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とある神子様曰く

 ねえねえ今ヒマですか? じゃあちょっと私の話を聞いてくださいよ。

 ……、……なんか身も蓋もないなあ……。ええそうですよ、愚痴です愚痴。

 良いじゃないですか、私がここ三年くらいで一気に環境が変わっちゃって、正直付いて行けてないことは知ってるでしょう? 時々ストレス溜まって仕方なくなるんです。ほんとちょっとで良いからお願いしますよー。


 ……あー、そうですね、もう三年も経つんですねぇ。

 三年間、酷かったですよ。なんかもう、坂道を転がり落ちるような感覚って言うか、いや世間一般的に言えばむしろ上り詰めてるっていうのは分かってるんですけど、周囲の変化が目まぐるし過ぎて流されっぱなしの自覚はあります。


 だってそうじゃないですか、ド庶民だった私が、如何に神の子の証たる朱金の霊力を持っていたからって、色々スッ飛ばしていきなり神子の地位、つまりは神殿のトップですよ? どんだけこの国神子に依存してるんですか。場合によっては神子の言葉が王族の決定すら左右するって、そんな役目たかが十八歳の小娘にやらせるもんじゃないでしょう!

 断固拒否したかったけど、下命に逆らうなんて自殺行為だし、茫然としてる間に全部が終わっちゃった感があって……。

 いや、実は私、迎えの神官が家に来た辺りから意識が吹っ飛んで、それからしばらく記憶ないんですよ。あれ絶対テンパってあばばばばってなってましたね。今更だけど、なんかやらかさなかったかな……。


 霊力に目覚めたのだって……えーと、当時のことは記憶が朦朧としててちょっと覚えてないんですけど、なんか割とただの成り行きだったような気がします。

 大神官様が言うような神託も下ってなければ、大層な使命に目覚めて能力が覚醒したわけでもないですからね? あれ百年振りに神子が出てきてヒャッホーしちゃった大神官様の妄想ですから。あの人の頭の中で、私千倍くらい神々しくフィルターかかってるから。


 大体、何で私がこんなことに……、いや曾祖母様のことなんて知りませんよ。

 確かにうちが、昔神子やってた曾祖母様の異母兄弟が作った庶子の血筋だとは聞きましたけど。

 でもそんなもん、もうほとんど他人じゃないですか。じいちゃんもばあちゃんも叔父さんも叔母さんもみいんな下町生まれ! 実際私は曾祖母様の絵姿すら見たことがないし、生活だって完全に一般庶民でしたからね?

 元神子や貴族と血が繋がってるなんて、父さんや母さんだって知らなかったんじゃないかな。お陰で上流階級のマナーも常識も分からなくて、エルがいなかったら絶対に対応なんかできませんでしたよ。


 ……え? 一部の貴族が、エルシオーラの引き抜きを検討してる?

 ぎゃああああ、駄目駄目駄目駄目、絶対駄目! そりゃエルは物凄く優秀だから目ぇ付けたくなるのは分かるけど、今持って行かれたら私生きて行けない!


 ……ええ、そうですよ。ほんともう、彼にはいつも助けられてるんです。

 私が庶民嫌いのジャスハーウェ伯爵に誘拐された時も、仕事で訪問した孤島で連続殺人事件に巻き込まれた時も、貴重な本がごっそり書庫から盗まれて大事件になった時も、守護獣の森が火事になりかけた時も、暗殺者がわらわら群れてきて死にかけた時も、止まない豪雨のせいで作物が腐りかけた時も、隣国の情勢に煽られてクーデターが起こりかけた時も。

 エルがいなかったら、私一人でどうにか出来た自信、全くないですもん。


 ――そうなんです、エルはすっごく優しいんですよ!

 コミュ障の私に代わって周りに話を通してくれることも多いし、私がどんなにビビリでヘタレでも笑わないし。

 あれで私と同い年ってことが信じられませんね。どうしてあんな優秀な人が私の補佐官なんてやってくれるんでしょう。いや、もう私、エルには苦労ばっかりかけさせてる気がします。


 例えば以前、神殿主催のお茶会に出た時に、魔術で長距離狙撃受けた事件があったじゃないですか。

 そうです、私が顔面目掛けて突っ込んできた蜂に吃驚して椅子ごと引っ繰り返って、その拍子にテーブルとゲストまで蹴り倒すという大惨事を引き起こしてしまったあの日のことですよ。

 私はあの時、とんでもない粗相をやらかした絶望と混乱で、いつ狙撃が起こったのかさえ気付いてなかったんですが、あの時もエルが一瞬で相手の居場所を割り出して捕らえに行ってくれてたらしいんですよ。

