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僕と姉の神話遭遇記  作者: 暁0101
第五章 四公国騎士団統一戦
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第百二十九話 みんな強くなった

もう笛の音は鳴ったが、まだ対戦相手である空のヴェーダは来ていない。

リング中央で既に準備万端なアズラは、かるくストレッチをしながら相手が来るのを待っていた。

空のヴェーダが来たらぜひ聞きたいことがある。

第三試合で敗退してしまったセトが懐かしい名を口にしていたのだ。


ケレスの傭兵は風の団のバティルだと。

なら、その相方は必然と風の団のメンバーと考えるのが普通だ。

風の団で女性と言えばあの人しかいない。


よくよく思い返せば、広間で見かけた時もセトの方を見て驚いた反応をしていた。

これはもう確定だろうとアズラは思う。


「はっ、はっ、到着っ~!」


空のヴェーダが少し遅れてリングに上がって来た。

初めて会った時に着ていた白銀の鎧ではなく、白銀と黒の軽装の鎧で胸には鳥のシンボルが書かれたものを身に着けている。

もう声は完全に彼女だ。

仮面で顔を隠しているのは、何かしらの事情があるからだろうが試合中なら名前を呼んでもいいだろう。

二人が揃ったことで観客席の声援がひときわ大きくなっていく。その盛り上がりのままに試合開始の笛が鳴る。


空のヴェーダが術式を展開していく。四大系の水の術式による無数の水の盾だ。

戦闘態勢に入った空のヴェーダにアズラは無防備に話しかける。


「お久しぶりです。ハンサさん」


「ブフゥッフォッ!!」


おや? 変な声が聞こえたぞ。

あんな声を出したら仮面の内側がびちゃびちゃになっているに違いない。

いきなり核心を突かれたハンサがワタワタと手を暴れさせながら必死に誤魔化そうとしている。


「し、し、し、知らないなー。あたしは空のヴェーダ。ケレスの騎士だよ」


「知ってます。あ、セトが会いたがってましたよ。試合が終わった後にでも顔を出してもらえますか?」


「セトちゃんが!? 分かったわ! 絶対行くから伝えと・・・」


ハンサが固まった。

せっかく展開した術式も力なく崩れ落ちていく。

そして、代わりにプルプルと震えはじめて。


「もう! ひどいよアズラちゃん。せっかく仮面で身分を隠しているのに! これじゃバレバレだよ」


「べつに私たちには隠さなくても」


「事情があるの! あと試合中、おしゃべり禁止!」


ちょっとイジワルだったかな? とアズラは内心反省しつつ魔装を構築していく。

ハンサも崩れてしまった術式の再構築を完了させ、無数の水の盾を再展開する。

おしゃべりはここまで。

術式に長けた二人が。

師匠と弟子の戦いが。


「先手貰います!」


「セトちゃんに会いに行くこと伝えといてね!」


始まった。

アズラの魔装・絶対魔掌ヴァルテンマギが、ギギギ・・・と唸り。

ハンサの術式が可能性を観測している所に強制介入していく。第二試合でラバンと戦って第弐魔装に変化してから、何か癖のそうなものが感じられる。

古い殻を突き破り新しい姿になろうとするような感覚。

それはむしろ、より手に馴染んだかのように感じられた。


「ハァッ!」


その感覚に従う様に、アズラは拳を握り締め水の盾を殴りつける。

殴りつけた途端に、まるで風船のように水の盾が弾け飛んだ。弾けた水飛沫が他の盾を連鎖的に弾けさせる。

