第九十九話 魔力とは可能性
魔力とはそもそも何なのだろうか。
世界を構成する要素だと言われているが、なぜ、コードを唱えると水が出たり岩が浮かんだりするのか。
コードが複雑に高度になると、怪我を治したり人形を独りでに動かしたりとなんでも出来る。
そう、なんでも出来るのだ。
その魔力について森羅が語る。
今は模擬戦の反省会の時間で、アズラの魔装の根源要素、魔力について解説している。
アズラには、まず自分が用いている力が何なのかを正確に理解してもらう必要があるのだ。
「まず、魔力とは、この世界を構成する要素というよりは、構成する要素を観測、認識している外部端末だと思ってください」
「魔力は要素の一つではないってことですか?」
「いえ、要素の一つではあるのですが、役割が違うのです」
森羅は右手を胸の前に上げ手の平を広げる。
そこから何か出てくるかのように構えた。
「例えば、ここに水が出る可能性。魔力も水もないのなら可能性は0ですね」
アズラは頷きながら話を聞いていく。今まで無意識にやっていた魔力と術式のやり取り。
言葉にして考えるのは初めてのことだ。
「その可能性0の所に水があるという前提で魔力が世界を観測するとどうなるでしょう?」
「観測する・・・。魔力が変化して水が出てくるんじゃないんですよね?」
「そうです。魔力はあくまでも観測しているのです。そして、水がある前提で観測をするよう命じられた魔力は観測対象を見つけなければなりません」
森羅の手の平に魔力が集まり光る白いスジが束ねられ一つの塊となっていく。
「そして、魔力はここに水がある世界を観測するのです。可能性が0の世界を切り捨てて、100%の世界をここに再現する」
束ねられた魔力の塊からいきなり水が飛び出してきた。
飛び出た水は宙に浮かび、球体となってフワフワと部屋を漂う。
アズラがいつも得意げに使う術式と同じもの。だけど、森羅の説明を聞いた後だと全くの別物に見えてくる。
「これが魔力。私たちがいつも何気なく唱えているコードは、魔力にこの現象を観測しろと命令しているのです」
「すごいコードにそんな意味があったなんて」
アズラは目から鱗が落ちたと驚きを隠せない。
もしコードの意味を完全に理解したなら、自分が望む現象、可能性が唱えるだけで再現できるということになる。
それはもう術式と呼べるものではない。奇跡の行使だ。
「師範、前にセトが大怪我をした時に癒呪術式では傷は治ったのだけど、血を補うことが出来なかったんです。これは、足りない血を治そうとしていたから術式が上手くいかなかったということですか?」
「正解です。癒呪術式は基本として損傷した肉体をしていない肉体に観測し直す術式で、損傷していないものは観測し直すことができないのです。治すのではなく血を増やすことが出来る術式なら対処できるでしょう」
「それで血の量が元に戻らなかったのね・・・。あれ? 師範、癒呪術式は損傷していないものには意味がないのですよね、癒呪暴走体はどういう理屈で治癒され続けているのですか?」
「詳しいですね。癒呪暴走体を知っているのですか」
森羅はアズラが癒呪暴走体を知っていたことに驚く。
癒呪暴走体はその存在自体が禁忌。
発生すればすぐさま、特別指定個体として認定され討伐体が派遣されるからだ。
循環型癒呪術式を破壊しない限り死なない不死身の怪物。
かつては、癒呪暴走体の発生が原因で町や村が滅んだことなど数知れないほどあったのだ。
「あれは前提として死者にしか発生しない現象です。死んでしまった肉体を癒呪術式で生きている頃の肉体に観測し直すのですが、肉体が治癒されてもその人は死んだままとなります。その死んだままの肉体を、また、生きている頃の肉体に観測し直す、その繰り返し。残念ながら魂や命までは観測できないのが魔力や術式の限界ですね」
「決して観測できない生きていた頃の人を探し続けているのね」
「魔力は過ぎてしまったこと、完全に失われたものは観測できないのです。過去を変えることが出来ないのと同義ですね」
魔力の本質が分かれば、なぜ、癒呪暴走体が生まれ再生し続けるかも理解できる。
理解できたそれは悲しい現実だ。癒呪暴走体は悲劇より誕生した存在。
死んでしまった人に癒呪術式を施す意味とその状況。理解できるのがアズラには苦しく思える。
「さて、魔力の基礎が理解出来た所で、次は魔装について説明しますね。質問とかはないですか?」
「大丈夫です」
早く次を聞こうとアズラは気持ちを切り替えていく。
少ししんみりした気持ちになってしまった。
と、そこで扉がノックされフローラの付き人マルクがお茶を持って入って来る。
「どうぞ、お茶でも飲んで休憩して下さいね」
3人の前にお茶が置かれ、お菓子も準備される。
さすがは付き人、もてなしに手慣れている。確か研究者だったはずだが研究は進んでいるのだろうか?
