第百十話 決意と思惑が集う
騎士団統一戦が開かれる王都に入ろうと城門に溢れんばかりの人が集まっている。
このビックイベントを逃すものかとやって来た商人。腕っぷしの強さを示すために隣国からやって来た騎士。
この騎士団統一戦に夢を見る者たちがウジャウジャと勢ぞろいだ。
その溢れんばかりの人々に騎士たちが検問を行っているせいで人が外に溢れている。
セトたちが以前来た時は検問などなかったのだが、大きな大会があるためいつもより警戒を強めているのだろう。
身分を証明できる者は爵位や勲章を見せ、無い者は対価を納め次々と王都に入っていく。
お金を払えば入れるのなら検問なんていらないんじゃ? とセトは思ったり思わなかったり。
「アズ姉、城門が人で溢れているけど大丈夫かな」
「そうね。入れるのかしら?」
アズラは入るのに時間が掛かるのではと心配するが、その心配はご無用だ。
なぜかって? アズラたちは騎士団統一戦に参加するベスタ公国の騎士団代表なのだから。そして、自分たちのいる一団はベスタ公国の主、ウィリアム公爵の一団だ。
ウィリアムの乗る馬車から術式で王都の騎士たちに合図が送られた。
花火の色彩をより鮮明にしたような術式による映像が馬車の直上に大きく広がりベスタ公国の国旗を映し出し、青い盾と建国の父である初代ベスタ王の兜が浮かび上がった。
この国旗が建国以来一度も歴史が途切れていないベスタの証。王族に先立たれた名残。ウィリアムの背負っているもの。
その国旗を見た王都の騎士団が人の波を裂き城門までの道をあっという間に開いていく。
この権力と威厳が四大公爵家の力だ。
騎士たちが道に並び敬礼をして出迎える。
城門に集まっていた人たちも貴族だ王族だと大騒ぎだ。
セトとアズラは改めて自分たちが所属している組織の立場を再認識する。
待たなければいけないのではない。待たせる事が出来る立場なのだ。
「やっぱり公爵ってすごいんだね・・・」
「フローラすごい!」
セトは威風堂々と城門を潜っていくベスタ家の馬車を見ながら呟いた。
リーベはフローラがすごいと思っているのか彼女を褒めたたえる。フローラもすごいが正確にはウィリアム公爵だ。
そんな風にセトが心の中で訂正していると馬車が城門を抜け目の前にお祭り騒ぎの王都が広がった。
やって来た人々を歓迎するかのように王都を覆う城壁の天井に色取り取りの光のイルミネーションが踊り、旅の疲れを吹き飛ばしてくれる。
赤に、青、黄色と光り輝く星々が鳥や騎士を模り、これから始まる騎士団統一戦をイメージさせてくるようだ。
この光のイルミネーションも術式によるもので、さまざまな光源を発生させ位置を正確にコントロールし実現している。きっと、王都のどこかに術式を制御するための施設があるのだろう。
術式によるエンターテイメントがセトにあるイメージを伝えてくる。セトに飛び込んできたイメージは誇り高い騎士の戦いだ。このイルミネーションは人々に騎士団統一戦のイメージをそう伝えている。
町に目を向ければ空に石像が浮かんでいた。統一戦の舞台となる闘技場までカラグヴァナ王国の旗を掲げてその威厳を見せつける。
赤い旗に右側面から見た黒い龍を表す記号が描かれたカラグヴァナの国旗。それが何百と掲げられここがカラグヴァナの中心であると示していた。
闘技場がある場所は王都の中央にそびえ立つ巨大な柱の中。全長620mもの巨大王城を支える柱の中がその舞台だ。
空に浮かぶ人を記号化したような姿の石像はカラグヴァナの術式技術を結集して開発された自立型術式兵器だ。あの上半身だけの石像のタイプは人型術導機と呼ばれるもの。
魔力を原動力に駆動する術式機械とはまた別の技術体系。術式兵器は術式により生じた現象の重ね合わせで駆動する技術の総称であり、カラグヴァナの術式兵器は術導機というカテゴリーで呼ばれている。
