第百四十五話 かつて信じたソレは
アズラが魔装・絶対魔掌を構えてエール族の女の前に出る。
平気で人を殺す奴を許さない。目の前の女にどんな事情や大儀があろうともアズラの正義がそれを許さなかった。
横で話を聞いていた限りでは、このエール族はルフタの知り合いと通じているようだ。
その知り合いは、きっとルフタが信頼し尊敬している人物なのかもしれない。
だけど。
だからといって、この女は自分の都合で助ける人を選び区別している。
助かる命をその手で摘み取っている。
それが許せない。
アズラがエール族の女を睨む。
「その角と格好・・・、ラバンとシャホルの関係者ね? 丁度いいわね。聞きたいことが山ほどあるから全部喋って貰うわ!」
「アンら~強引だこト」
アズラの敵意を受けてもエール族の女はひょうひょうとししている。
まるで興味がないのか、ルフタに返事を求める。
「お知り合いさん」
「ルフタである」
「アら失礼。それで、ルフタさんどうされるの? 私に助けてもらうでいいのかしラ?」
返事を求められたルフタは回答に詰まる。
これは。回答できない。
自分たち以外の人がいる前でその人たちを見捨てて助かろうという行為など、出来るはずがない。
だが、自分たちがこのまま暴動に巻き込まれてしまうことは避けなければ。
ルフタは考える。
どうするかを。
どちらを選ぶかを悩んでいく。
ルフタが回答できないと判断し、アズラが動こうと一歩足を前に出した。
「待つのである! 彼女は師匠の知り合いなら助けると言っている。争ってはいかん!」
「目の前で人が殺されているのよ。なんでこいつを信じるの?」
「きっと訳があるのだ。理由もなく殺すはずがない」
エール族の女を信じようとするのは、無意識にノネを信じようとしているからかも知れない。
ルフタにとってそれだけノネとう人物の存在は大きいのだ。
目の前の悪など見えなくなる程に。
「なんで庇うの・・・」
しかし、それをアズラは知らない。
セトたちもだ。ルフタのこの判断を理解できず戸惑っている。
そのことにルフタも気付いている。
「アズラ、あのエール族と少し話をさせてくれ」
「自分たちだけ助かるのは」
「分かっている。説得してみせるのである」
「・・・・・・」
分かったと告げるように一歩下がるアズラ。
アズラは分かってくれた。
いや、アズラは納得していないだろう。
これはルフタが自分を納得させるための方便だ。
自分の信じる者は正しいと、正しくないといけないから自分で修正するための言い訳。
それをアズラは垣間見た。
ルフタも自分の最も弱い心を知られたことを理解している。それでも自分の恥よりノネの正しさを守るために力を注いだ。
「お前さんに聞きたいことがある」
「ナにかしら~? 答えれる事なら答えるわヨ~」
エール族の女は気怠そうに返事をした。
答えてくれるなら問題ない。ルフタは質問する。
「なぜ城門に人が近づけないようにしているのであるか?」
「ソれは~教えられないワ~」
「では城門に近づかなければ何もしないのであるな」
「エえ、そうヨ~。眺めている分には何もしないワ」
理由は教えてくれないが、やはり王都から人を出さないのが目的のようだ。
なるべく王都内に留まらせるのが目的か。
出してくれないのなら王都内で安全を確保するのが無難か。彼女と争わずに済む。
「お前さんの言いたい事は分かった。そこで頼みがあるのであるが」
「・・・通さないと言ったわヨ?」
「そこを通るつもりはない。ただ、吾輩は商会に勤めていてな。その商会に部下が60人ほどいるのだ」
まだ、王都の市場にいるであろう部下たち。
市場には奴隷市場がある。暴走した亜人が確実にいる。彼らを助け出し安全を確保するには。
「ここにその部下たちを連れてくる。どうか守ってはくれないだろうか。城門を通る気はない吾輩もここに残ろう。吾輩がいる間で構わないから守って欲しいのだ」
「・・・ノネ様の知り合いかどうかも分からない有象無象を守レ? そんな頼み聞けないワ~。弱い奴の頼みは、聞・か・な・い・の! 分かっタ?」
女はルフタの頼みを無碍に断る。
断られるのは分かっていた。だから、ルフタはノネと自分の関係を信じて交渉の材料とする。
「いいのであるか?」
「いいに決まってるワ」
