モブの魔法使い
「ふん、お前の力はその程度か。笑わせてくれる」
「くそ! 俺に……俺にもっと力があれば!」
主人公が悪役に圧倒されている。
建物の陰からその状況を見ている俺は、ついウズウズしてしまう。
あー、俺がぶっ飛ばしてぇなぁ。
これは虚勢でもなければ見栄でもない。なにせ、俺はモブキャラのくせに魔法が使えるのだ。
恐らく、なにかの手違いで授かった能力だと思う。
俺のような名前もなければ歳もわからないモブキャラに能力を与える必要性など皆無だからだ。
なんの因果か。ただ逃げ回る一般市民になるはずだった俺が、主人公よりも強いだなんて。
強い。確かに俺は強い。だけどそれは必ずしもプラスにはならない。何故ならば俺は脇役で、あくまで主役は彼だからだ。
ちょっと考えれば、自分のしてはいけないことなんてわかる。もし俺が主人公だったら立ち直れないだろう。モブキャラよりも弱い主人公など前代未聞だ。
だから俺は助けに行けない。主人公のプライドを傷つけてしまうから。
俺に、ちゃんとしたキャラ設定があれば。いや、そもそも最初から、こんな能力さえ授からなければ良かったのだ。
そうすれば「うわー! 崩れるぞ! 逃げろー!」とか言っているだけで良かったのだ。
こんなに苦悩することなど、なかったのだ。
「どうした? もう終わりか?」
「な、なんてことだ。覚醒した俺の必殺技すら効かないなんて……!」
建物の陰から見える闘争劇は、そろそろ終盤を迎えそうだ。
しかし、随分と引っ張り過ぎではないだろうか。
主人公の奥の手は、もう出してしまったし、ここから逆転する方法など簡単には思いつかない。
まさか、このまま主人公が死んでしまう?
いやいや、有り得ない。そんなのストーリーが破綻してしまう。
だけど可能性はゼロではない。もちろん限り無くゼロには近いだろうが……。
「拍子抜けだ。余興にもならん。お前はこの舞台にはふさわしくないようだ、ご退場願おう」
悪役の剣先が、主人公の喉元を捉える。
くそ! なにしてんだ仲間たちは!
ここは「わりぃ、遅れちまった」とか言って、遠くからなんか撃ったり投げたりするところだろう。
しかし、仲間たちが来る気配は、全くと言っていいほどにない。一体どうなってんだ。
その時、俺の頭の中に1つの推測がよぎった。
まさか、俺という存在がバグみたいになっていて、ストーリーを変化させているのか。
そうだ、それは十分に有り得るんじゃないか? だとすれば、このままだと主人公は本当に……。
「……この戦いが終わったら、一緒にアイスクリーム食べるって……約束したのにな……」
あれは……! 死亡フラグだ! まずい!
「ふはは! さらばだ! 哀れな主人公よ!」
刹那。振り下ろされた悪役の剣は。
ーー俺の魔法壁によって完璧に防がれていた。
「な、なんだ貴様は!」
「き、君は……?」
「名前は、ありません。いや、忘れてしまいました。まぁ、モブとでも、呼んで下さい」
やってしまった。つい、舞台に上がってしまった。でも、仕方がないじゃないか。目の前で主人公が殺される結末なんて。寝覚めが悪くなるに決まってる!
