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僕と姉の神話遭遇記  作者: 暁0101
第五章 四公国騎士団統一戦
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第百十四話 再会は黄昏

あの日、カラグヴァナのジグラットを追放されて以来、一度も会うことが出来なかった。

彼女の目の前で仕出かした罪が怖くて、彼女に拒絶されるのが恐ろしくて、会うことが出来なかった。


どれだけ悔いたことか。

どれだけ彼女のことを思ったか。

ルフタの心に巣くってしまった後悔という闇が彼をどれだけ傷つけたのか分からないほどに。

だけど、その闇は5年の月日が経った今この瞬間に消し飛んだ。


「本当に! 本当にお久しぶりである」


「うん。本当に久しぶりだねルフタ君。でも、なんで王都にいるの? 手紙だとベスタにいるって」


「師匠、それは2年前に出した手紙である。今は、アプフェル商会の者として王都で商売をしているのだ」


「へぇーそうなんだ」


ノネが感心するように頷く。

ジグラットを追放されてからもノネは手紙のやり取りをしてルフタを心配していたのだが、こうして、立派に新たな人生を送っていた。

彼女の方から手紙が途絶えてしまったが彼はそんなことなどにつまずかず立ち直っていた。

それをノネは嬉しく思って笑顔がこぼれていく。


「うふふ、ルフタ君が商人か・・・、なんか想像できないな~」


「これでも幹部の一人なのだ。そうだ師匠、皆を紹介するのである」


ルフタがノネをアプフェル商会王都支部に招こうとするが、ノネは少し困った顔をした。


「うーんと・・・、気持ちは嬉しんだけど」


ノネは、あまり大っぴらには言えない事情を抱えていた。

ルフタと会わなくなってから5年、彼女もいろいろあったのだ。

そのせいもあり、人前で名乗るのは控えている。


「そういえば神官長を辞められたのであるな。あまり王都で名を名乗るのは良くないか」


ルフタはノネの今の立場を思い出した。神官ヴェヒターが確かに言っていたではないか。神官長を辞めたと。

自分と同じくジグラットとの関係が良くないのかもしれない。

きっと、ジグラットではできないことを師匠はしていて彼らには見つかりたくないのだろうと考え。


「会えただけでも十分である。師匠、騎士団統一戦の間は王都におられるので?」


「うん。ちょっと用事もあるしね。ルフタ君、せっかくだし少し付き合わない?」


ノネに誘われてルフタは天にも昇る気持ちになった。小さくガッツポーズを彼女に見えないように決める。

ルフタの頭の中は師匠が最優先になり、自分の仕事の予定など後回しだ。

リーベとエリウにはしばらく闘技場の映像でも見ていてもらうことにする。


「もちろんである。市街地の外れなら人も少なくて落ち着けるな。師匠、吾輩がエスコートするのである」


「うふふ、張り切っちゃって。ルフタ君かわいい」


「か、かわいいであるか・・・」


ノネにクスクスと笑われながらもルフタは喜びと照れが隠せない。

久しぶりに会ったせいか彼女に対して感情を押さえられないようだ。数分でもうデレデレだ。

そんなルフタを愛おしく見ながらノネは。


「行こ。話したいこといっぱいあるから」


「うむ」


ルフタにエスコートしてもらい王都を歩いていく。



----------



城下町の外れへと続く道。巨大王城の外周へと向かう道だ。

道を囲む壁の隙間からは王都の周りに広がる荒野が覗いていた。

二人は思い出話に花を咲かせたり、今何をしているのかを報告したりして歩いていく。

城壁の上に造られた道には人がほとんどいない。みんな王都の中心に集まって騎士団統一戦に夢中になっているのだろう。

こんな誰もいない所にも小型の術導機から光が照射され闘技場の様子が映し出されている。もうすぐ、団体戦が始まるようだ。


「昔もこうやって一緒に散歩したよね」


「うむ、仕事に疲れた時はいつも外の空気を吸いに出歩いたのである。師匠は机に向かっているよりも体を動かしている方が好きでしたな」


