第百五話 修行の成果
一撃で破壊の嵐の塊をたたき出すその剛腕。
それを象徴するかのような巨大な両手剣のバスターソード。
フライスはまさに近衛騎士に相応しい実力の持ち主だ。
だが、例えフライスがどれだけの怪力の持ち主でもセトは負けられない。
騎士団統一戦に参加するためにも。
そして、姉のアズラに自分が強くなったと認めてもらうためにも負けられないのだ。
今回の騎士団統一戦への参加切符は、まさにセトにとって朗報だった。
今までセトは生死を懸けた戦いを何度かしてきたが、そのほとんどがアズラの力に頼った結末だった。
たった一人で足止めしたファルシュとの戦いでは瀕死にまで追い詰められている。自分で解決できた結末がないということだ。
だから、セトには分かる。この参加切符はアズラからのプレゼントだ。
この模擬戦で。
アズラに守られなくても生きていけると証明するか。
守られなければ生きていけないと証明してしまうか。
自分の姉は無意識にそれを見定めようとしていると。
だから、セトはこの試練に立ち向かう。自分をずっと側で見ていた姉にもう心配しなくていいと言ってあげられるように。
両手に構えた剣を広げてセトが走り出す。小刻みに左右に体を揺らし的を絞らせない挙動を取っていく。
その走り方は1ヵ月前のセトとは別人のようだ。
戦うための動き方が自然と身に付いて走り方に出ている。
セトの戦闘スタイルはヒット&アウェイを基本としている。
常に動き回り、二刀流による手数で攻め立てるスタイル。
元々、攻撃に特化した構えで戦ってきたため自然とこのスタイルに落ち着いたのだ。
その戦い方が以前とどれだけ変わったのか。
それは、すぐに分かる。
(まずは、接近しながら中段の構え、相手の出方を見る。すごい攻撃だけど動作は遅かったから十分避けれる!)
セトは自分からあの中庭を叩き切ったバスターソードの攻撃範囲に飛び込んだ。
それを挑発と受け取ったフライスは両手剣を構えて振り上げる。足を踏み込み腕の筋肉が膨張した。
デタラメな一撃を再び生み出そうとする。
そこにセトが片手剣を叩き込んだ。
「シッ!」
相手が攻撃をする一瞬の構え。その隙を突く。
だが、フライスは体を僅かにズラして鎧で受け止めた。
そして、攻撃を受けたまま両手剣を振り下ろす。
「ふぅッんむッッ!! スーパァァァァア!! スマッシュゥゥウッ!!」
その巨体を活かしてセトの攻撃すら飲み込みながら破壊を叩き付けた。
今度は直線ではなく円状に広がる剣圧。
剛腕により生み出された剣圧が全てを押しつぶし圧壊させていく。
地面が砕け、沈み込んでいく。メコッ! ボコッ! と周囲5mほどの範囲が強大な力で押し込まれたように穴を空けた。
1mは沈み込んでいる。生身の人がまともに受ければ磨り潰されている攻撃だ。
圧壊させた地面より剣を持ち上げセトを確認しようと覗き込む。
しかし、そこにセトの姿はない。
「ぬ?」
消えたセトをフライスは探すのではなく仕掛けてくるのを待った。
自分は動作が遅い重剣士。なら素早い相手の動きに付き合う必要はない。
待っていればすぐに来るとフライスは知っている。
そして、来た。
真後ろの死角からセトが片手剣が突きを放つ。
そのデタラメな剣圧を利用してセトはフランツの真後ろに自ら吹き飛ばされたのだ。
剣圧に乗り移動するように破壊に隠れて死角を取った。
それを見ていたアプフェル商会の面々は驚きを隠せない。
「すごいである・・・。セトがあんな戦い方を」
「ええ、でもまだまだこれからよ」
ルフタは自分の目に映る光景が信じられなかった。
その目に映るのはまるで別人の動きをしているセトの姿。
近衛騎士の攻撃をかわし反撃している姿だ。
それをアズラは当然と受け取る。そうだともあれだけ修行したのだ。出来て当然だ。
「ぬぉおりゃぁああああッ!!」
死角を取られたフライスは構えていた両手剣をいきなりぶん回した。
その迎撃をセトは背をかがめて対処する。豪快で大雑把な攻撃ではセトはもう捉えられない。
片手剣をその鎧の急所目掛けて伸ばす。だが、その攻撃は空を切った。
フライスの体が何かに引っ張られるように急に横に飛んだのだ。
セトはその勢いのままその場から離脱しすぐに反転、状況を確認する。
急に横に飛んだ答えはすぐに分かった。
フライスが両手剣をぶん回し地面を叩き割るその剛腕にて、強烈な遠心力を生み出したのだ。
自分が吹っ飛んでしまうぐらいの遠心力で無理矢理攻撃を回避してみせた。
ただ単調に剣を振り回すだけじゃない。その力で応用もしてくる。
あの剣圧を用いての強制回避。剣圧を何とかしなければ絶対回避として機能するフライスの防御手段だ。
(あんな方法で死角からの攻撃を回避するのか。だからって真正面から挑むのは無謀。じゃあどうする? 考えるんだ。考えろ!)
