表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と姉の神話遭遇記  作者: 暁0101
第六章 顕現せし五血衆
140/326

第百三十四話 ゼヴの血に連なる者

もはや魔獣と見分けがつかない。

亜人という人に近しい存在だと定義してしまっていいのか、それすらも危うい存在がセトたちの目の前にいた。


上位亜人ゼヴ族

ゼヴ族のゼヴ。


ゼヴ族は彼のために区分された一族の名称であり、彼以外に存在しない種族。

故に、ゼヴ族のゼヴ。

犬の特徴を持つケレヴ族と猫の特徴を持つハトゥール族の始祖にあたる存在が彼、ゼヴだ。

ゼヴの血に連なる者は、彼の存在をその血に記憶している。何世代にもわたって尚、消えない記憶として。

それは、彼を父として、上位者として、掌握者として認識する消したくても消えない、血の記憶。


呪いと言い換えてもいいほどの記憶。


「ニャァァァァアッッ!!?」


「エリウ!? どうしたのしっかりして!」


エリウが叫び声を上げながら突如倒れる。頭を両手で抑え込んでもがき苦しむ。

彼女が抱えていた怪我人が地面へと転げ落ち呻き声を上げた。

セトがすぐにエリウを助けようと腕を掴む。


「痛ッ!」


「ダ、ダメ・・・ニャ!」


掴んだ手をエリウが爪でひっかいた。まるで振り払い遠ざけるように。

瓦礫の崩落音に混じって、何かが聞こえて来た。

先ほどのゼヴの咆哮に呼応するように、王都各地より次々とそれは聞こえはじめる。


その声は、奴隷市場で雄たけびを上げる。


「ガァァァアアッ!!」


「なんだこいつ! 大人しくしやがれ!」


鉄の檻に押し込められた亜人たちが一斉に暴れ出し、奴隷商人でも手が付けられない状況になりつつある。

奴隷市場にいる全ての亜人が正気を失ったように暴れ始め、檻を殴りつけていく。


「お、おい! やめろ! お前らは商品なんだ。鉄の檻を素手で壊せる訳ないだろう!?」


「ガァッ!! ガァァァァッ!!」


「やめろって言ってるだろう!!?」


ビシッ!

奴隷商人の振るった鞭が、まだ若いケレヴ族の女に直撃した。肉が削げ痛みで体を痙攣させる。

亜人たちがそれを見て一斉に静かになった。


「そ、そうだ。それでいい。王都がヤバい状況なんだ。商品まで失ったら俺たちが困るっての」


状況が収まったと奴隷商人の男がホッとするが、何かがおかしいとすぐに気付いた。

視線が。

亜人の殺気が全て自分に向いている。


「な、な、なんだ。亜人の分際で! 人間の俺様になんて目を向けやがるんだ!」


「・・・」


ゴキンッ!!

遠くの方で何かが折れる音が響いた。ゴクリと唾を飲み込み音のした方に顔を向ける。

そこには。


血まみれの。

豚の特徴を持つゴイム族の亜人が檻の外を歩いていた。


「ヒッ!」


奴隷商人の口から悲鳴が漏れる。

ゴイム族の亜人は無造作に近くの檻を掴んだ。メキメキと肉と骨がしなる音を立てながら鉄の檻をへし曲げようとしている。

そして。

ゴキンッ!!


「ヒッ! ヒィィイィィ!!」


檻を素手で壊したゴイム族の亜人は自分の腕力で骨が砕けその場に倒れ込んだ。

倒れた彼を贄にユラリと亜人たちが外へと解放されていく。

折れた鉄の棒をその手に持って、尻もちをついて醜い汚物を垂れ流している男を取り囲む。

鉄の棒を振り上げて、殺意のままに、耳に聞こえた父の声のままに。


「ガァァァァァァァァアアアアッ!!」


別の声は性奴隷として貴族に虐げられている者から上がった。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」


鳴り渡る男の叫び声。いつものように奴隷の亜人を殴りつけて、いつものように凌辱し。

それが終われば、一旦王都の上層区画にでも避難しようかと考えていた所。


耳を食いちぎられた。

いつもと同じだったはずだ。亜人の女は怯えた顔をしていた。

屈服した表情をしていたはずだ。

それがいきなり。男は半裸の姿で部屋から転がり出る。


「旦那様!?」


「こ、殺せ! あのクソアマを今すぐ殺せ!!」


廊下で待機していた執事が驚きながら男を見る。

それが彼の最後だった。ゴッ! と廊下に飾られていた石像でもう一人の亜人に頭をかち割られる。


「キサマら! ワシを殺してみろ。どんな目に遭うか・・・」


グシャッ! 


