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僕と姉の神話遭遇記  作者: 暁0101
第一章 少女と黒い巨人
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第十二話 まだ途上で舞台は開いて

ラガシュで最も高貴な館の窓から、一人の女が退屈そうにソファに寝そべっているのが見える。

メイドたちが書類の整理に追われている中、自分のやる仕事は終わったようで暇を持て余していた。

暇だからとメイドたちの仕事を手伝おうとしたが丁寧に断られてしまった。メイドさんとしては、客人に仕事を手伝わせるなど言語道断らしい。彼女は気にしないのだが、メイドさんが気にするのなら仕方ない。

彼女は、持て余した暇をどうしようかと思案する。


暇を持て余したハンサは、かわいい後輩たちと市場に行きたかったが、自警隊の組織やらなんやらで時間を取られてしまったせいで、一緒に行きそびれてしまった。仕事を手伝ってくれていたアズラやセレネを行かせるため、仕事をすべて引き受けたのが原因でもあるが彼女らが楽しめているのなら良しとしよう。

仕事が終わってすぐに向かってもよかったのだが、ほかの仲間がまだ働いているのに遊びに行くのは気が引けた。何より、後輩たちも先輩たち抜きで話したいこともあるだろうと、そう思ってしまうとますます行きづらくなってしまった。ハンサ姉さんは気が利くのだ今日は留守番をしようと思い、今に至るのだが館を出る機会を完全に逃したようだ。とりあえず、暇を絶賛満喫中である。

誰か帰ってこないかなとゴロゴロして待つ。今日はもう何もしたくないぞ。


しばらくすると部屋に館の主であるロレンツォ卿が入ってきた。

ハンサは姿勢を正すが、ロレンツォ卿は気を使わなくていいと片手で制す。


「バティル殿は戻っていないのか?」


「まだ、ジグラットに出かけたままですよ」


「そうか、では戻ったら伝えといてくれ」


「分かりました。ロレンツォ卿、その軍の方はどうですか?」


「無駄足だったよ。何より先発隊の犠牲者に軍関係者がいたのが痛手だった。軍属の人間を死なせる男に貸せる力はないそうだ」


「そんな、今回はジグラットも協力しているのに」


「軍の連中はまだ危険な状態と思ってないのだろう。もしくは、手を貸さないように誰かが仕向けているか」


「人が死んでるのに政治的駆け引きですか?」


「人が死んだからだよ」


「・・・嫌いです。軍も貴族も」


「ははは・・・、確かに醜い醜態だな。だがその醜態の中からでも打てる手は打って見せるさ」


「! 申し訳ありません! そんなつもりは」


「ハンサ殿はこの帝国の問題を指摘しただけだ。事実、私も醜態の中にいる、それは分かっているつもりだ。・・・では、ハンサ殿、バティル殿によろしく頼む」


ロレンツォ卿は、それだけ言い残し部屋を出て行ってしまった。

ハンサは、失礼なことを言ってしまったと後悔するが、ロレンツォ卿もそれは事実だと思っていたようだ。

東の森の騒動がこれだけの騒ぎになっているのに軍は動こうとしない。黒い巨人の脅威を知らないから、こんな判断ができるのだろうとハンサは考えるが真実はさらに醜悪だ。黒い巨人の脅威以前に、ロレンツォ卿の失墜のためにこの状況を待ち望んでいた輩がいるのだから。

その輩とは、ロレンツォ卿も名前くらいしか聞いたことのないどこかの貴族たちだろう。そんな醜悪をまき散らす輩のために、軍は役立たずになっている。帝国にとって重要な拠点、人物を優先的に守るようにした結果、重要だと結論が出るまで守りに来なくなった組織。それが今の帝国軍なのだろう。