術式の可能性の観測に魔装による可能性の選択を強制介入させることで、術式が選び取る可能性を偏らせた(・・・・)のだ。

術式は再現するべき現象が、あり得る世界を観測し実世界に発生させるもの。

なら、その観測対象そのものを偏らせアズラの望む可能性を観測しやすくすれば、観測され実世界に発生する現象はアズラの思い通りになる。


「便利な魔装を手に入れたねアズラちゃん」


術式を破られたハンサはすぐに後方に移動した。

宙に浮かんでいるかのように、風の術式を器用にコントロールし飛んでいく。

ハンサは魔装・絶対魔掌ヴァルテンマギの能力とその汎用性を最初の一撃で理解した。

あの魔装は可能性に介入できるタイプ。

事象レベルなのか、可能性止まりなのかは、まだ分からないが。あれが三導系と合わさると非常に厄介だ。


応用しだいでこちらの術式を完全に封じることもできる。

それだけ、強力な魔装だ。

こちらが何もしなければの話だが。


ハンサが新たな術式を展開する。弾け飛んだ水の滴を一滴残らず操作し宙に浮かべ、風を巻き起こしていく。

水を含んだ風が闘技場の外にあるツェントルム・トゥルムの外壁から降り注ぐ光に照らせれ光り輝いている。

その術式にアズラは迷わず魔装による可能性への干渉を実行した。

水と風が入り乱れた状態だがやることは一緒だ。ハンサが求める可能性ではなく、アズラが求める可能性を増大させていく。

術式の観測対象から次の一手が見えてくる。ハンサの考えていることが手に取るように分かる。

この優位性をアズラが捨ておくはずがなかった。


ハンサは風を操作して水滴を弾丸のように飛ばすつもりのようだ。直接、術式で生み出すのではなく副次的作用を利用する作戦。

アズラは思わず感心してしまう。たった一回、魔装を見ただけでもう対策を組み込んできている。

経験の差というべきものか。

だが、その差も知られてしまっては意味がない。


「もう一発!」


ハンサを中心に渦巻く風に魔装が直撃していく。

風が殴られ、風という現象そのものがよろめきリングに倒れてしまう。風が地面に押し倒された。

ハンサが自然ではあり得ない現象に驚きの声を上げる。

これで、水滴を飛ばすことはできない。


「このまま行かせてもらうわ!」


アズラが怒涛の攻めに入ろうとする。

術式を封じられた術式使いはただの的。

ハンサには悪いがアズラは優勝を狙っているのだ。ここで負けられない。


「フムフム、介入できるのは可能性で、数は一個・・・かな? 実際に見て掴んでいる感じなのかな。超接近戦特化だね」


「!?」


勝利への道筋が見えたと思った瞬間。立場が逆転した。

相手の手の内を見ていたのではない。相手に試されていたのだ。


(さっきの術式は囮!? そうしようとしていると見せかけていたってこと?)


術式が再現する可能性が囮。もしそれが妨害されれば当たり。

可能性に介入できる個数チェックのためもちろん複数用意。

効果範囲は風による風力の影響範囲が変化する所から逆算。

物体の形態に依存する場合も考慮し水も配合。


たった一手にこれだけの罠が張り巡らされていた。それをただの攻撃と思わせるハンサの技量。

アズラは勝機を焦ってしまったと後悔する。

冷静を装うとするが悔しさを滲ませた顔がハンサに向けられている。


「さてと。あの時の講義の続きだよアズラちゃん。魔装の可能性に及ぼす効果は確かに便利だけど、それは術式使いが知っていて当然の話。可能性に対しどんな効果を持っているか、悟られないようにしながら戦うのがポリシーだね」


