第百四話 最後の仕上げ
アズラたちが修行を開始してはや2ヶ月。
セトとランツェは途中参加なので1ヶ月だが彼らの修行も最終段階に入っていた。
中庭で森羅を相手に立ち向かっているのはセトだ。
剣を交差させ日頃の稽古の成果を存分に発揮している。
鳴り響くのは真剣を用いた打ち合いの音だ。
「ヤァッ!」
「まだ踏み込みが甘いですよ」
森羅に剣を振るうが軽くかわされている。セトは本気で挑んでいるのだがアズラと同じく全く当たらない。
右手に片手剣を持ち、左手にダガーを添えた構えで何度も懲りずに剣を振るう。
二刀流の構え。
セトが目指した構えがこの修行でついにものになったのだ。
片手剣を主軸に小回りの利くダガーによる連携攻撃。
セトはこの1ヶ月ひたすら二刀流の構えの特訓を行った。
もちろん、いきなり二刀流からという訳にはいかなかった。セトは剣の基本となる3つの構えを上段の構えしか習得していなかったのだから。
まずは、基本を学び直す所からスタートした。
下段の構え、防御に適した構えであるため敵の剣術を凌ぐのに用いられる。
中段の構え、攻撃、防御双方に対処でき、他の構えにも移りやすい中間的な要素を含んでいる。
上段の構え、攻撃に特化した構えであり、最速の剣速を生み出せる。
この3つの構えを完璧に習得しなければ修行も開始できない状態だ。
だが、セトは3つの構えを完璧に習得したのだ。
修行開始から一週間でガムシャラに森羅の修行に食らいついてその剣術の下地を固めた。
「ッー!」
「相手の動きを予測しなさい!」
剣をかわし反撃の一撃をセトにお見舞いする。セトは剣を振り下ろした直後にねじ込まれた攻撃をもう片方の剣で受け止めた。
小回りが利くダガーを加えた二刀流だからこそ、剣を振った直後の腕の内側から刺し込まれる攻撃にも対処できる。
そして、二刀流だからこそ片手剣を持つ右手を常に中段の構えに。
ダガーを持つ左手を常に下段の構えにすることでセトは同時に二つの構えを扱えた。
二刀流だからできるこの二段構え。下段、中段の二段構えで防御に特化した剣術に仕上がっていた。
格上の森羅と戦っても対処できる構えだ。
セトの剣術はこの構えの重ね掛けに重点が置かれている。突飛した実力も技もないなら基本を積みげていくしかない。
しかし、今回は時間が足りない。
そこで、森羅はセトが二刀流を習得したいと考えていたことを利用し、構えを重ねて技を重ねて剣術の底上げを狙ったのだ。
最初は基本となる3つの構えの習得。次に、二刀流での二種類の構えを同時にこなす訓練。最後に習得した二刀流での模擬戦。
この修行の流れを徹底して進めていった結果。セトの剣術は形になった。
「ぐっッ!」
「そこまで! セト君、まだ私の攻撃をあえて受けに行ってしまう癖が抜けていませんね。午後に回避を重点とした模擬戦を行いますから準備をしておくように」
「はい、師範」
形になったといっても二刀流が扱えるようになっただけで、まだまだ騎士たちと戦えるような強さになってはいない。
統一戦に参加する騎士は全員が確実に上位騎士なのだ。
今のままでは勝てない。それどころか統一戦のメンバーに入れないかもしれない。
セトは焦りを感じていた。焦りを感じても体は全くついていかない。強くなってくれないのだ。
それが余計に焦りを膨らませるのだがセト自身にはどうしようもないことだった。
「では、次ランツェ。準備してください」
「了解した」
セトと模擬戦をしたばかりなのに、もうランツェとの模擬戦を開始するようだ。
師範はデタラメに強い。アズ姉も敵わないぐらいに強い。
そして。
「では始め!」
アズラの声と共に二人が接敵する。ランツェが槍を真正面に構え自身すら槍の一部に見立てて突貫した。
それを森羅はヒラリとかわす。槍の先をその一本分だけ横にそれてかわし、ランツェの突貫を体を回転させることで攻撃そのものを無力化する。
完璧にかわされたランツェはすぐに構えを解いた。一本の槍がいきなり一人の戦士へと姿を変える。
槍の矛先が最小限の軌道を描いて森羅を捉え直す。
回避したばかりの森羅を槍の攻撃範囲から逃さない。
そして、捉えた瞬間に強烈な槍の乱れ突きをお見舞いした。
攻撃としては点による貫通力に優れる槍の一撃をその手数で面へと押し上げていく攻撃。
森羅に回避などさせないとランツェが仕留めにかかる。
だが、森羅はランツェの予想を上回るかわし方をした。
回避したというより反撃に転じた。こちらの槍を掴みランツェが槍を引き戻す勢いに任せて懐に飛び込んできたのだ。
「ぬッ!?」
「まだ一本取られる訳にはいきませんからね」