男が喋り終わる前に裸の亜人が頭を鈍器で殴り潰した。裸のまま彼女は手に凶器を握って屋敷を徘徊していく。

殺意のままに、耳に聞こえた父の声のままに。


人間を殺すために。



----------



王都の基幹を支える柱、ツェントルム・トゥルムが崩壊したことで、王都全土が混乱に陥っていた。

王都を管理する術式に異常があったのか?

敵国の襲撃か?

原因が分からないまま、さらに事態は悪化する。


「どうした! 一体何があった!」


声を上げているのは剣の騎士団第21部隊の隊長シャーウィンだ。

上層が崩落し多数の負傷者が発生している中、外敵を排除する役目を持つ剣の騎士団が一人残らず騎士団の詰め所へと呼ばれた。

詰め所に揃っているのは各部隊の隊長たちだ。

そして、机の上に王都の地図を広げて指示を飛ばしているのが総隊長。


総隊長がシャーウィンたちに指示を出す。


「王都各地にて亜人による暴動が確認された。この混乱に乗じたものだと考えられるが、直ちに鎮圧部隊を組織し現地に急行してもらう。第1から第4部隊は私と共に王都城門へ向かう。いいな!」


総隊長からの的確な指示が飛び各部隊の隊長たちが慌ただしく動いていく。

第1部隊の隊長がふとした疑問を総隊長に尋ねる。


「総隊長、なぜ城門へ向かうのですか? 現地にて指示を出す方が優先されるのでは」


「城門からツェントルム・トゥルムまで一直線に術式の信号が途切れている。配置されていた部隊からの連絡もだ」


「・・・! 敵襲!?」


その一声に、隊長たちの動きが止まった。一斉に総隊長の回答を待つ。


「それを確かめに行く。今は一刻を争う。疑問は後回しにしろ!」


総隊長が言い終えると同時にドンッ! と大きな音が鳴った。

隊長たちが音の鳴った方を向き警戒する。

シャーウィンはすぐに剣を抜いた。王都の外で魔獣討伐を長年続けている彼は、すぐにこの音が生き物の出した音だと聞き分ける。

彼の判断を見て他の隊長たちも剣を構えた。


ドンッドンッ! と音が連続し、そして。

詰め所の扉が正面からぶち破られる。


「ブフォォォォォォ!!!」


部屋になだれ込んで来たのは亜人ゴイム族。

その筋肉の塊の肉体を活かして攻め込んできた。


「迎撃せよ!!」


総隊長の命令と共に剣の騎士団が暴走する亜人たちへと斬り掛かる。


王都全土が混乱と暴力に包まれていく。

亜人たちの咆哮は怒りと共にゼヴの下へと集まっていた。


「グォォォォォォォォッッオオン!!!」


ゼヴが亜人たちの怒りに応えるように咆哮する。

その咆哮にさらに応えようと怒りが、憎しみが、溢れだす。


「ニャァァァッ!! あ、頭がッ・・・!」


「グゥゥ! な、なんだ・・・。 この強烈な怒りの感情は!? 奴の仕業なのであるか!」


エリウだけでなくルフタも頭を抑え膝を付く。

セトはどうすればいいか分からずにただ狼狽えていくだけ。

苦しむルフタにリーベが駆け寄る。


「お父さん!」


「リ、リーベ! 吾輩の側に来ちゃいかん! 離れているのである」


「でも!」


必死にリーベを遠ざけようとする。近づかれて万が一この怒りがリーベに向いたらどうなるか。

そんなことはしたくない。だけど、自分の意思とは関係なく怒りが憎しみが溢れてくるのだ。


「グゥ・・・。 そ、そうである! 思考誘導の術。幻惑の神術を使えば」


ルフタはこの湧き出る怒りの感情を思考誘導の効果がある幻惑の神術でかき消してしまおうと思いついた。

それをすぐに実行する。ルフタの頭を青白い光が包み込んで、彼の思考パターンを強制的に固定する。

決して怒りを覚えない思考へと固定した。

すると、あれだけ理性を蝕んでいた怒りがきれいさっぱり無くなる。


「よし! 成功である。セト、今すぐリーベと怪我人を連れて遠くに逃げろ」


「わ、分かった!」


「エリウすぐに助けるぞ!」


ルフタが怒りに呑まれそうになっているエリウを助けようとした時。

それを見ていた彼が、ルフタの行動を見逃すはずがなかった。


「貴様、何をしている?」


「ッ!?」


ただの声に、ルフタの体が硬直する。

汗がルフタの顔を伝い背筋が冷たくなっていくのを感じる。


「何をしているのかと聞いている。ツァーヴ族の男、貴様だ」


「わ、吾輩は・・・」


「・・・このゼヴに逆らうか! ヌハハハハ!! いいぞ。子は親に逆らうぐらいが丁度いい!!」


