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僕と姉の神話遭遇記  作者: 暁0101
第五章 四公国騎士団統一戦
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第百三十二話 最も高貴な醜悪との契約

最後の第三試合。

森羅を応援をしようとセトたちは観客席に集まっていたが、飛び込んできた知らせにセトとアズラの二人が血相を変えた。

リーベが体調を崩して倒れ込んでしまったのだ。

今は、ルフタが側に付いておりライブラ王子の計らいで王族専属の医者が見てくれているので大事はないと思う。


だが、二人は安心できなかった。

リーベは二人の妹、家族だがその出自は二人と異なる。その異なる理由が安心できない原因だった。


この世界の神、主アイン・ソフに仕える眷属セフィラたち。

そのセフィラが変異した存在。それが彼女、聖女と呼ばれる存在だ。


リーベが聖女と知る前なら調子が悪いのだろうと軽く受け止めたかもしれない。

しかし、今は彼女が聖女だと知っている。彼女がセフィラになってしまうかもしれないことを知っている。

だから、二人は一目散にリーベの元へと駆け付けた。


「「リーちゃん!」」


二人が部屋に飛び込んで彼女を探す。

怪我はしてないのか?

苦しい思いをしていないかと心配で心が一杯だ。


そんな心配たっぷりな二人は部屋の中で、キョトンとした表情のリーベと、驚いた顔をしているルフタとエリウがいることに気付く。


「コホン」


みんなの視線が集まる中。

アズラが咳払いしつつ、ベッドで横になっているリーベの傍により、何事もなかったように振る舞う。

セトも慌てて、リーベの傍に駆け寄った。


「軽い貧血だろうとのことである。・・・そんなに心配せんでも大丈夫だからな?」


「リーちゃんなら大丈夫だと思ってたわ」


やんわりとルフタに心配しすぎと指摘されたアズラがちょっと照れて顔を背ける。

顔を背けたアズラをリーベが覗き込んだ。


「ゴメンねアズ姉さん。心配かけちゃった」


覗き込んできたリーベの青いつぶらな瞳がごめんなさいと言っている。

そんな申し訳なさそうな目をしなくても大丈夫だと言い聞かせるように。


「リーちゃんは悪くないわ。気にしなくていいからね」


そう言ってリーベの頭を撫でてやるアズラ。

ルフタの言う通り心配のし過ぎだったみたいだ。顔色も良いし受け答えもはっきりしている。

みんなに心配されてこの幸せ者が、と頭をクシャクシャに撫でまわす。


「んー・・・!」


「ふふ。いい子、いい子」


頭を撫でられてリーベはとても嬉しそうだ。

さて、慌てて来てしまったので森羅の試合のことがほったらかしだがどうなったか。

リーベのことはアズラに任せて、セトたちは小型の術導機が映し出す映像を見に行く。


「アズ姉ちょっと行ってくる」


「気を付けて」


部屋に術導機が設置されていないので外に探しに行くことになるが。

闘技場内なのですぐに見つかるだろう。


「みんにゃ、あったニャ!」


そうセトたちが思っていると試合結果を映している術導機を発見した。

どうやら試合は終わっているようだ。結果は森羅の勝利。映像では壮絶な剣と格闘術の攻防が映し出されているが、きっと森羅は余力を残して勝利しているのだろう。

相変わらず強いなとセトが憧れの気持ちを持ちながら確認した結果をアズラに伝えようと部屋に戻ろうとするが。


「待つニャ。ニャんか出てきたニャ」


「ん? これは・・・」


映像に新たな内容が付かされる。映像を見ていた全ての人がどういうことだと疑問を感じ、ザワザワと騒がしくなっていく。


ケレス公国専用の部屋で数人がその内容を見上げる。

シアリーズと彼女の騎士となった風のスィームグルことバティルが目を細める。


