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未来の話。人を繋げた護衛艦の物語

作者: ミー子

数えてないけど二桁入りました。劣化しました。変です

勇馬は、杏奈の幼馴染で、不思議なことに高校までずっと一緒だった。

併願で受験をして、合格をして、入学をした杏奈と、単願書でどうにか合格をした勇馬。

彼女らはもはや幼馴染というより、姉と弟のような関係で、いつもケンカばかりをしていた。

授業をさぼる勇馬を、杏奈はいつも叱っていた。

時には、学校にプラモデルを持ち込み、立ち入り禁止の屋上に忍び込んで作っていたりもした。

あまりにも自由すぎる彼に対し、杏奈はあきれ果てていた。


「あんたって、本当にガキ!」


それが杏奈の口癖になっていた。


「あ!あんたまたこんなところで授業をさぼっていたのね!?」


くりくりとした目を吊り上げ、セミロングの髪の毛が少し乱れていた。

今日は、また立ち入り禁止の屋上に忍び込んでいる。作りかけのプラモデルが隣に置いてあった。

勇馬は、そんな杏奈に対し、のんびりとした様子で、こう返した。


「たまには肩の力を抜けよ。空とか見上げてさ」


それを聞くたびに、杏奈は、怒る気が、ため息とともに溶けて消えていくのが分った。

彼女は幼馴染の彼が卒業できなくなるのではないかと心配をしているのだ。

成績も常に上位を保ち、友人からの信頼も厚く、先生からの信頼を得ていた。

それに引き替え勇馬は、友人らからの信頼はあるものの、先生たちからの信頼も無く、成績も

常に下位を突っ走っていた。


「勇馬、あんたねぇ、本当に進級できなかったらどうするの。私たちはもう3年生なのよ?

まだ2年生だけど、先輩達は卒業をしたから、もう3年生も同じなの!

あんた、無遅刻無欠席だから進級できたもので、これで遅刻欠席していたら、仮進級か、留年だったのよ?」


もはや怒る気も起らずに、杏奈は勇馬に諭すように言う。

しかし、勇馬は、空を見上げて、寝ころびながら言った。


「大丈夫。だって、オレだもん。オレは運だけはいいから」


「それ、理由になっていないよ」


杏奈は勇馬の隣に腰をおろしながら言う。

もう春なのだが、まだ少し寒い。それでも日中は暖かい日が続き

風にも、春の匂いが混ざり合い、やさしい風が草木を揺らしていた。

空は青く、雲がゆっくりと流れていた。


「何だよ。お前もさぼり?」


勇馬は横目で悠美帆を見る。

杏奈は勇馬と目を合わせると、違うわよ、と口を開いた。


「今は休み時間で、あんたを探しにきたの。先生が、東原を探して連れて来い!

ってカンカンになって怒ってるよ。じゃなきゃ、私まであんたのせいで大目玉を食らうわよ」


単位だって、あんたやばいよ。そういうと、杏奈はそっぽを向いた。

勇馬は、ふーん、と返事をすると、ごろん、と床に寝転がった。


「将来小説家になるんでしょ?なにのんきにプラモデル作ってるのよ」


作りかけのプラモデルに視線を落としながら、杏奈は勇馬に訊いた。

オレの将来の夢は小説家だー!と、声高々に宣言をした彼だが、次の日には

護衛艦やら、昔の戦艦やらのプラモデルを大量に買い込んで来たのは2年前のこと。

そして、隣の家に住んでいる杏奈の家にそのうちのいくつかを持ってきたのだ。


「いくつか、お前にやる。小学生の時、好きだっただろ?」


そう言って、きれいな名前の護衛艦をいくつか見せたりしていた。

ひんやりとした風に吹かれながら、杏奈はそんなことを思い出していた。


「あー、なんだっけ?あんた、いくつか私にプラモデルくれたじゃん。

ゆきかぜ、とか。あれ、どうしたらいいかわからないから

作らないで置いてあるんだけど」


てか、女が護衛艦とかちゃんちゃら可笑しいから。杏奈は鼻で笑って言う。


「うるせー。お前だって昔好きだったろうが。はるさめとか、おいしそうな名前!って言って

はるさめを、オレの部屋から持っていったのはどこのだれだよ」


煽るように勇馬は、杏奈を見ながら言う。

面長な輪郭とか、細い目とか、小馬鹿にするような口調とか

こいつ本当に憎たらしい!と杏奈は思い、思わず声を荒げてしまった。


「それは小学生の時でしょ!それも低学年の時!護衛艦を私は卒業しました!

