第百五十一話 仕組まれた結末
全ては亜人の解放のため。
全ては人間への復讐のため。
ただそれだけのために、導師たちはここまで来た。
彼らの後ろには王宮を守護する騎士たちの骸が転がる。
人の世の終わりだと見せつけるように。
亜人の世の礎になってもらうために。
導師たちが王宮の門の前にまで迫った。巨大な石像が左右に並ぶ白いクリスタルのような門の先に、青い結晶と表現できる美しい建造物が見える。
王宮べヘアシャー。あの中にシュピーゲル王が、導師たちの敵がいる。
その敵のいる所に向かって足を進めた。
すると、左右に並んでいた石像が駆動音を立てて動き出していく。
導師たちの侵入を阻止するために大型の術導機が起動し道を塞ぐ。
立ちはだかるのは二体の術導機。リュストゥング・九式。
王宮べヘアシャーを防衛する大型術導機である。見た目は砲撃タイプのクリンゲ・十五式に似て石像のような感じだが、その体のあちこちに武装を搭載しているのが特徴だ。
近距離、遠距離共に対処可能の万能機。
その分、武装が多くなり機体も大きくなった開発経緯があるが、防衛する上では何の問題もない。
目の前の標的を排除するのにも、むしろ機体の大きさはプラスになる。
リュストゥング・九式が右手に巨大な大剣を構えた。まるで盾と剣が一体になったような武器。
まさしく盾として機能する大剣だ。
さらに、左腕の10本の砲身を束ねた銃器を駆動させる。人間の女一人と亜人一人を殺すのには過剰戦力。
それが普通の相手ならば。
「・・・」
リュストゥング・九式を無視して通り過ぎる導師たち。
無視されたリュストゥング・九式は動かない。もう動くこともない。
胴体に大穴を空け、何をされたのかを術式で観測することもなく破壊され、煙を吐きながら倒れる。
王宮を防衛する術導機の大半を暴徒化した亜人鎮圧のために駆り出したため、扉までの道を妨害もなく悠々と歩く導師たち。
そして、侵入者を拒むように固く閉ざされた扉をヌアダは手を触れるだけで破壊した。
王宮への道を閉ざす物が全て消え去った。
一歩立ち入った瞬間に薄暗い空間が広がる。
宙に浮かぶ術式のコードが異常を示すように赤く光っては消えていく。
筒抜けになっている床から上層部の街並みがよく見える。愚かな人間の国が燃える姿が。
「来たか・・・」
男の声が王宮内に響く。
導師が上を見上げ、守るようにヌアダが前に出た。
薄暗かった空間に光が差し込み天井が六角形状のパーツ群に分離していく。その中から一つの六角形の台座が導師たちの前へと降りて来た。
光に包まれながら近づてくる六角形の台座の上には数名の人影が確認できる。
導師が目を細めその影たちを睨んだ。影の中に一番会いたくない奴がいる。
影の中からまだ若い中年になったばかりの男が台座の端へと進み出てくる。
導師たちを見下ろしながら男は初めて見る敵を忌々しそうに見ていた。
「ようこそ。招かれざる客人たちよ。歓迎しよう」
その男は、このカラグヴァナ王国の実質No.2にして王位継承権第一位。
タウラス第一王子。
二人の黒緑と赤黒の鎧の禍々しい印象を与える騎士たちに守られながら、自分の野望の邪魔になる者たちを迎え入れる。
王になるための下準備はもう終えている。
後はそのために利用させてもらった敵が障害になる前に排除したかったのだが。
「ここに来たという事は殺しに来たのだろう? 我が父シュピーゲル王を」
タウラスの他人事のような言い方に導師が分かっていながらも回答する。
「ええ、そうよ。貴方もそれを望んでいるのでしょう。宮廷から生きて出て来たという事は私たちが来るのを知っていたという事。邪魔をしないでほしいかな」
「残念だがそういう訳にも行かなくてね。王をみすみす殺されたとあっては私の権威が地に堕ちる」
タウラスが片手を上げ、側近の騎士たちに指示を出した。
騎士たちが台座から飛び降り導師たちを殺そうと武器を構える。
槍と盾。
タウラスの配下である槍の騎士団と盾の騎士団。その団長たち。