「いよいよのようだ。公女様、覚悟はいいな?」


「はい。そのために、わたくしは来たのですから」


バティルからの確認にシアリーズが力強く頷く。ここまで来たのだ。もう引き返すことも振り返ることすらない。

この騎士団統一戦での優勝こそがケレスに残された唯一の望み。


部屋でパイプ煙草を吹かす男が内容を確認し笑みを浮かべる。

待ったかいがあったと、騎士たちを呼び集める。


「ほっほっ、お前たち準備を。今度こそ装着型術導機メヒャーニク・ツァオバークンストの力を見せるのです」


「必ずご期待に応えて見せます」


騎士たちを束ねるカクトゥスが汚名を雪ぐべくガスパリスの命令を実行していく。

ヒギエアで唯一勝ち残ったツィーレンには。


「ツィーレンは役割を果たしてくれればよいですな。せっかく勝ち残ったのです。存分に盛り上げようではないではないですか」


「ハッ!」


ある役割を与えていた。それは勝ち残った彼にしかできない役目。


そして、試合会場であるリングを降りた森羅と彼を出迎えたランツェもその内容を見る。

その内容に森羅は相手が動いたと判断した。


「ランツェ、みんなと合流します。急いで部屋に戻りましょう」


「ああ」


森羅の眼つきが変わった。

それは何かと戦っている時の目。

映し出される内容がそう判断させた。


映像に映し出された内容を抜粋しておく。


+++++++++++++++++++++++++++


今より一時間後

第三回戦勝利者によるバトルロイヤルを開始する。

この試合の勝利者を騎士団統一戦の優勝者とし。

報酬として、新設騎士団の団長権限の譲渡及び王位継承権上位者に対する謁見を許可する。


+++++++++++++++++++++++++++


つまり、トーナメント制を急遽取りやめバトルロイヤル方式で優勝者を今日中に決定するということだ。

なぜ、騎士団統一戦の優勝者を早く決める必要が出て来たのか。

統一戦の伝統を崩してまで、なぜ?


(何か不測の事態が起こった? もしくは、優勝者を必要としている要素が予想より早く発生したのか・・・。どちらにせよ、試合に出ざるを得ない私ではどうすることも出来ないですね)


森羅は逸る気持ちを抑えながらセトたちの元へと急ぐ。


「アズラたちはリーベの様子を見に行ったのですね?」


「ああ、倒れたらしい」


最悪なタイミングで重なってしまったと森羅が歩く速度を速めていく。自分一人ではウィリアムとフローラを守れない。セトたちの協力が不可欠なのだ。

そのセトたちの動きを抑制してしまう事態が重なるとはと、珍しく森羅が焦りを露わにしていた。

いつも使っている部屋ではなくライブラ王子の部屋に居るとのことで、広間のある方向とは違う道を曲がる。

闘技場の上層にある王族専用のエリアに到着し、そのままリーベのいる部屋へと入る。

部屋にはセトたちが全員揃っており森羅はすぐにアズラを呼んだ。


「アズラ、今いいでしょうか?」


「師範! よかった」


森羅の顔を見たアズラが助けを求める。


「フローラとウィリアム閣下が宮廷に向かってしまって、連絡が取れないんです!」


「それは何時ですか」


「ついさっき向かったみたいで。丁度、試合方式の変更を伝える内容が告知されてからだと思います」


やられた。

それも早めたのか。

森羅が苦虫を噛み潰したように眉間にしわが寄る。

タウラス第一王子主催のパーティー。統一戦優勝者を招待し王族が優勝者との接点を得るためのものだが、今回はパーティーの目的が違う。

四大公爵家を傘下に収めるためのパーティーだ。


黙ってタウラス第一王子の傘下に下るウィリアムではないことは森羅も分かっている。そのための準備もしてきた。

だが、その準備は優勝者が決定してから完璧になる。今の状態で挑むのは手札不足だ。


(まさか・・・)


