第百二十二話 疑問を抱いて
映像に映し出されるランツェの勝利する瞬間を見ながらルフタたちは闘技場にやって来た。
ランツェの応援には間に合わなかったが、残りを応援すれば大丈夫だ。
ライブラ王子が用意した馬車から降りて席へと向かう。ルフタたちの席は王族用の席だ。
一般席は亜人を良く思っていない者も多いからとライブラが配慮してくれたのだ。
「感謝である殿下」
「僕にはこれくらいしかできませんが、何か必要な物があれば遠慮せずに言ってください」
そう言って、メイドたちに料理を持って来させるライブラ。
初めて会った時はあんなに怯えて小さく見えたのに、今はすっかり立派な王子様だ。
エリウとリーベが遠慮なくパクパクと料理を食べ始める。
二人はしばらく放って置いてもいいだろうとルフタがライブラに話しかけた。
「ライブラ王子殿下。一つお尋ねしたいのであるが・・・」
「いいですよ」
尋ねられたライブラは快く返事をする。
その返事に甘えてルフタは聞く。
「この騎士団統一戦は、何が目的で開かれたのであるか? 今回は例年よりも時期が早い。急いで開いたような感じを受けるのだ」
聞かれたライブラは少し考えてから口を開いた。
話していいかどうかを悩んだのだろう。
「・・・表向きは紛争に苦しむケレスを励まし、統一戦を勝ち抜いた騎士たちを援軍として送るとなってるけど、実際は王族の派閥争いの一つです。タウラス第一王子とその他の王族の争い。勝負は初めから決まっていますが」
ルフタはそうだったかと、頷く。
紛争が拡大し、王都にエウノミアの手先が潜り込むまで事態は悪化しているのに、騎士団統一戦を開催する意味が理解できなかった。
すぐにでも、援軍を送るのが定石。だが、シュピーゲル王、もしくはタウラス王子は援軍を送らなかった。
ルフタは尋ねる。
「王子殿下、聞きづらいのではあるが。・・・シュピーゲル王にタウラス王子が挑んでいる。つまり、王位継承権を狙っていると思っていいだろうか?」
「それには答えられない。ルフタ、その話題はもう聞いたらダメですよ」
「・・・うむ」
王子が王位継承権を現国王から継承するのではなく奪おうとしている。それはつまりクーデターだ。
そんなことを王族が認めてしまってはカラグヴァナは紛争どころではなくなる。
だから、ライブラは答えられないと言う。その回答でルフタは王族の事情を大まかに察することは出来た。
これ以上は聞かないとルフタは試合が行われているリングを見る。術導機の映し出す映像には、試合を行う両者の情報が映し出さされていた。
そのうちの一人に目が留まる。
第一試合
所属無し
シャホル
(シャホル・・・?)
どこかで聞いたようなとルフタが首を捻る。つい最近聞いた名だった気がする。
確かリーベから聞いたはずだと思い出し。
「シャホル!? リーベ、お前さんの名前を教えてくれたのは、もしかしてあそこにいる子であるか!」
ルフタが慌ててリーベに尋ねる。いきなり声を掛けられたリーベは、ビクッと驚き口に頬張った料理を飲み込んでリングを見た。
もう試合が終わって詰まら無さそうにしながら帰っていくのは、間違いなくあのシャホルだ。
「そうだよ! あの子がシャホル! おーい!」
大声を上げてシャホルに呼びかける。するとシャホルはすぐにリーベの声に気が付いてこちらに振り向いた。
両手を大きく振って呼びかけに応えてくれる。その顔がルフタたちへと露わになった。
肌が黒く白髪の少女。額には一本の角。
(あの角は本物であるな。やはりエール族。しかし、なぜカラグヴァナに?)