 後で大神官様やゲストの方々に、スピード解決を凄く褒められてました。私もおこぼれで感謝されたんですが、エルの上司だからってだけで褒めてもらえるのは、なんだか不公平な気がしましたねぇ。まあ、あの騒動のお陰で私の失敗がうやむやになったのだけは、不幸中の幸いでしたけど。


 それからあれです、聖誕祭特製ケーキ崩壊事件。

 神殿派貴族から贈られた、メインに出す特大ケーキの一つを、こっそり厨房に侵入した私がおやつ用と間違えて摘み食いしようとして、丸ごと落っことしちゃった時のことです。

 あの時も私は真っ青になって固まったものですが、エルが元のケーキと寸分違わないものをちゃちゃっと作ってくれたんですよねぇ。いや、パティシエ顔負けの手際でしたよ。

 感謝と感動でべた褒めした時のエル、真っ赤になって照れてましたっけ。あの時のエルは可愛かった……。


 あと、そうですね、隣国の……あ、エル様無双の話はもういいですか? すみません。


 ……そうですね。エルはいつも私みたいなダメ上司の面倒見てくれて、本当に有り難いと思ってます。

 だって、私の身の回りの世話からスケジュールから、ほとんど彼が受け持ってるんですよ。勉強を教えてくれるのも、大半がエルです。読めない本なんてないんじゃないかって思うくらい頭が良いんですから!


 あ、あと、エルは容姿も格好いいですよね。朽葉色の髪も、穏和で優しい顔立ちも、巫女たちに大人気なの、私知ってるんですよ。

 まだまだ若いのにもう子爵位持ってて、神殿勤めのエリートで、真面目で優しくて、顔も性格も頭も良いなんて、流石はエル! 私の友達!

 ……ああ、でもあんなに完璧だと、嫉妬を買わないかが心配ですねぇ。彼、他人に甘いし、苦労性だし、直属の上司はこんな頼りにならないアホだし。影で虐められてないでしょうか……。


 ……え? 絶対大丈夫? あの、そんな投げやりな顔しないで、もっと真面目に考えてくださいよ。私の大切な友達のことなんですから。


 ……そうですよ、エルは優秀な補佐官ってだけじゃありません。

 あのね、今でも私のこと友達だって言ってくれるの、エルだけなんですよ。

 私のことアリカちゃんって呼んでくれて、僕がいるから大丈夫だよって励ましてくれて、私がただの下町のパン屋の娘として暮らしてた頃の話を、何のしがらみもないただの友達同士としていられた頃の話を、幸せな思い出として話してくれるんです。


 それに、役目が怖いのなら逃げてもいいよって言ってくれたのもエルだけでした。

 怖いのは仕方ないって。逃げることを選んでも、それでも僕は今と同じようにアリカちゃんの傍にいるからって。

 周りは家族以外、神子として生きろと叫ぶ人ばかりでしたから、あの時は嬉しかったですねぇ……。


 そりゃまあ、口下手でコミュ障な神子なんて、人に避けられやすい性格の私が悪いことは分かってますよ。でも、勉強を頑張って褒めてくれるのも、頭を撫でてくれるのも、時々こっそり街に連れ出してくれるのも、全部エルだけがやってくれるんです。

 ただの義務なんかじゃなくて、エルが私に好意を向けてくれてるからだって分かってます。神殿の中でエルだけが、私をただの人として見てくれてるんです。

 エルが辞めちゃったら、私、もう一日もやっていける気がしませんよ。少しでも恩返ししたいと思って常々悩んでるんですけど、なかなかうまくいかなくて……。


 ……え、私たちの馴れ初め? ああ、エルとは私が神殿に見つかって、ここに拉致……げほごほ、保護されるより、更に二年くらい前に出会ったんです。

 当時十三歳だった私の前にいきなり現れて「友達になってください」なんて言うから、てっきり近所の家の子かと思ったんですけど。

 その後は普通に友達になって、近所に同年代の子はいなかったから、結局二年間のほとんどを一緒に過ごして……。

 私が神殿に連れて来られた時はもう二度と会えないと思ってへこんだものですけど、翌日にしれっとした顔で補佐官就任の挨拶に来られて思わずズッコケましたよ。いやあ、まさか爵位なんてチートアイテム持ってたとは……。


