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僕と姉の神話遭遇記  作者: 暁0101
第六章 顕現せし五血衆
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第百三十七話 罪を許すこと

真下から鳴り響く轟音。

続くように聞こえてくる崩壊音に森羅たちが下を振り返った。

崩れゆく闘技場の姿。

そして、ゼヴの咆哮。


その二つ確認した森羅たちはどちらが勝利したのかを悟った。

完全に崩壊していく闘技場に巻き込まれていく人々が見える。おそらく、ハンサが助けた人々。ツィーレンが命を懸けて逃がした人たち。

その命が無情にも瓦礫に潰されていく。

森羅たちの行動を否定でもして見せるかのように守りたい者を押し潰す。

悔しさを滲ませた声が森羅から漏れる。


「目の前の命も救えないのですか、私たちは・・・」


その言葉がバティルとハンサの心に突き刺さる。

騎士団統一戦の個人戦上位者が3人も揃っておいて、誰も救えない。

もしかしたら、運よく崩壊に巻き込まれずに逃げれた人もいるかもしれない。

でも、全員ではない。

その現実という苦汁を飲みながら3人は宮廷に急ぐ。


誰も救えなかったで終わってたまるか。

大事な人を失ってたまるかと、この絶望という名の現実に抗っていく。


森羅たちが上位区画の空域に入った。

進路上の先では激しい戦闘が繰り広げられている。一歩間違えれば術導機による砲撃の餌食になってしまう。

まだ、かなり先の方で羽の生えた亜人が暴れまわっているのが見えた。アレとは接触しないように進んだ方がいいだろう。遠目からでも分かる程あの亜人は異常な強さを持っている。


目の前の障害に対してハンサが速度を上げ一気に突破を計った。

気付かれる前に最上層に入ろうと考えたのだ。


「ちょっと揺れるけど我慢してね!」


上層区画を超音速飛行によって一直線に切り裂く。ハンサから発生するソニックウェーブが辺りに衝撃波となって拡散した。

それが音としてカラグヴァナ軍を圧倒している亜人。

ヌアダの耳に届くのに時間はかからなかった。

空を切り裂く音にヌアダが振り返る。振り返った先には最上層に到達したハンサたちがいた。


「・・・」


ヌアダが無言でハンサたちのいる方向に手をかざす。

手の平から青白い光の球体が生み出される。それは存在を毟り取る力を秘めた光。

光の周囲が湾曲して世界がねじ曲がっている。

それをハンサたちに向けて放とうとした時。


(ダメだよ!)


「ッ・・・!」


ヌアダの頭に少女の声が直接響いた。

打ち放つ直前だった球体をその場で止めて、手の平から消滅させる。

ヌアダが介入してきた少女に問う。


「あの者たちに何かあるのか?」


(うん)


