第十話 守るためにどうするか
もう日が暮れる、今日も門兵は門を閉め町の安全を守る、それが仕事だ。
神託により命じられた仕事、町の大人はみんな神託より命じられた仕事をしている。
彼もそうだ。今日もいつも通りに門を閉めようとした時、遠くに人影が見えた。
町がもう眠りの準備に入ろうとしていた時、東の森に調査に出ていた者たちが戻ってきた。
門兵は、戻ってきた彼らに迎え労いの言葉を掛けようとしたが、労いの言葉は頭から抜け落ちてしまった。
全員が傷だらけで、剣も鎧も砕けていた。みな疲労困憊で命からがら逃げてきたと、すぐに門兵は気づいた。
すぐに手当てと休息を取らせようとするが、調査から戻ってきた風の団、団長バティルはそれを断る。
「今すぐ領主に、ロレンツォ卿に取り次いでくれ、東の森での騒動の元凶を突き止めたと」
団長バティルのこの一言で、事態の大きさが門兵にも分かった。
「ほかの調査隊は? かなりの人数が向かっていたはずだ」
門兵の疑問に団長バティルは首を横に振り、結末を伝える。
最悪の事態になったと門兵は理解し、領主に伝えに行く。
事態を知った町はすぐに門を固く閉ざし、警備が厳重になり、一夜にして町全体が要塞のようにその姿を変えた。
セトは、領主に用意してもらった客室で横になっていた。現在、みんなして領主の館で手当てを受けている。
団長バティルと副長カイムは領主への報告が終わるまで後回しにしているようだ。
セトの初仕事は最悪の事態を報告することとなった。仕事を失敗したわけではない。最も起きてほしくなかった魔獣による今回の騒動が確認された。しかも、特別指定個体クラス以上の可能性がある魔獣によって。その報告を行ったのだ。領主や仕事を出したジグラットはその対応に追われているだろう。大量の死者を出した領主はその責任も追及されることになる。東の森調査への先発隊、ざっと40人もの傭兵や軍人が全滅したのだ。黒い巨人の存在を予想するのは、無理があるとしてもそれでもこの被害は大きすぎた。元々、セトたちの仕事は、全滅した先発隊と護衛の風の団に守られて比較的安全に終える予定であった。だが、先発隊の全滅でその予想は崩れ、護衛が相手をするべき魔獣が、黒い巨人がセトたちに襲い掛かった。幸い風の団が退けたが、セトたちも死んでいたかもしれない。
領主からのもてなしは、その謝罪も含まれている。
セトはそのような事情などに気づきもせず寛いでいる。さすがは領主の館というべきか、一人一部屋を与えられ休息を取っていた。領主の趣味なのか、貴族のイメージでよくある家具や壁まで金ピカな装飾ではなく、どちらかと言うと落ち着いた雰囲気の家具がそろっていた。
自身の権力を見せ付けるのではなく客人をもてなすための装飾。白を基調に黒のアクセントを加えた装飾で統一されて家具が置いてある。セトは意外と領主はいい趣味をしていると感じていた。庶民的な趣味を持っていると、思わせることが計算されていたならさぞかし恐ろしい領主である。
セトは部屋を出てアズラたちのいる部屋に向かうことにした。一人で暇なのもあるが、赤毛の少女リーベのことが気になる。あれから記憶は戻ったのか聞きたいことはたくさんあった。
セトは、部屋をメイドに任せてアズラたちの部屋に向かった。
館は広い。
この廊下だけで50mはあるだろう。部屋も10部屋もある。
もう夜なのでメイドが見回りをしており、セトはすれ違うたびに思わず挨拶してしまう。客人なので気にしなくてもいいのだが、領主の館で働いているというだけでセトには身分の高い人に思えた。メイドたちは、そんなセトを見てクスリと笑う。セトは何か失礼をしたかなと焦ってしまう。礼儀作法をもっとちゃんとやっとくべきだったと後悔し、そんなこんなでアズラのいる部屋に着いた。リーベは一人になるのを嫌がって今はアズラと一緒にいる。ならアズラの部屋にいるだろう。
