第百十八話 第一試合
大歓声が響き渡り闘技場で剣と剣がぶつかり合う。
頼れるのは己の力、実力のみ。
信じれるのは身を守る鎧と敵を討ち倒す剣だけ。
邪魔者のいない一対一の真剣勝負、それが四公国騎士団統一戦の個人戦だ。
観客たちの視線が騎士と剣士に集まりどちらが勝つのかと息をのむ。
セトたちも個人戦参加者専用に設けられた席より今まさに繰り広げられる戦いの行方を見守っていた。
戦っているのはヒギエア騎士団代表の一人と予選を勝ち上がってきた剣士だ。
騎士の相手である剣士はかなり独特な風貌をしている。
近い服装だと森羅だろうか。
少し長い黒髪で鎧ではなく大雑把に灰色の布を服に仕立て青い帯でくくっている。
この独特な民族衣装の風貌は諸島国家出身だからだ。
剣士が仕掛けた。
この一手で決めようと技の構えに入り剣を一度鞘にしまって大きく振りぬけるように鞘を背中の方に回した。
上段でも中段でもないセトの知らない構え。
その構えを見たヒギエアの騎士は今まで通り二本の剣を構えてにじり寄る。
観客の皆が次の一撃で決まると予感したのか闘技場が一瞬だけ静まり返った。
その一瞬の音の消えた世界で二人は勝敗を分ける一撃を叩き込む。
世界に二人だけの音が付け足され、そして、剣士が自分の攻撃範囲に入った相手に容赦なく剣を抜刀した。
その構えは剣を鞘から一瞬で出すと同時に上段と、いやそれ以上の剣速で振りぬかれる必殺の一撃。
奥義・居合。
カデシュ大陸の下、海に浮かぶ諸島国家で発展した独自の剣術。
鞘に収めた状態、つまり見えない剣の状態から初手で最速の一撃を叩き込む奥義。
それがヒギエアの騎士の首を捉えた。
一瞬の静寂が崩れ凄まじい歓声が勝利者を祝福する。
これが個人戦。強さが全ての戦い。
腕が落とされ首に剣が突き刺さっているのは奥義を仕掛けたはずの剣士。
剣士が倒れる。
観客たちの誰もが言う。アレは何だと。
ヒギエアの騎士が背中に装備する二本の棒のような装着型術導機があの一瞬の攻防の中で起動し勝敗を決定付けたのだ。
一瞬すぎて観客たちには何が起こったのか分からなかったが、アレが動いたのは分かる。
一体何をしたんだと観客は未知なる力に熱狂し、装着型術導機の未知なる力に闘技場の熱はさらにヒートアップしていた。
笛が鳴り響く。
決着が付いたと判断され闘技場全体に赤いコードが浮かび上がった。
辺り一面に浮かび上がる赤いコードが二人の騎士を包み込んでいく。
これは四公国騎士団統一戦のためだけに用意された循環型術式。
限定再生術式だ。
二人を包んでいた赤いコードが消えその中から傷一つない二人が出てくる。腕を斬り落とされ首に剣が刺さっていた剣士も元通りピンピンしていた。
即死級の攻撃すらなかったことにする王国の術式技術。
その術式に口が空いたままのセトは、どれもこれもすごくて、声が出ない感じだ。
アズラとランツェはヒギエアの騎士が使用した装着型術導機に警戒すべきとチェックを入れて自分の試合の準備を始める。
「見たいものも見れたし、そろそろ行きましょうか」
「次、僕たちだよね」
アズラの行くという言葉にセトの気持ちが試合に戻って来た。もうすぐ自分たちの番だ。
「一番手はセトよ。気合入れていきなさい」
「うん。アズ姉気合注入お願い」
「がんばれ!」
バシッ! とアズラに背中を叩いてもらい気合を入れる。初戦で負けてなんかいられない。
自分たちは勝たなければいけないのだ。
「二番手は私ね。ランツェは他の試合を挟んでからだから、私たちと当たりそうな参加者の情報を集めてもらえるかしら?」
「了解だ」