少女の声が響く。

その回答を聞いたヌアダは多くを聞かずに頷いた。


「分かった。今は捨て置こう」


少女の声に従う様にヌアダはカラグヴァナ軍の排除に再び戻っていく。


その様子を最上層に到達したハンサたちが冷や汗を掻きながら見ていた。

こちらを狙っていたヌアダが離れていく。攻撃をしようとしたみたいだが気が変わったのか見逃してくれるみたいだ。


「た、助かった~」


「油断するな。敵はアイツだけじゃねぇんだ」


ひとまず最上層に到達した。降りられる場所をハンサが探す。

王宮に続く道より少し外れた場所に着地した。ここからは徒歩で移動となる。許可もない者が王族の住まう最上層で空を飛んでいては撃ち落とされるだろう。

それに今は王都全体で戦闘状態だ。騎士に見つかるのも避けた方がいい。


「宮廷に急ぎましょう」


森羅が走り出す。もう宮廷まで目と鼻の先。

ウィリアムとフローラをこの地獄から助けなければならない。二人を守ること。それが森羅が二人に誓った想い。

世界の敵と言われる国。その人間である自分を助けてくれた二人。

森羅は、まだその恩を返せていない。



----------



頭上から降り注いだ術導機の砲撃。

それに飲み込まれ世界が破壊一色になった後。真っ白な世界が見えた。それはどこまでも色の無い世界。

セトとアズラは一度来たことのある世界。

その世界に踏みとどまることが出来ず元の世界に落ちていき。

そして、気付いた時には王都の知らない場所にいた。


「う・・・、ここは・・・?」


セトが意識を取り戻す。知らない街並みが目の前に広がるが、その街並みの先に崩壊したツェントルム・トゥルムが見えた。

いつの間にかツェントルム・トゥルムの外に出られたようだ。


「うう・・・」


呻き声が聞こえセトが振り返る。アズラだ。

セトがすぐに駆け寄りアズラを助ける。怪我は無いようだ。アズラもすぐに意識を取り戻した。


「セト・・・? アイツは・・・。・・・! ランツェは!? すぐに助けないと」


「いきなり動いちゃダメだよ」


意識が戻っても体がすぐについてこない。

ふらつきながら起き上がったアズラがランツェを探す。

血まみれだった。全身に凶器を突き刺され、彼であると判断するのに時間を有するほどに。

すぐに助けないと間に合わないのに、その彼がいない。

アズラがふらつく体を押してランツェを探す。


ランツェはすぐ側にいた。


「ランツェ! 戻ってこい!!」


「ランツェ!」


血まみれで倒れているランツェをルフタが治癒の神術で必死に回復を試みていた。

ランツェの手を握り締め大粒の涙を流しながらエリウが彼の名を叫ぶ。

アズラの足が止まる。

見たくなかった光景だ。仲間が、家族が死にかけている姿だ。

もう息をしていない。

おびただしい血が流れ出ている。


もう間に合わない。


「だめ・・・」


ダメだ。


「そんなの許さない」


助けられないなんてありえて堪るか。


「絶対に死なせないッ!!」


アズラがランツェの側に寄り癒呪術式を展開した。

それもありったけの魔力を注ぎ込んで。ランツェの破壊された体が元に戻る可能性を術式で徹底的に観測していく。

傷口を塞ぎ、ぐちゃぐちゃになった筋肉を内臓を神経までキレイに元の形に戻す。

そう、癒呪術式を使えば体の損傷はすぐに治る。

だが、これだけでは人は助からない。失った血、意識は元に戻らない。


アズラは術式を切り替える。以前、王宮でセトが死にかけた時、癒呪術式しか施さなかったせいで失った血を元に戻すことが出来なかった。

だけど、今回は違う。間違った対処をしてしまった経験をアズラは持っている。正しい対処法を学んでいる。

アズラが、血の量を術式で観測した。

ランツェの体にどれだけの血があるのか。その量が生命活動を維持するのを満たしている可能性を術式で観測していく。

今度こそ確実に。


アズラの手には無意識に魔装が構築され、術式の観測する可能性を選択していた。

より確実にランツェが生存する未来を手繰り寄せる。


「大丈夫だからッ! 私が絶対助けるから!」


アズラの魔力がランツェの全身を包んでいく。それはルフタの治癒の神術の効果をかき消す程、膨大な量の魔力。

ランツェが生き残る可能性を徹底的に掻き集めていく。


「・・・ア、・・・ズ、ラ」


「ランツェ!」


か細い声でランツェがアズラの名を呼んだ。彼の意識が戻った。

術式を容態の安定に切り替える。


「ランツェ、吾輩たちが分かるか?」


「よかったニャ・・・うう・・・」


ルフタの問にコクリとランツェが顔を動かす。

意識もハッキリしているようだ。

ルフタがホッと安堵の表情を浮かべ、エリウは涙が止まらない。

アズラが慎重に術式を調整してランツェの回復を終了する。


セトもようやく安心できると思いたいのだが、セトはこの中にリーベがいないと気付く。

リーベの姿が見当たらない。運んでいた怪我人はすぐ側にいるのに、リーベの姿がない。


「アズ姉、リーちゃんがいない!」


「え!?」


アズラは気付いていなかったようだ。

ランツェの生死が掛かっていたのだ。他の事に気付けなくても仕方ない。

アズラがすぐに探しに行こうとすると、ルフタが待ったを掛ける。


「待つのだアズラ。ここに飛ばされた時、白い世界を見なかったか? 恐らくだがリーベはセフィラ界にいる」


「セフィラ界? なんでリーちゃんだけそんな所に」


焦るアズラを落ち着かせるようにルフタがリーベの現状を推測する。


「吾輩たちがここにいるということは、リーベが吾輩たちを助けてくれたのだ。セフィラの力で転位したのだろう。その時に自分だけセフィラ界に取り残されたのだ」


「助ける方法は」


「吾輩たちにセフィラ界へ干渉する術はない。リーベが自分で帰って来るのを待つしかないのである。だが、心配することはないぞ? リーベは聖女なのだ。ならセフィラたちが彼女を助けてくれるはずである」


