表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

とある神官曰く

 あれ、どうしました? 書類ならもうイェットの奴が持って行ったはずですけど……。

 休憩? そうですか、神子様の話を聞きたいという人が……。

 あはは、良いですよ。時々来るんですよねぇ、そういう人。じゃあ、まずはお茶でも淹れましょうか。


 そうですね、当代神子――アマリアリカ・ヴィセル様は、三年前に市井で見つかって、そのまま神殿に上がって来られた方です。

 とても市井の出とは思えない、凛とした雰囲気をお持ちの方で――ああ、丁度この紅茶みたいな色を纏っていらっしゃいますよ。

 ふふ、あの方の髪はまるでブランデーを混ぜた紅茶のような色をしていますし、瞳の色は蜂蜜入りの紅茶のようだと言われているんです。お陰で今、巫女や神官の間では密かに紅茶が流行でしてね。王宮にも時々発送しているはずですよ。


 それで、初めはその、ずっと下町暮らしをしてきたということで不安に思う人も多かったんですが……蓋を開けてみれば、予想に反してアマリアリカ様は随分としっかりした少女でした。当時まだ十五歳だった彼女を神官たちが迎えに行った時も、まるで全てが分かっていたかのように、質問も騒ぎ立てもせず、慌てる両親を宥めて大人しく付いて来たそうです。


 ……そうですね、本当に分かっていたのかも知れません。

 全知全能たる聖霊神に、神子は人の中で最も近しい存在です。大神官様の仰るように、彼女が密かに神より託宣を受けていたとしても全くおかしくはありませんからね。


 初めてアマリアリカ様を拝見した時は驚きました。圧倒的な霊力が小柄な身体を包み込んで、嵐のように轟々と渦を巻いているのです。

 正直、アマリアリカ様が平然としているのが信じられませんでした。あれは下手な者が近付けばたちまち喰われてしまうでしょう。


 尤もアマリアリカ様ご本人は、乱暴な性格なんかじゃありません。無口ですが、誠実な方ですよ。折角お可愛らしい顔立ちをしておられるのに、あまり表情を動かさないので世話役の巫女たちなどは残念がっておりますがね。

 何でも巫女たちを労って、自ら紅茶を淹れて下さることもあるとか。


 ええ、そうです、オレンジマカナのブレンドティー。あれはアマリアリカ様オリジナルの配合を、商会を通し、許可を得てブランド化したもので、今は神殿の貴重な収入源となっておりますよ。

 ……ご存知でしたか。確かにその一部はアマリアリカ様のご意向で、あちこちの孤児院や災害対策に寄付させて頂いております。あ、イェットが持って行った書類がその関係ですよ。早めにチェックしておいてくださいね。

 はい、他にも幾つか、アマリアリカ様の案を元に作られた商品がありますよ。良かったら、今度商会にでも尋ねてみてください。


 ああ、でも、アマリアリカ様ご自身にはあまり物欲はないようですね。収益の一部をアマリアリカ様にも収めさせて頂いているのですが、あまり使われた形跡がありませんし。

 世話役の巫女たちだって、本当はたった二人ではなく、もっと付けても良いくらいなのですよ? それでも、ほとんどやらせる仕事が無いのだから巫女たちとて居たたまれなかろうと、早々に人数を減らさせて……。


 はい、あの方も元は下町の出だけあって、何でも自分でこなされることに慣れておられるのでしょう。ただの神子である己よりも、偉大なる聖霊神様の慈悲とご意志を守り従うことに徹せよと、日々の勤めや孤児の保護に人手を回すよう仰られておりました。


 勿論あの方自身、孤児院にはよく寄付を送っておられます。本当は自ら足を運びたいでしょうに、神殿から出られない御身ではそれも許されず……せめて平穏な生活をと願うあの方の憂い顔が目に浮かぶようですよ。