私はもう護衛艦とは縁を切りました!関係ありません!」


その言葉に勇馬は動じずに、ケロっとした顔で杏奈に言った。


「しらね型2番艦の護衛艦は?」


「くらま!……あっ……」


思わず、はっきりと答えてしまった杏奈は、下を向いてしまった。


「どこが卒業したんでしょうね〜」


心底楽しそうに勇馬は言う。

彼女は顔を真っ赤にしながら勇馬を睨みつけた。


「護衛艦のせいで私は中学時代に散々な目にあったんだから!!

男子には馬鹿にされ女子には変な目で見られ……

しまいにはついたあだ名は軍艦女!本当に最悪!」


杏奈はそう言ってプイッとそっぽを向いた。

本当は護衛艦が好きなのだが、高校生になって、全て忘れることに決めた。

ばれたらきっと、変な目で見られる。

そう思った彼女は、部屋にあったプラモデルを全て段ボールに仕舞い、押入れの奥深くに押し込んだ。

代わりにぬいぐるみなど、かわいらしいものを置いた。

自分らしくない、と思いながら。


「そんで、私は自分を変えた。かわいいストラップとか、かわいいぬいぐるみとか

部屋に置いたの。ぶっちゃけ、黒歴史の中学生時代は記憶の奥底だ」


それを聞いた勇馬は、素っ頓狂な声を上げた。


「らしくねーなぁ。お前がフワフワしたかわいいぬいぐるみ?かわいいストラップ?

笑わせてくれるぜ!」


そして、けらけらと笑いだした。


「俺の知ってるお前はさぁ。男顔負けの暴れん坊で、プラモデル大好きで

本当に女らしくない女だったよなぁ。

型破りで、お前面白いやつだったぁ!」


腹を抱えて笑う勇馬を、杏奈は睨みつけた。

立ち上がり、教室に戻ろうとしたのを、勇馬は止めた。


「おい、待てよぉ!俺を連れ戻しに来たんじゃないのかぁ?」


気の抜けたしゃべり方だ、まるで締りがない、とふっと考えて、杏奈は

背を向けたまま勇馬に言う。


「今日だけは見逃してやる。明日は逃がさないからね!覚悟しておいて」


そして、扉を開けて悠美帆は出て行ってしまった。


「杏奈、お前、自分を閉じ込めていやしないか?」


勇馬は、1人つぶやいた。

彼は、結局下校時刻までずっと屋上にいて、メモ帳に何かを書き込んでいた。

横には、出来上がったらしきプラモデルが置いてあった。

丁重に作ってある、そのプラモデルを箱にしまい

その箱をそっと持ち、立ち上がると、もう誰もいなくなった校舎の中を歩いた。

夕日は優しく廊下をオレンジ色に照らした。

春だ、と勇馬は思った。まだまだ寒いが、日中は

春の夕焼けは優しく、少し物悲しい。

鞄を肩から掛けて、手には箱を持って、昇降口まで勇馬は歩いた。

校門まで行くと、人影が、ぽつん、と立っていた。


「ようやく来たわね」


杏奈だった。

ずっと待っていたらしい。


「お前、帰ってなかったの?」


勇馬は、細い目を見開いた。


「あんたを放っておくと、また何をするかわからないからよ」


ああ、後、と杏奈は付け足した。


「あんたしか、護衛艦の良さを語れるやつがいないでしょ」


それを聞いて、勇馬はうれしくなった。

やっぱりまだ、護衛艦を卒業していなかったのだ!