エヘンと胸を張るハンサ。その豊満な丘がみっちみちに鎧を押し広げようとしている。アズラに先輩らしい所を見せれたのが嬉しかったのか自慢げだ。

ハンサの指摘を確かにその通りだと聞くアズラ。

この試合は今までのとは違う。

剣や拳、技と術式がぶつかり合う戦いではない。術式使い同士による可能性の奪い合いだ。


相手の術式に用いられているコードを逆算し割り込み、再現しようとしていた可能性を奪っていく戦い。

魔装はその戦いの中でジョーカーの役割を持っていた。コードを逆算しなくても効果を発揮する自分だけの手札。

それをこんな序盤に切って、相手に能力を把握された。


アズラは魔装を構えたまま術式を展開していく。アズラの周囲を取り囲んでいくのはハンサと同じ水と風。

極力可能性の幅を制限して戦う算段に出た。

可能性を与えれば与えるほど、自分が不利になるのがアズラには分かる。

恐らく可能性の掌握力ではハンサの方が遥かに上手だ。


「冷静だねアズラちゃん。でもね、水と風だけで可能性を止められるとは思わない方がいいよ?」


その声はアズラの知らない冷たい声だった。

ハンサの警告と同時に、リング上に発生している全ての水と風が束ねられる。

アズラの展開した術式も強制的にハンサの術式に取り込まれ渦巻く巨大な水の竜巻に変貌していく。


「グッ! 術式が掌握される!?」


アズラがどれだけ術式のコードを変更してもすぐに逆算され、世界に出力される結果が奪われていく。

このままではマズい。

アズラはすぐに別の術式を追加した。追加されたのは土の術式。アズラの四方を取り囲むように壁が構築されていくが、ハンサが阻止するため手を突き出してくる。


突き出された手から展開されたのは黒い術式。三導系、闇のホシェフ。対術式用の術式であり、コードへの割り込みや乗っ取りに優れた属性。

それを見たアズラも闇のホシェフを展開した。

土の術式までも掌握されたら自由に使える属性は火だけとなってしまう。

それは戦力の大幅ダウンを意味している。アズラが闇のホシェフに対して闇のホシェフで割り込みを掛けていく。

頭の中にハンサの用いている術式のコードがイメージとして浮かび上がり、無数に流れ落ちる。

その数は膨大だ。ただの闇のホシェフの術式ではない。今、発動している術式の全てのコードを取り込んだ術式。

リング上で起きている全ての現象を再現したコードだ。


(これだけ膨大なコードをどうやって!? ハンサさんはいつもこんな戦いを? ・・・落ち着いて、冷静に、私にだってできる!)


アズラが一つ一つコードをたどる。ハンサに繋がるメインコードを探り当てていく。

確かにコードの数は膨大だ。けれど、その内容はどれも大して変わらない。

現象の属性、規模、基礎パラメータ。

それらが羅列されているだけだ。これなら掌握できる。

アズラが闇のホシェフでコードを書き換えていく。自分が望む可能性へと無理潰していく。だが、その時、一つの可能性が不可解な動きを見せた。


(何?)