ロレンツォ卿はそんな歪になった舞台で毎日戦っているが、それは、ハンサやセトたちの知らない別の物語だ。


ハンサはますます誰かに帰ってきてほしくなってしまった。このどうしようもない鬱憤を誰かに語って発散したいと思っている。

そう思いながらソファでゴロゴロしていると玄関の呼び鈴が鳴った。誰か帰ってきたようだ。

とりあえず欝憤を聞かせて、その後、自警隊の最終確認を行うだろう。即席の組織だが、ようやく形になってきた。元々、ラガシュが雇っていた魔獣盗伐や治安維持をしている傭兵たちをかき集め志望者を募ったが、1日で100人規模の組織ができあがった。

これだけ早くできあがったのは、ラガシュに傭兵たちが仕事を求めて集まっていたからだろう。

早い段階で事態の鎮静化に勤めていたのが、うまく効いてきたようだ。

最終確認では、それぞれの役割分担を決めていく。最後にまた忙しくなるだろう。



----------



ちょっと小洒落た喫茶店で一息つく4人組。女の子3人の目の前には、フルーツを甘いクリームでトッピングしたデザートが置かれている。田舎では味わえない都会のお菓子だ。甘酸っぱいフルーツをふんわりと甘いクリームで包みフルーツの酸味を際立たせる。フルーツを噛んだときに広がる果汁がクリームと混ざり合い、フルーツの香りとさっぱりとした甘みが口の中に広がっていく。

アズラとセレネが食べたことのないデザートに舌鼓を打ち幸せな表情を浮かべる。そんな二人を見たリーベもデザートを口に放り込んでいく。相当おいしかったのか、にへらと顔が崩れてしまう。顔についたクリームなどお構いなしにさらに口に放り込む。

セトは、美味しそうに食べる3人を見て少しうらやましく思うが、市場で食べた砂糖漬けの菓子で胃がもたれてしまった。水を啜りながら胃のムカつきをなだらかにしていく。あんなに甘いものを食べて平気だなんて女の子はすごいと感心する。

日はお昼頃を過ぎ少し傾いてきている。まだまだ明るいが館に戻って仕事の手伝いをした方がいいのかもしれない。


「アズ姉、この後どうするの? もし行くとこないなら武器屋に寄って見たいんだけど」


「いいけど、余り時間もないわよ」


「うん、ちょっとだけ見るつもりだから。セレネとリーちゃんもいいかな?」


「いいよ」


「もちろんいいですよ。ふふ、セトもやっぱり男の子なんですね」


「べ、別にただ見たい訳じゃ。この先、武器屋にはお世話になるんだろうし見といて損はないかなと」


(素直にカッコいい武器が見たいといってもいいのに)

「ちゃんと先のこと考えているんですね」


「いやぁ、まぁ、そうかな。へへ」


セトは、本心を見透かされているとも思わず褒められたことに照れてしまう。

行先が決まり、移動を開始するセトたち。今日は武器屋を見て終わりといったところだろう。


武器屋は市場を抜けた先にある。近くに鍛冶屋や仕立て屋もあり、武器や防具に関することはこの区画に来ればほとんど解決する。

武器屋のある区画に着いたセトたちはどの店に入ろうかと見て回るが、セトは、大きな大剣が飾ってある店に吸い寄せられるように入っていった。この店を選んだ理由はでかい剣があったからだ。セトの分かりやすい行動にアズラとセレネは思わず笑顔が出てしまう。

店の中に入ると、黒光りする剣が目に飛び込んできた。

鉄を鍛え上げた技術の結晶が棚に飾られ客が自分に合う剣を探しやすいように考慮されている。

セトには、剣の性能やどのような場面に適しているのかまだ分からないが、いずれはすべて分かるようになりたいと剣の値札の横に書かれている簡単な説明を読んでいく。

・・・残念だがセトはまず専門用語を理解する所から始めないといけないようだ。

値札にもビックリする額が書かれている。剣を買うのはかなり先になりそうだ。

セトはハの字で説明書を眺めていると、店主と思しきお婆さんに声をかけられる。


「お前さんたちも、もうすぐ行われるラガシュ防衛の依頼に参加するのかい?」


「はい、みんなと一緒に巨人を討伐するつもりです」


「もしやとは思うが、その赤毛の子。巨人から護衛する対象となっている子なんでは?」


「リーちゃんのこと知ってるんですか」


「いや、店に来た客がみな口揃ってラガシュと赤毛の少女を守る依頼だといってたからね。この町で赤毛の子を見たのは初めてだったからそうなのではと思ってね。よし、ちょっと待っときなさい」