「それで吾輩が死んで師匠が悲しんでも、お前さんはいいのであるか?」
「・・・アなたが死んだ所で」
「知り合いが死んだら、人は悲しむと思うぞ。それに吾輩は師匠の弟子であった。出来の悪い弟子であったが、それでも師匠の一番の理解者のつもりである。理解者が死ぬのはその人にとって最も苦しいことの一つだ。それでも・・・」
自分は今のノネのことを本当に理解しているのだろうか。一緒にいた頃は誰よりも彼女を理解していると思っていた。
ノネも自分のことを理解してくれているから、あの出会いと別れが訪れた。
再会した今はどうなのだろうか。
(もう一度会わなくては・・・)
昔の記憶が正しいのか不安になるように、かつての想いがそのままなのか不安になる。
だが、昔は確実にその想いだった。
その事実がルフタの言葉に重みを乗せる。
「ンん~・・・分かったわ今回だけヨ~。今回だけだからネ~」
「感謝である」
言葉の重みがエール族の女の首を縦に振らせた。
これで王都内に安全地帯が生まれたのだ。
あの女がそうかは分からないが、エール族は掟や誓い、約束といったものを非常に重視する。
なら、この約束に従って守ってくれるはずだ。
後は女を信じられるかどうか。
「そういえばまだ名を聞いていなかったであるな。教えてもらってもいいであるか?」
「イいわよ~私はギッサー・エール。ヨろしくねルフタさン」
「うむ。よろしくであるギッサー。では、吾輩は部下たちを連れてくるのである」
名を名乗り、ルフタと親しげに話すギッサーを見てアズラは不満を覚える。
この不満はなぜあの女を信じたとルフタに対する不満だ。
だけど、その不満を表には出さない。ルフタが暴力以外の道を示したのも事実。彼は宣言通りギッサーを説得したのだから。
そんなアズラに。
「アズラ、吾輩が戻るまで皆を頼むのである。亜人もそうであるが、先ほどからセフィラが騒ぐ感覚を覚えるのだ。嫌な予感がする気を付けてくれ」
「分かったわ。ルフタも気を付けて」
嫌な予感がすると言い残したルフタは人混みをかき分け市場の方に向かって行った。
セフィラが騒ぐ感覚。ルフタはセフィラと契約を結んではいないが、神術でその力を感じることは出来る。セフィラの力の根幹に何かあったのか。
アズラは夜空の見えない空を見上げる。この先のどこかにいるリーベの無事を祈って、ただ待つことしかできない自分を責めていた。
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ルフタの感じたセフィラが騒ぐ感覚。
それはセフィラの力を借りている神官ならば例外なく感じた違和感だ。
全てのセフィラが反応するほどの存在。
拒絶のシェリダーがジグラットから完全に羽化し動き始めた。その骨に覆われた体は昆虫を思わせるような姿で多数の脚を動かし上層区画を突き進む。
王都の街並みを押しつぶすように、家を破壊しながらただ真っすぐに目指す。
王宮べヘアシャーを。
拒絶のシェリダーが頭上を見上げた。丁度その頭上の先に王宮がある。
この王国に蔓延る差別の根源が。
そこに向かうために拒絶のシェリダーが背中を丸めていく。
大きく丸め、背中を覆う骨に亀裂が入った。さらに亀裂を大きくしていき内部より新たな肉体が飛び出してくる。
空を飛ぶための羽だ。
骨で形作られた羽は一見、空を飛べないただの骨に見える。
だが、その羽の骨格は青白い光を大量に噴き出し始め、青白い光が重なり大きな翼へと変貌していった。
巨体が宙に浮かび始める。
「オァァァアア、アァアァァア・・・ジィィィインンンンコォォォオオォロオオオオロオススウスウスウウゥゥゥゥゥウ」
悪意の叫びを上げながら完全に空へと飛び立つ。
莫大な力の奔流が拒絶のシェリダーへと集まり始め、巨体の周囲にエネルギーの塊が無数に生じる。それは破壊のみを目的とした塊だ。
その破壊者を遠くから、漆黒の龍人が。ヌアダが眺めていた。
「聖女因子がきっかけとなり亜人たちの怒り、痛み、負の感情といった心の内面を受肉させたか。痛みを与えた者どもの血肉を贄にして・・・」
ヌアダが両手に青白い光を収束させていく。
これほどの巨体。一発や二発では落ちないだろう。
例え同じ敵を攻撃するとしても強大すぎる力はヌアダたちの計画の邪魔になる。
