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式神使いのVRMMO漫遊記  作者: ナイアル
序章:チュート(はんぱに)リアル
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4/19

4.新しい式神

 ミヅハさんに先導されて、曲がりくねった洞窟を進んでいく。

 ハルナさんは「お留守番」と称して……袂から引っ張り出してたのは徳利に見えた。あのまま公主さまと酒盛りに突入するつもりか。

「……どうかなさりましたか、主様」

「うーん?なんか……道がおかしいなあって」

 たとえば。

 右に曲がってすぐ右に曲がり、また右に曲がったと思ったらそのまままっすぐ、十字路にも突き当らず進むとか。

 あるいは。

 坂道を上ってたと思ったら、吹き抜けの上方にさっき通ってた通路が見えるとか。

 頭の中に地図を描こうとしては整合しない場所が出てきて混乱する。

 そもそも、どう考えても洞窟の入り口があった小高い崖には収まりきらない大きさの空間を占めているようにしか思えないんだけど。

「洞府の内は此岸と彼岸の境、現実の位置関係や大きさなどいかようにも変化いたします……うちは、その、確かにどうにも入り組んでいますが」

 先導していたミヅハさんが振り返り、困ったように尻尾で頬を掻く。

「別にミヅハさんを責めるつもりはないんですよ? ……クレハ、どうした?」

 慌てて取り繕おうとしたら、クレハが険しい顔で鼻をひくつかせていた。

「いえ、先ほどからどうにも陰気が籠っておるような?」

「陰気?」

 性格が暗いとか雰囲気が重いとか、そういう意味じゃないよな?

「……陰陽師としてそのお答えはどうなんでしょうか」

「言うな、口縄」

 呆れたようにミヅハさんが……なぜかクレハのほうをちろーりと見やり、その視線を受けたクレハが肩を落とす。

「相克も五色もご存じなかったようなので今更、ではありますね」

 軽く額に手を当てて、ミヅハさんが解説を始めた。


 ――五行とは別に、陰陽の二極がある。陽は動き、与え、発する力、陰は留まり、奪い、失う力。

 光と影に例えられることもあるけれど、それ自体は単独で存在する事象ではなく、たとえば陰の火・陽の火など、五行の属性と組み合わせて表されるもので――


「陰の水であれば、淀み、濁り、凍り固まるものとなります」

「……良くない物なの?」

 モンスターでも出てきてはいけないと思わず身構える。さっきから何かに見られているような感覚はあったんだけど、さすがに洞主に認められてる自分たちが襲われるとは思いもしてなかった。

「いえ……例えば陽の水。押し流し、渦巻き、沸き立つものですが、それすなわち良いものでしょうか?」

 押し流す力……洪水の濁流に押し流される家の姿がなぜか思い浮かぶ。

「程度問題、ってこと?」

「御意。陰陽五行は諸事均衡を保つのがよしとされまする……が、ここは少々」

「そうですね……淀み滞りすぎている、と言うべきでしょう」

 そう言って、やれやれというように小さくため息をついたミヅハさんの様子は、少なくとも緊迫感のあるようには見えなかった。


「玄亀、いるんでしょう?早く出てきなさい」

 親しい友人、というかむしろ出来の悪い妹にでも声をかけるような調子で声を張り上げる。

「ん……青紋蛇……?ひさしー」

 ぱしゃりと水音がして、眠たげな少女の声が響いた。見れば、そこには直径3mほどの小さな池……というか水たまり?があった。

「今はご主人様よりミヅハの名をいただいていると言ったでしょう。早く目を覚ましなさい」

「んぃー。あと五劫……」

「洞府が朽ちるまで寝ているつもりですかっ!」

 水辺の岩をミヅハさんのしっぽが叩く。大きな音を立てて岩が砕け、水面にいくつもの波紋を作った。

「んぃー、ミヅハ、五月蠅ー」

 が、声の主は相変わらず眠そうなまま。

 奇妙なことに、池の中央付近まで行くと波紋が嘘のようにかき消されてしまう。

「……あー、察するに。あれが陰気の元凶?」

 沈痛な面持ちでこめかみを押さえたミヅハさんが小さくうなずく。

「申し訳ございません。玄亀は先ほど申しました陰の水、留める力の使い手として、画壁甲盾の諸法に通じた能者なのですが……いかんせん、本人も陰気に囚われ気味でして」

 なるほど……いや、僕の言語感覚としては陰気ってよりも怠惰とかめんどくさがりって感じなんだけど。

「本当に、申し訳ございません。玄亀!この方は洞主様のご客人ですよ!いい加減出てこないと……」

「んぃー。乙女の支度は時間が……」

「貴女が身だしなみを整えたことなんて、ここ百年は無いでしょうがっ!」

 ふるった尻尾から今度は何やら水の刃が生み出され、水面を断ち割って池の中央に突き進み……見えない何かにがぎん、と阻まれた。

「んぃー……ん、よろしー」

 波が収まった水面に何かが浮かび上がり、のろのろとこちらへ漂ってくる。

 

 差し渡し30cmくらいだろうか、まるで磨き抜かれた宝石のように真っ黒で艶々と輝く甲羅。

 懸命に水をかく四本の足や首・尻尾にもしわひとつない、滑らかな、言い方は変だけれど黒く透き通るような皮膚。

 どこか眠たげにこちらを見る瞳まで真黒な――


「亀、か」

「それはまあ、亀ですね」

「んぃー。なんか、失礼ー」

 少し機嫌を損ねたらしい声を返されたけれど、馬鹿にしたわけじゃなくて……なんと言えばいいのだろう?

