第百三十話 魔装対魔装
鮮やかな緑の鎧。
空を駆けるための3対の翼。
そして、戦乙女と呼ぶに相応しい美しい姿。
ハンサの全力。彼女の魔装・天装翼が、アズラの前に立ち塞がる。
魔装が生み出す効果によりハンサの体が宙に浮かんでいく。重力など完全に無視した力。いったいどんな可能性への能力を秘めているのか?
魔装は一つ一つ可能性に与える能力が異なる。全く同じものは無いのだ。
この魔装・天装翼もアズラの魔装・絶対魔掌とは異なる能力を持っている。
宙に浮かんだハンサが翼の役割をしている3対の外装を展開した。彼女の全身が露わになる。
観客たちからどよめきが起こった。
それはすぐに歓声へと変わる。大の男たちからの歓声が。
ハンサの姿を見たアズラは、ちょっと言いずらそうにその魔装を纏った姿を尋ねる。
「ハンサ先生」
「ん、どうしたのかなアズラちゃん? フッフッフ・・・もう手加減はしてあげれないんだからね」
「いや・・・、その恰好は恥ずかしくないのかなって・・・」
尋ねられてたハンサは、エヘンと胸を張る。
どういう理屈なのか、魔装に包まれたハンサは服を含めた装備が仮面を残して全て消え失せ、代わりに魔装の鎧が裸の彼女に装備された状態なのだ。
その豊かな丘は魔装の鎧では収まりきらず、ちょっと下から見えている。腰の鎧もなぜそんなに攻めたと恥ずかしくなるほど小さい。
最小限の足回りの鎧を補うようにヒラヒラとした薄い布上の装備があるが、あれはよく女の子が穿くあれに見える。
(なぜスカート!? スカートで飛んだら丸見えよね。ハンサ先生気付いてないの? このまま戦って大丈夫なの?)
アズラが心の中でこれはアウト! と叫びたくなる。
だが、当のハンサは全く気にしていないようだ。
自信満々に胸を張って自慢げに。
「あたしの魔装カッコイイでしょ! 子供の頃よく読んでた本の登場人物にそっくりで、きっとこれはあたしへのプレゼントなの」
「えっと、恥ずかしくは・・・」
「え? なんで? カッコイイでしょ?」
なんか、大体わかったとアズラは諦める。
きっとあれだ。
ハンサの言う、子供の頃よく読んでた本の登場人物が原因だ。
その登場人物がきっとあんな格好をしていたのだろう。それに影響を受けたハンサの深層意識が魔装に影響を与えた。そういうことにしておこう。
「じゃあいくわよ!」
アズラの気持ちなど知りもしないハンサは魔装に魔力を込め始める。アズラも遅れまいと魔装に魔力を込めていく。
二人の魔装が光り輝いていく。
赤と緑の光がリングを覆いつくし、弾ける。
最初に仕掛けたのはハンサだ。
魔装・天装翼は機動力に優れた魔装。宙に浮かんで真っすぐにアズラの所へと襲撃する。
空を飛べないアズラは真っすぐ突っ込んできたハンサを受け止めた。宙に浮かべて、機動力もあるなら回避行動は無駄だろう。
回避して追い詰められるくらいなら、こちらから捕まえに行く。
アズラの魔装・絶対魔掌は可能性を掴む魔装なのだから。
「ぐっう!」
「思いっきりがいいね!」
ハンサの腕から伸びる半透明の緑の剣がアズラの拳とぶつかり合う。
ぶつかり合うエネルギーが衝撃波を辺りに撒き散らしながらさらにぶつかり合い、相手の魔装を砕こうとしていく。
グググと徐々にではあるが、アズラの拳が前に出る。
この激突で分かったが、パワーでは魔装・絶対魔掌の方が上だ。
これならいける!
アズラが魔装で可能性を掴む。
このぶつかり合いに勝てる可能性を自分のモノにする。
拳をより強く握り緑の剣を押し込んでいく。
「これならッ!」
緑の剣が耐えきれずにヒビが入った。アズラがここぞとばかりに突っ込んで行き。
唐突に消える。
拳がそのままハンサの胸に吸い込まれる。
勢いあまってアズラの足が浮いてしまった時、風が巻き起こった。
風がハンサを起点に渦を巻き絶対の障壁となって拳を阻んだのだ。
アズラの勢いが止められもう片方のハンサの緑の剣がアズラに襲い掛かる。
ズシャッ!
胸から右肩を撫でるように斬り裂かれた。
肩に羽織っていた白いローブが外れ落ちていく。
吹き飛ばされたアズラは倒れはしないものの、痛みで身が強張ってしまう。
アズラは今のカウンターを冷静に振り返る。
可能性は掴んでいた。緑の剣が折れる可能性だ。
それはほぼ成功した。だが、ハンサはそれが分かっていたように剣を引っ込めて反撃してきた。
なぜ、読まれた。能力がバレてしまっても何に使用したかは分からないはず。
ハンサの魔装の能力か?