コンッコンッとノックをした。
「どうぞ」
アズラから返事が返ってきた。セトは扉を開け部屋に入っていく。
部屋の中はもう明かりが消されており、月明かりを頼りに部屋を見渡す。
アズラはベッドに腰掛けていた。
「アズ姉、僕だけど」
「あら、セトどうしたの?」
「リーちゃん具合どうかなって」
「今は寝てるわ。ずっと逃げ回っていたから疲れてたのね。・・・もの凄く怖かったんだと思う。バティルさんたちが来るまでずっと一人だったみたいだから」
ベッドでリーベが寝息を立てている。今は安心しているのだろうか、寝顔に不安な表情は感じ取れない。
アズラはリーベの手を握ってあげていた。少しでも不安を和らげようとしている。
リーベはもう離さないでと強く握り返していた。
「あの巨人、どうしてリーちゃんを追いかけていたんだろう」
「分からない。だけど何か目的があったんじゃないかな」
「目的?」
「黒い巨人には、一貫してこの子を捕まえるという目的を持っていたように見えたわ。殺そうとするんじゃなくて捕まえることに意味があるみたいな」
「魔獣がどうしてそんなこと」
「そこが分かればいいんだけど」
「あいつまた来るかな?」
「来たとしても追い払うだけよ」
アズラの直感が、黒い巨人はまた来ると告げていた。あれで諦めるとは思えない。町にいる間は大丈夫だろうが外に出れば必ず来るだろう。セトは新しい不安を抱えて自分の部屋に戻る。ここからは、バティルたちに任せるしかないのか、自分にできることはないのかと悩みながら眠りに落ちていった。
セトとアズラがリーベの心配をしていたころ。
バティルとカイムは、ラガシュ領主 ロレンツォ・デカダンス・ヴァラとリーベの保護及び黒い巨人の対策について話し合っていた。部屋の奥で一人椅子に座っているのがロレンツォ卿。この町、ラガシュの領主だ。彼の前にバティルとカイムが腰をかけていた。ロレンツォ卿は、黒髪と黒いヒゲを整え渋い紅色のスーツを着こなしている。毎日のように着ているのだろう、着飾っているのではなく彼がスーツを高貴なものにしていた。スーツを優雅に動かし手を組むと顔を少し前に乗り出した。
大事な話をするそう伝える姿勢を取り、口を開く。
「やはり魔獣の狙いは彼女だと?」
「はい、ロレンツォ卿。黒い巨人が町に接近するのは時間の問題かと思われます」
「早いとこ討伐隊を組織して欲しい。俺たちも協力は惜しまないつもりだ」
「それはありがたい。が、少々別の問題も絡んできていてね。我々はすぐに動けそうも無い」
「何故だ。ヤツの狙いが分かっている以上、ここに来るのは明白だろうが!」
ロレンツォ卿からの解答に納得のいかないバティルは声を荒げる。
彼も町の安全のため動きたいのはやまやまだが、別の思惑が邪魔をしていた。
「ジグラットですか?」
「察しがいいな。その通りだ。」
「どういうことだ? 連中がなんで首を突っ込んでくる?」
「その巨人とやらか少女かは分からないが、彼らの教義に影響を与える存在なのだろう。少女はジグラットで保護、巨人は自分たちだけで討伐すると申し出てきたよ」
「祈るだけの素人が何を」
「殲滅神官を派遣するそうだ」
「あの戦闘集団をか」
「彼らを派遣するということは、ジグラットも本気ということだろう。ここはジグラットに任せて、私たちは町の防備を固めようと思うがどうだろうか?」
「ロレンツォ卿の意見に賛成です。団長もよろしいですか」
「ああ、わかったよ。あと、領主様よ、一つ確認だがいいか?」
「何かね」
「万が一の場合は、ジグラットのことは無視していいか」
「もちろんだとも。優先すべきは少女を守りきること、そして町の安全なのだから」
「フッ、あんたが話の分かるヤツで助かったよ」
