第九十八話 強くなるための条件
今日は絶好の旅日和。
澄んだ空に心地よい風が吹き、セトたちを迎えてくれる。
目的地であるヒギエア公国には、後4日ほど。
早朝に出発しようとセトがみんなを起こしに行くと。
「う~~~!? うぷ! ・・・、・・・げぇえぇえ」
「わーー! セトー! エリウが大変!?」
「うん、見れば分かるよ」
グッモーニン吐しゃ物を華麗に決めてエリウはバケツに顔を突っ込んでいた。
昨日、飲み過ぎに気を付けるようにと言ったが意味は無かったか。
セトはどうしたものかと、頭を悩ませる。二日酔いのエリウを馬車に乗せて旅に出るのは大丈夫なのだろうかと。
いや、大丈夫じゃない。絶対に馬車の中でキラキラしたものをぶちまけるに決まっている。
最悪、馬車の後ろから顔だけ出させてキラキラを垂れ流させるか?
ダメだ。やめておこう。吐しゃ物生産馬車の悪名が付いてしまう。
「うーん・・・、出発は昼からにした方がいいかな」
「うぷ・・・、ごめんニャ、うッ!」
エリウの口から危険信号が発せられた。あのキラキラが出てくる!
セトは臨戦態勢に入り、リーベは全速力でエリウから避難した。
「・・・」
「・・・、・・・ふぅ」
エリウは手で口を覆い何とか堪える。
セトの方をチラッと見て大丈夫だと伝えるため顔を上げて。
「おぇえぇえ・・・」
「吐いちゃうの!?」
グッモーニン吐しゃ物二発目が決まる。
出発は無理そうだ。
さて、エリウを宿に残したセトたちは市場にやってきた。
商人の町ミッテなら二日酔いに効く薬も売っていると思って足を運んだのだ。
早速市場を見て回るセトたち。
セトが薬を探そうとしていると。ランツェが気を利かし。
「セト、リーベと一緒に遊んでくるといい」
薬は探しておくから遊んで来いと声を掛ける。
「え、でもなんか悪いよ」
「リーベは遊びたがっている」
ランツェはリーベを気遣ってくれていたようだ。
そのリーベは白いワンピースをはためかせながら店の周りを駆け回っている。
珍しいものがいっぱい置いてあるのだ。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
「ああ」
セトは彼の厚意に甘えることにする。
せっかく時間をもらったのだ。何かいいものでもないだろうかと、リーベに駆け寄りながら辺りを見回していく。
お菓子屋さんでもあればOKなのだが無さそうだ。
「リーちゃん。町を見て回ろうか」
「うん!」
王都に行っている間、離れ離れだったため全く相手をしてあげれなかったから、今の内にいっぱい遊んであげようとセトは張り切っていく。
知らない町は見て回るだけでも楽しいもの。
セトも初めてだしリーベも初めての町。
二人で初めての町を歩いていく。
町の繁華街を歩いていると、セトの目にふとアクセサリー屋が目に入ってきた。
髪飾りや指輪など様々な物を置いていて、いかにも女の人向けといった感じのお店だ。
その商品の中から銀色の髪飾りを手に取り眺める。
金属を加工して作られた光沢の美しい髪飾り。
この髪飾りはあの時に買った物だ。
「これ・・・、同じ髪飾りだ」
セトは、帝国領のラガシュで買った髪飾りを思い出していた。
リーベと出会い、彼女にプレゼントとして買ってあげた髪飾り。
その髪飾りは、ラガシュで出会ったセレネと別れる時にリーベがあげたのだったか。
彼女は元気にやっているだろうか?
大人しく優しい性格だからみんなに好かれているかもしれない。
頭がいいからもしかすると商人になっているかも。
そんな彼女のことを思い出していると。
「お! 兄ちゃん彼女にでも買ってあげるのかい?」
店主が声を掛けてくる。
マジマジと見ていたら欲しがっていると思われてもしかたない。
「んー、そうだなぁ。これの色違いってありますか」
「おう、あるとも。これなんかどうだい」
そう言って店主はオレンジ色に染まった同じ形の髪飾りを見せてくれた。
太陽の光に照らされて、陽の色を纏ったみたいだ。
「リーちゃんこれどうかな?」
「なーに?」
セトはリーベに髪飾りを見せてみる。リーベの赤い髪と合わさって太陽のように感じられると思うのだが、彼女のお気に召すだろうか。
「キレイ・・・。セト買ってくれるの?」
「うんいいよ」
「ありがとう!」
リーベは飛び跳ねるよに喜び、早速髪飾りを着ける。
まるで踊っているかのようだ。
「お買い上げどうも。王国銀貨4枚だ」
(王国銀貨4枚・・・。えっと、帝国とは通貨の価値が違うから・・・、えっと・・・?)