森羅の手刀がランツェの首を捉え様と迫るが、ランツェはすぐに森羅に握られた槍を起点にまるで鉄棒でもするかのように回避してみせた。
槍を両手で握り締め真横に体を振ったのだ。その振った勢いのままランツェは一回転し握られていた槍を強引に引き剥がした。
「見事ですね。槍術に関してはもう教えを乞う側になってしまいました」
ランツェは強くなった。それも劇的に。
セトが焦りを覚えるほどに。
元々、傭兵で槍術に長けていたランツェにはそのまま槍術の鍛錬を行ったのだが、森羅やアズラという強い模擬戦相手がいたおかげかメキメキと腕を上げたのだ。
その槍術はもう機械的に槍を突くだけではない。槍を起点に全てがある武術。
ランツェはもう槍を振るう戦士ではない。槍そのものなのだ。
再び構えなおし対峙する両者。
セトより遥か先にの戦いをする者たちがセトの目の前でその研ぎ澄まされた技を繰り広げていった。
----------
今日の修行が終わりセトはシェレグ城の一室に用意されたベッドに倒れ込む。
「だぁー・・・、疲れたぁ」
一日中、剣を振るえば疲れて当然だ。
手の平にはマメができそれが潰れて、また新しいマメが出来ていた。
剣の握り過ぎで皮が剥がれてしまっている。いつもならアズラが癒呪術式で治してくれるのだが、剣を一日中振るうことに慣れるためにも治すのは禁止されていた。
キレイな手の平のままではなく、擦り切れボロボロになるまで剣を振るって剣に馴染む手の平に成れとのことだが、今は痛いだけだ。
「包帯巻いとかないと」
セトは用意された包帯を自分で巻いていく。
修行中は体に傷を刻むのも鍛錬の意味を成す。傷の痛みを記憶した肉体はより強く逞しく生まれ変わる。
セトの今感じている痛みはその生まれ変わる途中に感じる痛みだ。
「あと3日か・・・、勝てるのかな?」
セトは誰もいない部屋で呟く。3日後に修行の最終試験となる近衛騎士との模擬戦が迫っていた。
ウィリアム公爵を護衛するベスタ公国最強の騎士たちの一人と戦うのだ。
ルールでは一本取れれば合格らしいが戦うなら勝ちたいと思うのが普通だ。
その普通のことを思ってしまうと、また焦りが沸々と湧き上がってくる。
自分はアプフェル商会の中で一番弱いんじゃないか。才能がないのではないかと考えてしまっていた。
バッ! と体を起こし頭を振るうセト。
嫌な考えを振り落とし気持ちを切り替える。
「弱気になっちゃダメだ。やってみないと分からないじゃないか」
セトは自分で自分を鼓舞する。どうあがいても後3日で全てが決まるのだ。
なら、やりきるしか道はないじゃないか。
覚悟を決めて弱音なんて吐かないと意思を強く持とうとしていく。
そう思いながらセトは深い眠りについていくのだった。
そんな日々を過ごしてあっという間に当日が来てしまった。
結局、森羅から一本も取れていない。剣術も完璧になっていないと不安しかないが、もう本番の日が来てしまった。
後悔しても仕方ないとセトは構えを入念にチェックしていく。
二刀流による構えの重ね掛けを何度も繰り返し、相手と戦っているイメージを繰り返す。
こうしていることで、セトは極度の緊張から逃れることができたのだ。
自然にいつものように戦う自分を維持できる。
イメージトレーニングを繰り返していると。
「セト来たわよ」
対戦相手が来たとアズラが声を掛ける。
セトは目を開け、イメージの相手から現実の相手をその目に捉えた。
その騎士は、まさに理想的な騎士というべき姿、雰囲気をしていた。
近衛騎士だというのに専用の鎧を着ずに中級騎士と同じ鎧を身に着けている。
鋼の鎧に青い布を貼りつけたその鮮やかな青の騎士はベスタ公国の騎士と一目で分かる姿だ。
甲冑も深々と被り顔は完全に見えない。自身を完全な一つの駒として振る舞っているかのようだ。
その騎士がセトたちの前に立ち力強く敬礼する。
でかい大男だ。2m近くはあるか。
セトがゴクリと息をのむ。
「近衛騎士のフライス・ゲドゥルナ・トゥーゲンデンッ、参上ッッ!!」
「・・・・・・・・・・・ハッ、よ、よろしくお願いします」
あぶない。相手の気迫に押されてセトの思考が停止した。
ついでにアズラもポカンとしている。
そんな二人を放っておいて森羅が話を進める。
「よく来てくれましたフライス。護衛で忙しいのに無理を言ってしまい申し訳ありません」
「何を言われますか師範!! あなたの頼みならベスタの騎士は誰も断りません。むしろ感謝致します! 師範の教え子と戦えるなどそうそうありませんのでッ!!」
「そう言ってもらえると助かります。そういえば、近衛騎士専用の鎧はどうしたのですか? 着用は義務付けられているはずですが・・・」
「・・・」