「その方が実感できるからね。何が出来て、何が出来ていないのか、すぐに分かったから」


一緒に亜人の村を巡ったこと、各地で教えを説いたこと。

ノネとルフタは二人で支え合っていた。ノネがルフタを引っ張ってあげてルフタも微力ながら彼女を支えてあげる。

神官長とただの神官、人と亜人。女と男。

そんなデコボコな二人の関係だったが、彼らにとっては満ち足りた日々だった。

ノネがルフタの今について話題を振る。


「そういえば、ルフタ君の知り合い、ベスタ公国の代表になったんだって? すごいね! 騎士より強いんだ!」


「師匠もアズラたちに会ったらビックリするのである。彼らは本当にいい子たちなのだ。勉強熱心で、向上心もある。若い頃の吾輩に足りなかったものである」


「ルフタ君も頑張ってたよ。それに今も頑張ってる。その子たちのために出来る事をしてあげてるんだよね?」


ノネがルフタの今頑張っていることを尋ねる。

彼が今何を見て、何を感じているのか。

それを知りたいのだ。

聞かれたルフタは嬉しそうに答える。


「ああ、今は、アズラたちの商会が上手くいくように彼女たちを支えていければと思っているのである。頭はいいのにまだまだ子供な所があってな。吾輩がしっかりと見ておいてやらないといけないのだ」


「あ、もしかして、あの灰の髪の女の子がアズラ?」


ノネが小型の術導機に映し出されたアズラを指さした。

魔装を構えていつでも戦える状態のアズラが少し悪そうな顔をしている。本番が楽しみで仕方なかったみたいだ。

だからってあの顔はいけない。女の子なんだからもっと可愛らしく。


「ウォオォオオオオッ!!」


小型の術導機からアズラのすごい雄たけびが聞こえてくる。

残念だが、か弱い女の子としては紹介できないな。


「う、うむ。彼女がアズラだ。元気な子だろう?」


「うん、すごくかわいい! なでなでしたい!」


あの雄たけびを聞いてなぜそう感じるのかとルフタは疑問に思う。

かわいいのか? と。

しかし、師匠がかわいいと感じた。なら、あれはかわいいのだ。

師匠がかわいいと言っているのでアズラはかわいい。

ルフタの脳内でかわいいの定義が上書き更新された。

ルフタにとってノネの言うことは全て正しいのだ。彼にとってノネの価値観は尊いものなのだ。


「ハァッ!」


映像ではアズラがケレスの騎士の顔面をぶん殴っている所だが、ノネは目をキラキラさせながら見ている。

ぶん殴られた騎士が押し負けまいとアズラを殴り返した。さすがケレスの近衛騎士だ。

普通は一発殴られただけで顔面が砕けノックアウトなのにピンピンしている。


「コラー、反撃するなー!」


騎士の反撃を見てノネが不機嫌になった。

応援しているアズラが殴られているのは見たくないらしい。ルフタはすぐさま話題を変える。


「師匠、あのアズラの隣にいるのが弟のセトである」


アズラが戦っている横で他の騎士の邪魔が入らないように牽制しているセトが見える。

かなり攻められているが修行の成果か踏みとどまり上位騎士の剣術を捌いていた。二本の剣を両方とも下段構えて守備に徹していた。


「セトはお姉ちゃん大好きっ子でな、アズラのためにとこの騎士団統一戦に参加したのだ」


そんなセトの戦う顔が映された。

戦意のこもった瞳を持つその顔は、もう立派な戦士の顔だ。


「へぇー、弟がいるんだ。いいな~、私も欲しかったな~。・・・あれ? あの子たちって姉弟そろってすごく強いってこと?」


「そうだとも師匠。あの姉弟はとても強いのだ。特にアズラはずば抜けて強いのである」


まるで自分の子供を自慢するかのようにルフタはセトとアズラを褒めちぎる。

そう、ルフタにとって彼ら姉弟は自慢の仲間なのだ。


「本当だ。アズラ君強いね。騎士が膝を着いてるよ」


団体戦による先兵同士の戦いはベスタが有利のようだ。ケレスの騎士二人が本陣まで後退していく。

ヒギエアは様子見をしているのかまだ動きはない。

戦士として、今は騎士として立派に成長した二人を見ながらルフタは語る。


「あの二人を見ていると振り落とされそうなぐらいどんどん成長していくのだ。吾輩も置いていかれるものかと最近は商売の勉強もしてるのだが、数字の扱いはどうにもなれなくてな。ハハハッ」