「あれぇ〜?護衛艦を卒業したんじゃなかったのかぁ?」


杏奈は、自分を閉じ込めていなかった。

それは喜ばしいことだった。


「やっぱり?ああ、あれよ。なきゃ、少し物足りない?みたいな感じよ」


彼女は、そう言って、またそっぽを向いた。

勇馬は彼女の背を押して、歩くように促した。


「ほら、帰ろうぜ?」


やわらかな夕日の中、2人は肩を並べて帰った。

時折、笑い声を交えながら、楽しそうに歩いた。



 その日の夜、杏奈は勇馬からのメールを見て、思わず飲んでいたジュースを吹きだした。


「春休みに、護衛艦の一般公開あるから一緒に行こう?」


良いけど、それはどこでやるの?と返信をした。

1分もしないうちに、返事が来た。


『横須賀だよ』


それは遠いよ、と杏奈は苦笑いをした。

春休みは1週間後だが、とにかく進路のことを考えなければならない。

行きたいのは山々だったが。


『私はオープンキャンパスがたまっているので、横須賀には行けましぇ~ん。

残念でした~^^』


少し…ではなく、かなりふざけたメールを書き、返信をしてみた。

3分たっても返信がなかったため、あきらめたのだろうかと思い、ケータイを置き、課題をやろうと

机に向かおうとした瞬間、着信音が鳴り響いた。

少しだけ苛立ち、ケータイを開いてみた。


『護衛艦くらまが来るんだけどな~』


「それは本当?!」


思わず声を上げた。杏奈の今、一番のお気に入りの『護衛艦くらま』が来るという。

もう、30年も動いているために、そろそろ引退をするという声が上がっているので

これで見納めになるかも知れないと思った。

本当は行きたいが、その日は自分の誕生日で、専門学校のオープンキャンパスと重なっていた。

早く終われば行けるかもしれないと思い、オープンキャンパスの開催時間を調べた。

開催時間は午前10時~午後の2時までだった。

調べてみたら、東京から神奈川までJR東海道本線を使えば30分でいけると分かって安心したので

自分は遅れて行く、と勇馬に電話をしようと思い、電話帳を開き、勇馬の番号を探して、電話をかけた。

2コールもしないうちに、彼は電話に出た。


『あい?誰だ?』


「もしもし?勇馬?」


『おお~杏奈か、どうした?』


勇馬にケータイから電話をかけるのは久しぶりだったので、少しだけだが、ドキドキした。

杏奈は軽く挨拶をしてから、本題を切り出した。


「メールを見たんだけどさ、一般公開の日はオープンキャンパスと重なっているんさ。

だけど、東海道線を使えばすぐに行けるから、一般公開の場所を教えてくれない?」


それを聞いた勇馬は、はぁ?と間の抜けた声を上げた。


『確かに30分くらいで来れはするけど、京浜急行線の汐入駅まで来なきゃ難しいぞ。

使うなら東海道線じゃなくてJR横須賀線だな。東京駅から1時間20分くらいあったはず。

調べが足りなかったな。残念』


杏奈はそんな事実を聞いて、ショックを受けた。


「じゃあ、くらまには会えないわ。本当残念。あんただけ行ってきて。」


残念そうに杏奈は言う。

勇馬はあわてて杏奈に言った。


『おいおい!俺だけ行ったって面白くはないだろう?そして、俺の護衛艦仲間が

くらまはもう少しで引退するかも知れないって騒いでるぞ!