槍の騎士キドゥンと盾の騎士マーゲン。
実力はカラグヴァナでもトップクラスだ。例えなにが起きようとも対処できる戦力としてこの二人をタウラスは連れて来た。
敵が上位亜人であろうとも後れを取ることはあり得ない。
タウラスが許さない。
「死んでもらおう。罪状は好きなだけ選ばせてやる」
「死んだら選べないと思うけど?」
「今、選ぶといい」
その言葉を合図に槍の騎士キドゥンが高速で槍を突き出した。迷いなく導師の顔を狙う。
5mは離れていた間合いが意味を成さないかのように槍が導師の眼球直前まで接近するが、それが、直前で止められた。
ヌアダが突き出された槍を掴み受け止めて見せる。
その握力は騎士の一撃を軽く受け止めてしまう。ヌアダがキドゥンたちを睨む。導師に手を出すのは許さないと声なき警告が発せられている。
キドゥンは即座に掴まれた槍を放棄し、術式にて新たな槍を構築した。土や水から作り出したのではない。空間から槍を構成した。
それは、術式の観測対象が単純な四大系ではなく複合的な構成物である証拠。キドゥンの術式のコードが異常なまでに高度なことを意味している。
新しい槍を構えるキドゥンを見ながらヌアダは相手の力量を推し量っていく。
この二人は自分に抗うほどの強さを持っているのかどうかを。
握り締めた槍を塵にしながら、青白い光球を手の平に浮かべた。
それを試すかのように騎士たちに打ち放つ。光球が音速を軽く超えて直線状に飛び大きく球状に広がった。騎士たちを呑み込み世界から毟り取る一撃が王宮内で炸裂する。
球状に広がった光は一瞬で縮小していき、王宮の床に大きな窪みを残して消滅していく。
毟り取った後を見てヌアダが少し興味を湧かせた。
「ほぅ・・・面白い」
窪みの中心に大きな盾がそびえ立っていた。
ヌアダの光球を真正面から受け止め耐え切るだけの強度を持つのは、盾の騎士マーゲン。
盾の後ろから無傷のキドゥンが姿を見せる。そして、青白い光の槍をヌアダに突きつけた。
その槍は世界を毟り取る。
ヌアダと全く同じ力を宿しながら槍をヌアダの心臓目掛けて投げ放った。
全く同じ速度、同じ威力で放たれ。一つ、槍という要素が付け足されてヌアダに迫る。
だが、その程度なら問題ないと素手で槍を受け止め握り潰す。
「複写? 模倣系統の術式か。ならあの盾は現象の捕縛、解析が目的だな。同じ手は余り使えないか」
「ヌアダ大丈夫? 手を貸したほうがいいかな?」
「無用だ。捕縛しきれない威力で吹き飛ばせばいい」
ズズゥン・・・。
世界が揺れる。光の波紋が。ヌアダの手に力が集まっていくのが分かる。術式で正確に観測できない力。
力が大きくなればなるほど正常値から遠ざかっていくのが目に見えて感じ取れるほど、その力は異常だ。
マーゲンが盾に魔力を通し、ヌアダの攻撃に対抗しようとする。
先ほどヌアダの攻撃を防ぎ力の一端を捕縛してみせた盾だが、この力の前にはただの板切れのようだ。
防げる気が全くしない。マーゲンの額に汗が滲み出てくる。
ヌアダが異常の力を手に束ね打ち放つ姿勢を取った。
騎士たちが警戒を最大値まで跳ね上げさせる。ヌアダの動きを見逃さないと瞬きすら忘れて凝視し続ける。
ヌアダが腕を振り上げた。
その時。
「待て。ヌアダ」
タウラスの後ろで静観していた者がヌアダに待てと要請した。
命令ではない。要請だ。
その要請をヌアダは聞き届ける。
振り上げた腕を降ろし力を霧散させる。
「お前にも止められるか・・・。私を止めるのならばそれなりの用があるのだろうなディオニュシオス?」
ヌアダが教皇を。ディオニュシオスを見る。
ディオニュシオスが前へと進み出て来た。タウラスが横に退き跪く。
上下関係は明らか。となると、ディオニュシオスが導師たちの敵の頭ということになる。
「もちろんだとも。王宮を消滅させれば貴様らの目的は永久に果たせなくなる。それは未来永劫に続く戦乱の始まりじゃ。余はそんな未来など見たくはない」