まるで、その介入に反応するように可能性が変わる。

ひっくり返る。

書き換えたコードを伝ってアズラのコードに割り込んでくる。


「!!? しまった!」


アズラが闇のホシェフを強制中段し術式を放棄する。

それは、次の術式までの隙を自分から作ってしまったということ。


「水と風の輪舞。先輩からの洗礼だよ」


アズラの目に水と風の二匹の龍が飛び込んできた。ハンサによって生み出された龍の形をした現象。

それがアズラを吹き飛ばし、リングに叩き付ける。

水の水圧がアズラを叩き潰し、風の刃が切り裂く。

二匹の龍は一度の攻撃で消えずに姿を留め次の攻撃へと移る。

ハンサの術式により新たなコードが入力された。

二匹がリングより空高く舞い上がり上空で円を描いていく。その中に生み出されるのは、圧縮された水とそれを打ち出す空気の塊だ。


よろめきながらも立ち上がったアズラに水の飛礫が容赦なく降り注ぐ。


「ッ!!」


アズラが構えるよりも速く、飛礫が打ち抜いていった。

リングに無数の穴が空き、血が飛び散る。


「アズ姉さんッ!!」


観客席からリーベの悲痛な声が響く。

ルフタとエリウは声も出ず。ライブラは勝利を祈ることしか出来ない。

水の飛礫に破壊され尽くしたリングからガチャリと音がした。

瓦礫を押しのけアズラが姿を現す。


「アズ姉さん・・・よかった」


リーベがホッとした声を出すが状況は油断ならない。

まだ立っているが右肩に直撃を受けていた。

アズラなら癒呪術式ですぐに治せるはずなのだが、下手に術式を使用すると命取りになりかねない。

肩で荒い息を吐きながら、アズラが魔装を構える。

魔装・絶対魔掌ヴァルテンマギはアズラだけの力。たとえ、能力がバレていたとしても使うことは出来る。


「流石ですね、ハンサ・・・先生」


「フフフ・・・、アズラちゃんもハンサ先生のカッコよさがついに分かったか。大人のお姉さんな所どんどん見せてあげるからね!」


ハンサが手を上空に掲げた。二匹の龍がハンサの周りで長い体を巻き包み込んでいく。

アズラはそこに向かって走り出す。これ以上のダメージは避けなければならない。

ハンサは未だに無傷。この状況を覆すには何か一手が必要だ。

魔装・絶対魔掌ヴァルテンマギである可能性を掴み取る。

掴み取ったのは癒呪術式の成功する可能性。

例え割り込まれても確実に治癒を成功させるために魔装を使う。アズラにはそれだけ余裕がない。

癒呪術式が発動し右肩の傷が見る見る塞がっていく。コードに割り込みがあったがなんとか凌げたようだ。


「その魔装、可能性の指向性まで細かく指定できるんだ。魔装は発現者の性質によるって聞いたことあるけど、アズラちゃんの性格が影響してるのかな? もっと攻撃的な魔装でも似合いそうだけど」


アズラが魔装を構え、拳を握り締める。

足を魔力で強化し、風の術式で移動速度を各段に上昇させた。

そして、術式の発動確立を魔装で確実に100%へと持って行く。


「全部掴み取りたいってことだと思います! ハンサ先生ッ!!」


足を踏み抜き、一気にハンサに飛び掛かった。魔装が二匹の龍の壁に激突し水と風が飛び散っていく。

攻撃を受けたと二匹の龍が迎撃を開始し、水と風の刃がアズラを襲う。

ハンサが術式を新たに展開した様子はない。となると、二匹の龍は独立して動いていることになる。

つまり、これは循環型術式。供給された魔力の分だけ発動し続け術式自身が魔力を補給するタイプ。

術式の半永久発動を可能にしたもの。

それがアズラの行く手を阻む。


「ウォォォォォッッ!!」


アズラの渾身の一撃を乗せた拳が龍の壁に叩き込まれる。何発も、何十発も凄まじい連打が壁を打ち崩していく。

拳に壁を突き破る感触が伝わった。

後少し。

アズラはさらに拳をねじ込み強引に壁を突破した。


ゴゥッ!!


光に包まれる。龍の壁が貫かれた直後、アズラが光の柱に飲み込まれた。

二匹の龍が光に掻き消され、闘技場が光に包まれる。

ありったけの光源を用意し、徹底的に収束させ。それを一方向に指向性を持たせて拡散させたのだ。

ハンサが繰り出した光学兵器とも言える代物。

全てを貫き焼き尽くす白き一撃が彼女に迫る脅威を全て吹き飛ばした。


だが、ハンサはすぐに違和感に気付き術式を展開する。

もう打ち放たれ消えたはずの光が一部留まっていた。アズラのいた場所だけ消えていない。

光を手に纏いながらアズラが飛び出してきた。


「まだァッ!!」


自分を飲み込んだ光の柱をしっかりと魔装で受け止め握り締めていた。

ハンサの打ち出した現象を掴んで離さない。


「光を掴んでいる!? ちょっとデタラメじゃないのそれ!」


ハンサが慌てながらも適格に残った光源で小規模の光を打ち出して来る。

だけど、アズラはその程度では止まらない。掴んだ極大の光を前に掲げてハンサの攻撃を全て飲み込んでいく。


「オォォッ!!!」


「ッッッ~~!!」


拳が。


ハンサの腕に防がれた。


拳に腕の骨が砕ける感触が生々しく伝わってくる。

ハンサが風を巧みに操って後方に大きく下がった。

まずは一撃。

だけど、アズラと同じ術式使いなら癒呪術式ですぐに治すだろう。


となると。


(一撃で決めるか、魔力を枯渇させるか!)


アズラが魔装を構えなおす。

後方に下がったハンサは折れた右腕をすぐに癒呪術式で治癒し感触を確かめていた。

そして。


「強い。強くなったよアズラちゃん。団長がセトちゃんが強くなったって喜んでたけど、みんな本当に強くなってる。だから、あたしも、もう手加減はしない!」


ハンサの魔力が解放されていく。

全身を包み込んで、それは実体化する。


美しく、鮮やかな緑に包まれた鎧。そして、大きな翼を模った外装が左右に3枚重なり宙に浮かぶ。

彼女の全身に身に纏われたそれは。


魔装・天装翼フリューゲルデロール


彼女を羽ばたかせる翼だ。

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