コクッと頷きランツェも気合十分だ。
「師範も後の方ですけどどうしますか?」
「私はギリギリまでセト君にアドバイスをします。アズラは試合の準備で出来ませんからね」
森羅がいてくれるなら心強いとセトも安心する。一人きりで行くより誰かいてくれた方が気が楽になる。森羅は緊張気味なセトを気遣ってくれているのだ。
「師範、セトをお願いします」
「はい、任せてください」
次の試合まであまり時間は用意されていない。セトは自分の装備をチェックしていく。
セトの防具はベスタ式軽防火一式改弐だ。
防火性の魔獣の毛皮を少量編み込んだ赤みのある生地に黒い胸当て。
かなりの軽装としてカスタマイズされており、肩と関節、足のすねに父の形見である防具を装着したもので、今までの経験を活かして手を加えた新しい装備だ。
ダガーと片手剣を確かめ準備が完了する。
そして、セトたちが準備を済ませた頃に闘技場全体に笛の音が鳴り渡った。次の試合の合図だ。
「時間ね。セト、修行の成果見せてやるのよ」
「うん! 行ってきます」
アズラとランツェの二人と別れ、闘技場の舞台に上がる。
白の四角い石を均等に並べた真っ白な円形の舞台。直径100mもある巨大なリングだ。
リングの周りは少し離れて一段高くなっておりそこから観客席となっている。
リングに上がるための階段を上りリングの上にセトが立つ。
王都の天井の隙間から日が差し込んで白のリングを眩しく照らす。その中に赤黒い影が見えた。
「・・・」
上では既に対戦相手が待っていた。
カラグヴァナ王国、剣の騎士団第5部隊所属のゼーグラース・シルトルナ・プフェーアト。
赤黒い鎧を身に纏ったカラグヴァナの騎士。
その中でも魔獣討伐や反乱勢力の鎮圧などを担当している剣の騎士団の者。
セトを見ても微動だにせずに立ち続けている。
「セト君、いつも通りに。修行を思い出してください」
「はい、師範」
森羅の言葉を心の中で唱えながら深呼吸する。いつも通り冷静に、いつもの自分が最高の自分。
セトの心が統一されていく。
「・・・ふぅ、よし!」
観客たちの声がしだいに大きくなっていく。そして、再び笛の音が鳴り響いた。
「「「ウオオオオオォッ!!!」」」
闘争の戦いに飢えた観客たちの絶叫がセトにズンッと圧し掛かる。それだけ熱狂が闘技場を満たしている。
対戦相手のゼーグラースが剣を抜き、セトも続いて剣を握っていく。
それを待っていたかのように開始の笛が鳴った。
ビビィーーー! と甲高い耳に突き刺さるような音が鳴る。
「自分は騎士ゼーグラース。騎士セト、そなたと戦えることに感謝する」
「・・・う、うん。こちらこそ」
律儀に挨拶をしてきた相手に少し戸惑ったがセトはいつも通りに剣を構える。二刀流の構えを最初は中段と中段で攻守どちらにも対処できるようにしていく。
対するゼーグラースは剣を縦に構えてまるで銅像のように動かない。あれが彼の構えなのか。
セトがゆっくりと円を描きながら近づく。的を絞らせない挙動を取りながら、まずはセトが仕掛けた。
「シッ!」
セトの片手剣がゼーグラースの腕の隙間を狙って流れるように振るわれる。
その歩きざまの攻撃にゼーグラースは剣のみを動かして対処した。
ガキンッ! と剣と剣がぶつかり合い、ついに始まった攻撃に観客の声が一段と大きくなる。
防がれたと同時にセトはバックステップで距離を取る。まずは様子見。
あの不動の構えが気になるが仕掛けなければ勝利は訪れない。
さらに続いて2回、3回と仕掛けるが全て同じ方法で対処されていく。
(仕掛けてこない? 一体何を企んでいるか知らないけど来ないのなら!)