森羅の脳裏に過ったのは、自分たちをウィリアムから引き離すため。

そうだとすると、全てが終わってからでしかウィリアムに会えない。

手が出せない。

試合を放棄して宮廷に乗り込むか? それはダメだ。正式な手順を踏んで行かなければ意味がない。

対策が浮かばない。そこに名乗りを上げる者が一人。


「僕が王宮に向かいます。これでも王族ですし、ウィリアム卿より招待を受けているので問題はないはずです」


「ライブラ王子殿下がですか?」


手が打てない森羅たちを見ていたライブラが自分なら乗り込めると手を上げた。

確かにライブラなら問題ない。堂々と正面から乗り込める。

しかし、それでもまだ問題がある。彼がタウラス第一王子との舌戦に務まるかどうかだ。

森羅が悩む。悩むが他に手が無いのも事実。

任せるかどうか決めかねていると。


「師範、ライブラ王子殿下なら大丈夫です」


「そうね。殿下ならフローラとウィリアム閣下を助けてくれるわ」


セトが一番にライブラなら大丈夫だと声を上げた。そして、アズラも。


「ライブラ王子殿下はやる時はやる男ニャ。あちしが保証するニャ!」


「うむ。吾輩もその勇気に一目置いているのである。鉄仮面との戦いで見せた王としての資質、あれはマガイモノなどではない」


エリウとルフタも口をそろえてライブラなら大丈夫だと声を上げる。

みんなの声を聞いた森羅は優しく微笑んでライブラを見た。

自分の知らない所で彼らは見えない絆に結ばれている。それは、信頼という想いなのだろう。

自分はまだライブラ王子がどういう人物なのかよくは知らない。

なら、任せてみるのもいいのかもしれない。


「分かりました。ウィリアム様とフローラ様をお願いしますね」


「任せてください!」


裏の舞台はライブラに任せた。後は表の舞台を勝利で飾るだけ。


「アズラもう時間がありません。私たちは私たちの出来る事をしましょう」


「はい!」


森羅とアズラが試合会場であるリングに向かう。急遽変更されたバトルロイアルだが勝機はある。

こちらは、実質二人なのだ。ケレスとヒギエアがいきなり手を組むとは考えづらい。

ルールで振り回そうとしてくるなら、こちらはルールを逆手に取る。

この騎士団統一戦も最終局面を迎えていた。



----------



赤い荒野と同じ色をした宮廷に次々と入っていく貴族たち。

そして、それを出迎える使用人の列。

案内された広間にはすでに豪華な料理が並べられ、演奏者たちにより優雅な音楽が奏でられていた。


広間に案内されたフローラが上を見上げる。

中階段を上った先にでは王族たちが寛いでいた。その中階段へとさらに案内されるフローラ。

この階段を登れるのは貴族の中でも選ばれた者のみ。大貴族とその頂点の四大公爵家だけだ。

四大公爵家の一角であるベスタ家の娘、フローラは真っ赤な真紅のドレスを身に纏いながらその階段を上っていく。

今日のために選んだドレスだ。肩と背中を大きく出して彼女の胸を強調するデザイン。

女としての魅力に加え、フローラの持つカリスマがより攻撃的で美を意識させる印象を与えていく。


男なら誰しも見惚れてしまうだろう。

思わず跪き、愛の言葉を囁きたくなる。

それほどの印象が衝撃として入って来るのだ。しかし、今は彼女が主役ではない。

フローラの美しさも目に入るが、それ以上に。


「どけ! じゃまだ!」


5名の近衛騎士を引き連れたベスタ家当主ウィリアムの姿が衝撃的だった。

パーティー会場に完全武装で乗り込んできたのは四大公爵家の一角のベスタ。

見た者は皆こう思うだろう。

タウラス王子への牽制だと。

ベスタはお前に従うつもりはないと。


ウィリアムを挟んでケレス家とヒギエア家の当主が並び立った。

両当主とも連れて来た騎士は一人だけだ。

他の貴族や王族に圧迫感や恐怖を与えないように最小限の武力を連れて来ている。


「姫様、御気分が優れなければすぐにお申し付けくださいませ」


「大丈夫。ここを乗り切ればケレスの明日は繋がるのだから、弱音なんて吐いてられません」


気遣う騎士の言葉に感謝しながら、シアリーズは前を見据える。