違う。
アズラも分かっているはずだ。彼女の魔装は可能性に介入したせいで能力がバレた。
ハンサは介入されている可能性がどれか分かっている。
とても簡単なことだ。術式で再現するべき現象を観測し、その中に強制的な観測対象になろうとする現象がアズラの介入した可能性。
何十、何百と術式を張り巡らしアズラの次の一手を監視しているのだ。
アズラの魔装・絶対魔掌を完全に封じ込めてしまおうとしている。
それにアズラは気付く。
ハンサがどのような戦い方をしているのかを。
魔装と術式。
双方が組み合わさって初めて最大の威力を効果を発揮する。
自分は魔装の能力だけに頼っていたのだ。
アズラが拳を握り締めていく。
そして、魔装に術式を追加した。
それでもう一度、ハンサに挑む。
風の障壁に守られたハンサに拳を叩き込んだ。
もちろん拳は防がれる。アズラもこの結果は分かっている。狙いはそれではない。
魔装が黒く輝き出した。それは、闇のホシェフ。
闇のホシェフによる術式への妨害が魔装により強化され介入したコードを破壊し尽くす術式へと昇華していく。
アズラの拳が術式の監視網をぶち破る。
「闇のホシェフを攻撃に!? 考えたねアズラちゃん!」
せっかく構築した術式の監視網がこうもあっさり破られるとは。
ハンサは驚くと同時に嬉しくもあった。術式を教えてあげた後輩が強くなっているのを喜ばないハンサではない。
魔装・天装翼が可能性に干渉する。
可能性を束ねていく。まるで大きな翼のように可能性が統率されていく。
迫る拳をかわしながら上空に退避した。
ハンサがアズラに狙いを定める。統率した可能性を束ね。
全てを速度へと割り振った。
彼女の持つ可能性が最大速度を超え、極限速度をたたき出す舞台を構築する。
3対の翼が羽ばたいた。
音が割れて、空気が爆発しその現象よりも圧倒的に速くハンサの足がアズラを蹴り飛ばす。
アズラはそれを認識できないままリングを盛大に転がっていき、仰向けに体を投げ出していた。
ピクリと動き、右手が拳を作るが。
そこをハンサは追撃する。
アズラが動く前に二撃目を叩き込む。
ドゴォ! と轟音が響いた。
とても術式使いとは思えない肉弾戦に観客たちは息をのむ。
ハンサの両手から緑の剣が展開された。ハンサが蹴りつけた所より少し離れた所を睨む。
アズラが立っていた。
あの圧倒的な速度をかわし魔装を構えている。しかし、魔装は左腕が破損していた。一撃目を食らった時に破壊されたのだろう。
だが、もう一つは健在だ。そして。
ビシッ! とハンサの魔装にヒビが入る。
蹴りつけた足の魔装に亀裂が走る。
「魔装が耐えられる速度を上回った可能性をねじ込んだんだね? 気付かなかった・・・。見て能力に気付いたんじゃない。始めから仕込んでいた。違うかな?」
「ええ、その通りです。さすがにあんなスピードにはついていけない。でも可能性はずっと見えている。だから、他の可能性を狂わす可能性を掴んでいた」
「可能性を狂わす可能性・・・。そっか。そんなこともできるんだ。あたしの望む結果を阻止できるほどの可能性ではないけど、そこに余計な何かを付け足すことができる」
ハンサは静かに頷く。
彼女の魔装・天装翼は、可能性を統率する能力を持つ。
望んだ結果に近づくための可能性を束ね統率し可能性の方向を定める魔装。
それは望みを実現したいという。達成する可能性の提示。
ある意味では非常に強力な魔装だ。
彼女の周りに可能性が揃っているのなら望みは実現するのだから。
だが、アズラはそれを打ち破った。たった一回だけ能力を使わせただけで看破したのだ。
アズラの実力を認めてハンサは頷く。
互いに魔装の能力はバレた。ならもう隠す必要もない。ハンサは望む。
最大の攻撃力を。
それを実現する可能性を望んで束ねていく。
さらに付け足す。光のオールを強化の属性を術式で緑の剣に施しさらなる威力を宿らせる。
アズラは拳を握って構える。
その拳が掴んでいるのは可能性。この戦いに勝つための可能性だ。
さらに、風と火の術式を追加する。あの能力に抗うためアズラも速度を望んだ。
背中に風が渦巻いてその中心に純粋な熱のエネルギーが収束していく。
そして、起爆した。爆発のエネルギーは風に抑え込まれ背中から噴き出していく。
アズラが前へと吹き飛んだ。
無理矢理生み出したデタラメな速度。
全身に圧し掛かる重力加速度がミシミシと骨をいたぶっていくのが分かる。だけど、それをねじ伏せて拳を前へと突き出した。
