第百二話 戦火の影が見え始め
魔力に関する勉強もそろそろ最後の段階。
アズラの術式に対する理解もかなり深まり模擬戦での成果も出始めている。
森羅はアズラの戦闘力アップから敵に関する対策へと修行の主軸を移していこうとしていた。
対策を必要とする相手とは。
そう、今回は騎士に対する戦い方だ。
騎士とは、いわば階級であり国のために戦う者たちの総称。
騎士の階級を得た者は体を鍛え、技を磨き、そして、国のために戦う。
その高い忠誠心と戦闘力を持って騎士として完成するのだ。
では、そんな騎士とどう戦うべきか。
騎士は剣術に長けている者が多い。代々受け継がれ研鑽を重ねた独自の流派を持つ騎士もいる。
剣で挑むにはそれ相応の覚悟と強さがいるだろう。
なら術式はどうか? 術式も習得している者がほとんどだろう。あらゆる状況に対処するため剣以外の技術も当然身に着けている。
つまり、騎士には勝てないのか。
いや、そんなことはない。騎士の弱点は騎士であることだと言える。
騎士として完璧に完成した者を何かに例えるなら、戦闘マシーンだろう。
騎士とは国のために戦う存在であり集団にて絶対脅威となる者たち。
ようはシステムなのだ。
指揮官、騎馬隊、歩兵、弓兵と騎士一人一人は全体のシステムを作り上げるために一つのことに特化した駒となっている。
要らない物を全て削ぎ落とし完成した戦闘マシーンとなるのだ。
よって、システムそのものに付け入る隙がある。
フローラの部屋で森羅は語っていく。
騎士と戦うための手段を。
「騎士はその思想や戦闘技術も集団戦を想定したものとなっています。一対一の戦いなど戦場ではまずあり得ないことです。試合や稽古で一対一の戦いをすることはあっても本来の力を発揮しているとは到底いえないでしょう。つまり、単体戦に特化した戦術を用意すればいいということですね」
森羅は騎士の特徴を逆手に取った戦術を提案する。
対騎士に特化した戦術、確かに騎士が苦手とする戦術なら騎士団統一戦で大いに役立つはずだ。
「具体的にどういった戦術になるのですか?」
「基本として、アズラは術式と魔装の二つをメインに戦ってもらうことになります。二つの力で勝利に繋がる可能性を積み上げるのです。魔力とは可能性の観測と教えましたね。そして、魔装は可能性を生み出すと」
コクリとアズラは頷く。
魔力による可能性の観測、それがこの戦術のキーとなると。
「つまり、魔装により敵脅威矮小化の可能性を生み、術式にて現実にする。これを徹底して行うのです」
ようするに、魔装の因果律への干渉能力を用いて自分に有利な可能性を大量に生み出し、確実に勝利へと繋がる状況を生み出す戦いだ。
様々な可能性が折り重なる集団戦では、自分に有利になる可能性でも引き当てるのは難しい。
同じ有利になる可能性でも、次に紐づく可能性が良いとは限らなくなるからだ。それが自分に影響を与える人数分だけ何百にも何千にも分岐している。
対して、一対一の戦いならあらゆる可能性は対峙する二人に関することに集約される。
自分に有利な可能性も引き当てやすいということだ。
「余程の実力差がない限りは、これでかなりいい線を行けるはずです。可能性を取りこぼさないようにするのがポイントですね」
「可能性というのは、狙って得られるものなのですか?」
アズラが疑問に思ったことを確認した。
確かに可能性を取れれば勝てると言われても、可能性って手で触れれる物なの? と思うのが普通だ。
だが、その曖昧な可能性とやらをこの世界に固定し再現してしまうのが術式なのだ。
そして、アズラの魔装なら可能性を選ぶことも出来るはず。
そのことにまだ彼女が気付いていないだけ。
「可能性は認識しなければ、いくら術式でもこの世に再現はできません。いいですか、可能性は必ず、意味ある何かで現れているはずです」
大事なことだと森羅が丁寧に解説していく。
可能性はあくまでも可能性であり、必ず勝利へと導いてくれる目印ではない。
例えば、騎士の鎧に強烈な一撃が叩き込まれたとしよう。
攻撃を受けた鎧は、その攻撃という原因により。
鎧に傷がつく可能性。
鎧にヒビが入る可能性。
鎧を砕ける可能性。
といくつもの可能性を内包することになる。
そんな一つの事象から発生したあらゆる可能性の内、一つだけ選んで勝利へと繋げるカギとしなければならない。
その選び取る手段が魔装であり、実現するのが術式だ。
先の例なら選び取る可能性は、鎧を砕ける可能性。この可能性により鎧は一撃で砕けてしまう可能性を内包してしまう。
これを魔力が観測し術式で再現すれば鎧を一撃で破壊できるという訳だ。
魔装だけでもダメ、術式だけでもダメ。
二つ揃ってこの戦術は成り立つ。
そんな森羅の解説を聞きアズラの疑問は増えていく。