カラグヴァナの最高峰の技術の一つがこうして王都の町中に堂々と並んでいるのはそうそう拝める光景ではない。
普段は王族のいる上層の警護に王都上空に近づく魔獣を迎撃するのに用いられているので、わざわざ王都の中に配置する意味がないのだ。
しかし、今日の王都は上層に上がるための柱全てに術式兵器を配置している。まるで王都に来た者たちに軍事力を見せつけているかのような感覚。
セトはその威圧されるような感覚に思わず声が出る。
「おぉ~!、なんかカッコイイ・・・」
「そうかしら? 王宮で見たのと変わらないわよ」
「うん。でもなんかカッコよく見えるんだ」
セトは目を輝かせて術式兵器たちを見上げている。王宮では謁見のための心準備やら、ファルシュとの闘いやらで落ち着いて見ている余裕がなかった。
だが、今回セトはバッチリ余裕を持って空に浮かぶ威厳たっぷりのゴツイ人型兵器を見ることができる。
こういう重厚感はなんだか強そうに感じるのだ。特に理由はないのだが。
男の子特有の価値観に目覚めたセトにアズラはちょっと聞いてみる。
「・・・魔獣メアとかもカッコイイって思ってたりする?」
あの帝国の遺跡にて追いかけ回された、金属光沢たっぷりな虫の下半身と人の上半身の体を持つ特別指定個体の魔獣メアをカッコイイのかと聞いてみる。
ちなみにアズラは苦手だ。腕やら脚やらがわしゃわしゃしていて生理的に受け付けない。
昆虫タイプの魔獣ギム・ゼントなんか発見しだい即殲滅だ。
聞かれたセトは少し考えるように上を見て。
「メア? うーん、確かに言われてみればカッコイイかもしれない・・・。・・・ッ! ア、アズ姉! 黒い巨人が僕の好みにどストライクなことに気付いちゃったかもしれない!」
セトは思い出した! あの黒い巨人は重厚感を持ちながら女性を思わせるスタイリッシュな体格で、黒の外観に赤いラインが入ることでよりその形を際立たせていて、さらに空に浮かぶ術式兵器とは違い重厚感を圧縮して鮮麗された美しさを持つことに気付いてしまった。
新たな世界の発見にセトが心をときめかせているが、残念ながらアズラは共感できなかった。
金属か石かの違いだろとアズラは思う。あと、メアはない。アズラには無理。
「そ、そう・・・」
アズラが引き気味にセトの話を聞いていると、リーベが黒い巨人が好みだと告げたセトに、えー・・・と言った顔をして。
「セト、黒い巨人好きなの・・・?」
と再確認する。かなりジトーとした表情だ。
それはそうだろう。だって、黒い巨人に追いかけ回され殺されかけたのだから。
リーベには黒い巨人は嫌な奴というイメージしかないのだ。
そんな重大なことがすっぽ抜けていたセトは表情が固まった。
冷や汗をダラダラ掻きながら言い訳を絞り出す。
「はっ! い、いや、もちろんリーちゃんが一番だよ」
誤魔化した。キリッと笑顔を決める。
「・・・むー!」
ダメだリーちゃんはもう不機嫌になっている。
ほっぺがぷくーと膨れて可愛い顔が台無しだ。
「リーちゃんごめんなさい・・・」
「ま、まぁ、黒い巨人も最後はリーベを助けてくれたんだし、リーちゃんも許してあげよう、ね?」
アズラが助け船を出してリーベのご機嫌を取る。
そう、黒い巨人は最後にリーベを助けてくれたのだ。だから許してあげてもいいだろう。
「むー、分かった」
良かった。許してくれた。
これは埋め合わせで御馳走を振る舞う必要があるなとセトは王都のおいしいお菓子屋さんを探すことにするのだった。
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セトたちがワイワイと話を楽しむなか、王都の中心に向けて馬車は進んで行き闘技場がある塔の前に馬車が到着する。
ツェントルム・トゥルム。
王都の直上に鎮座する巨大王城の基部であり上層に上がるための塔。
8本ある巨大な柱の一つであり最も規模が大きいのががこのツェントルム・トゥルムだ。
