第百九話 想い出を語り
魔獣ザントゾルの残骸が舞い散り、ただの砂と水になって地面に落ちていく。
まるで3人の勝利を祝うかのように宙に飛散した砂と水に月明りを反射して銀色の吹雪が乱れ舞う。
その銀色の吹雪の中よりセトたちが戻って来た。
セトの手には砂のザントゾルの赤いコアの破片が、アズラの手には水のザントゾルのコアの破片が確と握られている。
騎士たちは敬意を表して敬礼をし、特別指定個体の討伐という偉業を称える。
陣形を解き、ウィリアム公爵までの道を空ける騎士たち。その光景にセトは自分たちが認められたと誇らしげになった。
そう、セトの感じた通り認められたのだ。騎士たちに、ウィリアム公爵にフローラ・ウィリアルナ・ベスタの騎士であると。
「ご苦労様です。さ、ウィリアム様の所へ」
出迎えた森羅に促され3人はウィリアムの下に向かう。
ウィリアムまでの道に騎士たちが一糸乱れずに並び、まさに騎士の道と呼ぶに相応しい中をセトたちが進む。
そして、セト、アズラ、ランツェの3人がウィリアム公爵の前に並び立ち跪き、ザントゾル討伐の証であるコアの破片を差し出した。
それを見たウィリアムは。
「跪かなくてもいい。新たな騎士の顔を皆に見せてやってくれ。特別指定個体ザントゾルの討伐、実に見事だった」
セトとアズラをもうただの子供扱いはしない。ランツェをもう金のために戦うただの傭兵扱いはしない。
一人の騎士として誇りを持つ者としてウィリアムは3人に声を掛ける。
見事だったと。
フローラも3人を誇らしげに称える。
「3人共ご苦労様でしたわ。わたくしの騎士として相応しいその戦い、他の騎士たちにもいい刺激になったことですの。父上、これ程の功績なら然るべき名誉と地位を与えるのが良いと思いますわ」
「うむ、そうだな。騎士団統一戦がひと段落すれば軍事再編で主を必要とする町や村が出てくるやもしれん。辺境伯ならばどうだ? 国境地帯の領主ならば政治闘争に巻き込まれたりはせんだろう。ガハハハッ!」
ウィリアムが少々大げさに爵位を提示した。
辺境伯とは国境警備の任を持つ領主の称号だ。
紛争が続くこの戦乱の時代。権力を得るためには絶好の地位でもあるが。
同時に戦火を防ぐための防波堤、つまりは捨て駒にされやすい地位でもある。
その地位を与えると聞いたフローラはちょっと怖い顔をしてウィリアムに反発した。
「父上! 冗談でも辺境伯はよしてくださいな! アズラたちを戦場に送るようなことを・・・、ちゃんと制度に則り準男爵を与えるべきですの!」
フローラがセトたちのために怒っている。怒っているのだが。
タイミングがまずかった。
セトたちの晴れ舞台に怒号を加えてしまった。
「・・・あ、わたくしったら・・・つい」
3人や騎士たちの見ている前で思わず熱くなってしまった。
我に返って恥ずかしさで赤面していくフローラ。
セトたちを、いや個人でいうならアズラを死と隣り合わせの地位に就けさせたくないと心底思ってしまって、つい口に出してしまったのだ。
フローラも分かっている。それはわがままだと、自分の大切にしたい人だけ側に置きたいという公女にあるまじき発言だ。
だが、そんな自分の娘を見たウィリアムは嬉しそうに笑って見せた。
「ガハハハッ! フローラ、お前も着飾った言葉だけでなく想いのこもったことをいう様になったか! 安心しろ辺境伯は冗談だ。領地を与えるには早すぎるからな」
少しバツの悪そうな顔をしているフローラの背中をポンッと叩き仕切り直す。
フローラの言葉は悪いことではない。とても良いことなのだ。
セトたちを駒ではなく人として見ているのだから。
娘のまだまだ可愛らしい一面を見てウィリアムは上機嫌になりながら。
そして、セトたちに期待を込めて。
「爵位に関しては考えておこう。騎士団統一戦、期待しておるぞ」
「はい、ありがとうございますウィリアム閣下」
アズラがビシッと敬礼を決める。ランツェも慣れた動きで敬礼をしているが、セトだけ慌てて見よう見まねの敬礼をした。
ちょっと締まらなかったがセトは嬉しく思う。フローラもウィリアムも自分たちのことを思って考えてくれていることに。
それに自分はどこまで応えることが出来るのだろうか?
