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僕と姉の神話遭遇記  作者: 暁0101
第六章 顕現せし五血衆
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第百四十三話 受肉する悪意と死

青白く光り輝くジグラット。

その祝福に満たされていく塔を駆け上るように二体が争う。

リーベを守ろうと追手から逃げるイェホバ・エロヒム。それを追う術導機。

術導機から砲撃が発射されイェホバ・エロヒムの翼を掠めた。翼を撃ち抜き地面に落とそうとしている。

そうはさせないと、イェホバ・エロヒムが翼の羽を投げ飛ばし反撃に出た。

ガッガガ! と術導機に勢いよく命中するが術式による防壁がそれを弾き飛ばす。


有効打にならないとしても牽制し続けるため、さらに羽を飛ばしていく。

白い無数の羽と爆炎を撒き散らす砲撃が交錯する。

その攻防はジグラットをも巻き込み塔を破壊しながらさらに上へと駆け上る。

塔の頂上を飛び出て、イェホバ・エロヒムが体を反転させた。眼下に広がる上層区画と下層の城下町。

外の荒野は日が落ち夜になっているというのに、王都は劫火で赤く照らされている。


その明かりを遮るように影が迫る。

術導機がイェホバ・エロヒムを射程に捕らえた。

砲身が火を噴く。その砲撃をイェホバ・エロヒムは翼で絡めて無理矢理、軌道を捻じ曲げた。

術式で構成された砲弾をそのまま送り返す。


ドゴッオッ!! 自身の砲撃が術導機の防壁を突き破り、その強固な装甲が爆発四散する。

炎に包まれた術導機の残骸が下へと落ちていく。


(敵。排除)


「勝ったの?」


術導機を退けたことに一安心し、すぐに安全な場所を求めてイェホバ・エロヒムが移動を開始しようとする。

だが、そう簡単には行かなかった。

新たな術導機が3体もイェホバ・エロヒムを取り囲む。

今度は、砲撃型だけではない。接近戦型の巨大な二本の槍を装備した術導機もいる。

接近戦型が二体、砲撃型が一体。砲撃型の肩にあの騎士がいた。

騎士の手の平には赤いコードが浮かんでいる。


「抵抗しなければ危害は加えないと伝えたはずだが・・・仕方ない。セフィラごと捕縛する取り押さえろ!」


騎士の声と共に接近戦型の術導機が仕掛けてきた。

黄色い光が槍を覆い、強度を。貫通力を高めている。

あんなものに突かれたらひとたまりもない。イェホバ・エロヒムが逃走を試みるも二対一では逃走経路を塞がれ逃げれない。


(逃走不可。最大抵抗。開始)


イェホバ・エロヒムが一対の翼を束ねて一振りの剣へと変えた。

突き放たれる槍を翼の剣で払い落す。

最小限の力で確実に巨大な槍の軌道を逸らしていく。

何度も槍で突かれようともヒラリと身軽にかわす。


鈍足な人形程度ではイェホバ・エロヒムを捉える事はできない。

だが、術導機があしらわれているの見ても騎士は何も仕掛けてこないようだ。

まるで何かを狙っているかのような。


騎士は何を狙っている?

イェホバ・エロヒムには人の感情や思惑は理解しにくい。セフィラは人間を理解しきれていない。それでも騎士が何かを企んでいるのは分かる。

それを吐き出させる。

イェホバ・エロヒムが騎士を警戒しながら術導機をあしらいつつ、騎士に向かって羽を飛ばした。

だが、騎士は埃でも払う様に剣で斬り伏せる。この程度では隙など見せてくれそうにない。

こちらの狙いを妨害するように術導機が性懲りもなく槍を向け直し包囲してくる。


「イェホバ・・・!」


(不安要素。排除。大丈夫)