セトは提示された金額がどれ程の価値かを暗算し、安いか高いかを計算しようとしていく。
おっと、頭から煙が出てきたようだ。
ちなみに、通貨換算は1ゾルが0.01王国銀貨となっている。帝国の方が物価が高いのだ。
王国の銀貨、金貨は貴金属を単純に加工したもの。それに対し帝国の通貨は偽造防止の技術がふんだんに盛り込まれている。
通貨の信用度の差も価値の差に出ているのだ。
商人として生きていくのなら、通貨の扱いには慣れておく必要がある。
「えっと・・・、プレゼントだしちょっとだけまけてほしいな・・・」
「あん?」
「あ、えっと、王国銀貨3枚だと嬉しいんですけど」
「おう、いいぞ」
「あ、ありがとうございます」
計算が出来なかったから取り合えずまけてくれと頼んだのだが。
意外とうまくいった。何でも言ってみるものだなとセトは頷く。
「セト見て見て!」
髪飾りを着けたリーベが見て欲しいとセトの手を引っ張って来た。
振り返ってみると。
前髪を思いきってかき上げ、オレンジ色の髪飾りでバチンと止め、可愛らしいおでこを丸出しにしている。
リーベがニカッと元気な笑顔を浮かべ、感想を聞きたそうにセトを見ていた。
「うん、かわいいよ」
「えへへ~」
(今度は服でも買ってあげようかな)
そんなことを考えながらセトとリーベは町を見て回る。
まだまだ、遊び足りないのだ。
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ベスタ公国のシェレグ城中庭で、アズラと森羅が向かい合っていた。
中庭のど真ん中で模擬戦を行うのだ。
アズラがどれ程の実力かを計るために。
審判を務めるフローラは二人を交互に見る。
お互いに精神を統一し集中力を高めている。
アズラの顔は真剣そのものだ。
森羅もいつもの微笑みが消えている。真面目な戦う時の表情だ。
「それではアズラいきますよ!」
「いつでもいいわ!」
二人の準備が整った。フローラは右手を上げもう一度二人を見る。二人はもう戦闘態勢に入っているようだ。
「始め!!」
フローラの号令と共に右手が振り下ろされ模擬戦が始まった。
その合図を待っていたとばかりにアズラは魔力を全開にしていく。
一切の手加減は無し。
拳に魔力が凝縮され、それは武装として実体化した。
魔装・絶対魔掌
アズラの拳を覆う魔力の手甲。
白銀の手甲に赤い輪が腕輪のように浮かび上がり。より鮮麗された魔装はある能力を獲得していた。
それは、王宮べヘアシャーでファルシュと激突した時に発動したもの。
現象を掴むことができる能力。
簡単に言えば火や風、音。自然現象や超常現象に対して触れるという干渉ができる能力だ。
この能力でアズラは、ファルシュの魔装・銃剣の赤黒い光の砲撃に干渉し崩壊という現象を物理的に破壊したのだ。
原理は分からない。だけど、アズラの勘がこの能力を理解し行使を可能としている。
「ほぉ・・・、魔装ですか」
だが、それを見た森羅は少し感心するだけで、素手のままアズラに相対した。
その判断をアズラは怪訝に思うが、油断はせずに見定めていく。
何か策があるのだろう。アズラはそう判断し拳を構える。
そして。足を踏み込み一気に接敵した。
地面が抉れ土が舞い、森羅の目の前にアズラの拳が迫り。
初手をアズラが貰う。
「ハァ!!」
突き出された拳が森羅の顔を捉える。が、手応えのないままスルリとかわされた。
まるで吊るされた布でも殴ったかのような感覚。
初手をかわされたアズラは、ガッ! と足を地面に叩き付け初手の勢いを殺し、すぐに反転する。
振り返ったその目の前には、森羅が拳を構えて待っていた。
「くっ!」
慌てて防御を取り、腕を交差させる。
だが、森羅の攻撃は来ない。
「・・・?」
好機に攻撃してこなかったことに一瞬、違和感を感じるがそれをチャンスと捉えアズラは、再び攻撃に移ろうとした。
防御を解き拳を構えてしまう。
隙を自ら作ってしまった。
それを森羅は見逃さない。
交差していた腕が解けて、生まれた隙間に腕を差し入れ手の平をアズラの腹部に添えた。
それだけで、決着はついた。
森羅の全身を駆け巡る闘気が一気に叩き込まれる。
「天掌ッ!」
攻撃をしようと思った瞬間に腹部に叩き込まれた衝撃がアズラの痛覚を一撃で振り切らせる。
鍛えた体も魔力の盾も全て通り越し肉体の芯をへし折られる。
「グフッ!?」
堪らずアズラは胃のものを吐き出し膝をついた。
上半身を支えられずに体が地面に倒れ込む。
「ぐっ・・・!?」
「今日はこれまで。では、目が覚めてから反省会ですね」
その言葉を聞きながらアズラの意識は暗闇に落ちていった。
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どれだけ意識を失っていただろうか。
アズラは、シェレグ城の医務室で目を覚ます。
白い布団が敷かれたベッドと簡易的な治療ができる設備が揃っている。
怪我などを治療する道具よりも、解毒剤や魔力枯渇を緩和する薬草、対術式の道具が置いてあった。
切り傷やら骨折やらは全て癒呪術式で治るので必然と設備は、それで治せないものとなるのだ。
アズラは腹部に手を当ててみる。
今も脳裏に焼き付く、あの強烈な一撃。
お腹に穴でも空いてるんじゃないかと思いながら擦ってみるがなんともない。
今からでももう一戦いけそうな感じだ。
「・・・師範?」
森羅を探すが部屋には誰もいないようだ。
医師も休憩中なのだろうか?