ハンサも迎え撃つために緑の剣を振り上げた。それは一瞬。
最大の攻撃を生み出すために最大の速度もハンサは内包している。その最大速度でアズラに飛び込んできた。
二人の目と目が合い、互いに笑みを浮かべながら拳と剣が叩き込まれる。
魔装・絶対魔掌と魔装・天装翼が最大の威力を持ってぶつかり合った。
白銀の拳と緑の剣が互いに一歩も引かずに互いの全存在を懸けて相手を打ち負かそうとしていく。
片方の魔装が砕け散った。
相手の放った攻撃に魔装が耐えられず限界を迎えたのだ。
二人の内、一人がリングへと崩れ落ちる。
ドサッ! と叩き付けられる音が鳴り決着を付ける笛の音が鳴り響いた。
その結果に観客たちが、勝利を確信していたシアリーズが、祈るように見守っていたルフタたちが。
勝者である。
アズラを見る。
そして、怒涛の歓声に包まれリングが赤いコードに覆われていった。
予想は覆されたのだ。
シアリーズが力なく座り込み、代わりにフローラは微笑んでいた。初出場での第三試合突破。
これは優勝も見えてきた。
赤いコードが消えた先には座り込むアズラとハンサの姿が在った。
どういう理屈なのかハンサの装備が元に戻っているが互いに装備はボロボロ。
持ち物も元に戻してくれればいいのにと思ってしまうが、それは難しいのだろう。
アズラがハンサに、自分に術式を教えてくれた人に勝てたんだと空を見上げる。残念だが上に見えるのは上層を支える城壁だけど。
上を見上げ何とも言えない感覚になっていると。
「フフ、あはははははッ!」
唐突にハンサが笑い声を上げる。それは嬉しそうに大きな声で笑ってみせる。
「負けちゃった。先輩として意地を見せたかったんだけど、負けちゃったか。アズラちゃん勝利おめでとう! 免許皆伝だね!」
仮面で顔は見えないが、アズラには分かる。ハンサの今の表情が。
それはとてもありがたい気持ちで、彼女と出会えてよかったと思える光景だ。
「はい! ハンサ先生、講義ありがとうございました!」
「うん。第四試合がんばってね。応援してるから」
立ち去るハンサを見送り、アズラもセトたちの所に戻っていく。
そして、勝利を報告しようと観客席にいる森羅に声を掛けようとして。
「師範! 私の戦いどうで、した・・・? ・・・師範?」
姿が見えない。
誰も自分の試合を見ていなかったのか。
セトは部屋で安静にしていて、ランツェはその看病をしている。
必然と森羅が見てくれていると思ったのだが、見ていないとなるとなんだか寂しい気持ちになる。
いない人に呼びかけても仕方ないとアズラはセトが休んでいるベスタ専用の部屋へと向かった。
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王都の主要施設を見て回る人影が一人。
アズラの試合も見ずに森羅は王都の警備状況を見て回る。
「ここもですか」
森羅が見て回った施設はどこも厳重な警備網が敷かれている。それは当たり前かもしれない。
だが、その警備は術導機を組み込んだ重火力の警備網だ。
もう警備というより防衛線と言った感じだろう。
いったい何のためにこれほどの戦力を配置しているのか。
森羅にはまだ答えが掴めていない。
ただ一つ分かっていることは、騎士団統一戦の裏で何かが進められているということだ。
恐らく、それにはヒギエアが一枚かんでいる。
ケレスは全く知らないと判断していいだろう。シアリーズの騎士団統一戦への姿勢からそれは分かる。
では、ベスタは?
自分たちベスタも全く知らない。
知らされていない。
ウィリアムの読みでは、騎士団統一戦を開催したタウラス第一王子が四大公爵家を傘下に収めるための舞台とのことだが、そうは思えなくなってきた。
属国の統治者を傘下に収めるのに武力を用いるだろうか?
それは悪手だろう。反発され、最悪は紛争となる。
なら、何のために。
悩む森羅の目にアズラが勝利したことを伝える映像が入る。
「アズラが勝利しましたか。厳しいと思っていたのですが。これは試合を見なかったことを謝らないといけませんね」
一旦、捜査を切り上げてみんなの所へと戻ることにする森羅。
小型の術導機からの映像には次の試合を行う者の名が映し出される。
所属無し。
シャホル。
VS
ヒギエア騎士団代表
ツィーレン・ヒンタルナ・シャルフシュッツェ
もうすぐ開始だ。