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頼むからあの娘のべしゃりを止めてくれ!  作者: 裏山おもて
3巻 ゆうとうせいの、コイバナシ

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8話 眼光紙背に徹す

「……ん」



 口から漏れたのは、寝言のようなうめき声だった。

 いつのまにか気を失っていたらしい。

 どうにも頭がぼんやりする。思考がうまくまとまらない。心なしか、少し熱っぽい。

 倦怠感を感じてベッドから起き上がった。


「あ、ツムギくん起きたんだ?」


 ベッドのすぐそばの椅子にちょこんと腰かけていたのは妖精澪。

 窓から差し込んでくる西日が、彼女を黄金色に照らしていた。


「……澪、俺どうしたんだ?」

「倒れたの。覚えてない?」

「覚えてないな」


 たしか澪と泳いだところまでは覚えている。

 そのあと、なにか珍しいものを見たような気もするが……ダメだ。思い出せない。


「とりあえず水、飲んでね。そこに置いといたから」

「すまん」


 ベッド脇の机のペットボトルを手にとり、渇いた喉を潤す。

 水がうまい。胃に染みわたる。

 そのまま起き上がろうとしたら、澪が膝の上にぴょんと跳び乗ってきた。


「動いちゃだめ。今日はこのままベッドにいること。白々雪さんが診てくれたけど、ツムギくんカンペキに熱中症だったみたいだよ」

「そうなのか……このままって、飯と風呂は?」

「ご飯はもうすぐ梔子さんが持ってくるからそのままここでね。それと、お風呂はダメ。私がタオル使ってごしごし体拭いてあげるから」

「…………すまんもう一度頼む」

「私のタオルでごしごし体で拭いてあげるから☆」

「俺は病人じゃないんだが」

「不満なの? ……じゃあ、私がタオルになってごしごし体拭いてあげるから☆」

「色々ひどい!」


 妖精とのイケない遊びが目に浮かんだ。

 まあ冗談はともかく、


「……でも、実をいうと立ち上がる気力もねえんだ。体中汗とか海水でべとべとするし、頼んでいいか」


 そういえば俺、いつのまに水着からいつもの服に着替えたんだろう。

 記憶がないのでわからない。まあ、澪ではないことは間違いないのだろうけど。


 とにかくさっそくやってもらうことにする。

 服を脱いで上半身裸になってうつぶせになると、澪が準備していた濡れタオルで俺の背中を拭いてくれる。熱で頭がぼうっとするせいか、恥ずかしさはほとんどなかった。

 かいがいしく世話を焼いてくれる澪は、鼻歌を歌っていた。

 聞いたことのない独特のリズム。跳ねるようなテンポの曲のようだが、あまり音に抑揚はついていない。聞いたことはなかった。


「それ、オーストリアの民謡か?」

「うん。おばあちゃんがいつも歌ってたから覚えちゃった」

「ふうん。タイトルは?」

「〝戦場を駆ける一匹狼〟」

「おまえのばあちゃんカッコよすぎだろ」


 心地よい背中の感触を楽しんでいると、部屋の扉があいた。


「あ、梔子さん」


 両手でトレイを抱えた梔子と目が合う。

 いつもどおり、目の下で切り揃えた前髪。

 表情はうかがえないが、なぜか梔子は入り口で少し躊躇ったような動きをした。一瞬部屋から出ようとして、思い直したような動きだった。


「ご飯、机に置いててね」

「…………。」


 梔子はうなずいた。

 ガチャン!

 心なしか乱雑に机にトレイを置いたような気がした。

 しばらく澪と梔子は、無言で見つめ合っていた。俺の背中を拭くその小さな手を、梔子はじっと見つめているようだった。


「コトバおねえちゃーん! ご飯だよー!」

 