リーベの不安と恐怖から出た助けを求める声に、イェホバ・エロヒムが優しく微笑んであげる。

どれだけの戦場でもイェホバ・エロヒムはリーベの求めるものを叶えよう。

リーベを怯えさせるこの騎士も、排除してみせよう。

狙いを騎士一人に絞る。

頭を潰せば残った人形など、どうとでもなる。


イェホバ・エロヒムが剣を構えて高速移動形態の姿勢を取り全ての翼を大きく広げた。

迫りくる術導機を無視し騎士のみに全神経を集中していく。

背中を見せるイェホバ・エロヒムに槍が迫る。その攻撃をリーベが見ながらギュッとしがみつく。それは恐怖でない。イェホバ・エロヒムを信じているからだ。


それに応えるように圧倒的な速度で騎士に突撃した。

術導機たちなど一瞬にして振り払う。


「速ッ・・・いッ!」


騎士がその速度に考える暇すらなく剣を振った。

イェホバ・エロヒムが騎士の剣に激突し腕の骨をへし折るほどの衝撃が伝わる。

剣を弾き飛ばし、すれ違い様に騎士の乗っていた術導機の砲身を斬り落とす。

肩のあたりから斬り落とされ煙を吐き出しながら術導機が傾いていく。一撃で腕を奪われた。騎士は驚愕を覚えつつイェホバ・エロヒムのいる方へ振り返る。


「聖女の使役するセフィラがこれ程とは、損害は無視するしかないか!」


騎士が覚悟を決めていく。

一撃で殺さなかったのは失敗だっただろう。だが、リーベの前で人を殺すのは絶対にダメだ。

ならば、腕を潰し意識を奪って無力化するしかない。

術導機は3体、そして騎士。術導機は騎士の命令に従って動く。なら、取るべき行動は接近戦。

イェホバ・エロヒムが騎士の認識を上回る速度で近づき斬り掛かった。


「ぐぅ!」


騎士が土の術式で盾を作り出し対抗するが、翼の剣があっさりと真っ二つにしてしまう。

決して騎士から離れないように斬り掛かり続ける。イェホバ・エロヒムと騎士が重なり術導機が動きを停止した。

対象が近すぎて騎士を援護できない。遠距離型の術導機はもはやただの足場となっている。

完全に騎士は防戦一方となり、気配から余裕が無くなる。

手の平に浮かび上がる赤いコードに意識を向け始める。


その気配の変化を感じ取りイェホバ・エロヒムがさらに過激に剣を叩き付けた。

隠し玉をあえて切らせる。切った瞬間こそが最大のチャンス。決め手となる手段を使用した時、人はなぜか勝ったと状況を誤認する。

それをセフィラたちはよく知っている。

イェホバ・エロヒムの予想通りに騎士が動き出す。


「カラグヴァナで・・・」


赤いコードを広げ、術式を発動させるコードを送る。

王都の城壁が呼応し文字が浮かび上がり発動の条件が揃う。


「人の世界で、好き勝手させて堪るか! この化物め!」


ジグラットの直上が赤いコードで埋め尽くされた。

何もない空間から飛び出て来た鎖がイェホバ・エロヒムの手足を瞬く間に束縛し、主アイン・ソフの眷属としての力を封じ込める。

術式もセフィラの力も関係なく奪い去る。


「ど、どうだ! もう何も出来ないだろう!」


(・・・)


縛られた手足をイェホバ・エロヒムはじっくり眺め、何も問題ないことを確認した。

イェホバ・エロヒムはもう何もできない。

それは確か。この状況に騎士も勝利を確信しているが、それは間違いだ。

イェホバ・エロヒムの意志とは関係なく、翼から放たれた羽が独りでに浮かび上がり気付かぬうちに騎士を包囲する。

その状況に騎士は気付かない。


「よし! 連行しろ。聖女に傷はつけるな」


新たに生まれた極小のセフィラたちが静かに動いた。

術導機の駆動部分に騎士の首に鋭い一撃が叩き込まれる。


「・・・カハッ」


何が起きたか分からぬ内に騎士は意識を失い、駆動部を破壊された術導機と共に落下していった。


(排除。完了)