ズシと一歩ずつ近づいてくる。

その巨体がルフタの所へと迫って来る。


「確かツァーヴ族には兄者の血も流れていたな。ならば、このゼヴの血に逆らうのも頷ける!」


ゼヴが子供の成長を喜ぶような声で喋る。本当にそう感じているのか。

それとも。


ルフタは硬直する体を無理矢理動かし、目の前に迫るゼヴを見た。

今、奴の血に逆らえる亜人は自分だけ。

なら、奴に抗することが出来るのも自分だ。

ルフタが覚悟を決める。今後ろにいるのは守るべき子供たち。

命を懸けて守らなくてはならない家族だ。


「吾輩はルフタ・ツァーヴ! アプフェル商会のルフタ・ツァーヴである! 亜人の始祖と名乗ったか。お前は何者である!」


ルフタの二倍近い大きさを持つゼヴに向かってルフタが吼える。

体に流れる血の記憶から感じる始祖への服従心。恐怖心を意思の力で乗り越えて見せる。

それをゼヴは。


「ヌハハハハハハ!! ルフタか。ならこのゼヴも名乗ろう! ゼヴだ。ヌハハハハハハ!!」


大声で笑う。

興味が満たされた大人のように喜ぶ。


「ニャァァ・・・!」


エリウが泡を吹きもがき出した。もう怒りに逆らうのは限界のようだ。

ゼヴの直系であるハトゥール族が感じている怒りは、ルフタの感じた怒りの比ではない。

このままではエリウが持たない。

ここはイチかバチか。


「くらえ!」


ルフタの周りに浮かび上がった無数の青白い光がゼヴに向かって弾丸のように発射された。

天武の神術を展開したのだ。

ドドドドッ! とゼヴの顔面に直撃していく。

その隙を突いてルフタはエリウに幻惑の神術を施した。

エリウの頭が青白い光に包まれる。


「逃げるぞ!」


「うん!」


ルフタがエリウを抱えて走り出した。

セトたちが一直線に元来た道を走る。

少しでもゼヴから離れるために。


「このゼヴを置いてどこに行く?」


興味を持った得物を逃さないためにゼヴの腕がセトたちに迫る。

それを間一髪で避けたセトが、避け際にダガーを抜いて指に斬りつけた。

キンッ! その音は肉を斬りつけた音とは思えない音だった。

斬りつけた指が折れ曲がり、大きく跳ねる。


「ぐぁッ!!」


軽くデコピンでもする感覚でセトを吹き飛ばし、ルフタをその大きな手で捕らえ持ち上げた。

ルフタの手を離れたエリウが地面に投げ出される。


「ぐがぁあぁあぁッ!!」


「ルフタさん!」


「お父さん!」


リーベの叫びにゼヴが耳を疑った。


「お父さん? ツァーヴ族が人間の親になった? ヌハハハハ!! それはいい! 亜人が人の世から解放された姿の一つだ。このゼヴ以外に人に子を産ませるとは。貴様、このゼヴの下にこないか?」


「がぁぁ・・・! こ、断る!」


デタラメな握力に体を押しつぶされそうになりながらもルフタは抵抗の声を上げる。

その声すらゼヴは喜びを持って聞いていき。


「このゼヴの下に来るなら、それぐらいの根性が無ければ務まらん。気に入ったぞ!」


このままではルフタが連れて行かれる。

セトが片手剣も抜き、二刀流の構えを取った時。

エリウがゼヴに一撃を食らわせた。


「ルフタをはニャせ!」


「痛ダッ! 邪魔だ小娘!」


全く堪えていない。

規格外だ。

セトはゼヴをそう評価する。

勝てるイメージが湧かない。出会ってはいけない存在なのではないか。

けれどこのまま何もしなければルフタが!


セトが焦ったその時。

遥か上空から風と共に極大の一撃がゼヴに直撃した。


「グォォォッ!!!」


血が飛び散りゼヴに明確なダメージが通った。

ルフタが開放され。ゼヴに突き刺さる槍が纏った風が掻き消え中より人が現れる。

その男は、セトたちと共に騎士団統一戦に参加した槍使い。


「「「ランツェ!」」」


そうランツェだ。

槍の達人である彼はこの一撃で、ゼヴの強さを感じ取る。


「逃げろ!」


すぐにそう叫んだ。

だが。


「逃げる? ヌハハハハ!! このゼヴと戦うのだろう? なら早く構えろ!」


先ほど与えたダメージなど一瞬にして消え失せている。

セトたちの前にいるのは、亜人の始祖。

数多の人の世の中で戦争と呼べるものは、ゼヴにとってひとつ残らず遊び場。


ゼヴにとってはこれも遊びだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