 階下から歌音の声が聞こえてきて、梔子はくるりときびすを返した。


 梔子が部屋から出て行くと、澪はまた鼻歌を再開して背中を拭く。

 ダシとすりおろした山葵の香りが漂ってきた。

 どうやら今日の夕飯は、そうめんらしい。

 俺の好物だった。






 翌日、別荘四日目。


 いつものように遅めに起床すると、リビングのテーブルにはサンドイッチがラップをかけられて置いてあった。

 どこに行ったのかと窓から外を見てみる。

 四日目にもなるとそろそろ遊びにも飽きてきたかとおもいきや、女たちは澪を除いて岩場で釣りをしていた。

 釣り……良い遊びだ。

 ゆったり過ごすための趣味としては申し分ない。


 朝食のサンドイッチを胃に詰め込み、ソファで横になる。持ってきていた本を開いて斜め読みしていると、いつのまにか澪が反対側のソファに座っていた。


「おはよう澪」


 澪は返事をしなかった。


「……どうした?」


 横目で聞くと、澪は顔をうつむけたまま「おはよう」と返してきた。

 どことなく、元気がない。


「なにかあったか? そろそろ小さい体も疲れてきたのか?」

「ううん。違う……ちょっとぼうっとするだけ」

「おまえも熱中症か?」

「たぶん……それも違う」


 首をふる澪。

 そうじゃなきゃ、ただ単に疲れただけかもしれない。


「ま、今日はゆっくり休んでおけばいいさ」

「ううん。今日はあそこに行ってみたい」


 澪が指差したのは、海岸のずっと先。

 水晶壁の祠がある洞窟――その上。崖の上だった。


灯心とうしん』という地元じゃ有名な崖だが、そこにあるのは壊れた灯台だけ。とくに見にいくような場所でもないのだが……


「……行きたいのか?」

「うん。連れてってくれる?」

「わかった」


 俺はパタンと本を閉じて、澪を肩に乗せた。

 灯心の崖までは、一度町のほうへ出て畑の道を通っていくのが正規ルートだ。かなり高い崖になっているため、この海岸からは上っていけない。

 念のために書き置きして出発する。

 誰かに見られないよう、いつでも隠れられるようにフードつきの半袖パーカーを羽織っていく。

 さすが俺。安全のためにはぬかりはない。

 というかこの状況に馴れてきただけか……とも思いつつ、森を歩く。


 木々の天井があるうちは涼しかったが、森を抜けると途端に暑くなった。

 畑のむこうのほうには駅があり、建物もいくつか見えるが、ここには日光を遮るものなんてなにもない。目がくらむような熱線に、


「あー」

「うー」


 肩の上の澪とそろって呻いた。

 アイスが食べたい。それもかき氷のやつ。


「わたしはバニラがいい。バニラアイス食べようよ」

「甘ったるいのダメなんだよ」

「じゃあ帰ったら、かき氷あーんしてあげるね」

「聞いてなかったのか? 甘ったるいのダメなんだって」

「わお甘い展開も。まさかのダブルミーニング」

「そういえば俺の部屋の雨垂れもダメになってたな」

「おお、トリプルミーニングだね」


 いや、そんなつもりで言ったわけではないが。

 アイスの話をしていると余計に暑く感じるのは気のせいだろうか。浮き出る汗をぬぐいつつ、畑をちらりと眺めた。緑の葉っぱが色濃く茂っている。芋かなにかだろうか……あまり興味もなかったので、眺める程度にとどめておく。


 しばらく歩くと、また道が森のなかを通っていた。別荘へ向かう道もわりかし整備されていたが、こっちは車が余裕で通れるほどに綺麗に舗装されていた。灯台の修理にでも来たのか、タイヤの跡がまだ土の道に残っていた。最近は雨が降っていないから、ここ一週間ほどのあいだについた跡なんだろう。


「誰かいたらすぐに隠れろよ」

「うん」


 と確認作業を繰り返して、森を進んだ。


 あっさりと森を抜けると、視界いっぱいに広がったのは水平線だった。


 小さな灯台と、木の杭にロープが括りつけられている崖。波の音が聞こえる。

 崖からは森に隠れるように別荘が見えて、もちろん砂浜も見える。砂浜の逆にある岩場では、梔子と白々雪と歌音が仲良くならんで釣竿を垂らしていた。


「見晴らしいいね……海のずっと向こうまで見える」

「そうだな」


 とはいえ、珍しい景色でもなんでもない。感動するには少し物足りなさを感じているのは、俺がこれを見慣れたせいかもしれないが……


「ねえツムギくん」

「なんだ?」

「綺麗だね。やっぱり生きてるって素敵だね」

「まあ、そうだけど……」

「最後に見た景色だからかな、すごく心が熱いよ」

「?」


 澪の言いたいことがわからず、俺は首をひねる。

 なんとなく、澪の様子がおかしい。

 いや、おかしいのはもともとだ。妖精になった様子なんて、奇妙以外のなにものでもない。

 でも、それだけじゃなかった。

 なんとなく、澪が澪ではないような、そんな気がしてくる。


「海の底はね、すごく寒いんだよ」

「……澪?」

「光も届かなくて、暗いの」

「おい、澪」

「誰の声も聞こえなくて……さみしいの」


 あきらかに様子がおかしい。心なしか、羽が薄く輝いているようでもある。

 もしかして、妖精と澪がまた強く入れ替わるのか?

 でも、南戸の言っていたことを信じるなら、妖精と澪が完全に入れ替わるまでは七日の猶予があるはずだ。まだ四日目……少なくとも〝修理屋妖精〟の様子に焦ったようすもない。こうやって望みをかなえていけば、元に戻るはずだ。


 けど。


 いまの澪を見ていると、なんとなくそれが間違っているような気がするのは、俺の思い違いだろうか?


