第九話 暗い道で光を探す
黒い巨人から逃げ切ったセトたちは、遺跡内の一画で休息を取っていた。
薄暗い長い一本道の途中にある空間、何かを置いておくような部屋のような場所で、
セトたちは傷の手当をしていく。
まずは、深手を負っているバティルたち3人を治癒術式で治療していく。
保護した赤毛の少女には、温かいスープを飲ませていた。
遺跡に入った後も黒い巨人の空を飛ぶ音が響いてきた、まだ、死んでいないようだ。
入り口が狭いので入って来れないとは思うが、遺跡を破壊しないか警戒する。
セトたちを遺跡の破壊に巻き込み、バティルたちを一撃で虫の息にした破壊の光。
あの一回しか使用していないことを考えると、短い期間に連射は出来ないのだろう。
アズラとセレネが少女の世話をしヴィドフニルが容体を見ている。医学の知識も心得ているそうだ。
さすがヴィド爺といったところか。
少女は多少衰弱しているが命に別状はないようだ。
落ち着いてから、少女のことを聞く事になった。
治癒術式が済んだバティルより、作戦会議が始まった。
内容は、どう遺跡を突破し町にたどり着くか。
遺跡はセトたちが調査していたときと状況が違う。
黒い巨人の攻撃で、第一層目が崩壊し今まで使用していた道が出口に繋がっているか分からない状態だ。
最悪、入ってきた入り口以外使用できない可能性もある。
だが、黒い巨人が待っているところに戻るのはよろしくない。
不確定要素が多いがほかの出口を探すことに決定する。
遺跡内での行動の方針は、
魔獣メアと遭遇しないこと、ただこれだけだ。
万全の状態で挑んだのなら何とかなるかもしれないが、今は風の団のメンバーが疲弊している。
術式を多様しているハンサも疲労の色が顔に浮かんでいた。
魔力が枯渇することは滅多にないが、術式の多用は体に負担がかかる。
状態が悪化すると魔力に対して拒絶反応を起こし、しばらく術式が使用できなくなる恐れがあった。
あまり無理はできないだろう。
作戦の方針が決まり、出発の準備を整えているところ、アズラが赤毛の少女に話しかけた。
もう安心だと思えるようにやさしい声色で、少女のことを聞いてみる。
「こんにちは、お話してもいいかな?」
アズラの問いかけに少女は小さく頷いた。
「わたしはアズラ。あなたのお名前は?」
「・・・」
「ちょっと恥ずかしいのかな、ゆっくりでいいからね」
「ちがうの」
「?」
「わからないの・・・」
「分からないって?」
「なまえ、なまえがわからないの」
赤毛の少女は自分の名前が分からないと答えた。
この返答は予想していなかったのかアズラはどう答えていいか分からなくなる。
名前が分からない。
恐怖で混乱しているのか。
何らかの原因で記憶がないのか。
ともかく、少女の身に何かが起きているのは明白だった。
「大丈夫、大丈夫だからね、わたしたちと一緒にいれば思い出せるから」
「・・・うん」
根拠は無かった。無いがアズラは、少女を安心させようと口を紡いだ。
黒い巨人に狙われていた恐怖が和らいでしまえば、思い出すだろうと考えそう答えた。
赤毛の少女は、今も恐怖に震えている。
知らない場所、知らない人、自分を狙う巨人。
安心するには、不安要素が多すぎる状態だ。
まずは、不安を取り除くことから、アズラは始める。
「よし! じゃあお姉ちゃんがあだ名をつけてあげる」
「あだ名?」
「親しい人同士で呼び合う特別な名前だよ。わたしは、弟のセトからはアズ姉って呼ばれてるの」
「お姉ちゃんだからアズ姉なの?」
「そうよ、だから、わたしのことお姉ちゃんだと思ってアズ姉って呼んでいいよ」
「い、いいの?、・・ア、・・・アズ姉さん」
「うん!、アズ姉さんだよ。じゃあ、あなたは・・・、わたしの妹だから、・・・リーベ、リーちゃん!」
