第百二十七話 風が再び
気が付くとベッドの上で横になっていた。
自分は確か試合をしていたはず。ヒギエアの騎士と戦っていたはずだ。
記憶が曖昧で試合の結果がどうなったのか思い出せない。
世界の時間から切り離されたようなフワフワとした感覚に包まれながら、セトはベッドから起き上がる。
「目が覚めたの? 無理しないで、まだ安静にしてなくちゃいけないから」
目が覚めたセトに声を掛けたのはアズラだ。
彼女もベッドの上で体を休めながら本を読んでいる。
何があったかおぼろげだが、いつも傍にいてくれる姉がいてホッとする。
アズラが居てくれるだけでセトは安心できる。
でも、不安が消えて疑問が残った。試合はどうなったのか。
セトはすぐに確認した。
「アズ姉、試合はどうなったの? 僕、負けたのかな?」
疑問を聞きながら不安になってしまった。
みんなの足を引っ張っていないかと不安になるが、そんな不安を取り除く様に。
「セトは勝ったわよ。見事なカウンター! ベスタの若き騎士って王都中で紹介されてるわ」
「・・・若き騎士はちょっと恥ずかしいな。でも、よかった。勝てたんだ」
まるで実感が湧かないが自分は第二試合に勝利していた。
その結果がセトに役割は果たせたという安心感を与えていく。
他の試合結果も気になる。セトが辺りを見回すがアズラ以外いないようだ。
「みんなは?」
「そろそろ戻って来るわ。揃ったら作戦会議よ」
どうやら出かけているらしい。セトはそのまま倒れ込みベッドに埋まっていく。
怪我はしていないのに、どうにも脱力感や虚脱感といった感じが体の中をグルグルと回っているのだ。
これが試合による疲労なら、きっとアズラも同じ状態なのだろうとセトは予想する。姉もベッドで休んでいるのだ同じ理由だろう。
みんなを待っている静かな時間。パラ・・・、パラ・・・とアズラの本をめくる音が静かに響く。
しばらくすると、二人の足音が聞こえて来た。
部屋の扉が開き、森羅とランツェが戻って来る。
「お待たせしました。さて、良いニュースと悪いニュースがありますがどちらから聞きます?」
「・・・すまない」
落ち込み謝罪を口にするランツェを励ますように森羅が肩を叩く。
良いニュースと悪いニュースとは第二試合の残りの結果だ。
まずは森羅。
森羅は完全勝利だ。それはもう完璧な試合運びでの完封勝ちだった。
これが良いニュース。
では、ランツェの試合はどうなったのか。
先に対戦相手を答えておこう。
肌は黒く、髪は白いラバンと同じく華奢な少女。
シャホルだ。
派手に暴れまわったラバンと違いシャホルの戦い方は、こう、静かだった。
そのせいもあってか、彼女は有力な人物としてマークされていなかったのだ。
森羅たちが危機感を抱いたのはランツェとの試合が始まってから、観客たちや貴族たちが騒ぎ出したのが試合終了後だ。
完全敗北を喫した。
攻撃のために突き出した槍がことごとくかわされ、反撃の手立てが嘲笑う様に覆されていったのだ。
その状況をランツェも森羅もどうすることも出来なかった。
その報告をセトはそんなに強い参加者がいるのかと驚きを持って聞き、アズラは静かに報告を聞き終える。
「術導機で見たわ。ランツェお疲れ様。まずはゆっくり休んで」
「・・・ああ」
相手が悪かった。
そう思うのがいいだろうとセトたちは判断する。今は悔しがるよりも次の試合について考えなくてはいけない。
「師範、第三試合の相手は出そろいましたか?」
「ええ、私たちベスタの踏ん張りどころっと言った感じですね」
森羅がセトたちの第三試合の対戦相手を発表する。
第三試合ともなると勝ち残っている参加者もかなりの手練れだ。
いったい誰が相手なのか、固唾をのんで発表を待つ。
まずはセトから。
セトの第三試合の相手は。
ケレス騎士団代表所属。
風のスィームグル。
次に、アズラの相手は。
ケレス騎士団代表所属。
空のヴェーダ。
この二名がセトとアズラの対戦相手。
「風の・・・スィームグル?」
「空のヴェーダ」
対戦相手は通称で騎士団統一戦に登録しているようだ。本名ではないため素性を探るのは難しいだろう。
そして、名前を隠すこの二人は。
「ケレスの傭兵たちです。この統一戦で最も警戒すべき相手が一度に相手となりますね。個人戦も第三試合で一区切りとなります。気合を入れていきましょう」
「「はい」」
個人戦は第一から第三試合までを一日で、第四試合と第五試合つまり決勝は次の日に行うこととなっている。
わざわざ日をまたぐのはそれだけ第四試合と決勝が注目される試合だからだ。
優勝を争う者たちが万全の状態で臨めるように休息も兼ねての日程ということだ。
「現時点で判明している対戦相手の特徴を共有しておきましょう。全てを見せていないとしても突破口を開く糸口にはなるはずです」
森羅よりセトたちの対戦相手の戦い方、使用する武器、術式が伝えられていく。
こういう事が得意なのか必要な情報が適切な純度でセトたちに伝えられ、対戦相手の構えや戦い方のクセまでもが頭の中で合わさりイメージとなる。
セトの対戦相手、風のスィームグルは大剣を使用する。
腰には片手剣があるが使用されたことはない。
大剣を使うと聞くと、セトは模擬戦をした近衛騎士フライスを思い浮かべてしまうが、風のスィームグルの戦い方は全く異なる。