冷静にリーベは大丈夫だと告げるルフタ。元々、神官だった彼は聖女とセフィラの関係に関する知識を持っている。

上位の神官でなくてもそれぐらいの知識なら知っていて当然だ。

聖女の正体を知らなくても、セフィラの真実を知らなくても、その関係は明白なのだ。

聖女はセフィラと対話ができ、使役できる。神官たちが支払って来た対価など必要としない。

なら、彼らの世界、セフィラ界にいるリーベは逆に安全なのではないか。

ルフタはそう考えた。


「今は吾輩たちの安全を確保しよう。・・・そうであるな」


ルフタは安全だと思える場所を探す。王都で安全な場所。


「城門・・・。」


ふと、城門が頭に浮かんだ。

そうだ。城門には師匠が、ノネがいるかもしれない。

今もあの約束が生きているのなら、彼女が助けてくれる。


「城門に向かおう。城門には吾輩の師匠がいる。師匠は元高位の神官である。吾輩たちを助けてくれるはずだ」


「・・・分かったわ。ルフタを信じる」


「うむ。任せてくれ」


話がまとまりセトたちが移動を開始しようとした時。


「俺はいい・・・」


拒否が。

拒絶の意見が出た。

拒絶したのは助けていた怪我人だ。

エリウが理由を尋ねる。


「ニャんでニャ? ここにいたら危険ニャ」


「それは分かっている。分かっているんだが・・・」


怪我人は怯えていた。

亜人を見て。

エリウを見て怯えていた。

彼が目線を遠くの方に向ける。エリウがその先を見ると遠くの方で暴走した亜人がいるのが分かった。

その手に凶器を持ち、人の頭を串刺しにしているのが。


「あ、あちしは大丈夫ニャ!」


「分かっている。分かっているんだ。でも、すまない・・・。君たちが心優しい亜人だと分かっていても、俺は亜人が・・・、恐ろしいんだ」


彼のその言葉に言い返す言葉が出てこなかった。エリウもあの咆哮で怒りに支配されかけた。彼はそれを見ている。

亜人が凶暴化し襲い掛かって来るのを見ている。そして、自分たちを庇い囮になったランツェがいたぶられ、暴力に飲み込まれるのをその目で見ている。

カラグヴァナは亜人を奴隷として扱い、差別の感情を持っていた。亜人一人でも逆らえば亜人全体へその罰が波及するほどに虐げていた。

そんな扱いをしていた亜人たちが一斉に暴走し、自分たちを襲い始める。そんな光景を見れば虐げていた者たちはこう思うだろう。


亜人に殺される。復讐されると。


彼も亜人を当然のように過酷な環境で働かせていた男だ。

心ではエリウが自分を殺すような子ではないと分かっている。

でも、意思が本能がエリウという亜人に恐怖していた。

今まで当然だと虐げていた行為に罪悪感を覚え、罪の意識が恐怖を増長していく。


怯えた彼の顔を見たエリウは悲しげな顔をしながら、それでも助けたいと思い。


「分かったニャ。でも、せめて安全な所まで運ばせてニャ」


「俺は足手まといだ。それに憎い相手なんか助けるの、嫌だろ?」


「嫌じゃニャい!」


ポタ、ポタとエリウの目から涙が零れる。せっかく泣き止んだのに、泣くつもりはないのに涙が溢れてくる。


「あちしは、お前を嫌いにニャったことはニャい! 人間だからとか! 亜人だからとか! そんニャこと言ってるからニャんにも信じられニャくニャるのニャ」


「・・・」


「うう、ぐす・・・」


彼はただ、エリウの言葉を偽りない優しさを聞いてやることしか出来ない。

そんな彼をセトが背中に背負う。


「お、俺は」


「助けます。僕たちが助けるから」


セトの言葉に拒否の声を引っ込める。顔を上げるとそこには差別なんてない。人と亜人が協力し合っている者たちの姿があった。

怪我人が顔を下に落としセトの背中に隠れて。


「ありがとう・・・ありがとう・・・」


涙を堪えながら呟いた言葉にセトは笑みを浮かべる。

大丈夫だと彼に告げるように。



----------



セトたちの行いを白い世界から覗き込む一人の少女がいた。

赤い腰まである長い髪に、整った顔立ち。そして、青い瞳をした少女。

ジグラットの白の神官服に金と銀の装飾付け足したもの着こんでいる。


セフィラたちの細長い腕が彼女を取り囲み、喜びを表すように揺れ動く。

その彼女とリーベは対面していた。


神官服を着た少女が。

聖女ハーザクが口を開く。


「久しぶりだねエハヴァ。あの人たちはエハヴァの新しい家族?」


「・・・」


自分と全く同じ顔、同じ声。

リーベは呼び出していたイェホバ・エロヒムの影に隠れ様子を窺う。

その様子をハーザクは不思議に思い聞いてみる。


「どうしたの? ぼくだよ。ハーザクだよ忘れちゃったの?」


「むー・・・。わたし、あなたなんか知らないもん」


知らないと言われたハーザクは少し驚き、そして、悲しい顔をした。


「そっか。イサク、アニマに負けちゃったんだ」


「むー・・・、イサクって・・・誰?」


イサクは誰かと聞かれたハーザクは悲しい顔のまま目を逸らし考える。

そして、答えた。


「きみの家族、・・・だった人だよ」

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