第百六話 謀略の地に向けて
四公国騎士団統一戦に参加する4人の代表が決まってから次の日。
セトたちはバタバタと出発の準備を進めていた。
カラグヴァナ王国の王都アプスに向けての1ヵ月の旅路の準備。
これで王都に向かうのは3回目だが今回は大所帯だ。
ルフタとエリウのアプフェル商会一行に、ベスタ公国の主、ベスタ家も同行する。
形としてはアプフェル商会がベスタ家に護衛として雇われているということになっている。
ベスタ家は、お抱えの騎士団がいるので別に護衛など雇わなくてもいいのだが、他の公爵家や騎士たちに立場を明確にしておくため護衛として雇うという形を取ったのだ。
ウィリアム公爵の計らいで報酬も出してくれる。セトたちにはありがたい話だ。
公爵護衛という便宜上大仕事を任されたアプフェル商会は旅の用意を進めていく。
王都に到着する頃には統一戦の開催でお祭り騒ぎになることだろう。それを見越しての商売の準備も抜かりなし。
そんな市場予測を行って経営戦略を練っているのはリーリエとディアの二人だ。
市場担当リーリエに情報収集担当のディア。必然とこの二人が商会の経営を回すようになった。
二人は木で作られた算盤のような計算器を指で弾きながら市場に出す商品を話し合う、のだが?
「あぅぅぅ・・・、私もセトさんの勝つとこ見たかったな~」
「リーリエさんよ仕事をしてくれねぇか? 俺ひとりじゃ手が回らないんだが・・・」
セトの模擬戦に間に合わず一番良い所を見れなかったリーリエがなんだかいじけている。
仕事なんかほったらかしで指をイジイジと机の上で遊ばせていた。
いじけているリーリエを見てイライラしながら仕事を進めているディアは商品選定に四苦八苦している。
彼は情報を扱うのは得意だが売れる物などに関するセンスはからっきしなのだ。彼が買い物に興味がないというのが原因だが。
そんなディアなんかほっといてリーリエはイジイジ、イジイジ。
「私って運がないのかな? 恋愛運がないとか?」
「いきなり何言ってんだ? 寂しいなら俺が相手してやるぜ?」
「男運がないのかも」
「おおんッ!!」
持っていた資料をリーリエにぶん投げた。
戦争じゃ! 彼女と彼氏のいない二人の醜い争いじゃ!
「わふっ! 何するんですか!」
「この野郎! 俺は眼中にないってか!?」
「ディアさん、アズラさんにメロメロのくせに」
「メッ! メロメロじゃねッ! ああやっておかないと何されるか」
「何かされたいの?」
ディアの心臓が止まった。彼の生存本能が瞬時に声の主に振り向かせて跪かせる。
そして、いつもの決め台詞。
「いつもお美しいですアズラさん、グホォ!」
跪くディアの腹につま先がねじ込まれた。
アズラが蹴った理由は特にない。
「リーリエ特売品の方はどうかしら?」
「ごめんなさいアズラさん。仕事に身が入らなくって・・・」
「ぇ、スルー・・・?」
ディアは放置して状況を確認していく。
仕事はあまり捗っていないようだ。
リーリエがここまで仕事に集中できないのも無理はない。彼女は今回の騎士団統一戦お留守番なのだ。ちなみにディアもお留守番だ。
セトたちが王都にいる間、商会を任せられる二人に店を頼むつもりなのだ。
セトの模擬戦を見れなかっただけでなく騎士団統一戦も見れないしお祭りにも参加できない。そりゃ寂しい気持ちにもなる。
「しょうがないわね。私がやっておくから、あんたはセトとランツェにお昼ご飯でも持って行ってあげて」
「はい! 任せてください!」
一気にやる気の戻ったリーリエが部屋から出ていきお昼ご飯を作りに行った。
さっきまであんなにいじけていたのにと、ディアが渋い目で見ていると。
「じゃあ、とっとと終わらせるわよ」
ディアの前に追加の資料がポンと置かれた。結構な量だ。
「ア、アズラさん俺も、飯を食いたいなー、なんて・・・」
「あら、私にメロメロなんでしょ? なら他には何もいらないわよね?」
キリッと美しいアズラがパチンと片目を瞑ってウインクした。それは、何を意味するか・・・。
