第百二十四話 定められた道から逸れていく
ヒギエア公国は鉱物資源に恵まれ、また加工技術にも長けていた。
高価な金属を加工した剣。難加工である素材を用いた武器。
それは、必然的に戦争に用いるための技術を蓄えていく結果となり、装着型術導機は誕生する。
本来、術導機はカラグヴァナ王国の源流である連合王国が所有していた技術だ。
その技術をヒギエアが高い加工技術を用いることで再現し、掌握、そして獲得するまでに至った。
装着型術導機はその獲得した技術の第一世代。
失われた技術と呼ばれていた術導機のコア技術をヒギエアは完璧にこの世に蘇えらせてみせたのだ。
過去の遺産に頼っていたカラグヴァナの技術が、過去ではなく現在になる。
この力は紛争を終わらせ、王国を新たな時代へと導くもの。やがては、帝国すらも凌駕しカデシュ大陸で唯一の超大国となるだろう。
その時、ヒギエアはどうなっている?
超大国の力の根幹を握っているヒギエアがどうなるか。考えなくても分かるだろう。
この力は、新たな時代へのカギ。
これを新たな時代に相応しい人物に見せ、力を貸し、ヒギエアは王国の中枢を担う国家になる。
その算段だったのだが。
「物事は上手くいかないのもですな。まったく・・・」
ガスパリスは部屋でくつろぎながら、穴が空いた木の棒の先端に煙草をこめて火を付ける。
パイプ煙草と呼ばれるものだ。部屋全体に煙草の香りが充満している。
フゥーと煙草の煙を肺の奥にまで行き渡らせ、吐き出していく。
ガスパリスが見る視線の先には、アストとセトの試合が映し出されている。セトの反撃にアストが苦戦しているようだが、ガスパリスはそんな自分の騎士を見ても何も感じない。
「ほっ、向こうからの連絡は?」
「まだ何も」
「まぁいいですな。向こうとて小生が動かなければ何もできない。小生たちは選ばれている、焦らずともその時は来る」
ガスパリスは、ただゆっくりとその時を待つ。
この先、何が起こるのかを彼は知っている。それは、ヒギエアの華やかな未来の第一歩。その始まりをもたらしてくれる時が来るのだ。
映像に移る試合でアストが構えを変えた。広げていた二本の剣を腰の前に下段に構える。
それを見たガスパリスは、アストが装着型術導機を起動したことをすぐに察する。
もう試合には興味は無いが、せっかく持ってきた力の象徴が全滅では気分が悪い。
ガスパリスは肘をつきながら試合の行方を見守っていく。
そんなガスパリスのことなど知りもしないアストは、起動した装着型術導機を存分に発揮できる構えを取りセトに対峙していた。
対するセトは、ダガーを起点として体の中心に、片手剣を肩と並ぶように構えた。中段と上段の二段構えだが、カウンターに重きを置いたものだ。
両者が睨み合う。
互いに新たな構えを警戒して動くに動けない。
観客たちがそう予想するが、アストがいきなりただ真っすぐにセトに向かって歩き出した。
すぐにバックステップで距離を取る。どう考えても罠だろう。
セトの頭の中でアストが何か企んでいると全会一致で導き出される。そう判断できるほど不自然な動きだ。
様子を窺おうとセトが少し剣を下げる。
下げた後にアストを認識した時には、もう彼はセトの目の前にいた。
「はやッ!?」
下から上目掛けて剣が振り上げられる。
突然の強襲がダガーで受け止めたセトを吹き飛ばす。リングに背中を叩き付けられるが、逆上がりの要領でセトはすぐに態勢を元に戻した。
自分のパワーが弱いことを自分で理解しているセトは、アストの斬撃にワザと吹き飛ばされ逆に距離を取ったのだ。
これでもう一度、様子を窺おうとするが。
「ッ!? ・・・斬られた?」
激痛が背中を貫く。確認はできないが斬られた感触が背中から感じ取れた。
二か所の切り傷の感触、剣で斬られている。
だが、何時だ。
(剣は受け止めた。なのに、なんで斬られたんだ? 背中ってことは上から? 無理だ。剣は下から振り上げていた。じゃあこれは・・・)
セトの頭を疑問が埋め尽くしていく。
確か団体戦でアストと戦ったランツェがこんなことを言っていた。
(剣が増える騎士もいた)
剣が増える。
2本から4本に増えたのか。剣をどこかに待機させて遠隔操作しているのか。
正体が何にしろ、次で分かる。
セトがもう一度、中段と上段の二段構えを取った。
その構えに呼応するようにアストが来る。
すでに間合いは詰められ、下から剣が振り上げられていた。全く同じ攻撃に、セトは崩れ落ちるように下から迫る剣に突っ込んだ。