セトは頭をフル回転させて攻略手段を考える。こちらは手数で戦うのだ。
絶対回避と一撃必殺を備える相手にどう立ち回る。
セトが使用できる手段は少ない。
二刀流による二段構えで対処しきれるのか。違う。対処しきれなければ負ける。
考えろ。
フライスはその剛腕を活かした戦い方をする。
考えろ。
その剛腕を生み出すため彼は、毎回踏ん張り腕に力を込めて力んでいる。腕の筋肉が何倍にも膨らむほどに。
(これだ!)
セトは二本の剣を下段と下段に構えた。それはセトが扱える最大の防御の構え。
剣を胸よりも下に下ろし足を広げ、腰を落とし機動力を落としてでもその防御力を高めていく。
それを見た森羅は微笑んだ。
まるでセトの成長を楽しむかのように。
「ほぉ・・・。そう対処しますか。フライスは、まぁ、叩き込みますね」
森羅はフライスの次の行動を予測する。彼の性格から小細工を講じられようと真正面から受けて立つのが容易に予想が付いた。
そして、セトの構えを見たフライスは。
「私の剛腕を受けて立つかッ!! 気に入ったぞセト君! では私も最大奥義にて応えようではないかッ!!」
森羅の予想通り、セトが防御を固めたのを見たフライスは攻撃を叩き込むため嬉しそうに近づいていく。
純粋で真っすぐなその性格は読みやすいが、それ故に変更も効かない鋼の意志。
フライスは必ず自身の持つ最大奥義でセトを攻撃する。そう宣言した。
2mはある巨漢がセトの前に立ちふさがる。そして、フライスは剣を構え我流の中で生み出した奥義を発動させた。
「スタンドアップ・コード・P.D.M.S・セットアップ・クレスト・オール・オーバーライド・アダマー・エリアコード・Dッ!!」
フライスの身を包む鎧が発動した術式により、黄色く光り輝き彼を満たしてさらなる力を授けていく。
バスターソードも同じように光に包まれその本質が強化された。
光に包まれているフライスの気配はもう人ではなく猛獣に近い。
騎士という理性を持ち、人という思考を持って、彼は怪物の力を全身に漲らせる。
(術式!? それも三導系オール! あのパワーに剣術・・・)
アズラがフライスの剣術がどこから派生した我流なのかに感づいていく。
たしか、あの騎士団は自身にではなく周囲の強化にオールを用いていたはず。フライスはそれを自分の強化に割り振ったのか。
「オオオオォォォォォォッッ!! 怪・力・招・来ッ!!」
全身の筋肉が一回りも二回りも膨れ上がった。術式にてフライスが得たのは力。
純粋なパワー。
パワーしかなかった所にさらにパワーを詰め込む。
それは小細工も何もないただの力の塊。
膨れ上がった筋肉を押さえつけきれない鎧がメキメキと金属音を響かせながら、圧倒的パワーを叩き出せるように強化されたバスターソードを両手で握り締める。
それをセトは防御の構えで迎え撃つ。
「いくぞッ!! 奥義・スーパァァァァア!! スマッッッシュゥゥウッ!!」
溜めに溜めこまれた力を一気に解放した。
振り下ろした剣が空気を圧縮、そして爆発させそれだけで衝撃波が生まれる。
戦いを見守っていたアプフェル商会のみんなにも衝撃波が襲い掛かる。
さらに、その両手剣が生み出した衝撃波を束ねていき周囲を破壊し尽くす衝撃が剣圧に飲み込まれて一つの事象へと昇華した。
それは、必ず叩き潰すという事象。
フライスを中心に爆発が起こり土が舞い散っていく。半径10m以上が爆発に飲み込まれた。
ただ剣を叩き付けるだけの攻撃が、強化され、極められ、究極にまで高められた一撃。
爆発の中、森羅は水の術式で防御しながら結末を見守る。
森羅はもう結果は分かっているが決着を付けるのは二人だ。
「さて、アズラはこの一撃をちゃんと見ていたでしょうか? 可能性とはなにも魔力だけの特権ではないのですよ」