入口には両腕が槍の接近戦に特化した人型術導機が配置されておりさながら軍事施設に入る気分だ。
この人型術導機はクリンゲ・十五式と呼ばれる術導機。王宮べヘアシャーにも配置されていたものだ。
それだけ強力な術導機を配置するということはここがそれだけ重要な場所ということ。
セトたちがその闘技場に到着した。
そこには、塔の中とは思えないほどの広さがある闘技場が塔の中にある建造物としてそびえ立っている。
いくつもの橋が塔と闘技場を繋なぎ橋の先には小さな町があるほどだ。
さらに、王都を覆う巨大王城のさらに上、世界を覆う青い空が見えるんじゃないかと錯覚するほどの筒抜けな天井が上層まで続いており側壁には螺旋階段が設けられあれで上層まで行けるようだ。
塔の中全体が白い文字のような模様で埋め尽くされ時折淡く光っている。ここも王宮と同じ。術式に何らかの制限が働く空間、もしくは何らかの効果を常に付加している場所。この構造は他の塔も同じだ。
闘技場の運営関係の人物が馬車を先導しセトたちが続々と降りていく。ここからは会場まで徒歩で移動だ。
「他の四大公爵家は?」
「すでにお着きになっております。ウィリアム公爵閣下」
「そうか、出遅れたかガハハハッ! ではすぐに向かうとしよう」
ウィリアムは特別指定個体ザントゾル討伐以来ずっと上機嫌だ。
自分の思惑が上手く進んでいるのだ。派閥争いで切れるカードは多ければ多いほどいい。
特別指定個体討伐は最高のカードだ。騎士たちに赤と青のザントゾルのコアの欠片を運ばせ、いい土産話を手にウィリアムは会場に向かう。
「それじゃ少し行ってくるからリーベをお願いね」
「うむ、任せるのである」
アプフェル商会の面々はここまでだ。ルフタたちはこれから騎士団統一戦が終わるまでセトたちの戦いを見守ることになる。
セトたちの試合がない時は商会の仕事をしながら待つ予定だ。
ルフタがリーベとエリウを馬車に乗せ闘技場を後にする。
「アズラ、セト、ランツェがんばるのだぞ!」
「優勝ニャー!」
「優勝だー!」
3人と別れたセトとアズラ、そしてランツェはウィリアムたちの後に急いでついていく。
闘技場も塔と同じく白い文字のような模様で埋め尽くされており、石造りを思わせる構造をしている。
材質はおそらく魔晶石。壁や天井をよくよく見てみると魔晶石の特徴である白い筋が走っているのが分かる。
奥に進むと闘技場の運営関係者に広間へと通された。
騎士団統一戦参加者が待機する場所と思われるこの広間。豪華な茶色いソファーがいくつも用意され、装備の整備が出来るように剣や鎧を置ける場所があり、ギャンブルやバーなど娯楽施設まで完備している。
奥には参加者の控室だろうか、いくつもの扉が並んでいた。
その中でも一際大きい四つの扉がセトたちの目を引く。
青い盾と建国の父である初代ベスタ王の兜を扉にあしらっている扉はベスタ公国のための部屋。
国土の山々を表す黒い円に赤いひし形の模様を配置したこの扉はヒギエア公国。
左側面から見た黒い龍の記号とその龍の向く方に真ん中に緑、左右に黒線が入っているのがケレス公国。
そして、上位亜人ゼヴ族の特徴である狼の横顔と海を表したカーブを描いた縦線だった跡がある扉が元エウノミア。
その奥にある二つの扉が開き人が出てきた。開いたのはヒギエアとケレスの二つ。
ヒギエアの扉より出てきたのは、かなり太った温厚そうな雰囲気の男。
彼がガスパリス・カポディルナ・ヒギエア公爵。四大公爵家の当主の一人。
髪は赤が強い金髪でカラグヴァナ人とは違う民族出身だ。その体格に合わせたであろう緑の服に自国産の宝石をこれでもかと取り付けている。
彼の後ろに控えるのはヒギエア公国騎士団代表の騎士たち。ガスパリスを護衛する近衛騎士たちだ。その石のように白い鎧の胸の中心には大きな魔晶石が取り付けられている。