爵位を与えるとは、つまり貴族にするということ。セトには少し想像のつかない褒美だ。
アズラは騎士の称号を得ているが、騎士の爵位は貴族のそれとはまた意味合いが異なるもの。
遠い世界だと思っていた貴族の世界。セトたちの手に届くのだろうか。
----------
セトたちの王都への旅も順調に進んでいた。
普段は荒野をうろついているはずの魔獣シュタッヘルたちは、暴れまわっていたザントゾルに食われたか逃げたかですっかりいなくなっており、代わりに普段いないようなでっかいサソリみたいな魔獣がチラホラと荒野を動き回っていた。
シュタッヘルほど凶暴でもないのでさほど問題はない。
このサソリの魔獣スコルピオンは尾の先端に毒を持っているらしく彼を襲おうとする者は少ない。天敵が少なければ気性が大人しくなるのも納得だ。
そんなスコルピオンの真横を細心の注意を払いながら進むセト一行。
大人しいといってもカラグヴァナ王国の中でという意味で、魔獣の中では十分に凶暴だ。
どれぐらい凶暴かというと魔獣ギム・ゼントぐらい凶暴だ。
この荒野ではあの狡猾なギム・ゼントですら大人しい分類なのだ。
その大人しい? スコルピオンを馬車の上から見張るエリウは何だかシュンと落ち込んでいた。
その表情は物事が上手くいかないと悩んでいる顔だ。
なぜ落ち込んでいるか。
実は、セトたちがザントゾル討伐に挑んでいる間ずっと、ずっーと寝てたのだ。
馬車が動こうが、騎士が走ろうが、リーベに蹴られようが爆睡して起きる気配すら見せなかった。
もう、騎士やアズラから何しに来たんだお前と攻められ今に至る。
「・・・・・・」
スコルピオンは昼寝でもしているのか馬車に無反応だ。
エリウも別にそうしたくてやってしまった訳じゃない。
サボったりはするかもしれないが、みんなの邪魔をしようなどとは思ってもいない。
だけど、なぜか上手くいかないことが多い気がする。なぜかは分からないが怒られることが人よりも多いと感じる。
「あちしって落ちこぼれニャのかニャ~」
愚痴が零れる。
そういえば、故郷であるハトゥール族の集落を飛び出した時も、集落のみんなを見返してやると大口叩いて出ていったっけとエリウはおぼろげに思い出す。
集落でも他の子の下にいつもエリウはいた。
それを覆そうとして失敗して、大人に怒られ、ケンカして出ていった。今思えばくだらない旅立ちの理由だ。
「・・・あちしは何がしたいんだニャ?」
集落を出てからずっと自由に暮らしてきた。
その目的のない人生にふと疑問が浮かぶ。自分は何がしたいんだろうと。
目指すべき到達点がないとまるで空っぽになってしまった気分になる。そう思っていると。
「確かハトゥール族一番の戦士になるのであったな。ライブラ王子殿下と約束したのであろう? 自分で言っていたではないか」
「ルフタ」
トカゲ顔の男、ルフタがエリウの悩みに答える。
馬車の上に登ってきてエリウの隣に座った。ルフタはこう見えても元神官、人ひとりの悩みぐらい聞いてやれる。
エリウの倍近く生きているからいい案を持っているかもしれない。
だから、ルフタは聞いてみる。何を悩んでいるのかを。
「この前のことを悩んでいたのであるか?」
「にゃう・・・。あちし、みんニャの足を引っ張っているのかニャーって。ニャにやっても失敗するし、怒られるし、姉御がうらやましいニャ」
エリウの悩みは簡単そうに見えて複雑だ。
一個人の行いによる結果が及ぼす影響、エリウはそれが悪い方にばっかり出ていると思っている。
「アズラは失敗してないと思うのか」
「そうニャ。公女様の騎士にニャって商会のボスにニャって、上手く行きまくりだニャ」
「なぜアズラとお前さんを比べるのだ? やっていることが全然違うではないか」
成功した人を見るとうらやましくなるのは当たり前で、時には嫉妬にもなるだろう。
だけど、なぜその成功している人と自分を比べるとルフタは問う。
「それは、姉御は姉御だからすごい事が出来るニャ。あちしにはできないことニャ。だから姉御はすごくて、あちしはダメニャんだ」
「その理屈だと吾輩もダメな奴ということであるな」
「ニャ! そんニャこと言ってニャい! ルフタもすごいニャ」
自分はダメだと理論武装した結果、あらぬ方向に飛び火していた。
それは自分しか見ていない考えていない結果だろう。
その内向きな考えをするエリウに、ルフタは優しく落ち込んでいる心に語り掛ける。
「・・・少し昔話をしようか。吾輩も上手くいかなかった時があった。その時の話である」
ルフタはかつての自分を思い出を語り出す。
おそらくルフタにとって一番空虚な時間を過ごした記憶だ。
「吾輩が神官だったことはもうお前さんの知る所だ。では、なぜ辞めてしまったのか。その後、何をしていたか、お前さんも気にはなっていたであろう?」
ルフタがなぜ神官を辞めてしまったのか。
エリウの頭に王都での死闘、奴の言葉が浮かび上がる。鉄仮面、ファルシュの言葉が。
(ソの男ハな、売っタノだよ。かツテ奴隷商人に脅え、集落ヲ襲われテいた亜人たちを救ウト謳って、一族を王国の家畜奴隷に貶め、売り渡シタ)
今思い出しても信じられない。ルフタが仲間を、家族を売る?