森羅は微笑みながら結末が来るのを待つ。
爆風の被害を受けたアプフェル商会の面々も顔を上げて結末を見届けようとする。
エリウも立ち上がり驚愕の声を上げた。
「し、信じられニャい・・・、全部スーパースマッシュニャのに威力が違い過ぎるニャ・・・」
「いやエリウ、まったく違う技だったである・・・、名前が適当なのだ。だが・・・」
ルフタが目の前で広がる爆発を見つめ。
「名前など、どうでもいいほどの破壊力であるな。アズラ、一応確認するがセトの命に別状はないと信じていいのだな?」
ルフタはこの爆発を見てどちらが勝ったか確信しているようだ。
だから聞く。セトは大丈夫だなと。
「大丈夫よ。師範がいるしそれに・・・」
「それに?」
「決着は今からよ!」
ルフタの解答にアズラは否定で答えた。
爆発で舞い上がった土煙が横なぎにかき消える。
かき消したのはフライスのバスターソード、それが狙うのは自身の全身全霊の一撃を受け流し千載一遇の好機と突っ込んできたセトだ。
セトがあの一撃を。
フライスの奥義を受け流しきっていた。
片手剣は受け流した時の衝撃で折れている。全身も剣圧にさらされてズタボロになっていた。
だけど、脚はまだ動く。左腕とダガーも問題ない。
「そこぉぉおおお!!」
「くぉ! 力を使い果たした今を狙っていたか!?」
フライスはセトを弾き返そうと剣を振るうが全力を出した後の脱力状態により、剣圧による緊急回避はおろか狙いを正確につけることもできない。
バスターソードが空を切り、ダガーがフライスの兜を斬りつけた。
キンッ! とフライスが体を反らせたことでダガーが鎧に弾かれる音が鳴り響く。
「だッ、グッ・・・!」
飛び掛かった勢いのまま地面に激突してしまい、肺を圧迫され口から息が吐き出される。
遅れて激痛が襲ってきた。
もう動けない。
セトは残った全ての力で最後の反撃に出たのだ。
だけど。
「ハハハハハッ!! いい試合だったッ!」
地面に倒れたのはセトで、立っているのはフライスだ。
セトは唇を噛みしめる。
勝てなかった。
その言葉が頭を埋め尽くそうとして。
「セト君立てるか? まさか一本取られるとは思わなかったよ。私もまだまだ鍛錬が足らないなッ!!」
「・・・え? 一本?」
フライスに起こされセトは立ち上がりながら聞き返す。
一本とはどういうことと。
「ん? 自覚がないか。セト君は私の頭を斬り落としたんだよ。形だけだけどねッ! ハハハハハッ!!」
フライスは笑いながらセトの勝利を祝福する。
そして、結末を見届けた森羅が。
「そこまでッ! 先の攻撃を有効打と判断しセトの勝利とする!」
セトの勝利を宣言した。
ズタボロで勝ったのに相手に支えてもらっているけど、セトが勝った。
森羅の勝利宣言を聞いてセトもようやく勝ったのだと自覚していく。
「やったー! セトが勝ったー!」
セトの勝利にリーベが飛んで喜ぶ。
アズラとルフタも一安心だ。
森羅がセトの前に立ち正式にあの参加を告げる。
「おめでとうセト君。あなたのベスタ公国騎士団代表入りを認めます。王都に着くまで修行は延長ですよ?」
「へへ・・・、分かりました!」
セトは苦笑いしながらも自信に満ちた返事を返した。
この勝利はセトにとって大きな勝利だ。
それはセトに自信を与えさらなる強さへと導いていく。
セトの変化に森羅は満足しながらここにベスタ公国騎士団代表を発表した。
「ではこれをもって、アズラ、ランツェ、セトが騎士団代表に決定です」
「あれ? 師範、騎士団メンバーは4人ではないんですか?」
セトが4人ではと尋ねる。確かに4人だった。では後一人は。
「ああ、最後の一人は私です。よろしくお願いしますね」
こ、心強い。
この上なく心強い。
もうあんた一人でいいんじゃないか。