第百二十話 不確定要素のラバン
観客たちは見た。
それがただの殺戮を行う瞬間を。
王都の闘技場に設置されている限定再生術式がなければ、ヒギエアの騎士は死んでいただろう。
今、生きているのも不思議なくらい血と肉を撒き散らしてリングに飛び散った騎士が手を地面に付いたまま動けない。
なんだ?
あれは、なんだ?
人か?
違う! 人ではない!
あんな化物が人であって堪るはずがない!!
ヒギエア騎士団代表であり近衛騎士副団長のシュトゥンプフが、ねじ込まれた恐怖に屈服していた。
今も脳裏に鮮明なあの化物の姿が映し出される。
彼は最初、自分の目の前に現れた少女が理解出来なかった。戦士にしては幼い。後、1年から2年は身体的にも精神的にも戦士になるのに時間を有すると思えるほど幼い。
どれだけ素質があってもベスタの騎士にいる灰の髪の少年程度の実力が限界だろうと。
だから、シュトゥンプフはこの戦いを装着型術導機の性能披露に用いようと考えた。
自分の装備するこれはただの武器ではない。
近い将来、カラグヴァナの主戦力となる新たな兵装、その試作品だ。
自分の主であるガスパリス公爵の肝いりの兵装、彼はこれの性能を疑いもしなかった。
試合開始の合図である甲高い笛の音が鳴る。
目の前の少女、ラバンというどこの誰かも分からない相手に、シュトゥンプフは背中に背負う自身より大きな鎧の塊をすぐさま起動した。
装着型術導機に魔力が走り起動術式が発動していく。
パーツの一つ、一つの輪郭が白く明滅し術式による現象が作用していき、ガコンッ、ガコンッと駆動する音を鳴らす。
兵装としての機能が生み出され、鎧の塊がバコンと左右に開き内部を展開した。
そして、展開した塊はさらに分かれ4つの武装へと姿を変える。
二つは巨大な腕、もう二つは脚。
その4つの中心にはシュトゥンプフを包み込めるほどの大きな鎧が姿を現している。
(悪く思うな小娘。これも仕事だ)
シュトゥンプフは、その巨大な鎧に包まれ両腕に二つの巨大な腕を、両足に二つは巨大な脚を装着した。
その姿はまるで巨人。
4m近くはある緑の鎧の巨人だ。
装着型術導機により生み出されたシュトゥンプフを胸に収める巨人の出現に観客たちが歓喜していく。
新たなカラグヴァナの剣だと。
ヒギエアの技術は最高だと。
専用の席より観戦しているガスパリス公爵も満足げに笑みを浮かべて、シュトゥンプフはショーの最後を飾るようにラバンに向けて鎧の巨人より繰り出した火球を容赦なく撃ち込んだ。
リングが飛び散り、爆炎が舞う。
観客たちの言う通りこれが新たなカラグヴァナの剣。
シュトゥンプフが爆炎を見つめながら勝利を宣言しようと腕を上げた。
その時だ。
(もう死んでいいゾ)
少女の声が聞こえたと思った時には、もうシュトゥンプフの首は跳ね飛ばされていた。
装着型術導機である鎧の巨人の外装をいとも容易くえぐり、内部にその華奢な腕を振り下ろす。
グシャリ・・・。
血と肉がリングに飛び散り、観客席から悲鳴が聞こえる。
鎧の巨人は棺桶に変わり果て、ラバンの行動を妨害するように試合終了の笛が鳴り、赤いコードがその惨劇を覆いつく様に隠していった。
それが、彼が負けるまでの記録。
そして、再生したシュトゥンプフは、リングの中央で完全に戦意喪失をしていた。
彼の無様な姿をこれ以上見せれないと、ヒギエア騎士団代表のカクトゥスがシュトゥンプフを一瞬にして連れ去る。
後に残されたのは装着型術導機の残骸だけだった。
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闘技場で特別に用意された王族と四大公爵家専用の観覧席でガスパリス公爵は青ざめる。
もう声も出ず、冷や汗が止まらない。
彼の騎士であるシュトゥンプフが敗北したことをこの場の誰も笑いはしなかった。
彼の用意した装着型術導機が敗北した。それも成す術もなくだ。