「あら、気が利くのですわね」
「いえいえ、そろそろ姫が喉に潤いを求めていると思いましてね」
マルクは気の利いた事を言いながらササッと後ろに下がっていく。
するとフローラがあることを思い出したようで。
「そういえばマルク。アレは上手く動いたのかしら?」
「申し訳ありません姫。まだでして、エネルギーが違うのかもしれませんね。そもそも配管の構造から何らかの流体を流す構造なのは分かっていて魔力に影響を与えることから」
マルクが急に早口で何かを説明しだした。
フローラがちょっと引きながら止める。
「マ、マルクまた後で報告を聞きますわ」
「そうですか。では失礼しますね」
アズラが知らない彼を見たといった顔をしてフローラを見る。
フローラも彼はいつもああなのだと苦笑いだ。
「もしかして、マルクの本業の話?」
「そうですの。彼が拾ってきた術式機械の解析が思う様に進んでいなくて。拾った場所が場所ですから詳しく調べているのですけど」
彼の本業は術式機械の研究であり、彼はその話になると周りが見えなくなるのだ。
術式機械を使用している時はビックリするほどテンションが高くなる。
「また後で見てもいいかしら?」
「もちろんですわ。森羅にも意見を聞こうと思っているから、後で森羅も来て欲しいのですの」
「一度見てみましょう。・・・、それでは魔装についてでしたね」
お茶を少し飲み、喋り疲れた喉を癒す。
舌が湿り喋りやすくなった所で、話の続きが開始された。
「魔装とは、世界の現象を観測していた魔力が、実体として世界に出現し干渉する状態をいいます。つまり、観測するだけでなく自分の求める可能性を創り出すことですね」
可能性を創り出す。
求める可能性を0から1に、1から100に変える力。
この世を支配する因果律に干渉し、事の始まり、その原因を生み出す能力。
それが魔装。
目で見る限りは物を壊すや斬るなどといった人が理解できる現象で観測されるが、その事の始まりはとんでもない事をしているのだ。
例えば、決して壊れない物に、壊れる原因が生まれる可能性を植え付けるということ。
それは、魔力に観測され世界に再現されるのだ。
「魔装の本質は可能性の始まり、因果律に干渉していることにあります。決して覆すことの出来ない現実でも一つの可能性を生み出すことができる力。それが魔装です」
「可能性を生み出す。それは、勝利するという可能性を生み出し続ければ負けないということですか?」
「そうですねぇ・・・。勝利するという状態は人が勝手に判断していますから。例えば、相手を倒せる可能性を生み出すとすると、それはどんな手段によるものになるのでしょうか?」
「手段? えっと、ぶん殴るとか・・・、叩き潰すとか」
何だか物騒な答えが返ってきたと森羅は微笑みながら青ざめる。
答えとしては合っている。ではそれを再現するにはどうするか。
「では、殴って勝利するとしましょう。そのためには、アズラがその拳を相手に向かって突き出す必要があり、相手が避けないという条件がいります。さらに相手は意識を失うという結果も必要だ。つまり可能性と結果が複合的に折り重なっている。これは可能性というより未来の出来事ですね」
「未来の出来事? なんだかこんがらがってきそうだわ」
「魔装は未来を決定づけるものではないということです。あくまでも、存在しなかった可能性を提示する力。そこをしっかりと理解していれば大きな力となるでしょう」
アズラはなんでも出来るようになると思ったがそうでもないようだ。
魔装は可能性を提示するもの。
魔装を生み出した人物の願望が反映された力。
では、アズラの魔装は何の願望を反映したのだろうか?