「リーちゃん・・・、わたしの名前、リーちゃん」
赤毛の少女に、自身を現す記号が与えられた。名前はリーベ、あだ名はリーちゃんだ。
何もない自分から、世界と繋がるための名前を与えられた。
世界と人に自分を紹介するための言葉。
リーベの不安が薄らいでいく。
アズラがリーベと話している間、風の団の面々は、装備のチェックをしている。
防具は使い物にならなくなっており、剣も折れてしまっている。カイムとジズの剣を
ガルダとヴィドフニルの予備の剣で補う。
これで一人一本ずつ。
装備はなんとかなったが、体力はどうしようもなかった。
みな疲労困憊の顔色だ。
団長バティルの疲労がかなり激しい。
カイムとジズが戦闘不能になった後も一人で戦い続け、二人が動けるようになるまで担いで移動していたのだ。
さらに、先ほどの黒い巨人との戦闘で放った、白銀の一閃。
これは、全身を満たす魔力をすべて剣に注ぎ込み、剣の構成要素そのものを変化させる。
マグヌス流奥義 魔装。
構成要素の変化にともない、剣が白銀に輝く。まさに神話に登場するような剣の輝き。
知らない人が見れば、みな神話を見ているとそう思うことだろう。
強大な威力と引き換えに、魔力のすべてを消費する諸刃の剣。
バティルは今、魔力枯渇に陥っていた。
通常の剣術なら使用できるが、マグヌス流の技はほとんど使用できない。
マグヌス流は魔力の使用を基本にした流派ゆえに、魔力枯渇に陥ることは避けなければいけない。
しかし、黒い巨人を相手にそんな悠長なことはいってられなかった。
バティルは迷うことなく使用し黒い巨人を退けたのだ。
風の団がこの状態では遺跡の脱出をどうするかが問題となる。
戦闘可能メンバーは、接近戦担当のセト、ガルダ。
術式使いのアズラ、セレネ、ハンサ。
工作や遠距離担当のヴィドフニル。
このうち、ハンサとヴィドフニルは疲労が溜まってきている。
遺跡をフルに活動できるのは、セト、ガルダ、アズラ、セレネの4人だ。
この4人を中心に遺跡を進み、残りのメンバーを出口まで誘導することが必要だった。
「なさけねぇが、お前達を頼るしかなさそうだ。頼めるか」
「はい、任せてください」
「わたしたちなら大丈夫です」
「ぼくも精一杯がんばります。」
「団長、自分が子供たちをサポートしますので安心してください」
バティルの頼みに応える。期待に応えてみせるとセトたちは強く強く頷いた。
準備を整え、遺跡の奥へ進んでいく。
奥はいきなり第二層だ。特別指定個体メアのテリトリー。
今の状態で遭遇すれば、犠牲はさけられない。
確実に一歩ずつ、前回のようなヘマはしないようにしなければ。
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第二層は辛うじて形を保っていた。第一層は瓦礫の山となっているだろう。
第一層からの脱出はかなり厳しいと考えるべきだ。
今まで知られたルート以外を探し当てるしかない。
第一層が崩壊したことで、新たなルートが出現している可能性もある。
セトたちはまず、上に上がれそうな道を探した。
あれだけ広い空間だった第二層が瓦礫でグチャグチャになっている。
空間が広かったため、隙間が残り通路となっていた。
セトが空間の中央に目を向ける。アハットの巣の中心、空間の中心に鉄骨を組み合わせコロニーが在るはずだった。
今は、瓦礫の山となりどれがコロニーだったか分からなくなっている。
時折、瓦礫を運ぶアハットを見つけ気づかれないように進む。
アハットはこんな状態になっても、コロニーを立て直そうとしているのか。
普通なら新しい住処を探しそうだが、彼らにはここ以外に無いのかも知れない。
瓦礫に隠れて、休憩を取っていく。
