第百八話 特別指定個体討伐戦
目の前を覆いつくす砂の壁がセトたちに迫りくる。
その砂は飲み込んだものを全て磨り潰しさらに大きくなってセトたちに襲い掛かろうとしていた。
砂の一粒一粒が奴を構成する一部であり体そのもの、魔獣ザントゾルは砂の魔獣、剣や術式では倒せない存在。
カラグヴァナ王国もその危険性から特別指定個体に指定し常に監視してきたのだが、以前、アズラたちの活躍で地中に封印することに成功していた。
それ以来ザントゾルの目撃情報は無くなり無力化できたと判断されていたのだが。
アズラたちの封印はザントゾルを倒した訳ではなかった。ただ僅かな期間だけ動きを封じただけで完全に無力化出来ていなかったのだ。
封印が解けたのは偶然ではない。
ザントゾルは砂の魔獣だ。その体全てが砂で出来ている。そのため、水に触れると水を吸い重くなり動きが鈍くなる性質があった。
それがこの魔獣をやり過ごす唯一の方法であり、アズラたちが封印に用いた手段でもある。
ザントゾルを水に封じ込めて岩で包み地中に埋めたのだ。これでザントゾルは身動きが取れず無力化できたはずなのだが、アズラたちはこの魔獣の性質を見誤っていたのかもしれない。
ザントゾルは水で動きが鈍くなるが別に弱点ではない。
そう封印されてからもゆっくりと一日にほんの僅かだけ、ジワジワと自分を閉じ込めている岩をその砂の体で浸食していったのだ。
そして、その時は訪れた。封印の岩が砕け水が流れ出し、ザントゾルは再び世に解き放たれた。
何か月も得物を食えなかった魔獣が自由になったらどうするか?
敵の存在を認識でき区別できる知能をもった魔獣がその敵をどうするか?
簡単だ。ザントゾルは真っ先に人を襲い食らい、自分を封じ込めたアズラたちを探し回る。
そして、標的を見つけたならやることは一つ。
食らう。
食らうためにザントゾルはその砂の体を大きく広げセトたちを包囲してく。
どう見ても自然の砂嵐でないことに気付いたセトたちは武器を構えた。
「この砂嵐普通じゃないよ!」
「まさか・・・! これは奴なのであるか!?」
ザントゾルの封印に協力したルフタは砂嵐の正体に気付く。
砂の体を持つ魔獣などこの広い世界のどこを見ても一種類しかいない。
「ザントゾルだわ。間違いなく・・・ね」
アズラが苦笑いしながら拳を握り締め魔装を具現化した。
以前よりも強くはなった。しかし、そもそも攻撃の効かない相手にどう戦えばいいのかとアズラは笑う。
その笑いは諦めか?
否。
強くなった自分を試せる絶好の機会への笑みだ。
森羅もザントゾルを確認し対策を思案するが、そこに丁度やる気満々のアズラが見えた。
これはいい機会なのかもしれない。彼女もそう思っているだろうと森羅は思い。
「さて、最悪の予想は当たってしまいましたが・・・。アズラ! セト! ランツェ!」
3人の名を呼ぶ。
セトたちはすぐに森羅の方に視線を向けた。
セトもランツェも武器を構えている。やる気があるなら十分。
「あなたたち3人であの魔獣を退治して見せてください。騎士団統一戦への前哨戦としてはうってつけです」
特別指定個体をたった3人で倒せと命じた。特別指定個体がなぜ特別なのか。それはたった一体で町を滅ぼせる力を秘めているからだ。
討伐は困難であり人は災厄が通り過ぎるのをただ祈るしかない相手。
それを倒せと来た。
普通なら断る。出会ったら逃げるのが普通だ。
だが、セトたちは頷き了解した。その顔からは恐怖の色が見えない。むしろ勝つ気でいるほどに自信が溢れている。
「騎士団は厳戒態勢のまま待機してください。水の術式で防御陣の展開を」
馬車の周囲が術式で展開された水の壁に覆われていき防御陣が展開された。
防御陣の中央からウィリアム公爵とフローラが3人を見守る。
「お前の騎士団の力がどれ程かこれで分かるな。実戦では役に立たんなどと失望はさせないでほしいぞ」
「ご安心くださいな父上。すぐにその強さをお目になれますの」
フローラたちは信じて見守るだけだ。フローラは3人が敗北するなどとは考えもしない。
彼女もずっとあの修行を見ていたのだ。彼らがどれだけ苦行を重ねたのかを知っている。だから、疑う余地など微塵もない。