剣をダガーで受け止め、下に押し止め、すぐさま片手剣を真上に振り上げた。
ガキンッ! と剣が何かを受け止める。感触からしてこれは確実に剣だ。
セトが上を見上げた。その正体を見たセトはランツェの言葉の意味に納得する。
「増えるって、そのままの意味か」
「展開した装着型術導機を見られたか・・・、まぁ、気付いてもらわないと面白くないからな・・・」
真上からセトに襲い掛かっていたのは、二本の剣。
展開した装着型術導機の腕が握り締めている二本の剣だ。
人間の腕と全く同じ構造、肩の関節、肘の関節に五本の指。
異なるのは肉と骨ではなく、金属と術式で構成されていること。
アストの鎧と同じ石のように白い術導機の腕だ。
セトの片手剣を押さえつける二本の腕から片腕が離れ剣を高く振り上げる。
黄色い光が剣を包み、その構成要素を強化していく。光の術式で剣の構造が強化された証だ。
「いっ!?」
セトの顔全体に危機感が張り付き、この場から逃げ出そうともがくが剣を押さえつけるのが精一杯で動けない。
アストはセトが剣を受け止めると見越してこの状態を生み出したのだ。
攻撃の正体を確かめるために装着型術導機を受け止める事。それ自体が罠だ。
セトに向かって術式で強化された光輝く剣が躊躇なく振り下ろされる。
リングが剣に叩き切られ、リングを構成していたブロックがめくれ上がり、セトの持っていた片手剣の砕けた破片が、試合を見守っていたアズラの目の前に転がってくる。
それを見たアズラが目を見開く。
「セトッ!!」
弟の名を叫ぶがリングに立っているのはアストだけだ。ドゴンッ! とさらに一撃をアストが叩き込んだ。
ここで確実に勝利しようとしている。崩壊したリングに隠れた敵をいぶり出すように攻撃を叩き込んでいく。
「そろそろ出てこい・・・、剣を折られることで拮抗状態から脱したのは分かっている・・・」
アストが瓦礫に向かって呼びかけると瓦礫の影からセトが姿を表した。
片手剣が折れ、足にダメージを負ったのか引きずっている。
機動力を奪われた。
手数を武器にするセトにとって死活問題だ。
「へへ、ピンチかも・・・」
「まだ余力があるな・・・、痛みを恐れないのはお前の取り柄の一つか? わざわざ攻撃を受けて対処するのはいけないな・・・」
修行中に森羅に注意されていたことをアストにも指摘され苦笑いするセト。
確かに自分は攻撃をわざわざ受けてから対処しているとセトも自覚している。それは愚策なのだろう。
現にボロボロになって戦闘を継続するのも困難だ。
だけど、セトはこの状況を覆すために前へと踏み出る。
「悪い癖かな。でも、あなたの剣は受け止められる」
セトは言い切る。アストの剣は受け止められると。受けきれない圧倒的な力ではないんだと。
受け止められると言われたアストは剣を横に広げた。円状に舞う剣術に装着型術導機の腕を付け足した凶悪な構えを見せる。
「来い!!」
それでもセトは引かない。
足を負傷しもう逃げることもできないなら向かうしかないと、ダガーと折れた片手剣を構える。
まるで、二本のダガーを構えるように剣を前に出していきアストを迎え撃つ。
セトの覚悟にアストは思わず笑みが零れる。目の前の敵は自分より弱い。だが、抗ってくる。それも全力で。
だからこそ。潰しがいがある。
移動できないセトに容赦なく斬り掛かり、その四本の剣で仕留めに掛かった。
下からアストの剣が、上からも剣が迫る。
セトはそれを全力で弾き返していく。単純計算で2倍の手数の攻撃をダガーと折れた片手剣で凌ぐ。
「ガッ!? ぐぅ・・・!」
捌き切れない斬撃が容赦なくセトの肉を切り裂いた。
手も、肩も、腹も、次々と斬られ血が噴き出していく。
セトも反撃しようとダガーを振るうが、人では不可能な反応速度で装着型術導機が剣を振るい弾き返してしまう。
反撃すらさせてくれないアストの猛攻に押されセトが膝を着く。
そこに、セトの目の前で四本の剣が一つに束ねられ突きの構えを取る。貫くのではなく、それはもう粉砕する攻撃だ。
アストが止めの一撃を放つ。
全身の筋力をフルに動かし四つの剣をセトに突き刺した。
腕が吹き飛び折れた片手剣が宙を舞う。ガシャンと剣がリングに落ち、ダガーもアストの放った剣に貫かれ砕け散っている。
試合を見守っていたアズラがその結末を見る。
応援しているルフタたちがセトの勝利を祈り、そして。
「・・・まさかな、それはもう狂気だ。セト・ルサンチマン・アプフェル・・・」
アストは目の前の結末に驚きを隠せない。
何がこの少年にここまでの選択をさせる?