ディオニュシオスの回答に導師が鋭く言い返す。
「王宮が無くなれば私たちの勝ちじゃないかな?」
「フンッ。王宮がなくとも王の死を確認できなければ国は止まらぬ。滅びぬ。滅び損ねた国はすぐに新たな王を誕生させカラグヴァナは永遠に貴様らの命を狙うじゃろう。それでは困るのだよ」
「だから、ヌアダに手加減をしてほしいっていうの? 虫が良すぎないかな」
「そうは言っておらん。通るといいシュピーゲル王の玉座にまで」
その言葉の意味を皆が理解するのに、ほんの数秒、数秒かかった。
そして、意味を理解し、意図を読めないタウラスが異議を唱える。
「お言葉ですが猊下! シュピーゲル王を敵に打ち取られたとなれば、私の王位継承に支障が、いえ、他の者に奪われる隙」
「黙れタウラス」
「を、な・・・。し、しかし・・・」
「口を閉じておれ青二才が。さて、では改めて言おう。通るといい」
ディオニュシオスの冷たい視線。言葉。
それらが、通れと告げている。
ヌアダはその言葉通りに歩き出した。導師も慌てて付いていく。
騎士たちを通り過ぎ、ディオニュシオスたちの乗る台座を横切っていく。
通り過ぎる間際、ヌアダがディオニュシオスを見て。
「変わったな。月日は人をここまで変えられるものなのか」
「それはお互いじゃろうて。それに・・・」
ヌアダから視線を外したディオニュシオスが導師を見る。その目は怒りでも悲しみでもない。
失望の目だ。
ディオニュシオスは失望しながら導師を見る。
「変わり果てた者が貴様の隣にいるではないか。のう・・・裏切り者よ」
神官服の上からローブを被って顔を隠していた導師は深々とローブを被り直す。
顔が見えないように。ディオニュシオスの目が見えないように。
「人違いじゃないかな」
「フッフ・・・そうか。それは失礼をしたな。元神官長」
嫌味を込めたディオニュシオスの言葉を無視し導師は通り過ぎていく。
通り過ぎた導師たちの後には、空間からにじみ出るように黒い神官服の者たちが現れる。導師たちが通り過ぎるまでの間、彼らを見張るために姿を隠していたのだ。
その中から、腰まで伸びる長い白髪に女性と見違えるほどの白い肌と美貌を持つ男。
ヴェヒターが姿を見せ。
「始末はしなくてよろしいので?」
「よい。これでカラグヴァナは戦火に呑まれる。そうなれば奴らも表舞台に出て来らざるを得ない」
「では、アレを」
「始めろ。余の国が生まれ、後は力を目覚めさせるのみ。・・・・・・フハハ・・・、フッハッハハハ!!」
ディオニュシオスの笑い声が響き渡る。
全ては彼の思惑通り。
そうすべてが彼の思い描いたままの未来。
その未来の贄となった者にディオニュシオスは顔を向ける。
「そうじゃ、お主には感謝せねばなぁタウラス。お主のおかげでカラグヴァナは余のモノとなる。そこで傀儡の王を演じるとよい。余の力がある限りお主の権力は揺らぎはしない!」
「は・・・い。もったいなきお言葉。その通りでございます猊下」
感情を飲み込み、自分を殺してタウラスは従う。
まだだと、言い聞かせながら忠誠を見せる。
その心をディオニュシオスに見透かされているとも知らずに。
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天井には青空を模した風景が映り、永遠に広がるかのような花園。
王との謁見の間に続く道。
六角形の台座に乗ってそこまで上がって来た導師とヌアダは、花畑を横断する銀の道を歩いていく。
今、自分たちが人を殺しに来たことを忘れさせるような空間。
穏やかな風が花の香りを運んでくる。
その静寂と癒しに包まれたその道に一人の騎士が佇んでいた。
カラグヴァナ王国最強の騎士。
シュピーゲル王が唯一信頼する最強の駒。
兜の騎士団、騎士団長にして近衛騎士でもある者。
白銀のシェーンハイト。
全身を関節部を大きく逃がした白銀の鎧で包んでいる。
必要最小限の鎧を胸と頭部、手甲に脚へと取り付けそれ以外はむき出しの姿、腰の部分にはスカートのような青の装飾がはためき、それは騎士ではなく、戦乙女。