 白楼公主様の姿を見たときのように、それは確かに蛇だとか亀だとか、僕の世界にも当たり前にいる生き物なんだけれど。

 こんなに美しい「それ」がいたのかと、神秘的なその存在に少なからず驚かされた結果の言葉、だった。

「ごめんごめん。それで、僕は……」

「ん。式神使い、知ってー」

「え?」

 自己紹介を遮られて戸惑う……いやまあ、こんなところまで来る時点で式神使いだとわかるのかもしれないけど……。

「玄亀、また見たのですか?」

 驚いたというか、どこか咎めるような口調のミヅハさん。なるほど、なんらかの手段で覗いてたってことか。

「んぃー、見えた。ので、よろしー」

 くいくいと、器用に僕の袴の裾を引っ張るので、両手で抱き上げてやる……む、結構重い。彼女(?)の名誉のために言わないけど。

「えっと、じゃあ、よろしく」

 とは言ったものの、どうすればいいんだろう?

 戸惑っている僕を見て小さくため息をついたミヅハさんが、懐から一枚の何も書いてないお札を取り出す。

「白冊は、陰陽師なら常に携えておくのが心得ですよ?」

「はい、すみません……あの、お金は後で」

「二束三文というほどではないですが、どこでもせいぜい1文2文で買えるものです。お気になさらず」

 そんなものすら持ってないとか、ますます僕がダメな感じに見えるんだけど!?

 あ、クレハまで目をそらしちゃった。

「……えっと、こんなダメな新米だけど、いいのかな」

「ん。これも星辰の定めー」

 そんな大それたものじゃないと思うんだけど……まあいいか。

 受け取ったお札を……ええと。

「かざして名をお与えください。玄亀のほうがそれを受け入れれば契約成立です」

「は、はい……こうかな?」

 左手で抱えなおした玄亀にお札をかざす。

>式神の名前を入力してください

「ミカゲ、御影石のミカゲ、でいいかな?」

>式神の名前:御影

>よろしいですか?

「ん、よろしー」

 僕が肯定する前に、玄亀――ミカゲが勝手に了承してしまう。

 何かがお札に吸い込まれる、あの感覚がして。

 ぽふん、と小さな煙が立って、

「わっとと」

 亀が消えてバランスを崩した僕の腕の中に、一人の少女が現れた。

 カリョウちゃんほど小さくはなく、かといってミヅハさんやクレハほど歳上とも見えず……僕よりちょっと幼いくらいの女の子。

 袖や裾に流れるような銀の刺繍が入った黒の着物に淡い藤色の帯を締めて、髪の毛はおかっぱ……なんだけど、なぜか長く伸ばした前髪のせいで表情は見えない。

 それが突然空中に現れたもんだから、かろうじて受け止め、倒れないように踏ん張る……けど、足元は相変わらずぬめっていて。

 どすん、としりもちをついた。


「ほう、無事契約は交わせたようじゃの」

「ほっほー、これはこれは。さっそくとは手が早いねえ」

 気が付けばさっきまでの池は跡形もなくなって、僕が転がってるのは公主さまと話をした部屋。

 当然そこにはにやにや笑いを浮かべる公主さまとハルナさん。後ろじゃ顔に当てた指の隙間からこっちを覗いてきゃあきゃあはしゃいでるカリョウちゃん。

 ……なにこの羞恥プレイ。

「ん、ますたあ、手が早ー」

 僕の上に乗っかってる少女が、さっきまでの亀の声でとんでもない爆弾発言をして、胸に頬を擦り付ける。

 三人組のはしゃぐまいことか……ミヅハさんが僕に申し訳なさそうに頭を下げている横で……

「主様?」

「いや、クレハも見てたでしょ?受け止めて転んじゃっただけで……って、なんで〈狐火〉なんか出してるのかな?」

 なぜかふつふつと怒りをたぎらせているクレハから、三つの火の玉が発せられる。

 熊も倒すような炎に僕が耐えられるはずがない!