風の団のメンバーはついてこれはするも無理をしているのが目に見えて分かる。
セトたちから休憩を取らないといつまでも歩いていそうだった。
リーベも慣れない道を懸命についてくる。リーベは服を上着のワンピースのようなものしか着ていない。
靴や下着は何処にいったのか、謎が残るがとりあえずサイズの合うセレネの下着をはかせ、靴はアズラのを渡した。
アズラは足を魔力で包んで保護している。
セレネの下着が無くなったが仕方が無い。諦めてもらおう。
メアから逃げる時に使用した、亀裂の道が見えた。
まだ距離があるが、あそこは無事のようだ。
残念だがあそこの出口は、黒い巨人の放った破壊の光の直撃を受けて消滅している。
道だけが残ったようだ。
セトたちは長い鉄骨の上を歩いていく、崩落で落ちてきたのか丁度中央を横断するように倒れていた。
崩壊しているとはいえ、巣の在った場所を歩いていく。
ガルダが先行し警戒に当たる。鉄骨の下にはアハットたちがワラワラと動き回っていた。
落ちれば命の保障はない。セトたちの足に緊張が走る。
鉄骨の中央付近まで来たところで、ギギギギギィと鉄の歪む音が鳴り始めた。
セトたちの重さで鉄骨が動いてしまったのだろう。
鉄骨が落ちる前に急いで渡ろうと急ぎ始める。
鉄骨が揺れ始めた。崩落を警戒し足を止める。
揺れが収まった。セトとセレネが思わず胸を撫で下ろす。
アズラは、場の雰囲気が変化したことに気づいた。
ガルダも気づいたのだろう。辺りを見回している。
とくに変化はないようだ、何かが消えている気がするが。
いなくなっている。下にいたアハットたちが消えた。
ガルダはみなに先を急ぐように指示を出す。嫌な予感がする。
一人ひとり急いで鉄骨を渡っていく。
何故、アハットたちがいなくなったのか。さっきの揺れが原因か。ガルダはこの状況の理由を探る。
違う、揺れが原因ではない。アハットたちが鉄骨に上がったから揺れたのだ。
つまり、
「しまった!! 皆さん何かにつかまって!!」
ガルダが叫んだ瞬間、鉄骨の道がひっくり返った。
ドゴォォ! と重量感のある音を響かせ瓦礫を増やしていく。
セトたちは鉄骨から投げ出され、バラバラに落ちてしまった。
「アズ姉!! みんな!!」
「わたしは大丈夫、それよりも!」
セトたちの周りを赤い目が囲んでいる。
カチカチと音を鳴らし、その分厚い鉄の甲殻を見せ付けてくる。
アハットたちに囲まれていた。全部で10いや20体はいる。
「アズラちゃん! セレネちゃん! 術式を準備して、土でアハットの動きを止めるよ」
ハンサの指示でアズラとセレネは術式を唱えていく。
その間、セトとガルダは3人の護衛に、ヴィドフニルが風の団とリーベの面々を守りつつ援護体制に入った。
「全部を相手にする必要はないから。一点突破でいくからね」
真正面のアハットに狙いを定める。
先にアハットたちが仕掛けてきた。口と思しき部分から火の礫を吐き出してくる。
魔獣メアほどではないが、その威力、貫通力は脅威だ。
ドドドドッとハンサが土の術式で壁を展開した。バスッカンッ!と火の礫を弾き返す。
一発でも貰えば、体に穴が空く。アハットたちの攻撃は弓矢を強力にしたものだ。
矢の代わりに鉄の球を異常な速度で吐き出してくる。
アハットの攻撃原理が解明されれば、戦争の形が変わるだろう。
そういわれるほどの脅威だ。
「「スタンドアップ・コード・P.D.M.S・セットアップ・クレスト・アダマー・エリアコード・B」」
アズラとセレネが術式を展開した。
術式で瓦礫を操り、前方のアハットにぶつけていく。ドガァ!とアハットの体に直撃し押しつぶしていく。
倒せないまでも、動きを封じる。
広範囲に亘り6体ほどのアハットを瓦礫の下敷きにした。
これでしばらくは動けないだろう。
