第百二十六話 第弐魔装
迫りくる世界に空いた穴。
空間が歪んだ五本の破壊がアズラを飲み込もうとしていく。
だが、その状況にアズラは自慢の魔装・絶対魔掌を、拳を握り締めた。
その拳に掴んでいるのは、一つの可能性。
この窮地を突破できる可能性だ。
アズラが世界に空いた穴に飛び込んでいく。
ラバンの爪より解き放たれた破壊が、世界を構成する大気、空間、時間、現象へと食い込んでグシャグシャになった亀裂。
その亀裂に突っ込む。
魔装に満ちている魔力が脈打ち、白銀の手甲に浮かぶ腕輪のような赤い輪がより強く輝き出す。
魔装が高鳴るのをアズラは感じ取る。
魔装に意志があるなら、きっとここが踏ん張りどころだと分かっているのだろう。
アズラも感じている。目の前のこの亀裂が。
可能性の崩壊した無秩序のこの穴が。
乗り越えなければいけない壁だということが。
「ウォォォォオォオッッ!!」
目の前の壁を吹き飛ばすように吼えながらを亀裂にブチ当たった。
亀裂に渦巻く破壊がアズラに容赦なく襲い掛かる中、アズラは拳をさらに前へと突き出す。
荒れ狂う破壊の先を掴もうと、この手に掴んでいる可能性を破壊の中心にねじ込んだ。
グニャリ。
音が鳴るなら、そう聞こえてきそうなほど歪に五本の内の一つの亀裂が形を失う。
薄い膜を押し広げていくように亀裂が伸び広がって、そして、破ける。
「おおおッ!! すごい! すごいゾ!!」
世界に空いた穴。その亀裂をアズラの拳が突き破った。
自分の攻撃を打ち破られたラバンは、全身を高揚させ気分が高まっていく。
アズラを見るその表情は、恍惚しニヤけているが隠そうともしない。
まるで、恋人でも見つけたかのような雰囲気だ。
「今のをもっと出してもいいのか! いいんだなッ!!」
ラバンの感情が高ぶる。
もっと、もっと攻撃していいのか。
もっと威力の高いのを繰り出していいのか。
殺し合えるのか。
そうなんだなッ!
高ぶった感情が想いと共に爆発していく。
ビキリッ!
彼女の全身から内包されていた力が解放され指先から毛先の一本まで、力で包まれる。
手先の全ての指に血管が浮き出た。そのまま十本の破壊をアズラに叩き込むため爪を振り下ろす。
交錯した破壊が攻撃を突破したばかりのアズラを捉えた。
「またッ、バカげたものを叩き込んでくれたわね!」
それに対し、アズラは拳を今度は亀裂に対して真下に叩き付けるように殴りつけた。
突き破るのではなく、弾く。
十本の破壊が軌道を変えリングに叩き付けられた。
最初の一撃を突破できたことから、この攻撃はアズラには届かない。
どれだけ威力が高かろうと当たる可能性をアズラが選び取らせはしない。
リングの三分の一がラバンの爪に切り刻まれた跡にアズラが着地する。
攻撃を弾かれたラバンは自分の手をマジマジと眺める。
その割れた爪を見つめる。それは嬉しそうに見つめていく。
ラバンが自身の攻撃が弾かれた原因はこの割れた爪にあると判断している。
その通りだ。
ラバンから放たれた攻撃は、彼女の割れた爪からも一つ生み出されている。
それは、他と比べると威力の劣った部分となる可能性が高いのだ。
アズラはその可能性を掴んでいた。
自分が突破できるギリギリまであの破壊の威力を矮小化させ、魔装で打ち抜き突破したのだ。
一度でも可能性を実現したのなら、その現象はアズラのものとなる。
成功した可能性は次の類似の可能性に大きく影響する。つまり、同じ攻撃はアズラにはもう二度と通用しない。
同じ可能性を内包するのなら強化型でも発展型でもアズラには通用しないのだ。
「ッ・・・。上手くいったけど、無傷とはいかないか・・・」
グラついた足に力を入れアズラが必死に立ち続ける。まだ倒れる訳にはいかない。
目の前にいるラバンは嬉しそうに口元に両手を押し当てている。
高ぶった感情を抑えられずに身悶えしているのだ。その様子にアズラは、若干の恐怖にも近い感情を感じた。
ラバンの様子を注意深く見ると何かを呟いている。ブツブツと同じ言葉を呟いているようだ。
それがアズラの耳に聞こえた。
「殺したいゾ殺したいゾ殺したいゾ殺したいゾ殺したいゾ殺したいゾ殺したいゾ殺したいゾ殺したいゾ、殺すゾ殺すゾ殺すゾ殺すゾ殺すゾ殺すゾ殺すゾ殺すゾ殺すゾ殺すゾ殺すゾ。・・・・・・どうしよう、これは好き? ということか?」