みんなが見守る中セトたちは前に走り出る。
標的は魔獣ザントゾル。
まずはあの砂の体をどう捉えるかだ。
「セト! ランツェ! 私がザントゾルを取り押さえるわ。その隙に攻撃を!」
「了解だけど、どうやるの?」
「この魔装で捕まえるのよ!」
アズラがニッと笑いながら魔装を構えて見せた。
彼女の魔装・絶対魔掌は、 現象を掴むことができる能力を有している。
本来、掴むことの叶わないものでも魔装・絶対魔掌ならば掴める。
こちらから干渉できる可能性を強引にねじ込めるのだ。
「分かった。でも無茶はしないで」
「セトもね」
セトとアズラが腕を互いに当て鼓舞した。それは戦いに行ってくるという合図。セトもニッと笑みが零れる。ずっと待ち望んだアズラの助けになる立場だ。
二人が離れるのを待っていたランツェが先陣を切った。槍を構え一直線にザントゾルの砂嵐に突っ込んでいく。
「行くぞ」
「うん!」
セトも続いた。二つの剣、片手剣とダガーを構えてランツェの後ろに控える。
突っ込んでくる二人にザントゾルがすぐさま反応した。赤い発行体が二人を捉え砂の体を束ねて槍を打ち出すかのように発射しセトたちに襲い掛かる。
まるで銃弾の嵐。
地面に穴が空き二人を狙い撃つ。
だが、その程度では二人を止められない。
「シッ!」
「フンッ!」
自分すら巨大な槍に見立てて砂の槍を吹き飛ばす。二つの剣が円舞を舞うように砂の槍を逸らし、叩き斬っていく。
以前なら絶対に出来ていないことが、今なら出来る。特別指定個体とも戦える。
砂の槍を潜り抜け、ザントゾルの体内ともいうべき砂嵐に突っ込んだ。
目の前を砂の壁が覆いつくす。
「オォッ!!」
突っ込んだ勢いのままランツェが槍を本体であるコアと思しき赤い発行体にぶん投げた。
それは、文字通り砂の壁に亀裂を生み切り裂く一撃。
砂嵐が両断される。
ウィリアム公爵たちを包囲していた砂嵐が分断され崩れ落ちていき、向こう側の景色が顔を出した。
「触れることの出来ないザントゾルを両断とは、フローラ様の騎士たちはなかなかの腕ですな」
近衛隊の隊長ベシャイデンがセトたちの実力を申し分ないと評価する。
セトと模擬戦を行ったフライスも参戦したくてウズウズしているようだ。
「おおぉおぉぉ・・・、目の前にこれ程の魔獣がいるのに戦えないとは・・・! セト君! うらやましいぞ!」
待機を命じられたのに両手剣を構えてしまっている。冗談でも突撃といったら突っ込むな確実に。
両断されたザントゾルは、さも何もなかったかのように砂の体を宙に浮かべ砂塵の渦を巻き起こしていく。
それを二つ。今度はセトたちを包囲し先に排除しようと迫るが、アズラがそんな反撃の猶予を与えるはずがない。
「どこを見ているのかしら!」
アズラが上空から渦の中心に飛び込んだ。砂塵の中心で魔装・絶対魔掌を解き放ち、絶対に掴むことの出来ない砂塵をグニャリと布でも持つかの如く掴み取る。
砂の一粒一粒がアズラにつかみ取られる可能性に支配されていき、魔装に掴まれた可能性は現実となってザントゾルを束縛する。
「ハァッ!」
砂塵の渦がなぎ倒された。
地面に砂が飛び散り渦が飛散していく。赤い発行体が明滅しザントゾルが理解できないと声を上げるかの如く全身で突っ込んできた。自分を捉えることが出来るなどあってはならないと叫んでいる。
「ハズレか! セト、ランツェ、一度だけ凌いでちょうだい。次で決める」
「了解! アズ姉」
まるでアメーバのようにグバッ! と砂の体を開き口を広げるザントゾル。それに対してセトとランツェは避けない。
ランツェが前に、セトが後方に位置取り、セトが上段と中段の二段構えを取った。
動かない二人を見てザントゾルはチャンスと判断する。迷いなく突っ込んで、そして、地面に槍で縫い止められた。
ランツェのぶん投げた槍がザントゾルの頭上に降り注いだのだ。
その鋭い一撃は砂の体を貫き、風を纏った衝撃がその流体状の体を地面に押し付ける。
ランツェが風の術式で槍の落下ポイントを操作していた。それはコアが逃げられないようにするための布石。
その布石をさらに打つ。