聞かれたフライスは少し恥ずかしそうに黙って、観念したように答えた。
「実は、この日が楽しみ過ぎまして訓練で壊してしまったのですッ!」
「そ、そうですか、それは仕方ないですね」
森羅もちょっと苦笑い。
近衛騎士フライスは、近衛騎士団の中でもかなり真面目な奴だ。それはもう真面目な奴なのだ。
素振りをしていろと言われれば一日中やり続け、ぶっ倒れるまでやり続ける。
そして、目が覚めると命令違反をしてしまったと落ち込んでしまうほど真面目な騎士なのだ。
バカではない。真面目なのだ。
その純粋に真面目な性格が剣術の鍛錬と見事にマッチし近衛騎士へと上り詰めた実力者。
森羅の鍛え上げた騎士の一人だ。
「君がセト君か。模擬戦とは言えお互いに全力を尽くそうではないかッ!」
フランツが挨拶をし握手をしようと右手を前に出した。
セトも釣られて手を前に出し握手をすると。
「ッ!? イタ、痛タタタ・・・」
「では、よろしく頼むッ!!」
豪快に握り締められた。
力加減なんて考えていないのか。これぐらい平気だろうと思われたのか。
どっちにしてもパワフルだ。
「それでは、二人とも準備をお願いします」
「はい」
「了解だ師範!」
二人が準備をする最中。
アプフェル商会のみんながセトの応援にと集まって来ていた。
ルフタにエリウ。ランツェとディアも。リーリエは本店の用事が済んでから来るようだ。
ランツェの部下である護衛担当の面々も到着した。
剣士一人に、弓兵一人、そして術式使いが一人。ランツェも合わせて4名の護衛たちだ。
結成時は7人だったが自分たちの力不足で4人になった。だからと彼らも修行に参加したがっていたがそれはまた次の機会だ。
そして、当然リーベも到着だ。
「セトがんばれー!」
まだ、始まっていないのに声援を送っちゃうリーベ。
そんないつものリーベを見てセトはいつも通りに微笑む。
(そうだ緊張することはない。相手は楽しみにしていたと言っていたんだ。僕も楽しむぐらいじゃなきゃ!)
セトは気持ちを落ち着けて深呼吸をする。
いつも通り練習の通りにすれば大丈夫。
精神を研ぎ澄ます。
「よし!」
セトが中庭の中央に立った。
待っていたように近衛騎士フライスも中央に出てくる。
審判役を務める森羅が両者の間に立ち。
「それでは準備はよろしいですか?」
「はい!」
「無論ッ!!」
シェレグ城全体を包み込むように緊張感が漂っていく。
フローラも城の窓から二人の戦いを見ようと顔を出した。
まだ、始まっていない。両者が剣を構えて睨み合う。
近衛騎士フライスは両手剣のバスターソードだ。両手による圧倒的破壊力。斬るのではなく叩き潰す剣。
対するセトは二刀流だ。修行中ずっと練習に励んでいたがどれほどになったのか。
森羅がスッと目を開けた。
そして。
「では、始めッ!」
勝負が開始された。
「どぉおりゃやあああああッッ!!」
開始と同時にフライスが地面にバスターソードを叩き付けた。轟音と共に地面が割れ純粋な破壊力が衝撃波すら発生させる。
ズドォ! といきなり縦一直線に剣圧という名の衝撃波がセトごと飲み込んでしまった。
圧倒的な破壊が地面を抉り、中庭の中央から城の壁まで吹き飛んでしまう衝撃波が放たれたのだ。
100mはあろうかという距離が一直線に破壊され城の城壁にヒビが入る。
「キャッ!」
「無茶苦茶な、あれで近衛騎士ですかね!」
城が揺れ転びそうになるフローラをマルクが支える。
デタラメな破壊力、それを腕力のみで成し得るそれは、剛腕フライス流剣術。
つまりは我流だ。
我流でここまで剣術を破壊力に特化させたのだ。それはもう我流ではない。立派な剣術の一角となる。
「アズラ! 対戦相手の人選を間違えたのではないか!? これではセトが勝つどころかッ」
「勝つわ」
ルフタがフライスのデタラメな剣圧を目の当たりにして、これでは勝てないと叫ぶが。
アズラは勝つと言い返す。
そうだ、これに勝たなければ騎士団統一戦で通用しない。
勝って貰わなければいけないのだ。
「絶対に勝つ!」
アズラはセトを信じて戦いを見守る。
砂煙が舞う中、フライスが剣を構え直し叫んだ。
「見事だセト君! さすがは師範の教え子だ。冷静に私のスーパースマッシュを受け流すとは・・・、できるッ!!」
フライスの叫びを聞き、ルフタたちもセトのいた場所を注視した。
砂煙が風で流され視界が開ける。
そこには、二本の剣であのデタラメな剣圧を受け流したセトが立っていた。
しっかりと己の足で立ち二刀流の構えを取りセトはフライスに向かって走る。
次はセトの番だ。
セトの装備している剣ですが、片手剣と表現していたものをダガー、または短剣に変更しました。
こちらのほうが正しい設定となります。