 焼き焦がされる恐怖に身をすくめた僕に、しかし攻撃は当たらなかった。

「――〈玄甲・水行〉」

 六角形の板のようなものが、クレハの火の玉を打ち消していた。

 その板を呼び出したと思しき少女は軽やかに僕のおなかの上から飛び降りると、

「玄亀・ミカゲ。得意、盾と占い。今後ともよろしー」

 クレハに向かってぴょこんと頭を下げたのだった。

 

 


>名前:御影

>職業:式神/玄亀

>技能:道術/玄亀・序

>習得技術:〈玄甲・五行〉

「……なんというチート」

 ミカゲのステータスを読み上げた僕に、ハルナさんが頭を抱えた。

「チート……なんですか?」

 水漣洞から戻ってきて、陰陽寮の楼門の下。

 当のミカゲは僕の太ももを枕にして寝ている。

 前髪をかき上げてやれば、実にあどけない表情で安らかな寝息を立てている。これが亀だとかクレハの全力をとめただとか、信じられない。

「うーん、チートっていうとあれだけど、ふつうは五行それぞれを覚えないといけないところをまとめて一つの技能とか、なにそれって感じ?」

 単純に労力五分の一だもんなあ、そりゃずるいか。

「こりゃ、水漣洞へのツケはかなり高くつくわよ?」

「う、出世払いでなんとか……というか、ハルナさんにもお礼をしないと……」

「それならもう十分もらったからいいわよ」

「へ?」

 戸惑う僕にウインクひとつ。

「二人目の式神を契約するのは陰陽寮じゃなくても行けるって、ようやく検証できたのよ。実験にご協力感謝いたします」

「え、ちょ、なんですかそれ」

「いろいろあって、知人に手伝ってもらうってわけにもいかなかったんで、信用できそうな新人君を捕まえるのに苦労してたのよねえ」

「……だめだったらどうするつもりだったんですか」

「その時は『仕方ないから陰陽寮でもらおうねー』で。いいじゃない、どのみち二人目はゲットできるんだから」

「それはそうですけど」

 恨みがましい僕の視線も、ハルナさんはどこ吹く風だ。

「というわけで頑張った君にはご褒美だ」

 イイ笑顔をしながらハルナさんが懐から取り出したのは、一枚のお札。

「白冊……じゃないですね。なんですか、それ」

「これがあれば、いつでもどこでもおねーさんとお話できるという貴重なお札だ!」

 ぺちりと額に張り付けられたら、

>アイテム:通話符>春奈 を入手しました 

 不愛想なシステムメッセージが教えてくれた。

「えっと、こういうのって普通フレンド登録とかメッセとかで済むんじゃあ……」

「済まないのよね、このゲーム。ほら……ステータス画面も変でしょ?」

「ああ、それ聞こうと思ってたんですよ。HPやMPの表示もないとか、どうするのかと」

「あれね、クローズドβのときは技能欄すらなかったのよ。名前と職業だけ」

「……は?」

 ハルナさんの言葉に開いた口が塞がらない。いくらなんでもそれは……。

「公式曰く『わからないほうがリアルでしょう』だからね、無茶苦茶にもほどがあるわ。使える技術や口訣さえもわかんなかったから、いちいちゲーム内の文献やNPCに当たったりしてね」

「それはまた……」

「まあ、それはそれで楽しかったのも確かだけどさ、さすがにアレってことで最低限の技能や技術は表示・サポートさせることになったの」

 それでもなんとかしてた人たちがいたってのが驚きなんですが……というか、今の話からすると、ハルナさんは最古参の大先輩だったらしい。

「クソリアルのクソゲーよねー」

 と暴言を吐くハルナさんは、でも、愛おしいものを見守るかのような目をしていた。


「……で、どうする?」

「何をですか?」

「このゲーム、まだ初日みたいだけど、この先も続けるのかなって」

「ああ……」

 さっきから僕の背中を不機嫌そうにぺしぺしと叩くしっぽの感触に、思わず笑みがこぼれる。

「続けますよ。せっかく手に入れたVRマシンがもったいないし」

 しっぽを捕まえようと左手を後ろに回すけど、敵もさる者、器用に逃げながら攻撃をやめない。

「そっか」

 じゃれあっている僕たちに気づいてないはずもないんだけれど、そこには触れずにハルナさんはくすりと笑った。


「じゃ、あたしは行くわ」

「お世話になりました」

 立ち上がる彼女に深々とお辞儀。ミカゲを起こしたらかわいそうだから座ったままだけれど。

「大道の導きがあれば、またどこかで会うこともあるでしょ」

 手を振るだけで振り返らずに歩き始めたハルナさんと、こちらに軽く会釈するミヅハさん。

「……何かあったら連絡します」

「恋愛相談くらいならいつでも乗ったげるよー」

「はい……っておーい!」

 はっはっはと笑う背中は、何本か先の角を回って見えなくなった。


「『大道の導きがあれば』、か」

 別れ際の意味深な言葉を繰り返す。何か元ネタのあるフレーズなんだろうか?

「んぃー。大道は巡りてまた一堂に会すー、会すはまた別れの始まりー」

 声に驚いて見下ろせば、ミカゲが目をぱっちりと見開き、こちらを見上げていた。

 黒く透き通った瞳に、魂まで吸い込まれそうな錯覚に陥る。

「なんだそれ」

「ん。占いー」

 ……いや、ほんとになんだそれ。

意味深なやり取りをさせても主人公が鈍感で気が付かないと、作者一人がやきもきします。


ちなみに1劫=約43億年。洞府どころか世界が滅ぶわw

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