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頼むからあの娘のべしゃりを止めてくれ!  作者: 裏山おもて
1巻 くちなしさんの、コトバナシ 〈下〉

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詞話 <コトバナシ>



 昼休みの屋上は、心地よい風が吹き抜けていた。


 この数年、いいことなんてほとんどなかった。

 初恋だった少女は神に呪われるし、助けた転校生にはすこしずつストーカーされていくし、自信家な甚平女にはあっさりと言いくるめられ。いま、そのせいで俺は屋上でいつも無言のクラスメイトと弁当を食べている。

 最後のは、まあやぶさかではないけど。

 それと梔子の弁当はうまいから、むしろ食費が浮いていい。


『おいしいならよかった』


 安心したのか、梔子はひざの上に広げたメモ帳にすばやく走り書いた。


「おいしいけど……なんで弁当なんだ?」


 メールで呼び出されて来たはいいものの、いきなり『お弁当を食べましょう』ときたものだ。ストーカーの澪は俺に弁当を作ることでいろいろと状況を楽しんでいるようだったが、あれは白々雪をからかって楽しんでるだけになってしまったので、弁当はもはやただの口実だ。だが、梔子はただ弁当を食べるためだけに弁当を作ってきたようだった。まあ、それがふつうなんだけど。

 梔子は、顔を赤くしてうつむいた。


『……できる彼女は、彼氏にお弁当をつくるものだって……あのひとが』

「南戸のやろうッ!」


 つい吠えた。

 やはりあいつの差し金か。なるほど、梔子と南戸の関係がすこしずつ読めてきた。おおかた、梔子は頑固で一途だが、それを操って面白がっているのが南戸ってことだろう。

 しかし。


 それにしても彼女……か。


 俺は梔子を横目で見つめる。

 うつむいたまま、恥ずかしそうに箸を進める少女。


 ……あの、梔子に憑いていた神が消えた日。


「キミは責任という言葉を知っているか?」


そうやって〝恋人になる〟という約束を南戸にむりやり取り付けられたのは、もはやいうまでもないことだった。

 俺が黙っていると、梔子は怯えたように目を伏せた。


『やっぱり、私が恋人だなんて、迷惑だった?』

「そんなことねえよ」


 即答する。

 梔子は恩人だ。二度も助けられた。

 ……それに、可愛い彼女ができて、男として嬉しくないわけがない。

 梔子がクラスで浮いていようが、無口だろうが、たとえ感情がふたつしか無かろうが、そんな些細な理由で俺の平穏が崩れるわけもなく、否定する要素なんて一切ない。理屈でも感情でも、俺が梔子の彼氏になることを阻害するものなんてどこにもない。


「むしろ俺なんかが彼氏でいいのか?」


 あっさりとうなずいた梔子。

 その表情には恥じらい以外の感情は籠もっていない。

 その態度に、恥ずかしさがこっちにも飛び火してきて、俺はつい目を逸らした。

 澄み切った青空が見える。穏やかな風に吹かれて食べる弁当は美味く、心が安らぐ。

平和な空に幸福が満ちているようだった……が。


 しかし、ひとつだけ引っかかることがあった。


 もちろんそれは、梔子の背後に見え隠れする甚平女のことだった。

 南戸。

 どこからどこまでが、南戸が組み立てた策略なのか。

 梔子が望んだからこそこうなったとはいうけれど。

 他人を騙すことになんの躊躇いもなさそうな南戸が、どこまで俺を騙しているのかは疑問に尽きる。

 ひょっとしたこの状況までも南戸の謀計なのではないか。梔子の態度すら。

 そんなことすら考えてしまう。


『あ、その卵焼き、甘い味だけど、よかった?』


 ただ、梔子はなにも話そうとしない。昨夜のことに関して謝罪したり、弁解したりすることもない。騙したことに触れることもない。それは梔子にとっても整理する必要があることだから言わないだけなのだろうか。それとも……。

 ……なにか、俺の考えていることに落とし穴があるような気がする。

 だから俺は、春の風が気持ち良い屋上で、苦手な想像力を働かせるしかない。

 梔子がどう考えているかも。南戸の計略をどこまで知っているのかも。そういう意図があるのかすらも、俺にはいっさいわからない。

 ……でも。

 真実がわからなくてもいいと思っている俺もいる。

 梔子詞は俺を助けてくれた恩人だ。そんな梔子が楽しそうなら、それだけでいい。真相解明なんて俺のすることじゃない。俺は平穏にこの生活を楽しめばいいのだ。


 ……それになによりこれがある。

 それは俺にとってだけでなく、誰にとっても周知の事実。まぎれもない真実。

 これがある限り、俺はこの日常を享受したまま生きるのだ。答えなんて誰も教えてくれない、そんなあたりまえな日常を営むのだ。

 この平和な日常を生きるのだ。


 二年三組。

 出席番号十四番。


 梔子さんは……言葉なし(しゃべらない)



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