ならば、邪魔にならない内に排除するのがヌアダの役目。
両手から青白い球体を発射した。
一直線に進み拒絶のシェリダーに命中する。青白い光が拡散しその巨体の外殻を削り取っていく。
その巨体を地面に叩き落とそうと徹底的に打ち込み続ける。
「アアァァァァアアア!! ・・・ォォオオオオトトトトォォォォォオオキキキィィィィガァァァァ!!」
拒絶のシェリダーからぶつけられる悪意。
その悪意にヌアダは哀れみを抱く。
「亜人の心が元だが意思は人か、哀れだな」
哀れみを抱く敵に拒絶のシェリダーは無数のエネルギー弾を飛ばしていく。
一発でも半径10m以上は消滅させられる威力。
それを拒絶のシェリダーの目に映る風景全てに打ち放つ。
上層区画の一方向が見渡す限り火の海に包まれた。回避する隙間もない程の破壊。
だが、無数のエネルギー弾をただの一発も貰わずにヌアダは空に浮かんでいた。
速さで回避したのではない。彼をこの程度の世界の法則で捉えるのは無駄と言える。
「落ちろ。理にもなれない悪意よ!」
ヌアダが拳を真下に振り下ろした。直後、青白い光が波のように空間を揺らす。
すると、拒絶のシェリダーが悲鳴を上げる。まるで何かに殴りつけられたように後頭部から血を噴き出し崩れ落ちる。
その巨体を上層区画の地面に叩き付け大きな砂煙を巻き上げていった。
ヌアダがさらに拳を握りしめ振り上げる。
「・・・」
だが、そこでヌアダは攻撃の手を引っ込めてしまった。
彼の前に一人の人間がいた。
深々とローブを被った人間の女。青白い光、そして、彼女を支え空を飛ぶセフィラたち。
小さなセフィラが彼女の力となり忠実に従っている。
ローブ姿の女が口を開く。
「その必要はないよ」
「・・・今日は止められることが多いな」
「ごめんね。あの子は私が産み落としたの。ジグラットに人の悪意が集まってたから丁度いいかなって」
まるで小さなミスを誤魔化すようにニコッと笑うローブ姿の女。
笑いながら生み出したのは、絶対隔離個体ネームド・クリファだ。
「人の悪意で人を殺すためにか?」
「ここの奴らは死んで当然なんだよ。気にすること無いかな」
そして、悪意も殺意もなく死んで当然と告げる。
それが彼女の価値観。
ヌアダはその言葉をただ聞き、次の指示を仰いだ。
「分かった好きにさせよう。だが、次からは私に一言連絡をしろ。ハーザクも不安がっていたぞ導師様?」
「あぅ・・・ごめんなさい」
その返事は本当に反省した返事だ。
連絡をしなかったことに対する反省。その違和感をヌアダは無視する。自分は博愛主義者ではない。
この計画を発動させた時点で、人の側に大量の死者が出ることは分かっていた。
彼女が勝手に殺すのと大差はない。
ただ静かに指示を待つヌアダに、ローブ姿の女が。
導師が指示を出す。
「コホン! じゃぁ、今から王宮に攻め入ります。目的はシュピーゲル王の殺害。いいかな?」
人差し指を立てながら確認を取る導師にヌアダは。
「ああ、向かおう」
静かに答える。カラグヴァナ軍はゼヴに任せていいだろう。王族の抹殺はラバンの担当だ。もう完遂したころか。
そして、シャホルには重要な任務を任せている。
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王都アプスの中央部分。
地上からも空からも離れた王都内の孤島。
そこはカラグヴァナに逆らった反逆者。王国に牙を剥いた逆族を放り込んでいる牢獄。
空中に浮かぶ脱獄不可能な牢獄だ。
王宮と同じ六角形の青い台座が集まり構成されたその孤島に招かれざる客が一人。
厳重な警備を意図も容易く潜り抜け、一つの牢の前で止まった。
王宮術式である封印術式。その黒い世界から隔離された穴を見ながら笑う。
「フフ、見ーつけたー。こーんな所にいたんだー」
彼女はシャホル・エール。
上位亜人の一つ。エール族の姫。
彼女たちは血の可能性の根源。可能性の根源とは、可能性を観測する術式に対し絶対的な優位性を持つ存在。
血が関わる可能性ならば彼女たちの世界ということ。
ビキリッ! シャホルの腕から血管が浮き出る。
目が赤色に染まる。
そして。
「今出ーしてあげるねー」
ゴキンッ!!
それを外に解き放った。