亜人エール族は世俗との関わりを絶った一族。
意味もなく人の国に来るはずがない。
ルフタの中で何かが引っかかる。絶対に気付かないといけない何かがあると思えるのだ。
「あ! アズ姉さんの師匠だよ」
「ほんとだニャ。どれどれ、実力拝見。拝見」
気付けばもう次の試合のようだ。甲高い笛が鳴り映像が変わる。
第一試合
ベスタ騎士団代表所属
王守・森羅
VS
ヒギエア騎士団代表所属
カクトゥス・ヴュスルナ・ゼーラフ
ベスタ騎士団代表の団長とヒギエア騎士団代表の団長の戦い。
観客たちも今までで最高潮に盛り上がっている。ライブラ以外の王族たちも話を辞め試合に集中しだした。
それだけ、この試合が注目されているのだ。
リングに森羅とカクトゥスが上がって来る。二人とも威厳のある立ち振る舞いだ。何年も技を磨き己を鍛えてきた凄みが遠くからでも感じ取れる。
ルフタたちに注目される中、カクトゥスが立ち止まり耳に手を当てた。
そしてすぐに離し森羅の前に立つ。
石のように白い鎧に翼にも見える剣を重ねた装備を背中に装着している。
鎧の形も他のヒギエアの騎士と違いカクトゥス専用のようだ。第一印象で言えば悪魔のような禍々しい印象を受ける。
金属の鎧が生物的なフォルムに仕上がっているのだ。
カクトゥスの持つ装着型術導機に合わせた形状のなのだろう。
だが、森羅はそんなことなど気にもかけずに。
「ガスパリス公はなんと?」
先ほどのカクトゥスが耳に手を当てたことを確認した。
あれはカラグヴァナの中でも技術力に長けたヒギエアが使用する通信術式だ。
人の声を記憶し術式で再現するタイプ。それを使用してガスパリスに何と言われたのか。
「手段は問わない。勝てとのことだ」
「・・・そうですか」
カクトゥスは淡々と告げる。隠す必要などないと森羅に内容を教えた。
それは彼の自信なのか?
森羅は尋ねる。
「この茶番にいつまで付き合わなければならないのでしょうね?」
「終わりと告げられるまで。騎士に真の意味での自由意志はないのさ。騎士ではない貴様には分からないか」
「分かりませんね。分かろうとも思わない。全てに優先されるのは命です。その命を蔑ろにして、囮にして彼は何をおびき寄せようとしているのです」
「それは直接聞けばいい。私やガスパリス様が知るはずがない」
その返答に森羅は疑問を投げかける。
知らないはずがないと。
「では、装着型術導機は何を想定して持ち込まれたのです? 技術や武器を宣伝するなら安全な王都より戦地に送るはず。何のための、誰に対する宣伝なのですか?」
試合開始を告げる笛の音が鳴る。
それと同時にカクトゥスが装着型術導機を起動した。
「・・・無論、カラグヴァナ王にさ」
ガコンッと剣が連なったような翼が大きく広がる。
森羅は思う。それは、どのカラグヴァナ王だと。
シュピーゲル陛下か、それとも王になると言われている奴か・・・。
少しずつ森羅の知る王国の勢力図が塗り替わっていると感じ取る。
ゆっくりと、誰にも気づかれないように敵、味方が入れ替わっていく。
目の前にいるヒギエアの騎士はどっちだ。
森羅の疑問が解ける前にカクトゥスが仕掛けた。
展開された剣の翼が激しく明滅しながらエネルギーを収束し、破壊の光を生み出し八つの光線を打ち出す。
音よりも速い八つの光線の内一つを森羅すぐさま素手で抑え込みに行った。
ジジジジッ! と収束したエネルギーが森羅を破壊しようとする。だが、そうはならない。
森羅の手の平には魔力による防護層が構築されているからだ。それが破壊を阻害し押し反していく。
(何の現象かまでは分かりませんが、対処はできますね)
森羅は冷静にカクトゥスの使用する装着型術導機を観察する。
今の攻撃手段を見るに遠距離攻撃タイプのようだが、油断はできない。
光線を逸らし一気に接敵する。次の攻撃手段を取らせないと森羅は反撃に出た。
森羅の反撃を防ごうと腕を交差させた所に手を添えて闘気を叩き込む。
「天掌ッ!」
カクトゥスの体がグラついた。森羅の前身を巡る闘気がカクトゥスの体内を殴りつけたのだ。
防御越しでも貫いてくるこの攻撃を防ぐには回避しかない。
森羅が腕を伸ばしさらに叩き込もうとする。
ガコンッとカクトゥスの装着型術導機が形を変えた。四つの剣が束になり砲台のような形態となり、エンジンを点火するかの如く青白い炎を噴き出す。