「早くみんなの所に・・・、きゃっ!!」


(敵。出現。排除再開)


砲撃がイェホバ・エロヒムの翼を掠めた。ギリギリかわすが翼にダメージが残っている。

騎士を退けたと思った矢先、新たな敵がリーベたちを包囲していた。

ざっと見回しただけで新たに術導機が20体も確認できる。

亜人を虐殺していた部隊だろう。

騎士と戦っている間に退路を塞がれたのだ。

この戦力差をイェホバ・エロヒムは機械的に判断し解答をはじき出す。


(抵抗・・・困難。逃走開始)


抵抗を放棄し逃げることに全力を注ぎ込む。

これだけの数を相手にしていられない。

一気に逃げる。


「きゃぁぁぁ!!」


リーベが悲鳴を上げる。

ジグラットの頂上から地面に向けて急降下するが、それを読んでいたように砲撃の嵐が叩き込まれた。


(ッ!!? 損傷。脚部破棄)


イェホバ・エロヒムの脚が砲撃に引きちぎられた。

翼から飛行能力を奪い取っていく。

もつれるように地面に落ちていき、地面には網目状に何かが張り巡らされていた。

先ほどの騎士が使用したものなど話にならないほど大規模な封印術式。

それが、リーベたちを捉える。


術式で構成された鎖が、徹底的にイェホバ・エロヒムを縛り上げてしまった。手足を動かしもがくが、ビクともしない。

せめてリーベだけでも逃がそうと鎖の隙間から出そうとするが。

リーベたちの前に一人の騎士が姿を現す。

それはただの騎士だ。

だが、上位セフィラなど手玉に取れるほどの騎士。タウラス第一王子の配下である盾の騎士団。


「殿下がお待ちだ。来てもらうぞ聖女」


後ろで倒したばかりの騎士が癒呪術式で回復していく。

破壊した術導機が循環型術式により自動で修復を開始していた。

半端な攻撃では術導機も騎士も止めることは出来ない。

相手を殺すことが出来ない対象に、死なない限り何度でも命令を実行しようと立ち上がる部隊。

セフィラを殺すことができる術導機。

敵は聖女のことを良く知っている。

最悪な相性の者たちをぶつけてきているのだ


「ヤダ! 来ないで!」


「抵抗しても無駄だと理解できないのも子供なら仕方ない。だが、こちらも急いでいるのでな。少々手荒に行かせてもらう」


ズサ・・・。鈍い音がリーベの真横で鳴る。騎士がリーベを抱えるイェホバ・エロヒムの腕を剣で斬りおとそうと突き刺した音だ。

それをリーベがハッキリとその目で見てしまう。

青白い体から溢れ出る赤い血の色がハッキリと脳裏に入り込んでくる。

それは死の色だ。


「いや・・・、いや、死んじゃイヤ、イヤァァアアアア!!」


「な、何だ!?」


リーベを掴もうとした騎士が謎の力に吹き飛ばされた。彼女の体を光が包み込みリーベたちを縛る封印術式が粉々に崩れ落ちる。


「グウ・・・、何が起きた? これが聖女の力なのか!?」


騎士が理解する前にリーベの力は拡大する。包囲していた術導機たちが次々と機能不全を起こし地面へと落ちていく。

理解しなくても分かる。この少女は特別なのだと、そして危険だと。

癒呪術式で回復した騎士も予備の剣を構え近づいてくる。


「傷つけるなとの命令だが。しばらく眠ってもらうぞ!」


騎士の剣がリーベに向いた。意識を奪って黙らせる。

その時、リーベに向けた腕に痛みが走る。筋肉が跳ねるように暴れ始め自分の意志とは関係なく動いていく。


「ッ! う、腕が・・・!」


そして、腕は関節を無視して折れ曲がり剣を自分自身に向けた。


「・・・は?」


ザシュッ!