強制はしないが、来れたらでいいから来てくれ!』


お願いだ、と勇馬は言った。

どうしても来てほしいらしい。


「わかった。なるべく行けるようにしてみる。でも、どうしてそこまで私を誘う?」


う、と勇馬が息を詰まらせた気がした。

しどろもどろ、という風に、かすれた声で勇馬は一言だけ言った。


『お、お前がいなきゃつまらないからに、きまってるだろ?』


「ふ~ん?それだけ?」


『そ、それだけだ!お、俺は眠いからもう寝るぞ!』


一気に喋り、勇馬は一方的に電話を切る。

ツー……ツー……と、電子音がケータイから響いた。


「な、なによ……」


茫然と、通話が切れました、と表示されているケータイの画面を見つめた。

何をそんなに彼は焦っているのだろう?と考えた。



 1週間はあっという間に過ぎて、いつの間にか終業式になっていた。

校長の長い話を何も考えずにボーっと聞き、教室に戻って春休みの過ごし方の書かれたプリントが配られ

担任の話を聞き、帰りのあいさつをして下校となった。


「勇馬!」


教室を出ようとした勇馬に杏奈は話しかけた。


「なんだ?」


振り向いた瞬間、杏奈は勇馬の耳を思い切りグイッと引っ張り自分の近くまで引き寄せた。


「うぉっ?!」


彼は驚いたような声をあげたが杏奈は気にせずに、誰にも聞こえない声で囁いた。


「護衛艦の一般公開、絶対に行ってやるから、待ってなさいよ」


それだけを言うと、パッと手を離し、くるりと背を向けて、自分の荷物を取りに行ってしまった。

その姿を勇馬は茫然と見つめた。


「勇馬、何してんだ。行くぞ」


友人が茫然としている勇馬に話しかけた。


「おお!悪い悪い。今行く」


勇馬が友人のところに行くのを、杏奈は横目で見送る。

自分も帰ろうかと、荷物を取りに、自分の机へと向かった。

ふと、自分の机に水色のふせんが貼られていたことに気づいた。

勇馬の文字でこう書かれていた。


『一般公開の日、渡したいものがあるから、来いよ!待っているぜ』


その文章を読んで、杏奈は吹き出しそうになる。

急いで書いたものなのだろう。文字のバランスが崩れていた。


自分の専門学校のオープンキャンパスの日は、3月25日。

一般公開も同じ日。

終わる時間は2時。

専門校と駅は少し遠くて走っていっても20分前後はかかる。

そして電車も何分おきに来てるかも問題だ。

専門学校が東京にあるのが救いでもあったのだが、果たしていけるだろうか。

勇馬が何故どうしても来てほしいと言うのか気になった。

そして何を渡したいのだろうか。

今日は3月20日で、一般公開は5日後で、悩んでいても仕方がない。

専門学校の見学を途中で抜け出せば間に合うだろうと考えたが、ホテルのベッドメイキングの体験をするという内容なので、抜け出せそうになかった。

ループされている思考を断ち切るように、階段を駆け抜け、昇降口でローファーに履き替えた。

桜の花が咲きかけている校門を出ると、まだ昼間で、空は青かった。

春爛漫。まさにこの言葉につきると、杏奈は思った。



家に着いてからは、課題をひたすらにやり続けた。

何故先生は春休みなのに課題を出すのだ~!と

勇馬は問題が分からないと電話をかけてきたときに


『春休みに課題を出すとかうちの高校は頭がおかしい!俺らが3年になるのがそんなに心配かよ!』


と喚いていた。

そんな勇馬に、杏奈はぴしゃりと突っ込んだ。


「仕方ないじゃん。今年受験生なんだから」



5日までの日々をを課題を終わらせるために費やした甲斐もあって、ほぼ終わった。

オープンキャンパスは明日で、後は、一般公開にどうやって行くかというだけである。

オープンキャンパスは、朝の10時から始まり、午後の2時に終わる。

それから走って駅まで行き、切符を買うとする。

それだけでも30分前後かかるだろう。

護衛艦の一般公開は、4時ごろ終わると勇馬から聞いた。

間に合いそうになければ、勇馬に電話を入れようと思ったが、最後の10分くらいは

会場にいたいとも思ったし、これで最後のお披露目になるかもしれないという

護衛艦くらまを見ておきたいとも思った。

電話を入れるか入れないかは別として、間に合うように祈るしかなかった。


(どうか間に合いますように)