保有する技術力を惜しみなく注いだ装備だ。背中には翼にも似た何らかの装備が追加されている。
ケレスの扉より出てきたのは、フローラと並び立つほどの美貌を持つ少女。
彼女がシアリーズ・カールナ・ケレス公女。ケレス公国の公女様だ。
広間に集まった中では浮いてしまう黒い背中まである長い髪をなびかせ、フローラとは違い落ち着いた黒のドレスを着ており、その黒い瞳からは何かを決意した力が感じ取れる。
そして、彼女が騎士団代表として連れて来たのは、緑の鎧を着た騎士が2人と顔全体が隠れるほど大きな仮面を被った黒髪の二人組の男女だ。
女の方はアズラたちが嫉妬するほどの豊満な丘二つと、我らの理想ですッ! を体現したボディの持ち主で、男の方はその屈強な肉体からかなり鍛えこまれた体を持っていると離れた所からでも分かるほど。
2人とも統一された白銀と黒の軽装の鎧を身に着け、胸には鳥のシンボルが描かれている。この二人は傭兵だろう。
彼らが四公国騎士団統一戦の参加者であり、セトたちの対戦相手だ。
セトがこれから戦うことになる騎士たちを見回していく。どいつもこいつも強そうだ。めちゃくちゃ強そうだ。
この全員が近衛騎士のフライスと同等かそれ以上の腕前をしているのだ。ケレスのシアリーズが雇った二人の傭兵はわざわざこの日のために連れてきたのだろう。
むしろ、あの二人の方が危険か?
「・・・?」
セトが視線を感じてその方向に顔を向ける。
なんだか知らないが、女傭兵の方がセトの方を見たまま固まっていた。
なんかプルプルしだした。その豊満な丘がゆっさゆっさと跳ねて目のやり場に困る。
震える手をこちらに向けようとして。
「セトどうしたの?」
アズラがランツェの後ろから顔をヒョコと出した。少し乱れた黒味の帯びた灰色の髪をかきあげその顔がハッキリと見える。
それを見た女傭兵は。
「ブフォッ!!? ゲホッ! ゴホ!」
盛大に噴き出して仮面の中をびちゃびちゃにしてしまった。
両手をパタパタさせながら奥に引っ込んでいってしまう。
相方がいきなり取り乱したことを不思議そうに見ていた男が彼女の見ていた方向を確認する。
セトたちと目が合った。
「・・・」
男は何かを納得するように頷きその場を離れてく。
仮面で隠れて見えないが何かを喜ぶような気配が感じられた。
「なんだろう?」
「さぁ・・・?」
傭兵たちが去った後、騎士団統一戦のルールと対戦方式が説明されていく。
セトとアズラは気持ちを切り替えて本番への準備を始めるのだった。
そして、ルフタたちも市場に到着し王都支部の様子を確認していた。
その間はリーベとエリウは暇になる。二人して市場を歩き回ることにして、おいしい物を食べたり小道具を見たりして時間を潰していく。
「ニャ、リーベちょっとトイレ行ってくるニャ。ここを動いちゃダメだからニャ」
「うん」
食べ物を食い過ぎたエリウがトイレを探して走っていってしまう。
一人残されたリーベは目の前のお店に置いてある可愛らしい人形を眺めながら時間を潰すことにした。
どうやらツァラトゥストラ教神話に関する人物を人形にした物のようだ。
赤髪の4人の姉妹が仲良く座っている。
自分にも姉妹とかいるのかなとリーベが人形を眺め、物思いふけっていると。
「あーれー? 聖女様どうしてここにいるのー?」
知らない女の子が声を掛けて来た。
「本当だ。ハーザク様だゾ! でも、なんで王都にいるんだ? ジュゼッペが許したのか」
ローブを身に纏い、角が付いた額当てを付けている2人の女の子がリーベをジロジロと見てくる。
思わずリーベは商品の後ろに隠れてしまった。
「んー? 何で隠れるんだ? あ! あっちたちと同じで勝手に来たんだゾ。絶対そうだゾ」
リーベのことが分かったと喜びハイタッチする二人。
リーベのことを知っていそうな二人。
王都より遥か南東からやって来た招かれざる者たち。