それは、将来カラグヴァナの主力となる武器がまるで役に立たないと突き付けられたようなものだ。
「・・・まさかとは思うが、シアリーズ嬢。あの野蛮な者もお前の手の者ではないな?」
ベスタ公国の公爵、ウィリアムが静かに確認する。聞かれたシアリーズはすぐさま否定した。
「違います。わたくしの騎士はケレス騎士団代表のみです。それよりも今すぐ対処しなければ不味いのでは?」
フローラと話をしたことで緊張が解れたのかスラスラと意見を述べる。
言葉から固さが取れた感じだ。
そのシアリーズの意見を聞きガスパリスが弱弱しく賛同する。
「ほ・・・。その通りですな・・・。あんな野蛮人が上位に残れば統一戦の品位が下がる」
「次にあれと戦うのは、わしの所の騎士だな」
専用の観覧席の壁に映し出される映像には、第二試合に勝ち上がったアズラとラバンの名が映されていた。
自分たちの威厳を守るためにもここで敗退して欲しい所だが。ウィリアムがフローラの方を向き。
「おい、あれに勝てるか?」
「はい、父上。野蛮な者の一人や二人敵ではないですの」
勝てるとフローラは断言する。
アズラは特別指定個体を討伐している。ならば、ラバンほどの実力者でも対処できると判断する。
ウィリアムもここでアズラに勝ってもらわないと計画が破城する恐れがあるため他人事ではないのだ。
統一戦の雲行きが怪しくなってきた。ガスパリスの次は自分が追い詰められるかもしれない。
計画を覆す何かが入り込んでいるとウィリアムが警戒心を強めていると。
「災難でしたなガスパリス卿。ヒギエアの高度な術導機がああなっては見るに堪えない」
男の声が後ろから聞こえて来た。
タウラス・シュピルナ・カラグヴァナ第一王子だ。
短くまとめた金髪に、威厳を漂わせるように髭を整えた顔。
白い高貴な服を着ているが裏地が赤いため襟元が強く象徴されている。
タウラスが続ける。
「勝利宣言をしているというのに、あの無礼者は騎士に対して不意打ちをしたとは、たとえ試合でも許せることではない」
「ふ、不意打ち・・・? ・・・! ほっ、そうですとも。シュトゥンプフは卑劣な野蛮人に不意を突かれた。手加減し勝利宣言をしている最中を襲われたのですな!」
ガスパリスがタウラスの言葉を借りて、敗北という恥を不意打ちという相手の下劣に置き換えた。
その言葉をウィリアムは目を細めて聞き流すが、さらにタウラスが一言付け足す。
「その通り。しかし、次はウィリアム卿の騎士が対戦する。ならば、もう心配はいらないでしょう。勝って当然なのだから・・・」
ギロリと睨みながらウィリアムがフンッ! と鼻息を荒くする。
公爵家の足元がグラついた時にわざわざタウラスは突きにきた。それに腹が立つ。それ以上にその隙を生んでしまった自分たちに腹が立つ。
ガスパリスはすっかり保身に走っているようだ。タウラスの口車に乗ってしまっている。
流れが悪くなってきている。
だが、ウィリアムは試合を見守ることしかできない。
公爵家の足並みの乱れを確認したタウラスは立ち去っていく。
フローラの横を通り過ぎようとした時。
「古いカラグヴァナと新しいカラグヴァナ、貴方はどちらを選ぶ? 目の前に座る者たちは古いカラグヴァナの象徴。新しいカラグヴァナとは、まさに我ら新しい世代のことだとは思わないか?」
「・・・ッ」
フローラが何か言おうとした時にはもうタウラスは過ぎ去っていた。フローラはタウラスの背中を睨む。
今の発言は自分を、公爵家全員を侮辱している。
フローラがこの気持ちを理解して欲しくて横に座っていたシアリーズに振り向いた。シアリーズはすぐに頷く。自分も怒りを覚えたと。
この程度のイレギュラーでは騎士団統一戦で蠢く陰謀は止まらない。
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リングに散らばる鎧の巨人の残骸の撤去と、リングそのものの修復が行われる。
どちらも術式でスムーズに行われているので再開までさほど時間もかからないだろう。
