第九十七話 友と出会えたから
今から9年前、ベスタ家が彼と出会ったのは偶然が始まりだった。
ある日の晴天。まだ、8歳と幼かったフローラは、父のウィリアム公爵と母のメアリと共にカラグヴァナ王国の王都アプスに向かっていた。
ウィリアム公爵が王都で開かれるカラグヴァナ勢力の行く末を決める重要な会議に出席するためだ。
フローラも初めての旅に、初めての国外ということもあって、冒険に出かけるような気分となっていた。
幼いフローラの目に飛び込んでくる知らない景色。
本から想像するしかなかった光景が彼女を釘づけにしていた。
「父上! 父上! あそこに動物の群れがいますわ」
「ん? あれはシュタッヘルの群れか。偉いぞフローラ、騎士よりも目が良いようだ。ガハハハ」
公国騎士に守られながらフローラを乗せた馬車は進む。
今でこそ上品で優雅な雰囲気を漂わせる彼女だが、当時は元気いっぱいな、やんちゃ娘だった。
ウィリアムの言うことを聞かずに遊びに行ったり、騎士に公女命令だと言って城の外に連れて行かせようとしたりと。
聞かれたら確実に赤面してしまうことを山ほどしてきたのだ。
やんちゃ娘時代のフローラが王都を目指す中、彼とは突然出会った。
荒野の先を眺めていると、何かの残骸が転がっている場所をフローラが見つけた。
砂と石しかない荒野にそれ以外の物が散らばり、ここで何かがあったと感じさせる光景だ。
フローラは気になりさらに眺めていく。
すると残骸の中心に彼がいたのだ。
「人・・・?」
最初に見た時は人とすぐに判断できなかった。
そんな所にいるとは思っていなかったからだ。
しかし、僅かに彼が手を動かしたのをフローラは見逃さなかった。
「人です父上! 人が倒れていますの!」
「旅人か! 騎士団、救助せよ!」
ウィリアムの指示ですぐに騎士たちが行き倒れていたその男を助けに向かった。
残骸をかき分け男を運び出そうとする。
それを遠目で見ていたウィリアムは騎士たちの反応がおかしいことに気付いた。
騎士が判断に困っている様子だったのだ。
判断に困ったということはただの旅人ではないということ。
ウィリアムは近衛騎士を連れて様子を窺いに行く。
男は幸いにも外傷はなく、疲労と飢えが原因で動けなくなっていたようだ。
これは旅をしている者にはよくあること。
予定通りに目的地にたどり着けず食料が底をついてしまうのはよくあることなのだ。
だが、彼の姿がウィリアムの知っている世界の者ではないと告げていた。
鎧というよりは甲殻のような生物めいた防具を身に着け。
剣でも杖でもなく、細長い筒状の何かを装備していた。
それが戦うための姿であるということはウィリアムや騎士たちにはすぐに分かった。
彼の周りに転がっている残骸は魔獣の死体なのだから。
しかし、誰もどう戦うのかは想像できなかった。
この場にいる全員が見たことのない武器。
怪しいと感じたが見捨てる訳にもいかない。
フローラが見ているのだ。
彼女に人を切り捨てるような判断を見せるのは避けたかった。
こうして、彼。
王護 森羅はベスタ家に命を救われた。
目覚めた彼から自己紹介を聞いた時、ウィリアムたちは心底驚いた。
天主国アマテラスの人間だったと、敵国の人物だったと騎士たちは剣を抜き攻撃態勢に入る。
けれど、剣を向けられた彼の反応はウィリアムたちの予想と違っていた。
「命を助けていただき本当に感謝致します。私に出来る事であれば何かお礼をさせて下さい」
彼のその真っすぐな感謝の姿勢と気持ちは騎士たちの警戒心を解くのに十分なものだった。
なぜ、荒野のど真ん中にいたのか?