これはただの試合だ、生死を懸けた殺し合いではない。
勝つためには手段を選ばないということか?
だとしてもこれは。
「・・・私の負けだ」
アストの言葉に闘技場全体が驚きの声を上げ、すぐにセトの勝利を祝福する声に変った。
四本の剣に貫かれたセトは、武器をすべて失い。右腕を吹き飛ばされても、尚、前に進み。
砕けたダガーでアストの首に王手をかけていた。
殺傷能力の欠けた砕けたダガーではアストを戦闘不能にはできない。
だが、彼はこの状況を自身の敗北と判断したのだ。
笛の音が鳴り、赤いコードがリング全体を包む。
第二試合、セトの勝利だ。
アズラが一目散にセトのもとに走り寄り戦闘の負荷で倒れそうなセトを支える。いくら、王国の再生術式で元に戻ると言っても疲労や精神的ショックはなくならない。
「セト! しっかり!」
今にも意識を失いそうなセトに呼びかけるが反応が鈍い。
かなりのダメージを負ったのだ。その感覚がセトの精神を弱らせ、意識を奪っていく。
焦るアズラを見ていたアストが精神干渉の術式をセトに施した。
「!」
「安心しろ・・・、これで痛みは取れる。・・・負けた身で言うのはなんだが、騎士団統一戦に出すのは早かったのではないか? これでは次の試合は持たない・・・」
セトを治療しながらアストは告げる。
その問をアズラは否定できなかった。彼の言う通りだろう。これほどの無茶をしても勝ちを譲ってもらわなければ勝てなかった。
第一試合は相手との相性が良かっただけだろう。騎士団統一戦のレベルはセトには過酷な世界だ。
「分かっているわ。でも、これを乗り越えなきゃいけないの。私たちは定められた運命で終わりたくはないから」
それは、アズラにとって帝国で押された烙印のこと、セトにとってはアズラがいなければ生きていけない弱者であること。
二人にとってそれは呪いのように自分たちを縛っている。
だが、騎士団統一戦を乗り越えれば確実に運命は大きく変わるだろう。
アズラはそう思っている。
「そうか・・・。定められた道から逸れて奈落に落ちないようにな、落ちたら、もう戻れない・・・」
「ええ」
アストはガスパリスの待つ闘技場の奥へと去っていった。
セトを部屋に連れて行きベッドに寝かせたアズラは自分の試合の準備をする。
30分もしない内にリングの修復が終わり笛の音が鳴った。
その音でも起きない相方をチョンチョンとつついてシャホルが起こす。
「おーい。時間だよー」
「ウーン・・・、ムニャ・・・、もう時間が来たゾ?」
「そーだよー。ラバンの試合ー」
ラバンが飛び起き、グッと伸びをしてあくびを一つ。
そして。ギンッ! と殺意のこもった瞳を開く。
「イシシシッ! 次の奴は骨がありそうだゾ」
強い相手と戦えることが彼女たちエール族にとって至上の喜び。
殺し合うことが彼女たちの愛のカタチ。
殺すことが感謝の気持ち。
だけど、ここでは気持ちを伝えられない。だって、死なないから。