大剣は両手剣ではない。両手剣より巨大な大剣を片手で振り回しているのだ。
それも術式による強化もせずに行われている。筋力のみで鉄塊を振り回しているようなものだ。
アズラの対戦相手、空のヴェーダは術式使いだ。
第二試合を終えて確認できている術式は四大系のみ。もちろん、その全てが無演唱。
混合術式なども軽々と扱っていることから、術式の腕はアズラと同等かそれ以上と予測される。
「うん。これだけ情報があれば十分」
セトが頭の中で対戦相手のイメージをまとめあげ、作戦を練っていく。
パワー系には足を活かした戦略がいいだろう。
「セト君はすぐに試合ですから準備をして待機しておいてください。アズラは魔装のチェックを。何か異変がないか念入りに調べてください」
「やっぱり試合の時のアレですか・・・?」
「ええそうです。あれは第弐魔装という現象なのですが、それはまた後で解説しますね。今は自分の状態を万全にすることに努めてください」
突発的な強さより、今までの積み重ねを重視する。
いきなり出てきたものより、これまでの自分を信じるのは自然なことだ。
セトとアズラは試合の準備を進めていった。
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闘技場のリングの状態が術導機により映し出されている。
その映像を横目にルフタたちは、観客席に戻って来ていた。もうすぐ第三試合だ。一番手のセトを応援しようとみんなに気合がこもる。
「しかし、ランツェは残念でしたね」
「うむ。さすがはエール族と言ったところである」
ライブラとルフタが前の試合を語り合う。
シャホルの圧倒的な強さを垣間見れた試合。アズラがラバンに勝てたのは奇跡に等しいと思えてくるほどだ。
「もうすぐセト来る?」
「まだニャ。笛がニャってからニャ」
リーベは早くセトが来ないかなと待ちきれないようだ。大好きなお兄ちゃんに声援を送るのだと気合十分。
一番前の席を陣取り、まだ誰もいないリングを眺めている。
術導機からの映像が切り替わった。第三試合の参加者たちの名前が映し出される。
そして、セトと風のスィームグルの名が大きく表示された。
「もうすぐニャ」
「うん!」
リングに上がって来る人影が見えた。
白銀と黒の軽装の鎧を身に着け、胸には鳥のシンボルが描かれている。顔全体が隠れるほど大きな仮面を被った一人の男。
先にやって来たのは風のスィームグルだ。
巨大な大剣を背中に背負っている。団体戦では持っていなかったので個人戦でのみ使用する武器なのだろうか。
風のスィームグルが大剣を手に取った。軽々と片手で持ち上げ、ガコンッ! とリングの上に剣先を乗せる。
程なくして、笛の音が鳴り響いた。
参加者を呼ぶ合図だ。
リングに向かって一人の少年が走って来る。リーベの顔が笑顔で輝き大きな声で声援を送る。
「おーい! セトー!」
セトがリーベの方に振り向いた。手を上げ声援に応えながらリングへと上がっていく。
防具は破損した箇所をありあわせの物で補強しているため、少々不格好だ。
片手剣とダガーも予備の物。
この短時間、ギリギリまで万全の状態になるように努めたのだ。
セトが剣を構える。
相手はケレス騎士団代表の団長だ。弱い訳がない。絶対に強い。自分よりも確実に。
だけど、セトはその現実に脅えてはいなかった。むしろ、遥かに格上と戦えることに感謝している。
強者との間にある壁を身をもって知ることが出来るのだ。
そして、今日はそれを飛び越えるためにここにいる。
まずは、いつも通りに深呼吸をする。気持ちを落ち着けていつも通りの自分を意識していく。
「よしっ!」
セトの準備を待っていたかのように試合開始の笛が鳴った。闘技場が歓声に包まれていき、一気に試合の雰囲気が作り上げられる。
片手剣とダガーをいつも通り中段と下段へ。
いつもの、自分がいつも使っている構えで挑む。
対して風のスィームグルは大剣を振り上げ肩に担いだ。
構えたというよりは、剣を締まった感じだ。
セトが多少警戒していると、風のスィームグルが不意に声を掛けた。
「強くなったなセト」
「え・・・?」
いきなり名前を呼ばれたことに動揺するが、セトはこの声に聞き覚えがあった。
顔を覆い隠す仮面で素顔は見えないが仮面の隙間から覗く黒い髪から彼のイメージは掴める。
とても力強いイメージ。そして、優しく頼りがいのある人物。
「アズラは元気そうだったな。リーベは元気にしているか? あれから半年近くか。まさか騎士団統一戦に出てくるとは思わなかったな」
彼の声が明確になる。
彼のイメージが浮き彫りになって。
「素振り、ちゃんと続けていたんだな。見違えるぐらい立派になりやがって」
セトの脳裏にある人物の姿が浮かび上がった。
「バティル・・・さん?」
名を呼ばれた風のスィームグルは仮面をしたままコクリと頷く。
そして、証明するように。
「上段以外の構えは飾りじゃねぇだろうな。・・・いいぜ。来い! お前がどれだけ強くなったか見てやろう!」
ガコンッ! と大剣をセトに向けて突き付ける。
セトは笑っていた。
まさか、こんな所で彼と再会できるとは。
帝国の町、ラガシュに向かう途中で出会い。剣を教わり。リーベを救うために共に戦った。
彼と、風の団の団長。
バティル・ナタルナ・スィームグルと。