ここでの自分の行動如何でケレスの立場が決まるのだ。だから、弱音は吐かない。


シアリーズの決意とは真逆に、ガスパリスはほくそ笑む。


「ほっほ。準備の方は?」


「完了しております」


「ほっほ、では待つとしましょう」


彼は静かに待つ。

自身の役割が回ってくるまでただ待つだけだ。


照明が落ちる。

三当主がそれぞれの思惑を抱いたパーティーが開始される。

皆の視線が奥の扉より出てきたタウラス第一王子に集まっていく。

タウラスの目がウィリアムと交錯する。ウィリアムは最大限の敵意を持って出迎えるが、タウラスはそれを無視した。

そして。


「皆、今日は良く集まってくれた。ここにいるのはカラグヴァナでも有数の者たち。日頃から我がカラグヴァナ王国のために心血を注いでくれているだろう」


広間に集まった全員に話しかけるように言葉を紡いでいく。


「だが、いくら心血を注いでも今日のカラグヴァナの明日が見えてこない。それはなぜか? カデシュ大陸で大国と称される我がカラグヴァナ王国が小石に躓いているのはなぜだ?」


今のカラグヴァナに疑問を投げかけるように言葉を続け。


「優れた皆なら分かっているだろう。それは、現国王シュピーゲル・アイゼルナ・カラグヴァナにはこのカラグヴァナを統治する手腕がないということだ!」


あまりにも分かりやすい宣戦布告。

ベスタの回答を見てからのこの口上は侮辱に等しい。自身の主君を侮辱されたウィリアムは頭に血が上っていく。

怒りに我を忘れそうになっている父をフローラが必死に引き留める。

その様子を一度だけ視界に入れたタウラスは、告げる。


「古いカラグヴァナは淘汰され、新しいカラグヴァナが誕生すべきだ。ここにいる皆はその新しいカラグヴァナに相応しい人物だと私は思う。・・・そして、その優れた皆に紹介すべき人がいる」


タウラスのその一言と共に足音が聞こえて来た。カツンカツンとゆっくりとした足音。

奥の扉が開け放たれ、足音の主が姿を現す。


それを見たウィリアムは、いや会場のほとんどの者が事態を飲み込めなかった。

その主は複数のローブ姿の者たちに守られている。ジグラットに詳しい者が見たらその正体に驚愕するだろう。

黒い神官服を着て仮面で素顔を隠す彼らは、殲滅神官ウォフ・マナフ。世界最大宗教のツァラトゥストラ教を唱えるジグラットが有する最大暴力。

そして、それに守られるのは。


「お待ちしておりました、猊下」


タウラス第一王子が跪く。

その光景に目が血走っていくウィリアムは声すら出せなかった。フローラも王位を狙っているとばかり思っていたタウラスが跪く意味が理解できない。

この事態はベスタが予測した未来と全く異なる場面。

その異常が現実であると告げるように。


「よい。・・・してタウラス、まだ王になれていないようだが何時約束は果たせるのじゃ?」


「今この時より、猊下の一言で果たせます」


「フン! 外圧を持って王になるか。それもよかろう」


その者はこの世で最も高貴な存在であり、最も醜悪な思想を持った人間。

白の神官服に金銀の装飾が施されており、その胸にはツァラトゥストラ教のシンボル、4つの実を付けた樹が描かれている。

主アイン・ソフの意志をジグラットを通して世界に届ける人物であり、ツァラトゥストラ教最高権力者。

彼の顔を覆うセフィラが蠢きながら、真っ二つに割れてその素顔を晒す。謀略と計略にその人生の全てを注いできた老人の顔が。


「世界の意志たる主アイン・ソフの名において宣言しよう。この余の責に置いて、下の者タウラス・シュピルナ・カラグヴァナを新たなカラグヴァナの王であると認めここに祝福を与えよう」


その宣言に勝利を確信したタウラスが心の内で笑みを浮かべる。

これでこの国は取ったと。


「今ここに契約は成された。主アイン・ソフの加護に感謝を」


「主アイン・ソフの加護に感謝します」


その者の名は、ディオニュシオス・ニーチェ・アレオパギテース教皇。

この世界の現最高意思決定者である。

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