「師範、その話だと可能性を観測して再現できる術式が必要だと思うんですけど、それをこれから習うのかしら?」
「はは、何を言ってますかアズラ。あなたがいつも使っているじゃないですか」
「?」
森羅はいつも使っていると教えてくれるが、アズラは首を傾げて考え込む。
いつも使っていると言われても思いつかない。
そんなアズラを見て森羅はすぐに答えを教えてくれた。
「おや? 気付きませんか。術式の基本コードである、”スタンドアップ・コード・P.D.M.S”、これが可能性を観測する術式ですよ」
「え! そうなんですか」
「はい」
ニコッと微笑みながら森羅は知っているようで知らなかったコードの役割を教える。
何度も言うが、魔力は現象を観測している。
ならば、術式のコードには必ず現象を観測しろと命令が入っているのが当然。
このコードが重要なのだ。
「じゃあ、基本コードと観測したい可能性を結び付ければいいのですか?」
「そういうことです。では少しやってみますか」
二人は早速模擬戦で確かめようと中庭に向かう。最近のアズラは新しい事を学ぶのが楽しくてしかたないといった感じだ。
知れば知るほど術式の面白しろさが広がっていく。
こんなに術式に詳しい、師範はどこで学んだのだろうか?
出身の天主国だろうかと、まだ見ぬ世界の反対側の国に思いをはせるのだった。
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ジグラットの親書を預かった旅も終わりが近づいていた。
ヒギエア公国の首都ヒュギエイアまで後1時間といった所。
首都に着いたら、親書を然るべき人物に渡し仕事は達成となる。
然るべき人物とはもちろんヒギエア公国の公爵なのだが必ず会えるとは限らない。
もしかしたら、騎士や執事に預けて終わりかも知れないがむしろそっちの方が普通だろう。
ベスタ公国の公女様の対応が特別に歓迎しすぎていたのだ。
セトとアズラにとっては嬉しい事ではあったが。
セトたちを乗せた馬車が街道を進んでいく。
草原にひかれた街道が目的地まで真っすぐに伸び吹き付ける風が草花の匂いを運んできていた。
草以外なのもない平原の先に首都ヒュギエイアの街並みがセトたちのいる所からでもよく見えている。
首都ヒュギエイアは山に囲まれている国土のほぼ中心に位置し、カデシュ大陸でも五本の指に入る大きさの湖がある。
周囲をその湖に囲まれた城下町が首都ヒュギエイアだ。
まるで、湖に浮かんでいるように見えることから。水都ヒュギエイアという別名を持つほど美しい町。
巨大な鉄工所に並び立つ空を突く煙突。モクモクと白い煙を吐き出して昼夜問わずに鉄を剣や鎧に加工していおり、その鉄工所を中心にレンガ造りの美しい町が広がり町の端からは長い橋が伸びている。
その先がヒギエア公国の城。サルース城だ。城は美しい純白の白で染まっており湖の水面にその姿がよく映っている。
町全体は、鋼で造られた城壁で囲まれて、石と水の町と鉄と火の町が融合していると言えるだろう。
そんな首都ヒュギエイアに後少しという所まで来た時。
首都の入口である城門前に何か黒い点があるのが見えた。
それは徐々に増えていき、点から面へと広がっていく。草原を埋め尽くすほど黒が広がる。
その黒い面を注意深く見ていると何かが蠢いているのが見えた。
「ん? あれなんだろう?」
「魔獣・・・か?」
ランツェが警戒を強めながら馬車を進めていく。
吹き付ける風の匂いが変わる。
首都に近づくたびに、蠢く何かがより一層多くなる。
そして、少しづつその正体が分かっていく。
黒い面からその姿を現したのは、・・・人だ。
走る馬車の横を行き場を失った人が立ちすくんでいた。
炎に撒かれたと思われる馬車と傷を負った人たちがもう動けないでいる。
人が。
どこからか逃げてきた人が平原を埋め尽くす程に溢れていた。
「これは・・・、いったい・・・」
「こわい・・・」
その異常な光景にセトは言葉を失う。
リーベもその光景に恐怖を感じセトの後ろに体を隠した。
草原から吹いていた風の匂いも、人の血と汗と、死臭が入り混じった悪臭へと変わり果てる。
「エリウ中に入れ」
「分かったニャ。ランツェ、こいつらはニャんニャの?」
馬車の屋根から中に入ったエリウも違和感を感じていた。
違和感というよりは不快感と恐怖か。
その正体をランツェに尋ねる。
ランツェは少し考えた。馬車を進めながら目を閉じ何かを思い出すようにして。
そして、答えた。
「・・・難民だ」
「難民」
答えたランツェは、難民を眺めていく。
その難民の中に緑色の鎧を来た騎士が確認できた。
必死に難民を誘導し、怪我人の手当をしている。全員が疲労困憊で倒れそうだが。
(あの鎧。ケレス公国の騎士。・・・まさか敗残兵?)