自分自身を刺した。

首に剣が突き刺さり血を噴き出しながら絶命する。自分の腕に殺されるという、自殺だが自殺に見えない光景にもう一人の騎士が絶叫する。


「何だ!!? な、何をされた!! 貴様、何を・・・!」


気付けば自分も剣を腹に突き刺していた。

突き刺した腕は笑う。

腕だった部分で口を。目を。鼻を形作り笑い出す。


「ガフッ・・・、た、助け・・・くピ」


騎士の顔だったモノが新たな足となりそれは歩き出す。口が裏返り舌と歯が地面を踏みしめていく。


魔獣クリファ。


神の祝福を受けすぎた人間。

主アイン・ソフに連なる存在から祝福を受けすぎた人間は、その眷属に加わる。

人から見ればただの魔獣と成り果てて加わる。


リーベの力は止まらない。

泣きじゃくりながら。イェホバ・エロヒムの血を見ながら力を。祝福を撒き散らす。

砲撃に吹き飛ばされた亜人たちの死体がモゾモゾと蠢き、新たな手足が生えていく。

惨殺された人々の死体が寄り集まり、グロテクスな肌色のオブジェを作り上げる。


ジグラットがリーベの祝福を称えるように青白く輝きを強めていき、塔の表面をセフィラと人の血肉が覆い始めた。

それは、蛹のように何かを胎動させていく。

リーベの周囲が人の世界では無くなっていく。

騎士だったクリファたちがリーベに迫り、聖女を。人を。共に主の下に帰ろうと本能のまま食らおうと迫りくる。


「始まった! ダメだよエハヴァ。まだ何も失っていないよ!」


白い世界でハーザクが叫ぶ。

セフィラたちが落ち着かずに動き回り不安に駆られている。

足元に浮かぶ映像をハーザクは急いで切り替える。映し出されたのはカラグヴァナ軍を圧倒しているヌアダだ。

ヌアダの心に直接呼びかける。


「ヌー! エハヴァがビナーになりかけているの助けて!」


(場所は)


「上層区画のジグラットにいるよ。お願い急いで!」


(ああ、・・・・・・いや、その必要はないだろう)


「え!? どうして?」


ヌアダはリーベに近づく気配を感じ取っていた。

その気配はリーベの身に起きている変化に気付いている。彼女がビナーになりかけていることを察知し全速力で飛んできていることを。

ハーザクが映像を切り替える。

そこには、上層区画の空を駆ける一人の女がいた。鮮やかな緑の鎧を纏った美しい女の人。ハンサだ。


「この人は・・・、あの時のおっきなお姉さん! やっぱりエハヴァの家族だったんだ」


(お前の判断は正しかったようだな。エハヴァは任せてもいいだろう)


「うん。ぼくはこのままジグラットを抑え込むね」


(いや、ジグラットから禍々しい気配を感じる。受肉しているな・・・。ハーザクは転位の阻止を継続しろ。私が抑える)


「分かったよヌー」


映像には倒れ込むイェホバ・エロヒムとリーベを抱えてその場を離脱するハンサの姿と、カラグヴァナ軍をあしらいジグラットに向かうヌアダが映し出されていた。


ハンサたちが離れて数分後。

一人の聖女の死への拒絶が、祝福となってそれは世界に生まれた。

ジグラットという殻を破り、それは羽化し誕生と同時に莫大なエネルギーをセフィラ界から奪い取って行く。

それは四聖獣に匹敵しかねない程の量。

ハーザクの額に汗が浮かぶ。


「ネームド・クリファ・・・、アイン・ソフが理解できなかった人の悪意!」


神は全てを理解できなかった。いくら異神に聞いても心の一部分が分からなかった。

だから、分からないそれは。理解できなかったそれは。

歪な形のまま世界に産み落とした。

きっといつか理解できると思いながら、災厄と思わずに産み落としてしまった。


理解されなかった理。

聖女は死を理解していない。神は人の真の悪意も理解していない。


その存在を人間は、絶対隔離個体と呼んだ。

決して人類が接触してはならない魔獣として定義した。

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