何の目的でカラグヴァナに来たのかは残念ながら答えてくれなかった。
だが、それ以外は全て答えてくれた。
「ねぇ、あのね、天守国ってどんな国なのですの?」
「そうですね・・・。天主国は遺跡の上に造られた文化を重んじる国ですね」
フローラの問にも優しく答えてくれる。
天主国のこと自分のことも。フローラはすぐに森羅に懐き、それを見ていたウィリアムは彼を雇おうと決めたのだった。
そんな出会いを彼らはしたのだ。
時は現在。
フローラに命を救われた森羅は、その高い戦闘力と知識を買われ騎士団の顧問になり現在に至っている。
普段は騎士団の稽古か、ふらりと何処かに行ってしまうため首都にはあまりいないのだが、今回は運よく捕まえることができた。
彼を捕まえたのは他でもない。アズラを強くするためだ。
3ヶ月後にある四公国騎士団統一戦で勝ち残れるように、フローラの騎士である彼女を鍛え上げる。
カラグヴァナは血筋と階級が全ての国。その属国も然り。
なら、統一戦で強さを示しこちらの意志を通せるようにしておかないといけない。
血筋が同等なら階級はこちらの方が上だと示す必要がある。
それがウィリアムの出した対策の一つ。
フローラもそれに従う。
「貴方を呼んだのは他でもありませんわ。近々、王都で開催される四公国騎士団統一戦で優勝して欲しいのですの。そのために、森羅に師範となってもらって修行してもらいますわ」
「その四公国騎士団統一戦というのに優勝すればいいの? なんだか面白そうね」
「ふふ、簡単に言いますわね。四公国から選りすぐりの騎士が王都に集まり、最強の騎士を決める大会ですのよ?」
「あら? 優勝して欲しいのでしょ。なら優勝するわ」
アズラは、フローラの頼みならなんだってやると答えてみせる。
最強の騎士でも謎の戦士でもドンッと来いだ。
そんな彼女を見て森羅は満足そうに微笑む。
「その分なら修行も問題なさそうですね。では、アズラ。これから2ヵ月よろしくお願いします」
「はい。こちらこそお願いします」
森羅はビシッときれいなお辞儀をして挨拶をしめる。
会った時にもされたが、ずいぶんとお辞儀が多いなとアズラは感じる。実は、お辞儀は天主国の文化であり礼儀なのだ。
森羅の性格や振る舞いは天主国代表と思っても問題ないだろう。
つまり、天主国の人は森羅と似たり寄ったりの感性をしているということだ。
修行の予定はまた後日となり今日は解散となった。
アズラは本店に戻り、リーリエたちの報告を聞きに行くためすぐに部屋を出ていった。
彼女が出ていったのを確認すると、フローラが森羅に質問する。
「それでどうだったかしら? わたくしの騎士は、すごいと思うのですけど」
森羅にアズラの評価を聞くが、フローラは自分ですごいと評価している。
王室勅命の依頼も見事に達成してきたのだ。すごくない訳がない。
「確かにすごいですね。特に魔力の総量、質、ともに桁違いでした」
森羅は顎に手をやりながらアズラの評価を下す。
非常に優秀な才能を持っていると。
「ふふ、そうでしょう。わたくしが見込んだ騎士ですもの」
「フローラ様がそれほどご自慢されるのも納得です。後は実力がどこまで才能についていっているかですね」
「アズラは努力を怠ったりしませんわ。術式の練度もかなりのもののはず」
フローラは、アズラの実力を信用しているようだ。
アズラと出会ってもうすぐ半年になるが、彼女の才能には驚かされてばかり。
メキメキと力を付けて実力は上位騎士並みかそれ以上。チャレンジ精神にカリスマ性も持ち合わせ、自分の商会を持つまでになったのだ。
その過程を見て来たからこそ、フローラは全幅の信頼を置いている。
それを感じ取った森羅は。
「本当に信頼されているのですね。フローラ様は良い友をお持ちになりました」
「と、友・・・」
友という言葉を聞いて、何故かフローラは頬を染め照れてしまった。
その照れを誤魔化すようにフローラは口を動かす。
「そ、そうですの! アズラはわたくしの親友。生半可な修行では意味がないのですからね!」
「はは・・、これは手を抜けませんね」
そう言って笑う、森羅の表情はとても優しい顔だった。
森羅はフローラの変化を嬉しく思っていた。
彼女は気付いていない。いや本人は気付かないものなのだろうが、彼女の本質が孤独から解放されている。
それを嬉しく思う。
彼女が友でいたいと心から思える人に出会えたのだから。