「ランツェ何があったか分かる?」
セトも尋ねる。何があったのかを。ランツェは間違っていて欲しいと思いながら、予想される答えを口にした。
この答えが正しいなら今すぐにベスタ公国に引き返すべきだからだ。
「戦で町が滅んだ。人が死に、町を追われた人々が首都ヒュギエイアまで逃げ込んできている」
「戦・・・争があったの?」
「今も続いている」
傭兵をしていたランツェには分かる。難民たちがどこから来たのか。
どの国の町が滅んだのかが。
隣国の首都にまで難民が押し寄せているということは、かなり大きい町が陥落したということ。
そして、陥落してからかなり月日が経っている。
今、カラグヴァナで起こっている紛争はアーデリ王国との紛争のみ。
だとすると、そのアーデリ王国と領土を接する四公国の一国、ケレス公国が攻められていることになる。
ここ、ヒギエア公国はケレス公国の隣に位置する国だ。
ケレス公国領にまでアーデリ王国軍が攻め入っているなら、セトたちが今いるこの場所に攻めてきてもおかしくないのだ。
ランツェはすぐに引き返そうと手綱を握り直し。
「セト、引き返す」
「でも、親書がまだ・・・」
セトは親書の心配をするが、仕事より戦火の届かない所まで逃げるのが先だ。
ランツェはセトの同意を得る前に馬車を止め反転させようとした。
・・・それは間違いだった。
馬車を止めた瞬間、周囲の雰囲気が一変する。難民たちの動きが止まり静けさすら感じさせる時間が生まれた。
難民たちはジッと何かを見ている。様子を窺っている。
そうセトたちの様子を窺っている。
そして、難民の一人が叫んだ。
「俺を連れて行ってくれ!!」
助けを請う声が平原に響き渡り、返すように助けてくれと声が周囲から上がりはじめる。
それは彼らの恐怖と生への執着という狂気を膨張させた。
感情が狂気に飲み込まれ理性は決壊する。
そして、理性を失った人の波が馬車を目指して一斉に押し寄せてきた。
目の前の人を押しつぶし、老人や子供を力でねじ伏せ馬車を奪おうと迫りくる。
「しがみ着けッ!!」
ランツェは馬車を急発進させ暴走していく難民から逃れようとする。
だが、ガンッ! ゴンッ! と鈍い音を立てながら難民たちは馬車にしがみついてきた。
走る馬を生身で止めに来たのだ。
もうそこにいるのは自分たちの知る人間ではなかった。
馬車の屋台を素手で破壊し中に侵入してくる。
「セトッ!」
「は、入ってこないで!」
セトとエリウはリーベを庇う様に立ち侵入してきた難民を威嚇する。だが、そんなことをしている間にまた一人、一人と入り込んできた。
このままでは馬車を奪われる。
「セト斬れッ!」
「き、斬る!? 出来ないよそんなことッ!」
ランツェが剣で追い払えと促すがセトは拒否する。
その判断が致命的な状況に自分たちを追い詰めてしまった。
見知らぬ男たちの腕がエリウとリーベの足を掴んだ。
リーベが悲鳴を上げ、エリウは爪を伸ばし掴んだ男の顔面を切り裂いた。
手を出すのなら殺ると彼女の顔は告げている。
だが、リーベはエリウのように反撃できない。
「イヤッ! 触らないで!」
「リーちゃん!!」
セトが男の背中を殴りつけるがビクともしない。エリウは侵入してきた他の難民を追い払うので手一杯だ。
リーベが人の渦へと徐々に引きずり込まれていく。
「やだ・・・、ヤダッ、ヤーッ!!」
リーベが大きく悲鳴を上げた直後、青白い光が馬車の周囲を包み男たちを弾き飛ばした。
神術の一つ障壁の神術と非常によく似た青白い光の壁が馬車を守るように展開され、急に現れた光に難民たちは恐れおののきたじろいでいく。
馬車に近づけないほどの衝撃を難民たちに放ちながら、イェホバ・エロヒムがリーベを守るように現れたのだ。
美しい純白の翼に、透き通る白い肌の女性を思わせる体から怒りの感情を露わにしながら。