神様など信じてはいなかったが、少し信じて何かが変わるのなら、信じるしかないだろう。

その日の夜は、月に向かって、何回も何回も繰り返し祈った。



当日の朝、跳ねている髪の毛を整え、朝食をすますと、鞄を持って家を出た。

母親は、いってらっしゃ~い!と穏やかに送り出した。


杏奈は電車に乗り、東京へと向かった。

PASMOには、上限金額である20000円を入れてきた。

まずは、目的地である東京で降りて、専門学校へと向かった。

専門学校に到着し、受付で手続きをとり、所定の場所に向かう。

所定の場所には男子や女子集まって、にぎやかだった。


「杏奈!」


オープンキャンパスに参加していくうちに、仲良くなった女の子が杏奈に笑顔で話しかけてきた。


「ああ~!久しぶり!元気してた?」


杏奈は笑顔で答えた。

それから色々な会話をしているうちに時間になり、体験場所へと向かった。

ベッドが用意されていて、2人1組になり、ベッドメイキングをするという内容だった。

メイキングは思いのほか難しく、杏奈を含め皆苦戦していた。

何よりシーツが大きい。これを1人でやるホテリアーは本当にすごい、と杏奈は思った。

メイキングが終わり、後は講師から話を聞く時間となる。

時計をちらりと見ると、1時30分だった。

終了時刻まであと30分。

同じ場所に立ち続ける勇馬の姿を杏奈は想像した。


(ごめんね勇馬)


遅かったら帰ってもいいよ。

そう思った。


全てが終わったのは2時5分で、杏奈はかなり焦った。

どうしよう。急いで東京駅まで走った。

途中で車にひかれそうになったり、人にぶつかったりした。

人の波に流されて道に迷いそうになったりもした。

それでも約束を守ろうと走った。

東京駅に着き、横須賀線まで行った。

広いだけあって、やはり迷った。

横須賀線に着いたのは2時30分で、次の電車まで6分ほどあった。


(どうか間に合いますように!)