 ……神子付きの補佐官殿ですか? 勿論よく知っていますよ。何せいつもアマリアリカ様の傍にいらっしゃいますから。

 まさに以心伝心と言いますか、およそアマリアリカ様の意図を読み取ることにかけては、あの人の右に出る者はいないでしょうね。

 エルシオーラ殿は、先代テフルレネ子爵家のご嫡男なんですよ。何でも子爵本家には子供がなく、幼い頃、庶子であったエルシオーラ殿が正式に引き取られたとかで。

 ご両親が旅行先で事故死されたのを期に、十二歳で家を継がれたそうです。当時から神童と騒がれていた人ですが、たった十二で完璧に家を纏めてしまうんだから、やっぱり次元が違いますよねー……。アマリアリカ様が重用なさるのも分かると言うか。


 エルシオーラ殿の性格ですか? 温厚で通っていますよ。いつも笑顔で、日々真面目に務めを果たしてくれています。

 実はこの前も私の友人の神殿兵が、彼に提出書類のミスを指摘してもらったそうで……ほら、神殿兵なんて訓練ばかりで、書類仕事は苦手な奴の方が多いじゃないですか。だから時々泣きついて、こっそりチェックしてもらうんだそうです。

 ――あ、これ秘密にしといてくださいよ! ほんとは手伝わせたら駄目なのを、困り果てたあいつらが無理言ってるんですから! ……それにその、私も汚い字で手間取ることや残業が減りましたし……。


 ――え? あはは、そりゃそうでしょう。あそこまで優秀で顔も良いんですから、エルシオーラ殿はかなりモテますよ。

 尤も彼の場合、常にアマリアリカ様が第一で、女性と交際している様子はありませんけどね。まあ彼もまだまだ若いですし、後継者問題なんか考えなければならない時期ではないでしょう。


 それは勿論、エルシオーラ殿は強さも魔力も一級品ですよ。だからアマリアリカ様の護衛も兼任しているんです。時々神殿兵の訓練場にも顔を出しているみたいですよ。


 ……、そうですね……。以前、神殿でお茶会があったことをご存知ですか? 国内の貴族を何人かお呼びして、アマリアリカ様の顔合わせを兼ねて行われた会です。

 実はあの時、招待客を狙った刺客が入り込んでいたそうで。

 今まさにお茶会が始まろうというその時、アマリアリカ様がいきなり椅子ごと後ろに倒れ込んだんです。

 反射的にざわめきかけた招待客たちには構わず、アマリアリカ様は倒れ込みながらテーブルの一つを蹴り上げました。そうして、テーブルについていたゲストの一人が転げ落ちた瞬間、そのゲストの肩布が吹き飛んだのが見えたんです。


 ええ、遠距離魔術で狙撃を受けたんですよ。


 最初の一発はゲストの肩を掠めましたが、続く二発はアマリアリカ様が盾にしたテーブルに防がれました。

 アマリアリカ様とエルシオーラ殿がアイコンタクトを交わしたのはその時でしたよ。エルシオーラ殿はアマリアリカ様の無言の指示を的確に読み取って、即座に犯人を捕らえに走ったんです。

 全てを任せたアマリアリカ様は、余程ご自身の補佐官を信頼していたのでしょう。何せエルシオーラ殿は紫の魔力を有する、優れた魔術の使い手ですからね。朱金の霊力を持つアマリアリカ様に次いで、魔術素養は大きいのです。

 アマリアリカ様に守護結界を張り、索敵と身体強化、足止めの魔術を同時並行で使用するエルシオーラ殿の技量は、国内でも指折りと言うに相応しい雄姿でしたよ。犯人はあっという間に捕まり、見事な手際とスピード解決に、大神官様やゲストの方々はお二人を絶賛していらっしゃいました。


 それから、聖誕祭の事件も有名ですね。ほらあれ、毒入りケーキの。

 実は私、丁度あの時、厨房に居合わせたんです。

 ほら、聖誕祭の時は、あちこちから持ち寄った特別なケーキやお菓子に、神殿で最後の仕上げを施してテーブルに乗せるでしょう? その仕上げの人手が足りなくて、手伝いに駆り出されたんですよ。

 作業中の厨房に、アマリアリカ様はふらりと現れました。

 ほとんど気配がなかった上に皆忙しかったから、最初はそれがアマリアリカ様だとは気付かなかったんですけど……すぐ後にエルシオーラ殿が入ってきたことが給仕の反応で知れて、それでようやくお二人の存在に気付いたんです。