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日が落ち、もう真っ暗な道をひたすら進む一台の馬車。
セトたちを乗せた馬車は森を抜けた先にあるはずの町を目指していた。
地図ではもうすぐなのだが、なかなかたどり着かない。
旅には慣れたものと感じていたがそう上手くは行かないものだ。
「セトお腹空いたー」
「あちしも腹が減ったニャ」
リーベとエリウの女の子組が腹ペコだと馬車の中でゴロゴロしている。
もう夕飯の時間も過ぎているのだ。腹が減るのは当たり前。
「セト、そろそろ判断を」
「うん、そうだね。・・・もう少し粘ってみよう。街道の整備は行き届いているから町は近いと思うんだ」
ランツェに聞かれ、セトはまだ粘ろうと判断する。あまり粘り過ぎると野宿する場所を探すのも困難になり危険となるのだが。
適当な所ですれば夜盗や魔獣の標的にされてしまうのだ。
今日は足を止めるか、まだ進むか。
旅でのこの判断はとても重要なのだ。
暗い道を馬車が駆け抜けていくと、向こうの方に明かりが見えてきた。
坂道の所為で、町の明かりが道に遮られていたのだ。
セトの判断は正しかった。
「明かりだ! 町が見えたよ!」
「ご飯だー!」
「やっとのんびりできるニャ」
ランツェが馬にムチ打ち、町へと急がせる。
町に着いたら食事と次の目的地までの情報収集だ。
町の名はミッテ。
ベスタ公国とヒギエア公国の間にある商人の町。
山に周囲を囲まれたヒギエア公国に向かうための休息地点だ。
ベスタ公国領の町なので、家などの雰囲気は首都ウェスタと似ている。
近くに亀裂の森があるためか、木造の建物も多いようだ。
無事に町にたどり着いたセトたちは、早速酒場で食事を取る。
もう遅いので食事と情報収集をいっぺんに行うのだ。
お金に余裕のあるセトたちはちょっと豪華にお肉を注文だ。
肉の注文が入った瞬間にウエイトレスさんの態度が少し良くなった気がする。
リーベはいつも通りにミルクを飲み、エリウとランツェは酒で乾杯だ。
そして。
「セト、今ニャら姉御の目はニャい行くニャ!」
「う、うん!」
「大丈夫だ。別に悪いことではない」
エリウとランツェの後押しを受けてセトはウエイトレスさんに注文する。
今まで飲みたかったが色々あって飲めなかったアレを。
「クルのビールを一つ」
「あいよ」
セトが酒を注文した。成人して初めてのお酒。
ちょっとドキドキしながらビールが来るのを待つ。
すぐにクルのビールが運ばれてきた。
3人分のクル豆を発酵させた香りのいいビールだ。
セトたちがコップを手に持ち、リーベもコップを上げて。
「それじゃ乾杯!」
コンッ! とコップが音を鳴らし、セトは初めてのお酒を喉に流し込む。
口に苦みが広がり、すぐにそれを覆い隠す、程よいクル豆の香りが鼻から抜けていく。
シュワシュワの炭酸が喉の渇きを根こそぎ潤していくようだ。
「プハッ」
唇に付いた泡を舌で舐め、もう一口飲んでいく。
「どうニャ、セトうまいかニャ?」
「うん、意外とおいしいよ」
「大人の仲間入りだな」
「へへ・・・、大人の仲間入りか」
お酒を飲んだだけだが、なんだか大きくなった気がする。そんなセトはお酒をゴクゴクと飲んでいく。
ベロベロになったエリウを見ていたから、お酒は飲みづらいのかと思っていたが、そうでもない。
むしろおいしい。ゴクゴクいける。
「プハッ」
「いい飲みっぷりだニャ。ングング・・・、プハ。もう一杯持ってくるニャ!」
「エリウ飲み過ぎはダメだよ」
「ニャにを言うニャ。せっかくセトがお酒を飲めるようにニャったんだから。さ、一緒に飲むニャ」
エリウは運ばれてきたクルのビールをドンと3人分追加した。
なんだかとても嬉しそうだ。もう、ニヤニヤと笑顔が溢れている。
「いいな・・・。わたしも飲みたいな・・・」
「リーちゃんはまだダメだよ。大人になってから」
「むー・・・」
そんな3人を眺めているリーベは羨ましそうにしていた。
自分だけ飲めないのが寂しいのだ。
「んじゃ、もう一杯いくニャ!」
再びコップをコンッと鳴らし、エリウが一気に酒を飲み干す。
もう飲みのスイッチが入ったのだろう。
上機嫌に思い出話を語りながらグビグビ飲んでいく。
そんな彼女がキラキラしたものを吐きながら、ランツェに担がれて帰るのは2時間後のことだ。