「これも領主の務めだよ」
ロレンツォ卿は、柔軟な思考の持ち主だ。
ツァラトゥストラ教の教えが優先されるこの帝国で、町に不利益が生じると分かれば確実にジグラットの申し出を断る度胸を持っている。ジグラットに逆らうと自身の権限が剥奪される可能性もあるのにだ。そんな彼だからこそ、ジグラットもラガシュに対して口出しが出来ずにいるのだから、領主としての手腕は見事なものといわざるを得ない。バティルたちは報告を終え、新たな依頼の準備に取り掛かる。
休めるのは今日の内だろう。
明日から防衛隊の準備を行わなくてはならないのだから。
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ラガシュは次の日の朝を迎えた。日が昇り町の住民が仕事の準備に取り掛かる。
仕事をしている者たちの朝は早い。準備やらなにやらで忙しいからだ。
それなのに、まだ寝ている者がいる。
昨日は命がけの初仕事で疲れたのかもしれないが、それでも一日は始まるのだ。
ねぼすけのセトの頭を小突く。
セトはもぞもぞと布団の中にもぐっていく。
負けじとさらに突っつくも、セトはうーんと寝言を口にするだけだ。
まいった起きない。どうしたら起きるのか。
声を掛けるのはちょっと怖い。布団を奪い取るかと布団をひっぺはがしていく。
ついにセトの目が開いた、寝ぼけ眼で文句を言い始める。
「うーん・・・、アズ姉もう少し寝かせてよ。寝てもバチは当たらないよ」
「アズ姉さんが、起こせっていったよ」
「あ、そうなんだ。アズ姉が・・・、 !? え?」
「セト、おはよう」
セトが目を覚ます。目の前にアズ姉ではなくリーベがいた。
起きたかどうか確かめようとセトを覗き込んでいる。
恥ずかしいのかモジモジとしながら挨拶をする。
「リ、リ、リーちゃん、何で僕の部屋に?」
「アズ姉さんのお手伝い」
「わー! ゴ、ゴメン、ズボンはいてない」
「ごはんできてるよ、みんな待ってる」
「う、うん、すぐ行くって伝えといて」
「わかった」
リーベは伝えることを伝えるとすぐに部屋を出て行ってしまった。
情けない寝姿を見られたとセトは肩を落とす。
パンツも見られた。年頃のセトにはかなりショックなイベントが朝から発生だ。
もう少しイベントが発生しそうな予感がするとセトは予言めいた確信を得る。
気を引き締めなければ。
セトは身支度を整え、食事を取りに部屋に急ぐ。
部屋では、みなが待っていた。慌てて席に着くと、全員勢ぞろいで食事が開始された。
全員を集めたということは、何か伝えることがあるのだろうとセトやほかのみなも思ってか、少し緊張が感じられる。しばらくすると領主のロレンツォ卿が部屋に入ってきた。セトはジグラットで習った礼儀作法を必死に思い出す。アズラやセレネは問題なくこなしている。風の団のみんなも、あのハンサですら上品な貴族の食事作法を披露していた。
「遅れて申し訳ない。私が、このラガシュの領主ロレンツォ・デカダンス・ヴァラだ。さあ、食事を続けてくれたまえ」
セトは、もう見よう見まねで乗り切ろうと目の前に座るジズの真似を始めた。ジズはセトが自分の真似をしだしたことを怪訝な表情で見ていたが、すぐに礼儀作法が分からないことに気が付いた。こいつジグラットで何を学んだんだと、呆れつつもセトが真似しやすいようにゆっくりと食事を続ける。なんとかバレずに済みそうだとセトはジズに感謝していたが、アズラにはしっかりとバレていた。
これは、後でお叱りを受けるだろう。
セトが礼儀作法に苦しんでいる中、リーベはそんなものは知らないと口いっぱいに料理を放り込んでいく、まだ朝ごはんだというのにすごい食欲だ。汚れた口をメイドさんにきれいに拭いていたもらう。子供だからこそ許される特権をリーベは遺憾なく発揮していく。セトがやったらメイドさんに軽蔑の眼差しを向けられるだろう。