 アマリアリカ様は並べられているお菓子を、感情の見えない目でしばらく観察していました。それから徐に手を伸ばして、ケーキの一つを勢い良く、床に払い落としてしまわれたんです。

 流石にぎょっとしましたよ。癇癪でそんなことをするような方じゃありませんから。

 でも、すぐに同じ形のケーキを作り始めたエルシオーラ殿の姿に、アマリアリカ様がまた何かを察知なさったのだと分かりました。


 ……後で分かったことなのですが、その落としたケーキには毒が仕込まれていたそうですよ。

 神殿派だと思われていた貴族が寝返っていて、邪魔な神殿派貴族の何人かを始末するために、工作したケーキを寄付したそうです。

 犯人は、ケーキを食した者に何も異常が起こらないことに驚き、挙動不審になっていたところを捕まりました。

 証拠集めも、アマリアリカ様に指示されたエルシオーラ殿が手伝ったそうです。危険な情報がごろごろ出てきた挙げ句、犯人が隣国と繋がっていたことまで判明しましてね。その時のエルシオーラ殿の手腕といったらもう――ああ、すみません、つい興奮して。


 ともかく、エルシオーラ殿はアマリアリカ様の守護に関してその優秀さを遺憾なく発揮しています。

 言っておきますが、アマリアリカ様もまたエルシオーラ殿を全面的に信頼し、命を預けていらっしゃいますよ。時々エルシオーラ殿を引き抜きたいなどと言ってくる方がいますが、エルシオーラ殿がいなくなることはアマリアリカ様にとってあらゆる意味で大損失ですから、もしもあなたもそう考えているのなら、神殿としては許可するわけには――


 ――そうですか、それは失礼しました。いやあ、年々そういった申し出が増えているもので、ちょっと過敏になってしまいまして……すみません。


 ……そうですね、エルシオーラ殿がアマリアリカ様のお気に入りだということは有名ですから、取り込めば神子に近付けると考える者も多いんじゃないでしょうか。

 使い方さえ誤らなければ、この国で神子の権力は絶大ですからね。他国でさえ無視はできないでしょう。


 ……はい勿論、アマリアリカ様ご自身もですよ。

 やはり神子の血筋が欲しいと言ってくる連中は多いんですよね。国内国外問わずです。まあ、そちらはエルシオーラ殿が全てカットしているようなので、アマリアリカ様のお心を煩わせることにはなっていないでしょうが……。


 ――当然です。アマリアリカ様は、我が国の誇る最高の神子様ですよ。

 その霊力、カリスマ、矜持、行動力。歴代稀に見る逸材です。

 アマリアリカ様は、まこと神子を名乗るに相応しい、素晴らしい方だと思います。最も分かりやすく心酔している大神官様なんか、絵の巧い神官をスカウトしてはせっせと絵姿を描かせていますよ。七十歳にもなって元気な人ですよねぇ……。


 叶うならアマリアリカ様には、これからも末永く国を見守って頂きたいものです。その傍にはエルシオーラ殿が居れば尚のこと良い。あなたもそう思うでしょう?


 ……おや、もうお帰りに? そうですね、そろそろ休憩も終わりですし。


 はは、ではもしもアマリアリカ様にお目にかかることがあったなら、どうぞ宜しく挨拶と感謝をお伝えしておいてください。神官や巫女には、孤児院出身者も多いのですよ……例えば私のようにね。


 お気を付けて。午後の仕事も頑張りましょうね。





 パタリと静かに閉じたドアを見送って、神官は書類の仕分け作業に戻った。

 途中、一度だけティーポットを見て、そこに湛えられていた紅茶の色を思う。

 彼の敬愛する、優しい紅茶色をした神子様はきっと、今日も同じ神殿の下、静かに祈りを捧げているのだろう。

 収められた商品収益を使わない神子→いつの間にやら転がり込む得体の知れない大金にビビリ上がっている。個人的な買い物に使うのは怖いから、寄付金の方に回そう。


 ただの神子である己よりも、偉大なる聖霊神様の慈悲とご意志を~ →エル、君に決めた! 通訳してくれ、必殺・ふわっとした表現!


 神殿から出ることが許されず~ →引き籠もりに見せかけて、実際はほいほい変装して抜け出してる。この見張り、貧弱貧弱ゥ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