプライドが許さない。
「グォォォォォォォォッ!! どうしたッ! もう終わりか。ならば死ぬといいッ!!」
咆哮と共にゼヴが自分を上回る10mほどの巨大な骨を掴み森羅たちに向かってぶん投げる。
それは巨大な槍の如く森羅たちの頭上に突き刺さった。
轟音と骨の破片が飛び散っていく。
その中から森羅とバティルが姿を見せた。死に物狂いでゼヴに抗う。
その二人に対しゼヴが口を大きく開いた。大量の空気を吸い込み胸を膨らませ。
「グォォォォォォォォッッオオン!!!」
咆哮という音響兵器が発射された。
ゼヴの前にある全てが分子レベルまで分解され消滅させられていく。
拒絶のシェリダーの四分の一は消し飛ばすほどの威力。
その威力を見せつけたゼヴは、さらに息を吸い込んだ。
まだ、二人の気配を感じる。
臭いを感じる。鼓動が聞こえる。
それらが消えて無くなるまでゼヴは何度でも叩き込む。
大量の空気で膨らんだ肺を胸と腹の筋肉で圧縮する。
空気が音響兵器へと変換される。
ゼヴが再び咆えようと口を開いた。
その時。
「させるかァァァアアアアア!!」
突如、乱入したアズラの拳がゼヴの顎を突きあげた。
吐き出されるはずの咆哮が行き場を失いその場で暴発する。
圧縮され振動を帯びた声が無茶苦茶な軌道で辺り一面を破壊し尽くす。
「ぐぅううッ!!」
無秩序な攻撃がアズラを襲う。魔装・絶対魔掌で咆哮を掴み捻じ曲げていくがその強大な威力を抑えきれない。
魔装から溢れて、アズラの衣服を裂き、肌に傷を付ける。
咆哮を押さえつけるために動けなくなったアズラに、まだ動けるゼヴが襲い掛かった。
口から大量の血を吐きながらもその目は殺意に満ち。
振り上げられた凶悪な爪がアズラに迫る。
「アズラ! 手を開きなさい!!」
森羅の咄嗟の叫び。
それを聞いたアズラが迷わず手に掴んでいた咆哮を手放した。
暴れ狂っていた咆哮から手を放せばどうなるか簡単だ。
ゼヴの咆哮とゼヴの爪が互いに全力でぶつかった。
衝撃でアズラが地面を転がり、ゼヴの腕が咆哮に切り刻まれる。
「ガァァァァァッッ!!? おのれ人間の小娘!! どこから湧いて出た!?」
アズラの一撃が致命的なダメージをゼヴに与えていた。
内臓を破壊し右腕もボロ雑巾のようになっている。
戦況が一変した。
互いのダメージは五分五分といったところ。だが、アズラが来た分、森羅たちの方が有利だ。
「アズラよく来てくれました。助かりましたよ」
「いえ、それよりこいつをどうします?」
アズラがゼヴを睨む。
ダメージを与えたとはいえ、まだ力が残っている。
まだまだ底の知れない相手だ。
「ここで仕留めます。私たちは援護に回りますから、アズラ頼めますか?」
「もちろんです!」
「頼むぜ。そろそろ酒が飲みたい気分なんでな!」
「無駄口叩けるならバティルさんは大丈夫ね」
アズラのツッコミに苦笑いするバティル。
「ヘッ、違いねぇ!」
いつの間にこんなに立派になったと誇らしく思う。
自分がアズラを頼る日が来るとは、あの時は思っても見なかった。
大剣を担ぎ、残った力を全て注ぎ込む。
体力とダメージを考えて援護できるのは一度だけだ。
一度だけアズラの全力に合わせられる。
息を合わせてアズラたちが走り出した。
三方向に広がりながらゼヴに迫っていく。
そのアズラたちにゼヴは転がる巨大な骨を投げ飛ばして叩き潰そうとしてきた。
骨の柱が地面に次々と突き刺さっていく。
一撃も貰う訳には行かない。アズラたちは全てをかわしゼヴを取り囲む。
「バティル殿! アズラ! 行きますよ!」
「はい!」
「おう!!」
森羅の掛け声と同時に、術式が発動した。森羅の残りの魔力を全て注いだ攻撃。
拒絶のシェリダーの骨が動き、ゼヴの体を縛り付けた。
骨による拘束。だが、ゼヴはそれを軽々と腕を動かすだけで壊す。
そこにバティルが大剣を叩き込んで押さえつけた。ゼヴの腕と大剣が押し合い互いにぶつかり合っていく。
そして、完全に動きを封じられたゼヴへアズラが仕掛ける。
魔装・絶対魔掌に魔力を束ねていく。
魔力とは世界を観測する力の源。現象を世界を再現できるモノ。
魔装にそれを掴んでいく。アズラが出し得る最大の攻撃を成し得る可能性を。
それを掴む。
世界がまだ空も大地もなく漂うそれだった時の可能性を。
魔装が青白い光を掴んだ。それは世界を毟り取る一撃へと変わる。
アズラの放つ一撃を見てゼヴが叫ぶ。
「それは兄者のッ!!? ヌ、ヌハハハハ! そうか貴様はそうなのか!!」
「ハァァァァァッッ!!」
極大の一撃がゼヴに直撃する。
「オォォォッッオオォオォォォォォ!!!」
青白い光が球状に広がりゼヴを包み込む。辺りに叩き付けられる衝撃波で森羅たちは吹き飛ばされ、攻撃を放ったアズラも宙を飛んだ。
3人が地面に叩きつけられながら数メートルも転がっていく。
青白い光が全てを世界から毟り取って膨張し、直撃を受けたゼヴも体が崩壊を開始した。
逃れようと爪を球状の光に叩き付けるが、叩き付けた手が削げ落ちるように消滅する。
ゼヴが直感で。本能で感じ取る。
敗北すると。
「ヌハハハハ! このゼヴがッ! 亜人の始祖たるこのゼヴがッッ!! ヌハハハハ! ヌハハハハハハハハハッ!!!」
骨の地面をくり抜き、その下の王都の大地すら毟りながら光は膨張し続け、臨界に達した。
世界が白に塗りつぶされる。
景色が無くなり、音も消えうせ爆発はアズラたちをも飲み込んだ。
目を開けていられずに手で顔を覆う。
衝撃は一瞬で通り過ぎ、目を開けてみれば世界は元の色に戻っていた。
全てを破壊し尽くして、土肌のクレータをそこに作りながら。
アズラの目の前には、森羅とバティルが立ち壁となって爆発から守ってくれていた。
アズラ自身が制御できない一撃を放ったのだ。
それは自爆に近い攻撃。だが、そうでもしなければあのゼヴには勝てなかった。
アズラが慌てて癒呪術式を二人に施していく。
二人とも意識はある。こんな自爆じみた攻撃で倒れるほど二人は軟じゃない。