体温が急激に下がるのを感じた。それに連動するように寒気が襲ってくる。
アズラの目の前に、何か、がいる。
アズラたちの知っているラバンではない何かが。
思わず拒絶の意味合いを含めた構えをアズラが取った。
それを舐めまわすようにラバンが視線を向け、ダラ~と姿勢を崩したと思ったら。攻撃は開始されていた。
とても静かに、這い寄るように。爪がアズラの肉を削ぐ。
「ぎッ、グ・・・!」
見えない。ラバンの腕も爪も。
デタラメだった攻撃がさらにデタラメに無秩序になってアズラを殴りつける。
魔装による可能性の掌握も何が起こっているのか掌握しきれない。
アズラが無害と判断した可能性がいきなり害ある可能性に変貌していくのだ。
まるで、ラバンに発生する可能性を掌握されたような状況。
アズラの魔装がラバンの暴力に飲み込まれていく。
その無秩序の暴力の中、ラバンの視線は動かないことに気付いた。
ある一点を凝視し続けている。どれだけ激しく動こうが目線だけは全くズレない。
ラバンの視線だけがずっとアズラの顔を見ているのだ。
アズラを見続けている。
「このォッ!!」
ぐちゃぐちゃにされた可能性をアズラが束ね直し、拳を握り締め反撃する。
爪に抉られながらも、自分を捉えて離さないその顔に拳を叩き付けた。
バゴッ! と砕ける。
魔装・絶対魔掌の掌握をラバンが上回り、魔装が砕け散る。
アズラの顔が苦痛と驚愕に染め上げられ、それを見たラバンはさらに恍惚としていく。
ラバンの攻撃をどれだけ矮小化しても、その最小単位がアズラを上回ったのだ。
それはもう、どれだけ手加減してもらっても勝てないという可能性が生まれること。
砕け散っていく魔装・絶対魔掌がそのマイナス方向の可能性を拾い上げてしまう。
可能性に満ちたこの場にたった一つの絶対的暴力が混じったことで、全ての可能性が、一つの可能性に飲み込まれていく。
どれだけ可能性があっても、全てがその可能性に咀嚼されるならアズラではもうどうしようもない。
諦めてしまう。
もう勝てないと思ってしまいたくなる。
必殺の反撃を打ち砕かれ、吹き飛ばされたアズラがリングを転がる。
ダメージが蓄積し徐々に体が動かなくなっていくのが分かる。
口に広がる血が垂れ落ち、地面を赤く汚していく。
口元を抑え悶えながら近づいてくるラバンの足音が聞こえてきた。アズラが残された力を振り絞り体を持ち上げる。
その時、近づいてくるラバンの向こうに、観客席にいるフローラとウィリアムが見えた。
二人とも全く動じずに自分を見守っている。フローラもアズラが倒れていることに取り乱したりせずに堂々として勝利を持っているように見える。
いや、きっと内心は不安で一杯なはずだ。
アズラが傷つき倒れることを自分の所為だと思ってしまう。心優しい友人だとアズラは知っている。
自分の勝利を絶対だとして見ているのはウィリアムの方だ。
この騎士団統一戦はウィリアムの勝利のため。自分たちはそのために強くなった。
でも、本当は。そのためじゃない。
「こ、こで、負けられない・・・!」
本当は家族のため、友人のために優勝しに来たんだ。
結果はウィリアムに渡そう、でも得られる未来は自分たちが貰う。
そのためなら。勝つ。
アズラが立ち上がる。もう装備はズタボロでその意味を成していない。
それでも立ち上がる。魔装は完全に砕かれた。掴んでいた可能性も切り札とならない。
だけども。立ち上がる。
「いいゾ。お前とてもいいゾ・・・! ちょっと力が足りないのが残念だけど。それでもいいッ!!」
ミシ・・・ミシ・・・と、ラバンが顔にすら血管が浮かび上がり、その形相が禍々しいものへと変わっていく。
もう感情の制御が効かないのだろう。リミッターなどとうに振り切っている。
戦っていたアズラが一番よく分かっているが手加減されていた。それが、今から無くなるのだ。
アズラが片腕だけ魔装・絶対魔掌を構成し直す。ダメージの回復に魔力を割いたせいで、魔力の残りも少ない。
これで決める。
片方だけ構成された魔装・絶対魔掌に残った全ての魔力が注ぎ込まれていく。
白銀の手甲に赤いラインが入り液体が流れるように走り抜ける。
指の部分を覆う魔装が黒く変色して、浮かびあがる腕輪のような赤い輪がより強く明滅してした。