そういうと、店主は奥に行ってしまった。少しすると戻ってきてリーゼに装飾の施された小さな短剣を手渡した。剣にしては小さく投げナイフとは形状が異なる。


「それを持ってお行き。気休めかもしれんがお守りになる」


「お気持ちは嬉しいですけど、今お金がなくて」


「お代はいらんよ。赤毛の子にやるわい」


「おばあちゃんありがとう!」


セトが何かを言う前にリーベがお礼を述べる。満面の笑みで感謝を伝え小さな短剣を大事に懐にしまった。

何も買うつもりが無いのに貰ってばかりは、失礼だと考え店を出ていくセトたち。

そのセトに武器屋のお婆さんが一言口を開く。一言だが当たり前で、そして、大事なことを。


「ちゃんと守ってやるんだよ」


「はい、必ず」


守る。実際に言われてみて初めて実感する。

リーベと出会った時は、逃げることと戦うことに精一杯でそんなことは考えていなかった。考える余裕もなかった。リーベを安全な所に逃がす、このことだけを達成しようとガムシャラになっていたからだ。

だけど、今はリーベを守るためにみんなが力を合わせている。逃げるのではなく、守り切るために戦う。

同じ戦うでも意味がまるで異なる。セト一人では無理でもみんながいれば必ず守り切れるそう思えた。


店の外に出るとアズラたちが少し困った顔をしていた。

どうしたのかとセトが近寄ると、アズラたちの前に黒ずくめの神官が二人立っているのが見えた。二人とも仮面を着けており表情は分からないが、ジグラットからの使者だと雰囲気で分かった。

一人はバティルと同じぐらいの背丈で、もう一人は2mほどあろうかという巨体だ。

聖職者の雰囲気はしているが、ただの聖職者とはセトには思えない。神に仕える聖職者に残るほんの僅かな悪意の残滓をより集め凝縮した、神聖な悪意という矛盾したような存在に見えた。二人を見た瞬間、セトは楽しい時間は終わりを迎えリーベがただみんなの勝利を祈る時間がやってくると分かった。

リーベを見た黒ずくめの神官たちは少し驚愕の雰囲気がその仮面より漏れ出る。


「驚いたな、これほどの祝福を受けているとは」


セトたちにその言葉の意味は理解できないが、次の意味はすぐに理解できた。

黒ずくめの神官の一人から敵が動いたとの情報がもたらされる。


「巨人が郊外の平原に出現した。予定を早めこれより討伐作戦を開始する。リーベとセトはジグラットまで同行していただく」


「なぜセトまで? それにあなたたちは誰なの」


「これは失礼をした。我らはジグラットより派遣されし殲滅神官である。此度の騒動の元凶である巨人は我らに任せてもらいたい。セトを保護する理由だが、巨人がリーベの次にセトを狙う可能性があるためだ。万が一を考慮し二人とも保護する決定となった」


「そうですか。自警隊の方は?」


「風の団団長バティルの手により、既に各要所に展開されている最中だ。君たちも参加するなら急いだほうがいいだろう。さぁ、こちらへ、ジグラットまで送り届けよう」


こちらの判断を待つことなく殲滅神官は話を進めていく、事態が急速に動いているのがそのことから感じ取れた。セトとリーベは殲滅神官に従いジグラットに向かう。アズラたちは自警隊に参加するため一旦館に戻ることとなった。