到着予定時刻を見てみると、3時36分とのことで、間に合いそうだ、と思ってほっと息をついた。

無事に電車が来て乗り込む。

少し混んでいた。


1時間以上電車の乗るというのも楽じゃなかった。

たまたまお年寄りが乗り込んできて、席を譲ったときにお礼を言われた時はうれしかったが。


『次は横須賀駅~横須賀駅~』


アナウンスが入り、次が目的地だと分かった。

駅に停車して、扉が開く。

ホームに降りて、出口へと走った。


ごちゃごちゃしていて、横須賀基地がどこにあるか分からず途方に暮れた。

地図を広げて基地への道のりを歩いた。

手探りで行けるように頑張った。

3時を通り越して4時になっていた。周りがほの暗くなっていた。

まずい、と思った。もしかしたら私が迷っているうちに一般公開が終わってしまったかもしれない。

それでも行こうと頑張る。約束は守る。


あっちへふらふら、こっちへふらふらしているうちに、ようやく横須賀基地へ着いた。

その時にはもう、周りはほとんど暗くなっていた。かろうじて人影が見える程度である。

人の話し声、歩く音、全てが暗闇から聞こえてくる。


「くらま、これで引退だってよ」


そんな声が聞こえてきた。

振り向いてその声が聞こえた方向に顔を向ける。


「44年も動いてたもんな」


走って勇馬の姿を探した。海沿いを走ると大きな影が見えてきた。多分護衛艦くらまだろう。

その前に立っている影が見えた。


「勇馬!ゆうま!」


杏奈は大きな声で影に呼びかけた。


「その声は、杏奈か?!」


勇馬らしき影がこちらに振り向いた。


「遅くてごめん!もう終わってたのに、待っててくれたの?」


勇馬の前で立ち止まり、息を整える。


「俺じゃない。待っててくれたのはコイツ」


勇馬が親指で護衛艦くらまを指した。

それを聞いて杏奈が泣きそうな顔になった。


「待っててくれて、ありがと……」


涙声でうつむいた。

今日でお別れだ。くらまとは。

彼も、還る時が来たのだ。故郷に還る。そして、気配だけ残してこの世に溶ける。


「泣くんじゃねーよ……俺はこれを渡したかったの!」


ぶっきらぼうに、無造作に勇馬は杏奈に包みを渡す。


「これは?」


受け取りながら驚いた声を上げる。

それを聞いて、勇馬は、あー!と声を上げた。


「誕生日プレゼント!お前今日誕生日だっただろ?!だから、渡そうって思ってたの!」


ガシガシと頭をかき、くらまのほうを見た。

ぽかーん……と口をあけてあっけにとられている。


「わすれてた……」


それを聞いて、勇馬は吹き出した。


「忘れるものかよ!誕生日を!」


お前も抜けてる所あるよなぁ!とおなかを抱えて笑っている。

それを無視して杏奈は包みを開けた。

中身はかわいらしいシルバーのネックレスだった。


「かわいい……」


照れくさそうに勇馬はまたそっぽを向いた。


「あー、なんだ?まあ、お前だって女だろ?いつも俺と一緒にいたから

プレゼントくらいくれてやる……」


杏奈は顔をしかめた。


「何が言いたいの?」


勇馬はう、と言葉に詰まった。


「あ、のな……」


グっと目を閉じた後に、息を大きくすう。


「すきなんだよ!お前が!」


まだ帰りたくない、と護衛艦くらまを見納めに来た人たちが、周りに集まってきた。


「付き合ってください!あと1年!」


目を見開いて驚きの表情を浮かべていた杏奈は、やがてやわらかい表情を浮かべた。


「喜んで」


周りから拍手と口笛と歓声が沸いた。


「お兄ちゃん!引退する護衛艦の前で告白かい?」


近くで自衛官が話しかけてきた。


「良かったなくらま!お前、愛されてるぜ!」


もう1人の自衛官がくらまに話しかけた。

杏奈はネックレスをした後、くらまに向かって話しかけた。


「おつかれさま!ゆっくり休んで、また会おうね!」


勇馬も話しかける。


「おう!また会おうじゃないか!いつでも戻ってこいってんだぁ」


なんとなくだが、くらまがうれしそうな表情をした気がした。

護衛艦に表情なんてないけれど、なんとなく、だ。



その日、1隻の護衛艦が、還るべき場所に還って行った。

1人の女の子と、1人の男の子が、大きな1歩を踏み出した。


くらま は全てに溶けた。想い出に、記憶に、溶けた。


気配だけは、いつまでもそこに残っていた。

記憶に残ったなら、それだけでいい。

どこからか声が聞こえた気がした。

なんて言いましょう…初めてのファンタジー要素1パーセント!

この小説は、現代よりも10年くらい先の話です。

護衛艦くらまは本当に私の好きな護衛艦です。

幽遊白書経由で知ったのですが、くらまの写真を見たときは、なんとなくですが、優しさにあふれているなと感じました。

36年も動いているのですからカンロクがある気がしますw当然でしょうか。


同じ京都にある山の名前から取った、護衛艦ひえいは去年の12月5日に解体されていたようです。

遅かれ早かれくらまにも、還るべきところに還るときがきっと来ます。


それは悲しいことではないと私は思います。ただ、次に会う時のための準備なだけで、また、会える時が来ることでしょう。


護衛艦の一般公開になんて行ったことないので、全て私の想像ですので

事実とは一切関係なく、私の作った架空の世界と思っていてほしいです。

勘違いしてしまった方、まことに申し訳ございません。


追記・護衛艦くらまは2016年に引退予定でした。10年後だなんてとんでもないですね!誠に申し訳ございません。

10年後とか、8年プラスで働け!と言っているのと同じですね。

昨日書きあげた作品なので、あえて直しません。


くらま!お疲れ様でした

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