「貴様、その力……ふふ、面白い! パッとしない雰囲気のわりに、ちょっとは楽しませてもらえそうだ」
「そうですか。それはなにより。でもそのパーティータイムは」
「すぐ終わってしまうかも知れませんよ?」
俺は瞬時に悪役の頭上から、魔法剣を叩きつけた。
その衝撃から生まれた余波で、大地は裂け、直撃を受けた悪役は、反動で天高く宙に舞い上がった。
「ぐはっ! な、なんだ、この力は!」
「どうです? 楽しんでくれていますか?」
この高低差では、恐らく聞こえていないだろうが、一応言っておく。
「す、すごい……モブ……君は一体……?」
満身創痍の主人公は、驚きを隠せないようだ。
まぁ、それはそうだろう。こんなのおかしい。俺自身がそう思ってる。
「ぐはっ!」
スカイダイビングを終えた悪役が、地上に降りてきた。いや、落ちてきた。
どうやら、体を起こすこともままならないようだ。もう戦う力は残されていないだろう。
「モ、モブ……何をしているんだ、奴にトドメを!」
悪役に背を向けた俺に対して、主人公は叫んだ。
「主人公さん、僕は、こいつにトドメはさせません」
「な、何を言ってるんだ! 逆だ! 君以外にそいつを倒せる者なんていない」
「そうですね、少し語弊がありました。僕はこいつを倒してはいけないんです」
主人公の表情が疑念と困惑に染まる。
「どういうことだ?」
「僕は、脇役です。名前すら与えられていない、ただのモブキャラなんですよ」
「そんな僕が英雄になんかなれませんし。元からあなたを差し置いて、英雄なんてなる気もありません」
「そんなこと……!」
「僕という存在が、あなたの運命を狂わせているんです!」
「なんだと?」
「自らの意思ではありません。ですが、何故か僕は強大な力を手にしてしまった」
「きっとバグかなにかでしょう、その真相はわかりませんが」
「とにかく、ストーリーは書き換えられた。僕のせいであなたは死にそうになってしまったんです」
主人公は、黙ったまま俯いている。
表情は見えない。だが、小刻みに肩を震わせているのは見てとれた。
それは怒りからか。それとも悲しみからか。
どちらにせよ、彼を傷つけてしまったことには違いないだろう。
「俺は……」
「俺は、君が来てくれなければ確実に死んでいた」
「誰がなんと言おうと救ってくれたのは君だ。俺にとっての英雄は、モブ。君だよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の中に熱い何かが込み上げてきた。俺は、もしかして大きな勘違いをしていたのではないか。
勝手に主人公を弱い人間だと決めつけて、脇役であるからと、自分の存在に言い訳をしていたのではないか。
目の前の満身創痍の男は、笑っている。
運命を書き変えられ、ボロボロになって。
恨むどころか、感謝をしている。
一方で、俺はどうだ。
傷ひとつない人間が、悲劇を語って。
こうなってしまったのは、自分のせいじゃないと。
そしてあまつさえ、彼を助けたことさえ、仕方がないと言っているのだ。
「……やっぱり、あなたは主人公ですね」
「決めました。僕はこの『魔法』で『魔法使いの僕自身』を消します」
「消す、だと。何故だ? どうしてそんなことを」
「そうですね。強いていうなら似合わないから、でしょうか」
「僕は、きっとあなたよりも弱い存在でありたいんです」
「そうか……。また、会えるか?」
「えぇ、きっと」
こうして、俺はただのモブキャラとして、人生の再スタートを切ることを決意した。
◇
「ふははは! 焼けぇ! 街を焼き払えぇ!」
広場でコーヒーブレイクを楽しんでいた午後。
見るからに悪役っぽい奴が、突然街を焼き払い始めた。なんて奴だ。まるで悪魔だ。
街はパニックだ。民衆は逃げ惑い、その顔は皆同じように絶望に歪んでいる。
そんな中、1人の青年が呑気に椅子に座りながらコーヒーを飲んでいる。なにやってんだ、こんな時に!
老婆心ながら、俺は青年に声をかけた。
「そこのあなた! なにやってるんですか! 早く逃げないと丸焦げになりますよ!」
すると青年は、笑いながら言った。何故か懐かしさを感じてしまう、不思議な笑顔だった。
「大丈夫さ、モブ。俺には魔法があるからな」
俺の事をモブと呼んだ青年は、コーヒーカップをゆっくりとテーブルに置き、業火の街へと消えていった。