 思えばエル、私のために将来を決めちゃったんですねぇ……。

 街にいた頃は全然知らなかったけど、エルって凄く優秀なんでしょう? 貴族子弟が十歳から六年間かけて通う王立学院を、二年で卒業しちゃった秀才だって聞きましたよ。

 そんなに凄いなら、もっと別の職場だって見つけられたはずです。そりゃ神殿勤務だってエリートだけど、王宮入りして官僚になる道には敵いませんよ。

 そうすればエルだって、こんな所で新米神子のお守りしてるより、ずっとやり甲斐のある仕事ができたでしょうに……。


 ……勧めてみましたよう、一回だけだけど。

 その、学院のお偉いさんがね、たまたまエルに会いに来たのを見ちゃって。もう神殿での経験はある程度積めただろうし、良かったら他の所に移籍する気はないかって。

 要するにスカウトですよ。

 エルはその場で断ってたんですけど、部屋に戻ってきた時に聞いてみました。

 本当に良いのって。エルには、他にやりたいことはないのって。

 ……はい、いつもの笑顔できっぱり否定されましたけどね。


 ……あのね、私ね、時々不安になるんです。

 いつかエルは、私の所に来たことを後悔しないだろうかって。私なんかの下で燻ってて、折角のチャンスを棒に振り続けても良いんだろうかって。

 エルがどれだけ努力してるか、私だって少しくらい知ってます。人望もある、将来有望な若者なんて、そこらに転がってるわけじゃないですからね。

 だから私は、早く一人でやっていけるようにならなきゃいけないんです。

 エルは責任感が強いから、一度背負い込んだ私を切り捨てようとはしないかも知れません。でも、エルだっていつかは自分のやりたいことが他に見つかるかも知れないじゃないですか。そんな時に、エルの友情を楯にとってエルの人生を縛り付けるなんて、それこそとんでもない裏切りですよ。

 いつまでも甘ったれていないで、エルが安心して手放せるような神子になったら――その時こそエルに、「もう大丈夫」って言ってあげられるんでしょうか。


 ……だからどうしてそんなにげっそりした顔をするんですか。

 私は真面目に言ってるんですよ! こんな滅多にないシリアスシーンでギャグパートみたいな顔をするのはやめてください!

 ……何ですか、逆効果って! 友達に対する精一杯の気遣いなんですけど!


 ――まあとにかくね! エルは私の一番大切な友達で、いつも助けてくれる優秀な補佐官です。彼のためなら大抵のことはするつもりですし、もしも国や神殿が滅びるなら、家族逃がして、私はエルを担いで逃げ出すくらいの覚悟はありますよ。


 ……、……え。いやいや、無茶言わないでくださいよ! 私みたいなビビリに、国と命運を共にするとかできませんし、エルにだってやらせるつもりはありませんから!


 ……そんなもん知りません! エルが残るって言ったって、私は絶対に許しませんよ!

 それはまあ、貴族の責任とかあるでしょうし、ギリギリまで留まるくらいなら妥協しますけど……でも、私一人で逃げるなんて論外です。エルを背後からブン殴ってでも、エルと二人で絶対に逃げます!


 ……いいえ、違います。私はあなたに出会ったことを後悔なんてしてませんよ。ただ、私を問答無用で神子なんて地位に就けた国や神殿が好きじゃないだけで。仕事は真面目にしますけど、命と人生まで預ける気はありません。

 でもまあ、エルが居てくれる限りは、私も多分まだ頑張れますよ。エルがこの国で仕事をしたいと言うなら、別に止める理由もありませんし。


 だけど、国や神殿のために死ぬことは、それが私自身であれエルであれ、許せそうにないです。その時はしっかりエルと――何ならあなたも掻っ攫って差し上げましょうか?


 ――そうですか。あはは、それなら私も――





「――その日が来るのを楽しみにしておきますね。ん、三人で美味しいもの探して旅をするってのも楽しそう!」


 朗らかに笑う、紅茶色の髪と瞳をした少女の手に。

 今は小さな子虎の姿を取る、この国の守護獣たる純白の被毛の巨大な虎は、ごろ、と喉を鳴らして頭をすり寄せた。


《嗚呼、そうだな吾子、アマリアリカ》


 清流のようにさらさらと流れる怜悧な声が、アマリアリカと呼んだ少女の耳を優しく撫でた。碧玉の瞳をゆるりと細め、守護獣は未来を思ってうっすらと笑う。


《守護獣は古の契約に従い国を守るが、それは双方の同意あってこそ。いつか我が役目に飽いたその時は、アマリアリカが望むだけ遠くに行こう。我と、あの人の子と共に、三人で》

「はい! エルもあなたも置いて行ったりしませんから、安心してくださいね!」


 何も知らぬげな笑顔を見せる少女を、守護獣は楽しそうな様子で眺める。


 臆病で、流されやすくて、そのくせ呑気で楽観的で、人が苦手で言葉が足りない。そんな矛盾に満ちた奇妙な少女は、それでも最後の最後に大切なものを取捨選択する合理性と、そして情だけはふんだんに持っていた。

 いつか本当に、己ともう一人を連れて逃げ出すかも知れない少女に付いて行っても良いと思う程度には、守護獣は少女を気に入っている。

 彼女と巡る世界は、きっと鮮やかな色に満ちて美しいだろう。そう考えて、また喉を鳴らした。

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