ベッドから体を起こし部屋の外に出ようとすると。
服を脱がされて白い布のような服を羽織っているだけになっていた。
「服はどこかしら・・・」
部屋を見回すとすぐに見つけた。ベッドの横にたたんで置いてある。
サッと着替えて、緑色の綺麗な服をローブのように白い上着の上から纏いベルトで胸の辺りに固定し、真っ黒なズボンをスッと穿き終えた。
森羅とフローラはどこだろうか?
アズラは取り合えず、フローラの部屋に行ってみることにする。
フローラの部屋を目指して歩いていると、彼女の声が聞こえてきた。
正解だ。フローラは部屋にいるようだ。どんどん近づいていくとその内容が聞こえてきた。
「2ヵ月で間に合うかしら?」
「それは大丈夫です。問題は他の騎士団メンバーですね」
大事な話をしているようだ。
ちょっと入り辛い。
「そうですわね。アズラは決まりとしても、あと3人どうしましょう?」
「近衛騎士を一人、ウィリアム様からお借りしてはどうでしょうか。公国最強騎士団なのですから戦力として申し分ないはず」
「できれば、わたくしの騎士団でメンバーを決めたいのですの。いつまでも父上に頼る訳にはいきませんから」
四公国騎士団統一戦に参加するメンバーを話し合っているようだ。
話の区切りを見計らってアズラは扉をノックし中に入る。
「アズラ、目が覚めましたか」
「大丈夫ですの? 痛んだりしていなければいいのですけど」
「ありがとう大丈夫よ。私は気にしないで話を続けて」
「では、アズラも一緒に。統一戦に参加する騎士団のメンバーなのですが、あと3人必要で、誰か心当たりはいませんか?」
少し考え、アズラは答える。
「私の商会の者ならどうかしら? 騎士ではないけど頼りになるわ」
「たしか護衛を担当している者がおりましたわね。その方を?」
「ええ。ランツェ・シュペルナ・ナースホルン。かなりの腕前をした槍使いよ。今はヒギエア公国に行っているから修業は1ヵ月だけになってしまうけど」
「すでに戦士の方なら十分な期間です」
そして、アズラはもう一人の名前を出してみる。
彼に下されている評価は知っている。まだ戦士になれていないヒヨッコ。
でもアズラは彼を。この大会に出させてあげたいのだ。
「それともう一人。セトをメンバーに入れてもらえないかしら」
「その方も護衛担当なのですか?」
「いえ、セトはアズラの弟ですわ。アズラ、セトには荷が重いのではなくて?」
「それは分かっているわ。でも、出させてあげたいの。一度、本気で剣術に打ち込んで自分の力がどこまで通用するのかを試させてあげたい」
わがままなお願いだと思う。
勝つことを大前提にメンバーが選ばれるべき所に、力試しの素人を入れてくれと頼んでいるのだから。
「セトもヒギエア公国に行っているのですわよね? 元々の実力が低い上に期間が短いのは彼にとっても酷ですわ」
「そうだけど・・・。私はセトにもっと強く、側にいる人を守れる強さを持って欲しいの。側にいる人だけじゃない自分自身も負けないぐらいに強くなって欲しいの」
今までの戦いから思い、そして願ってきたこと。
セトは家族のためみんなのため、その命を懸けて戦ってきた。
それは意志の体現。彼の決意そのもの。
だけど、血塗れで抗っているセトを見るのは辛いのだ。
守ってあげたいのに、そのセトは自分から死地に向かって対峙していく。
もう、アズラが強くなるだけではダメなのだ。
そんな、アズラの声を聞いた森羅が。
「わかりました。やれるだけやってみましょう」
「ありがとうございます。師範」
「ですが条件が一つ。セト君には修行の最後に近衛騎士と模擬戦を行ってもらい一本取ってもらいます。それが出来なければメンバーには加えません。いいですね」
「・・・はい!」
出された条件は、不可能と思えるほど、でかく、分厚い壁だった。
セトがアズラと同じ土俵に立つにはそれだけの壁が存在する。