映し出される映像は準備期間の繋ぎとして今までの試合を再度流している。
そんなしばらくの休憩時間中に騒ぐ子が一人。
「むー! わたしも闘技場に行きたい!」
「行きたいのは山々なのであるが、吾輩たちは入れんのだ。お前さん一人行かせるわけにもいかんしな・・・」
「むー!」
リーベが闘技場に行きたいと駄々をこねだしたのだ。
連れて行ってあげたいが亜人は入れないため、どうすることも出来ない。
ルフタたち亜人が自由に動き回れるのは市場だけだ。王都市場管理委員会が亜人の自由行動を保証してくれているおかげで、奴隷狩りに脅えずに動き回れる。
しかし、市場以外は全てダメなのだ。今までと同じ、人権など無い物扱いだ。
ルフタがどう言い聞かしたものかと悩んでいると。
「ルフタ、お客さんニャー」
部屋にエリウが入って来た。さらに彼女の隣にもう一人。
「久しぶりです。ルフタ」
「ライブラ王子殿下! わざわざこんな所にまで、久しぶりである」
エリウの横からヒョコッと現れたのはライブラ第十六王子だ。
身長は120cm位と同年代と比べても小柄な方で少し白みがかった金髪で澄んだ薄い青色の瞳をしている。
一瞬、華奢な女の子かと見間違うかもしれない。青い高貴な服に金色の刺繍が施され、王家の紋章がある帽子を被っていた。
そんな小柄な王子様にルフタはペコーと頭を下げて挨拶をする。
「騎士団統一戦に参加しているなら僕にも一声かけて欲しかったです」
「いやー、申し訳ないである。統一戦と商会のことで頭が一杯であった」
「そんなことだと思いました。王族をないがしろにするなんてビックリです」
ライブラがフンとむくれた顔をして不満を表明する。
それを見たルフタはあわあわしながら。
「ささ、そんな顔をなさらないで一緒にアズラたちを応援しようではないか」
サッサッとライブラを椅子に座らせてもてなしていく。そんなルフタの様子をエリウはクスクス笑いながら見ていた。
普段偉そうな、実際偉いのだが、ルフタがペコペコしているのが堪らないのだろう。
エリウはほっといてライブラが。
「あ、そうでした。アズラとセトを応援しようと闘技場までお前たちと一緒に行こうかと思ったのですが、どうでしょうか?」
「闘技場に連れてってくれるの!」
「ん、お前は・・・」
目の前に現れた赤毛の少女と目を合わせ軽く挨拶する。
背丈は彼女よりライブラの方がちょっと小さい。くやしい。
赤毛の少女は元気いっぱいと言った感じだ。
「その子はリーベ。アズラとセトの妹である」
「妹でしたか。はい。僕が連れて行ってあげます」
「本当に! ありがとう!」
「ルフタたちも来ますよね?」
ライブラがルフタたちもどうかと尋ね、その問いにルフタは驚く。
「吾輩たちも行っていいのであるか?」
「もちろん。僕と一緒に行けば問題ないですよ」
「感謝である!」
まるで図ったかのようにルフタの悩みを解決してくれたライブラ。
ルフタたちは喜んで闘技場に向かうのだった。
そして、ルフタたちが移動を開始したころ試合も再開された。
小型の術導機から映し出されるのは、あの傭兵の女だ。一般枠の参加者を軽くいなして術式で翻弄している。
彼女の繰り出す術式の展開速度にまるで対応が追い付いていないのだ。
「強いですね今年のケレスは」
「去年は違ったのであるか?」
「ええ、去年は紛争の拡大もあってケレスの代表騎士は二軍ばかりでしたから」
2年前に起きたエウノミアの反乱。それももう少しすれば3年目に入る。
紛争の只中にいるケレスにとって今年の騎士団統一戦は捨てることの出来ない大切な大会なのだろう。
だが、それはケレスの事情だ。ルフタたちはセトたちの勝利を願うのみ。
「今年のケレスがどれだけ強くてもアズラたちが勝つである」
「そうですね。試合が始まる前に着けるよう急ぎましょう」
ルフタたちを乗せた馬車が速度を上げて巨大王城の基部であり闘技場があるツェントルム・トゥルムへと急ぐ。