ここで、しばらくお別れだ。


「セト、気を付けてね。身の危険を感じたらリーちゃんを連れてすぐに逃げるのよ。」


「うん、わかってる。アズ姉大丈夫だよ。リーちゃんのことは任せて」


アズラは、心配だという思いを隠し切れずセトに声をかける。セトは大丈夫だといって安心させようと気丈に振る舞った。


「アズラ先輩行きましょう。セトなら大丈夫です」


「ええ、それじゃセト行ってくるね」


「うん、じゃあリーちゃん僕たちも行こうか」


「わかった」


セトはリーベの手を引きエスコートしていく。自分がリーベを守るんだという思いが事態が動いたことでセトの中に芽生えていた。

難しいことはよく分からないが、あの巨人がまた来るということはリーベにも理解できた。

セトに手を引かれジグラットの方へと進んでいく。

リーベは、自分の手を引くセトを見て夢に出てきた白髪の男と姿を重ねた。夢に出てきた赤毛の女の人を守っていた男の人。まるで自分たちがそれに重なるように思えた。

黒い巨人も黒い虫たちも夢を再現するように、みんなリーゼの前に現れてくる。夢を辿るのならどこまで行くのだろう。せめて、脳裏に焼き付いているあの光景だけは、焼け死んだ人と砕かれた人肉、黒い虫たちの骸が広がる荒野の光景。

あれだけは、夢から現実にならないように祈る。

リーベの手に力が入りセトの手を強く握り返した。セトはそれを受け止める、もう不安にさせないとリーベの手を優しく包み込んだ。



----------



館の執務室でロレンツォ卿が執事に慌ただしく指示を飛ばす。完全に虚を突かれたようで準備が間に合っていないのを何とかしようと取り繕っていく。

準備が完全でなければ、せっかく組織した自警隊がうまく機能しなくなってしまう。

軍の協力が取り付けらえなかったため、バティルと相談しようと考えていたが、そんなことは通り越してバティルから巨人出現の報告がもたらされた。

出現位置は町の郊外。

城壁を挟んで外側にいるが空を飛べるとの報告があるため、あまり意味を成さないだろう。

バティルたち風の団には、自警隊指揮のため現場に向かってもらっている。

ロレンツォ卿は、自警隊を運用するときに必要な権限を大急ぎで用意しているところだ。

この町ラガシュで最も権力のある彼が、権限を用意する必要があるのは自警隊の存在意義を明確にするためであり、自警隊の活動に横やりを入れさせないためでもある。町の防衛の権限のみを有していることが明確であれば、反乱を企てているなどとくだらない難癖を言われることもない。そもそも軍が動いてくれれば、自警隊の役割も補助程度ですんだのだが、過ぎたことを言っても仕方がなかった。

自警隊が必要となるまでに事態が悪化し、いざ必要な時に準備が出来ていないとはと、ロレンツォ卿は自身の不甲斐なさをいまいましく思っていた。

執事より客人が戻ったとの連絡が入る。執務室に案内するとアズラとセレネが入ってきた。


「失礼します。ロレンツォ卿、自警隊なのですがどちらの方に」


「自警隊なら、町の正門に本体を各要所に部隊を振り分けている所だろう。それよりも、君たちにやってほしいことがある。聞いてくれるか」


「なんでしょうか」


「君たちには、ジグラットと自警隊の連絡係をしてもらいたい。巨人の状況を逐一報告できる存在がほしい」


「分かりました。その役目引き受けます。」


「ぼ、ぼくも頑張ります」


「感謝する。アズラ君たちは馬に乗れるかね? 必要なら用意させよう」


「はい、お願いします。ではこれで」


「くれぐれも気を付けてくれたまえ」


「お気遣い感謝します」


執務室にアズラたちが出ていく音が響き渡る。これで自警隊が全滅したとしても状況を知らせる手段が構築された。彼女らにそんな報告などさせたくもないが、すべては討伐に赴いた殲滅神官の結果次第ということになる。うまくいけばいいが、ロレンツォ卿は何か引っかかる違和感を感じていた。最初からではない。巨人が確認されてから少しして違和感を感じたのだ。東の森から魔獣が移動している時は、軍どころかジグラットも協力的ではなかった。それが、巨人の出現で急にジグラットが態度を変えたのだ。半ば強引にこの事態の主導権をもぎ取り収束させようとしている。

ロレンツォ卿には、それが何かを意味しているように思えてならなかった。

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