セトが構えを攻撃的に変更した。上段と中段。片手剣を中心とした攻め手の構え。
それで一気に攻める。
「ハァァッ!」
ゼーグラースの懐に飛び込み、初手に手首、次に肘、肩と連続で打ち込んでいく。その防御に徹した構えで対処仕切れない速さで攻めゼーグラースの剣を左右に揺さぶりガキンッと叩き付けその不動を崩す。
現れた隙間にダガーを食らわしていく。
だが、それでもゼーグラースは動かない。
「ハァ、ハァ。・・・なんだ?」
鎧の隙間を斬られ血を流しながらゼーグラースは一歩、足を広げた。
「・・・!」
動きを見せたゼーグラースにセトが警戒する。
次に剣を縦のまま刃をセトに向け構えるが、構えが変わっただけで仕掛けてこない。
「僕が弱いってバカにしてるのか!」
セトがゼーグラースの懐に飛び込んだ。セトの二本の剣は両方とも上段に構えられ超攻撃的な姿を見せる。セトがゼーグラースの腕を斬り裂こうと剣を大きく振り上げた時。
「そなたの間合いは見切った」
「!?」
ゼーグラースの言葉が聞こえたと思った瞬間、剣と剣の間を不動だった彼の剣が迷いなくすり抜けて来た。
セトの目に向かって一直線に。飛び掛かったセトは自分からその剣に突っ込んでいく。
「ぐッ!」
だが、セトが空中で急停止した。
体を捻り、片手剣をリングに突き刺して無理矢理姿勢を捻じ曲げたのだ。
剣が頬を掠め間一髪でかわす。
「器用な。されど好機!」
姿勢を崩して着地したセトにゼーグラースの追撃が迫る。不動から一気に俊敏に流れが劇的に変わる。
セトは体勢を崩したまま下段と下段の最大防御で迎え撃つ。
今度はゼーグラースがセトを攻め立て剣が振り下ろされる。
セトが剣で斬撃を弾き転がりながらやり過ごすが、ゼーグラースが逃さないとさらに剣を撃ち込んできた。
「ッ!!」
追撃の斬撃をセトは寝転がったまま受け止めた。体重の乗った剣がセトにジリジリと押し付けられていく。
もうすぐ決着だと観客たちが騒ぎ出す。
その周囲の言葉がセトにはお前はまだ弱いと叫んでいるように聞こえた。
弱いから追い詰められると。それが、セトを怒らせた。
「ぐぅ! まだッ、僕はァ!!」
その細い腕でゼーグラースの剣を押し返す。力では圧倒的に上であるはずのゼーグラースを上回っていく。
思いもよらぬ力にゼーグラースも警戒し全身の闘気を漲らせ構えを変える。剣の持ち方を上片方だけ反対にしたのだ。
セトは直観で分かった。突き刺してくる気だと。
(このままじゃ、ダメだ抜け出せない! 狙うならッ、突きの構えに完全に変わるその瞬間ッ!)
片手剣を反して相手の剣を受け流すように刃で受けていたのを面で受ける。
力を点から面に変えたのだ。そのセトの判断をゼーグラースは勝機と受け取った。
押し付けていた剣が立ち上がり地面を突き刺す構えに移行する。
「止めだッ!」
剣がゼーグラースの全力を持って突き刺される。
それをセトは受け流した。
「なッ、に!!?」
突き刺したはずの剣にダガーを引っかけてセトが飛び上がる。
全力の突きを面で受けた片手剣が剣先を横に滑らせたのだ。僅か、ほんの僅かに斜めに力を逃がしてやることで剣術に長けたゼーグラースの目を欺いた。
いつもなら、ゼーグラースがそのことに気付かないはずがない。
しかし、セトは片手剣の上に乗った突きの感触を片手剣の角度を微調整することで誤魔化したのだ。
飛び上がったセトがゼーグラースの間合いの内側に潜り込む。
兜の内側にある彼の目とセトの目が合った。ゼーグラースはまだ諦めていない!
「シッ!」
セトがすぐに後ろへダガーを振るう。自分ごと突き刺そうと迫っていたゼーグラースの剣をキンッと軽く弾く。
それで決着はついた。
ザシュッ! と自分で自分を突き刺し腹部に剣が深々と刺さる。
セトが地面に落ちる勢いに任せ片手剣を振り上げた。
追い込まれたゼーグラースは突き刺さったままの剣を力任せにへし折った。まだ、彼の意志は死んでいない。
「まだだァ!!」
折れた血まみれの剣で迎え撃つ。だが、折れた剣ではセトの剣には届かない。
片手剣に弾かれ、ダガーが首を切り裂いた。
笛が鳴り響く。
決着が付いたと判断され闘技場全体に赤いコードが浮かび上がる。
コードが消えた中には無傷のセトとゼーグラースの二人。折れた剣が転がりゼーグラースは片膝を着いたまま動けず、その横にセトが立っていた。
盛大な歓声が湧きおこりセトが祝福されていく。
第一試合
セト対ゼーグラースは、セトの勝利だ。