商会のこと、自分の新たに始めたこと。それをルフタはノネに語っていく。

聞いて欲しいことがいっぱいある。

今日一日では語り切れないほどいっぱいに。


「・・・そっか、ルフタ君にも夢ができたんだね」


ノネはもう心配しなくても大丈夫だと感じた。

ルフタと離れてからずっと彼を心配していた。

あの突き放すような酷い別れ方。

ルフタが人の悪意に呑まれないようにするためだったが、ノネの心を罪の意識で縛り付けるには十分だった。

その重圧が、再開したルフタを見てきれいさっぱり無くなる。


結局、二人とも酷いことをしたと互いに会うことができなくなっていたのだ。

どちらかが会いに行けば二人の心はすぐにでも救われたのに。

すれ違いというのは相手のことを思い過ぎるから起こるのかもしれない。


道の途中にある休憩所に立ち寄り二人は椅子に座る。荒野が一望できる場所。

自然と互いが一番近くなる距離で座った。


「む? 尻尾が邪魔であるな、吾輩は立ってるのである」


立とうとしたルフタの手をノネが掴む。

今は少しでも近くにいて欲しい。


「うんん。このままでいいよ」


「うむ」


ただ座っているだけなのにるルフタは幸せを感じている。諦めないでよかったと心の底から思う。

ルフタが幸せを感じている時、ノネはルフタと離れてしまった日々を振り返る。

彼を遠ざけ、ジグラットを抜けて、そして、行き着いた場所を思い浮かべ。


「ねぇ、ルフタ君。何も犠牲にしないで何かを掴むことはできるのかな?」


ふと、そんなことを聞いた。

聞かれたルフタは真面目に考えて答える。


「そうであるな。何の犠牲もなしに何かを成し遂げるのは至難の業である。だが、何かを成すのに全てを抱え込むことはないと吾輩は思う。自分の大切な人だけに、愛おしい家族のためだけに全てを捧げ、それ以外は気にすることはないのではないかと思うのだ。吾輩が一族の村を救おうとしたようにな」


何かを成す。

ルフタにも成そうとしたことがあった。亜人が人と同じ地位を手に入れるという目的が。

それを成すことは出来なかったが。


「人がその手で成せることは限られている。救える数も限られているのだ。ならば、自分の信じた道を行き、成すべきことを成せばいいのである。その結果、例えどれだけの罵声と非難が待ち受けようとも、大切な人たちが側にいてくれれば自分は正しかったと胸を張れるのである。人は世界を守るのではない。大切な人を守る生き物なのだ」


ルフタは自分がそうだったと語ることで再確認していく。

亜人を救おうとしたことへの罵声と非難。

今でも耳に残っている。亜人が奴隷でなくなっても消える事は無いだろう。

それほどの拒絶があっても、今ルフタの側にはノネがいる。彼にはそれだけで十分だ。

それ以上は、もう望まない。


「自分を信じてくれた人たちが、自分の傍にいる限り、他者の非難など気にすることはないのだ。そもそも、犠牲を糾弾するのならその犠牲を認識している者が手を差し伸べればいいのである。その者の手はまだ空いているのだからな」


「でも犠牲になったものは戻ってこないかもしれないよ? 大切な人が離れてしまうかもしれないよ? 私はそれが怖くてたまらない・・・」


戻らないこと。

亜人がもう奴隷でなかった頃に戻れないように。

彼らの犠牲は取り戻せない。

奴隷から解放されても、奴隷だった烙印は未来永劫消えない。

ルフタの故郷のみんなも帰っては来ない。


「大切な人が自分の傍を去った時、それは道を踏み外した時であるな・・・。吾輩が・・・ッ」


そうだったと。

口を紡ごうとしたらノネがギュッとルフタを抱きしめた。

その先は言わなくていい。

そんな悲しい記憶は思い出さなくていいと。強く、強く抱きしめる。


団体戦を映している術導機から試合の音が響いてくる。

術式による砲撃戦の音。

淡々と響くその音は、二人から時間を忘れさせていった。

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