答えは黙って働けだ。ディアには分かる。だって睨んでいるし。
(覚えてろよリーリエ・・・)
アズラに捕まったディアは仕事の山を片付けていくのであった。
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石の通路にひかれた青い絨毯の上をコツコツと歩いていく。
騎士の銅像の間を抜けて長い廊下を歩くのはフローラとウィリアム公爵だ。
彼らも出発のための最終確認をしている所だ。
「お前の騎士団、随分とものになったな。よく2ヵ月で仕上げたものだ」
「森羅を褒めてください父上。これでわたくしたちの戦力は2つになりましたわ」
「ああ、おかげで近衛騎士たちをこちらに回せる。騎士団統一戦を取るか、我らの派閥争いを取るか・・・。ガスパリス卿はどちらかを選ばなければならないが、わしらは両方だガハハハッ!」
ウィリアムは、今回の騎士団統一戦を次期国王と目されるタウラス第一王子による勢力拡大のための手段と見ている。
王都に呼び出した四大公爵家に自分の配下に加わるか否かを問うのだろうと。共通の敵であるアーデリ王国の脅威をチラつかせて配下になれと強要するつもりか。
四大公爵家を配下に収めればタウラス第一王子はその王位継承権の順位も相まって確実に王位を継承するのが誰の目からでも明らかだ。
だが、ウィリアムもタダで首を縦には振らない。たとえ結末が決まっていたとしても自分たちの意見をねじ込む。
そのために自分たちは駒ではないと見せつける必要があるのだ。
それが今後のベスタ公国の未来にも繋がるのだから。
ウィリアムたちの戦いは騎士団統一戦ではない。その外にある権力と金と力が入り混じったドス黒いカラグヴァナの中枢が立つべき舞台だ。
「ヒギエア家との一騎打ちですかしら?」
「ガスパリス卿は温和な奴だからな派閥争いを捨てるかも知れん。もしかすると、シアリーズ嬢が相手になるかもしれんな」
シアリーズ嬢とはケレス公国の公女様だ。
立場的にはフローラと同じであり今は戦況の悪化に伴って王都に避難している。
「シアリーズが父上と張り合えるとは思えませんわ」
「シアリーズ嬢だけならばな・・・、ただ王都に逃げていただけではあるまい。協力者を見つけているだろうな」
「貴族たちですの?」
「王族という線もある。ケレスがただの駒になっていないといいが」
王都の派閥が今どうなっているかはウィリアムも行ってみなければ分からない。
ついこの前まで自分の派閥だった貴族たちが次に会えば敵だったというのはよくあることだ。
カラグヴァナは多数の王族と四公国の四大公爵家という強大な権力を持つ存在が乱立しているため、多数の派閥があり王国から得られる権力という甘い蜜を日々奪い合っている。
カラグヴァナの中枢にのさばっているグループは次の3勢力となる。
最大派閥の第一王子派。次期国王と目されるタウラス第一王子率いる勢力。
次いで第二王子、第一王女派。打倒第一王子派を掲げて合併した第二勢力。
そして、第二王女派。その美貌と知略にて確固たる立場を得ている第三勢力。
カラグヴァナの貴族たちはそのほとんどが、この3勢力のいずれかに属しているがウィリアムはこのどれにも属していない。
ウィリアムが所属しているのは、現国王であるシュピーゲル王の派閥だ。
中枢などという国の一部ではなく王国そのものがシュピーゲル王の勢力。他の勢力はシュピーゲル王の保護下で権力争いをしているだけ。
ウィリアムはその中でも上位の立場を獲得している。
シュピーゲル王の配下であるウィリアムにとってタウラス第一王子の動きは目障り以外の何物でもないのだ。
その目障りな動きがフローラには想像できた。
「タウラス殿下ですか・・・」
「そうだ。あの青二才なら必ず何か手を打っている。四大公爵家の一つでも配下に収められてみろ、それは陛下の時代が終わることを意味するのだぞ!」
そう叫びながらウィリアムは決して許さないと心で叫ぶ。