ファルシュを例に考えよう。
彼の魔装。
魔装・銃剣は赤黒い光に触れたものを崩壊させる魔装だった。
つまりは、崩壊する可能性の提示。
飛び道具の形を取り、崩壊という可能性を生み出すのを彼は求めたということだろうか。
主アイン・ソフの眷属セフィラすら崩壊させるその力。確かに納得せざるを得ない。
では、アズラの魔装はどうなのだろうか。
魔装・絶対魔掌は現象を掴むことができる能力だ。
拳で触れてその現象を殴ったり、掴んだりと、物理的に干渉できる可能性の提示。
ただただ、ものに触れるということでは無い。
それは、空間を。
それは、深淵を。
可能性にすら物理的に触れることができる。魔装・銃剣の崩壊を殴っていたのがその証。
彼女は、あらゆる可能性に拳で挑むことを望んだのかも知れない。
そんな魔装を手に入れたアズラは理解したようなしてないような曖昧な理解度で頷き。
「なんとなく分かったわ!」
「模擬戦で試してみるのが一番ですね・・・」
森羅に理解していないと一発で見抜かれる。
彼の人を観察するその目は凄まじいものがある。
どれだけできるのか、得意と不得意は何かまで。
アズラと一度だけの手合わせで森羅は彼女に足りない要素を把握しているのだ。
「魔装の説明も済んだので、術式の確認をしましょうか。アズラはどこまでコードを把握していますか?」
「えっと、土のアダマー、火のエシュ、水のマイム、風のルアハの四大系に。三導系の癒呪術式キドゥーシュを扱えます」
「四大系は網羅していますか、それは素晴らしい。癒呪術式はハイーム系統ですか? それともヘーレム系統で?」
「ハイーム系統です」
アズラの扱える術式の数に森羅は満足げに頷く。
これだけ扱えれば術式で後れを取ることも少ないだろう。
不安要素は闇のホシェフ系を習得していないことか。
あれがないと術式への干渉を防ぐ手段が限られてしまう。
なら、やることは決まりだ。
「分かりました。では、アズラにはこの2ヵ月で三導系、闇のホシェフを習得してもらいます。癒呪術式を扱えるのならそう難しくはないはずです」
「はい」
アズラは苦い経験を思い出した。
お尋ね者と勘違いされ鎧の騎士団と戦った時に使用されたのを今でも強く覚えている。
術式を封じられ波状攻撃を受ける寸前まで追い詰められたのだ。
たった一つの術式で戦況は変わる。それをアズラは嫌というほど理解していた。
相手の使用する術式を知らなければ対処すらままならない。
出来る限りのコードを頭に叩き込み、相手の術式に使用されているコードを逆算、解析し無効化する術式を叩き込む。
それが本来の術式使いの戦い方。
技術とは正しく運用されてこそ輝くのだ。
「それでは、今日はここまで。明日もありますのでゆっくり休んでください」
「はい、師範」
模擬戦よりも魔力の解説の方が圧倒的に長かった。
次こそは一本取るとアズラは秘かに決意する。
地味に一撃でやられたのがショックだったのだ。
ちょっとは強くなったと思っていたら、伸びた鼻をへし折られた感じ。
世の中はまだまだ広いということか。
説明回となりました。
魔力の本質に迫る話となりますので分かりやすく書けていればと思います。