美しき騎士だ。
美しい黄色く輝く金髪と深い青い瞳。同じカラグヴァナ人でも二人目は確実にいない美しい印象を与える顔。
白銀のシェーンハイトが柔らかく透き通る声で二人に話しかける。
「お待ちしておりました。陛下がお待ちです」
導師たちの返事を待たずに背を向け歩き出す。導師とヌアダは警戒をしつつ後に続く。
白銀のシェーンハイトはただ静かに長く伸びる銀の道を進み続ける。
そして、霞んだ雲が掛かったような先の向こうに玉座が見えた。
空間に浮かぶように銀の板が浮かび階段となっている。
階段の一番上に謁見者が立つ場があり、そこより上にシュピーゲル王がいた。
大きい。それだけでなく威厳を放つ風格。
こんな人物が目の前にいれば跪きたくなるほどの感情を与えてくる。
歳を感じさせる色の抜けた長い金髪。澄んだ青い瞳。長いヒゲを蓄えた顔。
銀の鎧に、銀の王冠を身に着けた2m超の大男。
シュピーゲル王の前に二人が立つ。
導師がその思いを告げる。
「お初にお目にかかりますシュピーゲル王。私がここに来たのは他でもない・・・亜人たちを。亜人たちの解放を望んできました」
顔を覆っていたローブを外す。
その素顔を露わにする。
薄いピンク色をした長髪に白い、美しいというよりは体が弱そうなほど、肌が白い顔。
だが、歳を感じさせない力に満ちた目をしていた。
彼女が。
ノネ・デカダンス・メーディウムが。
「ここに来るまで多くの血を流しました。たくさんの人たちが傷つきました。でも、その全てを合わせても亜人たちの悲しみと憎しみには遠く及ばない!」
虐げられる亜人たちの総意を背負って。
「だからッ!」
要求する。
「今すぐ亜人の解放をッ! そして、領土の割譲、および亜人による国。ティル・ナ・ノーグの独立を認めていただきますッ!」
荒く息を吐きながら、渾身の力を籠めて言い放った。
ここに至るまでに捨てた全てを籠めて。
こうなるまでに得た全てを懸けて。
ノネは、カラグヴァナの王。シュピーゲル王に挑む。
「・・・」
だが。
「・・・」
ノネのその想いを。
全てを。
シュピーゲル王は無言で返した。
「・・・・・・それが答えなのですねシュピーゲル王」
分かってはいた。こう、返されることも。
まだ、拒否されるよりマシな回答か。
それでも、認められないなら。力ずくで認めさせるだけだ。
王を殺して、望むものを奪い取る。
ノネがセフィラを召喚する
ツァドキエル。
人の顔が横に並ぶように胴体を構成しそこから足が4本伸びており、さらに頭のある部分から人の上半身が付いている。ケンタウロスのようなセフィラ。
ノネの横に並び細長い血肉の槍を腕から出す。
そして、それを手に取り握り締めた時。
ヌアダが異変に気付いた。
「? 待て。様子がおかしい」
ヌアダが手の平をシュピーゲル王の方へと掲げる。
何かを感じ取るように目を瞑り、何かを確かめた。
そして、ヌアダは衝撃の一言を告げる。
「・・・もう死んでいる。ディオニュシオスが仕組んでいたな」
「そっか。怒りをぶつける相手はもういないのか」
「何を言っている? その役目はタウラス第一王子が引き継ぐ。勝ち取るぞ我らの子たちのために」
「うん」
もう、怒りをぶつけることはできない。ノネとルフタが人の悪意に呑まれたその時。その瞬間に。悪意に権力を与えた張本人に。
もう、何も言うことは出来ない。
背を向ける二人。
そこへ、いきなり術式のコードが宙に浮かんだ。
それは文字となり、ノネの目の前に表示される。
それを見たノネが止まる。そして、静かに感情を爆発させていった。
「・・・謝罪のつもりかな。許さない。許すはずがないッ! 生きている内に言ってもらわないと意味がないッ!!」
ノネが振り返る。
その目に大粒の涙を浮かべ、もう答えないシュピーゲル王を睨んだ。
命尽きていた王が伝えたかった言葉。
それを胸にしまいながら。
再び背を向けた。