第弐魔装・絶対魔掌
勝利のために魔装の能力をある分野にだけ特化させたタイプ。
それをこの土壇場でアズラがたたき出した。
魔装に鼓動するように首に下げた赤い魔晶石の首飾りが明滅し、魔装が唸る。
腕輪のような赤い輪が輝きながら回転を開始する。
掴み取る、全てを掴み取っていく。この場にある可能性を掌握できるだけ掌握し束ねて、右拳を突き出して構えた。
「ハァァァァァッッ!!」
「イシシシッ! イシシッ! イヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」
自分の持てる全ての可能性を束ねた拳と、狂気でしかない感情と暴力の爪が激突する。
ただ真っすぐに、フェイントも何もなしのド直球の拳の一撃。
それに応えるように魔装が唸り、赤い輪がさらに回転力を上げていく。
アズラの拳を正面から迎え撃ち、叩き潰そうとしたラバンの爪は激突と同時にその場にはりつけにされた。
ぶつかり合う攻撃から逃れられないのだ。これはどちらかが砕けるまでこの場を動けない一撃のぶつかり合い。
その威力にラバンの恍惚はさらに高みへと上り出す。
ずっと、ずっとこうしていたい。その思いと感情が溢れてしまいそうになりラバンの一撃がさらに苛烈になる。
もう・・・、いいか・・・。
もう・・・、殺しても・・・いいゾ・・・。
ラバンの頭の中が黒く、染まり。
「ラバンー。約束ー、忘れーてーるよー!」
染まろうとしたところで、耳にシャホルの声が入って来た。
ふと我に返り。
「あ! 手加減忘れてゲフッ!!?」
間抜けな声を出した瞬間、手元が来るって魔装が顔面に直撃した。
アズラに叩き付けていた攻撃が全て弾き返されていき、破壊の一撃を突き破った拳がラバンの顔にめり込む。
殴り飛ばされたラバンが宙を舞い、リングに叩き付けられる。
全力を使い果たしたアズラはそのままペタリと座り込んでしまった。もう動けないようだ。
どうだ。
アズラは倒れているラバンを警戒する。
何十分にも思える一瞬の間。
王都に無数に設置された小型の術導機よりラバンの様子が映し出された。彼女はもう完全に意識を失っている。もうピクリとも動けない。
甲高い笛の音が鳴り、すぐさま赤いコードがリングを包んだ。
小型の術導機より映し出されるのはアズラの勝利の映像だ。
もう動けないアズラに森羅が肩を貸す。完全に気を失ったラバンは相方のシャホルが引きずりながら連れ帰っていた。
同じ出で立ちのシャホルを見たアズラはすぐに、ラバンと同じく聖女のことを知っていると思い声を掛ける。
「あのッ!」
「なーにー?」
肌は黒く、髪は白いラバンと同じく華奢な少女。
服装も全く同じ。違うのは額にある角が一本な所だけ。
そのシャホルに尋ねる。
「リーちゃんのことどこまで知っているの? もし、リーちゃんのために、聖女のために出来る事があれば教えて欲しい!」
「・・・」
シャホルは少し考える。この話題はこんな大舞台で語っていいものではないのだが、まぁ、いいかと判断し答えた。
「あなたたちに出来る事は何もないよー。聖女のためにー、負けないように強くなってー、彼女のためにー、ダートを斃すんだよ。それだけー」
「負けなければリーちゃんのためになる?」
「多分ねー。でも、あなたたちだとダートには勝てないかなー」
シャホルの言葉をアズラは一言も漏らさずに聞いていく。
負けないとは、つまりは死なないこと。
そして、ダート。
やはり、この存在が引っかかる。
「なぜ勝てないの? 強くなるだけではダメなの?」
「んー。勝ち負けとかー、生きてる死んでるじゃなくてー。会ったら終わりなんだよねー。だから、ダートになるかもしれない奴をー片っ端から殺せばー大丈夫? たぶん? 会ってしまった時もそのダートがなり立てなら勝てるよーたぶん。・・・あれは兄者だけか」
「それは・・・、どういう・・・」
「アズラ、その話は後です。無理な魔装の行使がかなりの負担になっている。安静にしなければいけません」
アズラが理解できる前に、森羅からストップが入った。
ラバンとシャホル。
彼女たちが何者なのか、今は分からない。
アズラたちが理解できていなくても、事態はゆっくりと少しづつ進行している。