こっちもいろいろとお勉強が必要のようだ。
ロレンツォ卿はみんなが一息ついたところで本題をいきなりぶつけてきた。
上辺だけの挨拶や決まりごとのようなほめ言葉など必要ないと核心を語っていく。
「さて、君達に集まってもらったのは他でもない、リーベ君の今後についてだ」
全員の食事の手が止まる。視線がロレンツォ卿に集まり全員が聞く姿勢になってから続きを語る。
「リーベ君の保護及び彼女を襲った例の巨人の対応をジグラットに預ける事となった。君達には、この私、ロレンツォよりラガシュの防衛を新たに依頼したいと考えている。一度、巨人と戦い生還した君達なら問題ないはずだ。報酬もそれなりの額を用意しよう」
「具体的には何をするのでしょうか?」
「後に組織される自警隊に参加し、巨人の町への侵入を阻止してもらいたい。自警隊の組織は風の団のバティル殿に一任している。詳しくは彼から聞くといいだろう」
「町の防衛つっても、やることはそれほど変わらねぇ。ヤツを倒せば勝ちだ。逆に町に入られ嬢ちゃんを連れさらわれたら負けってことだ」
「ジグラットが巨人を倒してくれた場合はどうなるんですか?」
セトの問いに、バティルがそれはないという顔をする。ジグラットの神官たちの実力はどれほどかは分からないが、バティルは信用はしてないようだ。
「その場合でも、契約金の半額は出そう。命を懸けてもらうのだ、どのような結果であれ相応の礼はさせてもらう」
セトは純粋に疑問を聞いただけなのだが、なんかお金の心配をした感じになり恥ずかしくなってきてしまった。一言、ありがとうございますと告げると身を縮こまらせてしまう。
「わたしは、自警隊に参加します。リーちゃんをこのままにはしておけませんから」
「ぼ、ぼくも参加します。役に立てるかは分からないけど何もしないよりいいです」
「僕も参加します」
アズラとセレネの参加表明にセトも続く、どういう形であれ守りたいのは変わらないのだから。セトたちは、自警隊に参加することとなり、今後の予定を聞いていく。ラガシュの防衛開始はジグラットの巨人討伐開始に合わせて行う。黒い巨人が攻めてこなければ、2、3日の猶予はあるだろう。ロレンツォ卿は、帝国軍にも掛け合うつもりのようだ。軍は帝国直属の組織であり、一介の領主であるロレンツォ卿では、動かすことは出来ない。動いたとしても町に被害が出てからだろう。
帝国軍はあくまで帝国にとって重要な拠点、人物を守ることしかしない。町の防衛などは各領主お抱えの騎士や傭兵に任せている状態だ。すべての町を守ろうとしないのは、それだけ帝国が肥大化し軍の手が行き届いていないからでもあるが。無理に軍を拡大し帝国内のパワーバランスを崩すのは、将来の帝国の弱体化を意味する。そう考える貴族や騎士たちにより、軍は数を拡大せず質の向上に力を入れることとなった経緯があった。
その経緯を考慮しても、ミズラフ地方最大の町であるラガシュを守らないのは、政治的意図を感じざるを得ない事態だ。理由として考えられるとしたら、領主のジグラットへの対応などだろう。対応一つで町を守る手段を一つ奪うのだ、帝国の支配者たちは町の人など見てはいない。
だからこそ、自警隊の存在に意味があるのだ。
セトたちは、しばらくこの館を拠点に、過ごすこととなった。
ジグラットの討伐隊が動くまでまだ時間がある。リーベもしばらく自由が許された。
なら、今のうちにリーベを楽しませようとセトとアズラは考えていく。
セレネも誘って市場に行くのもいいだろう。
この先どうなるか分からないが、今どうしたいかは決めることが出来る。
怖い思い出をいい思い出で覆ってあげたい、セトとアズラの考えは同じだ。
物語も後半戦の状態まできました