あり得ないことだ。
あり得ない、それを聞くためにエリウは耳を傾ける。
「まぁ、ちょっとは・・・」
魔獣スコルピオンを通り越し馬車が進んでいく。
ルフタは語る。
「神官になったのは、そう皆を集落の皆を助けるためだった。何者にも脅えなくていい日々を送りたいと、そう願って神官になり心身を注いできたのだ」
「・・・」
「では、なぜ辞めてしまったのか? それはな、吾輩が諦めてしまったのだ。一族を亜人を救うことを諦めてしまった。それが理由である」
諦めてしまった。
ルフタから口惜しそうに紡がれた言葉。エリウにはどれほど彼が苦しい思いをしたのか絶望を見たのか分からない。
だけど、後悔しているのはエリウにも分かった。
「・・・ニャんで諦めたんだニャ?」
その後悔をエリウは聞いてみた。きっと言いづらいことだろうけど、聞いてあげるべきだと感じたのだ。
聞かれたルフタは静かに答えた。
「悪意に」
ルフタは思い浮かべる。
亜人を否定し続けたトマスの顔を。
「無関心に」
ルフタは思い浮かべる。
一族に奴隷の烙印を押していく騎士の姿を。
「そして、自分の無力に勝てなかったのだ。」
ルフタは思い出す。
彼女の胸に槍を突き刺している自分を。
「真実はこうだ、吾輩が亜人を救おうと行動した結果、その行いが亜人を奴隷に貶めてしまう意見としてジグラットの総意に組み込まれ王国が実行してしまったのだ。吾輩が皆を奴隷にしたのだ・・・、これは逃れようのない罪であるな」
ルフタのしたことを知ったエリウは何も言えなかった。
ファルシュの言い方は悪意ある非難だと分かったが、あながち嘘でもないのが嫌だった。
自分の悩みなんてちっぽけに思えるほど、ルフタの悩みは重く深い。
「そして、吾輩はジグラットを追放された。自分から去ったのではない。吾輩はここでも罪を犯した。この意見を作った一人を殺そうとしたのだ。吾輩もその一人だというのにな。これを失敗というなら吾輩は取り返せない失敗を二つしていることになる」
取り返せない失敗が二つ。
失敗といって誤魔化せない罪だ。
それを語ったルフタは重い話だったと思い。
「・・・すまんな。こんな話気が滅入るだけである。お前さんを励ましたかったのだが・・・すまん」
そう言ってエリウに頭を下げた。
下げられたエリウは慌てながら。
「あ、謝ることニャいニャ。・・・むしろ嬉しかったニャ、ルフタが自分のことを喋ってくれて、あちし嬉しかったニャ。そうニャ、一つ二つの失敗が何ニャ! ルフタだったら絶対取り返せるニャ!」
過去を語ってくれたことに感謝を伝えた。
こんな話、打ち明けるには勇気が必要だ。それを自分に語って聞かせてくれた。
ルフタは自分を信じてくれている。それがエリウの心に元気をくれた。
だから、それをルフタにも分けてあげる。
「ハハハ、まさかエリウに励まされるとは。そうであるな。お前さんの言う通り一つ二つの失敗取り返せる。必ず」
「そうニャ! ちょっと失敗したからって落ち込んでたらダメニャのニャ!」
エリウがルフタを励まそうと元気に答える。
いつの間にか立場が逆転してしまったが、それはそれでいいかとルフタはエリウの元気を分けて貰う。
「よし! 気を取り直して続きを語ろうか」
「次はニャんの話ニャ」
ルフタが続きを語る。
ここまで喋ったのだ全部聞いてもらおうではないか。
「吾輩が流離の旅に出た時の話である」
「おおー、ニャんかカッコイイニャ」
「いや・・・、一番カッコ悪い話である・・・」
ルフタは語っていく。それはセトとアズラと、エリウにリーベ、みんなと出会うまでの物語。
日が傾き始め、地平線の先に巨大な山が見えてきた。
荒野のど真ん中にある山はただ一つ。
王都アプス。
四公国騎士団統一戦の舞台に到着した。