その声を思いを聞きながらフローラは思う。
(もしそうでとしても、わたくしたちがいがみ合っている場合ではないはずですの、父上・・・)
彼女の心の声は誰にも聞かれること無く消えていく。本当の敵はもう目の前まで来ているのに自分たちの誰も敵を見ていない。
フローラはそんな不安を感じながらウィリアムに付いて行く。
長い廊下を渡り切って広い空間に二人が飛び出た。
迎えるのはベスタ公国最強の騎士団。
ウィリアム直属の5名の近衛騎士たちだ。
鋼の鎧に金色の刺繍が入った青い布を貼りつけ、兜には青い鳥の羽が一本取り付けられている。
背中には堂々たる青いマントがひらめいていた。その中にはもちろんフライスの姿もある。
その強者たちを睨み付けるように見渡して。ウィリアムは叫ぶ。
「明日は王都に出発する! お前たちを連れていくのは試合なんぞで遊ばせるためではない! カラグヴァナの剣は我らであると青二才に分からせるためだッ!」
ウィリアムはあることを企んでいた。
自分の保有する最強の騎士団をカラグヴァナの中枢に連れて行こうとしているのだ。
有力貴族や四大公爵家、そして王族が揃うパーティーに騎士という武力を見せつける。
騎士団統一戦が開かれる中、近衛騎士が揃ってパーティー会場に登場すれば皆がこう思うだろう。
ベスタはまだ戦力を隠していると。四公国最強の騎士団を有するのはベスタであると。
そして、騎士団統一戦を優勝すればそれは本当となるのだ。それは森羅がいることで約束されているも同然。
そうなればタウラス第一王子も簡単にはこちらに手を出せなくなる。
易々と配下に加われと言えなくなり釘を刺されることになるだろう。
「パーティーで浮かれている貴族共に今の世が誰の者か。もう一度、わしらが示すのだッ!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
王都での予定を打ち合わせるためウィリアムたちは会議室へと入っていく。
近衛騎士とウィリアムが立ち去っていくのをフローラはただジッと後ろから見守るだけだった。
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そして、出発の日を迎えた。
シェレグ城の中庭に馬車が並び、いつでも出られる状態だ。
セトたちのアプフェル商会の馬車も一緒に並んでいる。
王都に向かうメンバーは、騎士団代表のセト、アズラ、ランツェ、森羅の4人と。
リーベ、ルフタ、エリウの3人だ。
今回はリーベも一緒だもう寂しくなんかないぞ。
ベスタ家はウィリアムとフローラ。5名の近衛騎士と公国騎士たち多数。
以上のメンバーが王都に向かう。
セトたちが馬車に乗り込んだ。
馬に鞭が打たれ馬車が走り出す。
「いよいよだねアズ姉」
「そうね。もう向かうだけだわ」
馬車の中でセトとアズラの二人が1ヵ月後に迫った騎士団統一戦に思いを馳せる。
1ヵ月もあると思いたいが、移動期間となるためほとんど何もできないだろう。
森羅の修行も合間を縫って少しできるぐらいだ。
騎士団統一戦で発揮できる強さは、先日までの成果という訳になる。
騎士たちに通用するか不安と思っている?
いや、セトたちは騎士団統一戦を楽しみにしている。辛く苦しかった修行の成果を晴れ舞台で披露できるのだ。
勝っても負けても、それはきっとセトたちの大きな力となる。
そう思える。
馬車が町を通り過ぎていく。
臣民に盛大に見送られてまるで王様や英雄が来ているかのようだ。
手を振る臣民の中に綺麗なブラウンの髪を髪飾りで整えている少女がいた。リーリエたちだ。
「みなさーん! お気をつけてー!」
腹の底から叫んだがセトたちに届いただろうか?
馬車は通り過ぎていく。すると、返事が返ってきた。
「うん! リーリエさんたちも体に気を付けて!」
「あ! はーい!」
馬車から身を乗り出して手を振っているセトとリーベが見えた。
リーリエたちも手を大きく振り見送っていく。
騎士団統一戦優勝を願って。