槍が纏った風の衝撃で動けないザントゾルにセトが仕掛ける。
「ヤァ、タァッ!」
二刀流の剣がザントゾルの体を切り裂き砂を散らせ赤い発行体を砂の外に吐き出させた。
赤く明滅する石のような物体。これがザントゾルのコア。
脚から魔力を爆発させる程に地面に叩き付け、アズラが一瞬で赤い発行体に接敵した。
そこに魔装・絶対魔掌の拳を叩き付ける。
ミシッ・・・! と赤い発行体にヒビが入る。
一撃で吹っ飛んでいきアズラの叩き込んだ一撃に耐えられずザントゾルのコアが地面を転がっていく。
「これでッ!」
アズラが止めに入る。だが、ザントゾル本体が赤い発光体が、ブォンッ! と激しく点滅し輝いた。ひび割れた部分から赤い液体を垂れ流し宙に浮かびただならぬ気配を見せる。
「!」
セトたちの真下が陥没し砂が噴き出す。おびただしい量の砂、この全てがザントゾル。
不定形のその特性をいかんなく発揮しセトたちの足を絡めとる。砂に脚を掴まれセトたちは動けなくなった。
「しまった!」
「私が抑え込むわ! セトたちは本体を!」
アズラが魔装・絶対魔掌を自分たちを捉える砂の塊に叩き付けた。
砂の塊が、不定形のその体が。魔装により一つの可能性に縛られる。
沈み込むはずのアズラの拳がザントゾルの体を押し返した。
ズズンッ! と地面に押し戻される。
足の砂が解ける。その隙を突いてランツェが槍を突き出した。
「フンッ!!」
だが、その一撃を赤い発行体を守るため現れた砂の壁が掴み軌道を逸らす。
砂の壁が逆に迫り来ようと槍を伝って流れてきた。
「ランツェさん!」
「ああ!」
ザントゾルが防御手段である砂を攻撃に回した。それをセトは見逃さない。
奴を倒す好機。
ランツェの背中を足場に赤い発行体に飛び込み剣を振り上げる。
ザントゾルの赤い発行体がさらに赤く光り輝く。
アズラに押さえつけられた砂が二つに割れ、その体内より奥の手を出す。
自分を封印したことを後悔させてやると言いたげにそれを解き放った。
青い発行体をその中心に持った水の塊が。
水のザントゾルがアズラの目の前に現れ、砂を押し込んでいた魔装を弾き飛ばす。
その水の一撃は超圧縮により魔装すら両断する一撃を吐き出してきた。
「くッ!」
「がっ!」
アズラの魔装が破損しセトの片手剣が二つに割れる。
セトたちが好機と思ったこの瞬間こそ、ザントゾルにとっての勝利の瞬間。
砂のザントゾルと水のザントゾルがセトたちを食らおうと口を広げた。
上から砂の顎が、下から水の顎が迫る。
だが、ザントゾルは見誤った。セトたちの力を。修行で得た本質を。
この程度で勝ったと思われては困るとアズラが拳を握り、セトがダガーを構える。
水の体を得たぐらいで勝てるなどと思うなと。
「砂から水になったのは間違いだったわね!」
魔装・絶対魔掌に魔力がありったけ注ぎ込まれ、目の前の敵に一つの可能性を提示する。
それは、水全体が衝撃を受ける可能性。
砂の体であったなら全体が衝撃を受けることはない。コアが衝撃を受ける可能性も極小だ。しかし、体が水なら話は別。水は衝撃を全体に広げてしまう。高速で叩き込まれた一撃を受け止めてしまうのだ。
衝撃を受ける可能性が絶大に高くなる。
「ハァァァァァッッ!!」
魔装・絶対魔掌が水のザントゾルに叩き込まれ、水全体が衝撃を受ける可能性を刻み込む。
そして、それはすぐに現実となった。水全体が一つの硬質な物体として働き、内部のコアごと砕け散る。
一度は防がれた攻撃をランツェが再び繰り出す。砂に掴まれたまま槍を深々と突き刺し、落ちてきたセトを受け止めコア目掛けて投げた。
「オォォッッ!!」
「そこォォオオッ!!」
ズンッ! とザントゾルのコアに、赤い発行体にダガーが突き刺さる。
ビキビキッ! と崩壊の音が鳴り響く。
そして、力尽きるようにザントゾルはただの砂と水になって崩れ落ちていった。
その戦いを見ていた騎士団からどよめきの声が漏れる。あのザントゾルを倒したと。
特別指定個体を討伐してみせたと。
3人の確かな成長を確認した森羅は優しく微笑み。
「3人共見事です。これであなたたちは近衛騎士に匹敵する実力であると証明されましたよ」
3人の勝利を祝福するのであった。