森羅の攻撃を一瞬で振り切り、リングの端にまで驚くべき速さで退避した。森羅がその動きを捉えようとカクトゥスを目で追うが、剣の束の向きが変わり目で追うのなど不可能と告げるように高速移動を開始する。
「こ、これは!」
森羅の目に映るのは、リング上を目で捉え切れない速さで飛び回るカクトゥスの姿だった。
四つの剣の束が吐き出す炎が驚くべき推力を発生させている。この装着型術導機の能力には森羅も驚きを隠せない。
これ程の推力を生み出す手段を確立したということは、彼らカラグヴァナが、森羅の祖国、天主国アマテラスの力にまた一歩近づいたことを意味しているからだ。
あまりの速度に翻弄され攻撃すらできない。
ヒギエアの術導機の高度な技術力に称賛を送りつつ、森羅は静かに魔力を解放していく。
森羅から魔力が満ちていくのを感じ取ったカクトゥスは、さらに装着型術導機の形態を変化させた。
二つの剣の束による、推力発生ユニットと、破壊の光を打ち出す攻撃ユニットを展開する。
高速機動を維持しつつの対象の攻撃を可能とする形態。
力を解放した二人が激突する。
直後、リングの上で激しい爆発と衝撃音が木霊した。
その迫力に闘技場が割れんばかりに盛り上がっていく。
空中から乱れ打たれる光の飛礫を森羅が素手で弾き飛ばしているのだ。弾かれた飛礫がリングを割り爆発を巻き起こす。
光の飛礫を弾き、受け止め弾き返す。打ち出した飛礫を弾き返されたカクトゥスは立体機動による高速飛行でバク転するかのように回避してみせた。
一進一退の攻防。
高レベルの戦いにアズラたちが立ち上がって試合に食いつく。
ルフタたちも応援することを忘れて戦いに見惚れてしまう。
カクトゥスが事態を打開しようと仕掛けた。
本当の剣を抜き振り下ろす。そして、空中かた森羅の頭上に突っ込んでいく。
ドゴォオオッ! とリング全体にヒビが入り煙が舞い上がる。
煙は内側からすぐにかき消された。森羅が両手で剣を受け止めその斬撃を食い止めているのだ。その時の衝撃が煙をかき消し、闘技場全体を揺らしていく。
「ベスタの剣と称されるだけはあるな!」
「剣で在らなければならないのです!」
二人の意志が意地がぶつかり合う。
硬直を解くかのように森羅が蹴りを撃ち込んだ。カクトゥスも怯まずに剣で斬り掛かる。
試合が遠距離の攻防から、一気に近距離の攻防に姿を変え、剣が紙一重で回避され、拳が鎧の先を掠めていく。
カクトゥスが装着型術導機に魔力を通す。さらに速度を機動力を求めて形態を変化させようとした。
その変化している瞬間を森羅は見逃さない。一瞬ではあるが装着型術導機の機能が全て無くなる瞬間がある。
森羅はその一瞬に手刀をねじ込んだ。
この一瞬を突いてくると読んでいたカクトゥスも剣で迎え撃った。
森羅とカクトゥスの目が交錯する。
剣が森羅の服を斬り裂き、手刀が装着型術導機の剣の翼に直撃した。
「しまった!?」
「人間にこんな翼なんてありませんからね。無かった部分の対処は遅れるものです」
手刀を受けた部分から装着型術導機が火花を散らし破損していく。
あれだけ複雑に可変していては、構造が脆いと悟られる可能性は十分にあった。カクトゥスも対策を取ってはいたが森羅には通じなかったということだ。
装着型術導機が破損したが、まだ勝負は付いていない。
カクトゥスは目の前で構えている森羅を見る。
だが、いきなり背を向けリングの外に向かって歩き出した。
「・・・それが答えと?」
森羅が問う。
その選択が自分の疑問への回答かと。
「貴様の言う通り、この装着型術導機は見世物ではないのさ」
そして、カクトゥスが何かを確認するように森羅に尋ねる。
「・・・ベスタには来ていないのか?」
だが、ベスタに何かが来たかでは、話が見えてこない。
森羅は眉をひそめて聞き返す。
「・・・? 何のことです」
「そうか。いや、気にするな」
分からないのならいいと、カクトゥスはそのまま立ち去っていった。観客たちからは戸惑いの声が漏れ始める。
カクトゥスがリングから降り、森羅の勝利が決定した。カクトゥスの背中を見ながら、彼は何かを知っていると森羅の勘が告げる。
32人で開始された個人戦も残り16名。
第二試合へと移っていく。