「あ、みんな一度戻るみたいだよ。お昼ごはんの準備かな? わたしたちも戻る?」


 我に返ったように、いつもの澪に戻った。

 俺はすこしのあいだ笑顔を浮かべる澪を見つめてから、うなずいた。






 別荘に戻り、梔子と歌音が作ってくれたチャーハンをみんなで食べ、俺は澪と自分の部屋にこもってまた読書を再開する。

「なにかしたいことがあるか」と聞いたら「とくにないから、ツムギくんと一緒にいるね」と言った澪は、寝転んで本を読んでいた俺の腹の上で、すやすやと昼寝をし始めた。まさか同級生に腹の上で寝られるなんて思ってもみなかったが、まあ、小さい体なのでとくに重さも感じなく不満はない。

 途中、一度梔子が様子を見に来てくれたけど、とくに問題はないから遊んできてもいいぞと伝えた。

 梔子はうなずいて『釣りにいってくるから』とメモを投げてきて、俺の腹の上で寝息をたてて眠る妖精を一瞥してから、バタンと勢いよく扉をしめた。

 ……怒ってる、のだろうか。わからん。


 それにしても、午前に続いてまた釣りか。

 ハマったのか、それともほかにやることが思いつかないのか、どっちだろう。梔子と白々雪の性格を考えればどちらもあるが、歌音の性格ではひとつに熱中するとすぐに飽きるだろうから、おそらく後者だろう……なんて予想をしていると、あくびがひとつ漏れた。


 いかん、眠い。俺も昼寝したくなってきた。

 本を閉じてそのまま枕元に置くと、目を閉じる。

 昼寝を我慢する理由もない。

 そのままゆっくりと思考を鈍らせていき、うとうとする。


 完全に寝る必要はない。

 まどろみくらいがちょうどいいのだ。


 開け放している窓から、鳥の声が聞こえた。


 どこからか女の子の声がする。


 風がカーテンを揺らし、かすかな布ずれの音も耳に届く。


 潮の香りと、木の香り。


 まどろむ心地良さに、このままこうして生きていければいいのに、と夢見てしまう。


 むろん、そんなことは叶わない。


 完全な平穏なんて訪れるはずもない。


 だからこそ俺は平和主義者でいるのだ――


「……あれ?」


 なにか物足りないことに気付いて目を開けた。

 腹の上に澪がいなくなっていた。


 時計を見る。三十分ほど経っていた。

 気付かなかった俺も俺だが、なにも言わずに出て行った澪も澪だ。

 ひょっとしたらなにか用事があるのかもしれないが……なんか、胸がざわつく。


 俺は部屋を出るとリビングにむかった。

 岩場を眺めると、三人の女子がまた岩場にいた。まだ釣りは始めていないようで、歌音と白々雪が睨み合っていた。喧嘩してるのだろうか、それとも「釣り勝負だ!」とか言っているのだろうか。ああ、勝負はありそうだ。歌音はそういうの大好きだからな。


 とりえあえず家のなかを捜索してみた。トイレや風呂もチェックする。

 が、澪はいなかった。

 勝手に家から出るな、とは言ってあった。誰かに見つかってもそうだが、野生の動物に食われでもしたら最悪だ。家の外に出る。もしかしたら、釣りを見にいってるのかもしれない。


 岩場まで小走り。


「あれ、ツムギ、どうしたんスか? 息切らして」

「兄ちゃん見てて、この魔女より多く釣ってやるんだからね!」

「歌音ちゃん、せめて魔法少女と呼ぶッスよ!」

「少女はそんなスイカを胸につけてません!」


 やっぱり勝負するのか。

 睨み合うふたりをよそに、俺は黙々と竿を握って海面を見つめる梔子に声をかけた。


「なあ……澪、みなかったか?」

『見なかった』

「そうか」


 やっぱりここじゃないようだ。

 ならいったいどこへ行ったのだろうか。もう一度家を探してみよう。もう子どもじゃないんだから、そんな無茶なところへはむかっていないはずだが……。

 駆けだそうとして、ひとつだけ思いついた。


「おまえら遊びもいいけど、潮が満ちてきたらこのあたり危ないからそのまえに戻ってこいよ」

「あ、うん」

「わかったッス」


 とうなずく歌音と白々雪。

 しかし梔子はメモ帳を取り出して、こんなことを書いた。


『それは少し違う』

「……違う? なにが?」


 梔子は素早くメモに走り書いた。

 いつもどおり、ただ思ったことを書いただけなのだろう。深い意味はなかったに違いない。


『私たちは遊んでいるわけではない。ふたりは釣り勝負をすると言っているけど、本来の目的は、今晩食べるための食材釣り。これほど綺麗な海なのだから、きっと美味しい魚もいるはず。だから、ただ遊ぶ、というのはすこし前提が間違っている。……とはいえ、危険と判断したらふたりを連れてすぐに戻るから、久栗くんは安心して休んでて』

「そうか。わかった」


 あいかわらず真面目な返事の梔子。

 だが、そこでなにかがひっかかった。

 梔子の提示するメモをもう一度見る。

 じっと見る。


 目を惹いたのは一文だった。


「前提が……間違ってる?」


 そうつぶやいた瞬間。俺のなかで、泡が弾けるように閃きが走った。

 いつもは鈍い俺だが……



 このときばかりは、眼光紙背に徹した。


 だが、その閃きは、決して嬉しいものではなかった。

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