残りは無視して、この場を離脱していく。アハットの足が遅いのが幸いだった。
後ろから火の礫が飛んでくる。
セトたちの顔や腕を掠めて傷をつけていくが、セトたちはそれを無視し瓦礫の中に飛び込んでいった。
なんとかアハットたちを撒き、瓦礫に身を隠す。
先ほどアハットに見つかったのは、鉄骨から音を出してしまったからだろう。
アハットは音に敏感だ。その音が生物が出した音なのかどうかを正確に聞き分けてくる。
それは、脅威だが同時に弱点でもある。
アハットが反応する音を出せれば、うまく誘導したり、攻撃をかわすことも出来る。
アハットは経験の浅い戦士などには厳しい相手だが、ベテランにはただの動く鉄の塊となる。
今は、そうもいかないのが苦しい所だ。
仲間の状態を確認をする。全員無事のようだ。傷が増えていたが動けないほどではない。
ハンサが治癒術式を使用しようとしたが、セトたちは断った。
これ以上の無茶はさせられない。
術式を使用するたびに疲労が増している。
命に関わる傷を負ったら、その治療でハンサが疲労により命を落としかねない。
状況からして、後1、2回の戦闘が限界と考えたほうがいいだろう。
それを超えると、仲間が一人、また一人と倒れてしまう。
バティルたち、風の団は状況が思ったほど好転していないことに危機感を積もらせていた。
黒い巨人から逃げ切れたのはいいが、遺跡内部が崩壊したせいで、アハットたちが遺跡全体に散らばってしまっている。
安全なルートの消失、さらに出口があるかどうかも分からない。
判断を誤ったか。
いや、あの状況ではこれが最善だったと、バティルは自分を納得させる。今、不安になってもどうしようもないのだから。
瓦礫の山を抜け、第一層だった場所に出る。
道は消滅し、鉄骨と何かが流れていた管、そして柔軟でカラフルなツタ? が新たな道を作り出していた。
上を目指しながら、外に出れそうな所がないか探していく。
いったいどれほど地面に埋まっているのか分からない。
それでも、少しでも外に繋がりそうな道を探す。
「鉄と瓦礫ばっかりです・・・」
「セレネ、がんばろう。もうちょっとだよ」
(セトはやっぱりやさしいな)
「そうですね、こんな所で弱音を吐いていられません」
「あそこのでっかい管の所、通れないかな?」
「行ってみましょう。通れるかもしれません」
セトが見つけた大きな管を調べていく。丁度、人が一人通れそうだった。
みんなを集めて中に入る。
中は意外ときれいで管の中はヒンヤリと涼しかった。冷たいものが流れていたのだろう。
亀裂の道でもそうだったが、遺跡の内側は冷やされているようだ。
管の中を風が吹いた。そよ風だが、ひさびさにセトたちは風を感じた。
「空気の流れ! 外と通じているかも知れんぞ」
ヴィドフニルの言葉にみな喜びを浮かべる。
風をたどって管を進んでいく。だんだんと足が速くなっていく、早く町に戻りたい、その気持ちがセトたちを急がせた。
管が終わりを迎え、壁の隙間から外の光が差し込んでいた。
セトたちが光の方に向かっていく、外と繋がる後少しのところで光が差し込む床を前に武器を取った。
魔獣メア
どこにもいないと思っていたら、最も外に近いところで佇んでいた。
セトたちが警戒し身を隠すも、メアは反応を示さない。
日の光を、外を見ている。
黄昏ているようにも、懐かしんでいるようにも見えた。
すると、唐突にメアが壁を殴りつけた。壁が崩れ外の空気が入ってくる。
セトたちが動けないでいると、メアはそのまま遺跡の奥に戻っていく。
一回だけこちらに目線を向けた。
気づかれていたようだが、メアは見逃した。理由は分からない。もしかしたら外に出たかったのかもしれない。
セトはメアが、リーベを見ていたような気がした。