第九話 魔女の情
結構、長くなりましたー
サブタイトル特に深い意味はあったりなかったり…
それでは、どうぞ
「えっと、ですから…この表の一番上の段の〝雷地風水火″が母音を表していて、右の〝闇光″が子音を表しているんですっ。あ、二段目が〝アイウエオ″ですっ」
「…助かるわ」
紅いベッドの上に2人並んで座った小夜と渋茶色のフードコートを被った碧髪金眼の少女――ラミア・ネル・ヒィアンネから一枚の古紙を受け取る。
その紙にはこの世界の言葉が書かれている。
甲骨文字のから金文字に移り変わる寸前のような文字とは言い難い文字がずらり書かれていた。
小夜は今更になって五十音から覚えなおすと言う軽い恥辱を甘んじて受け入れ、見慣れぬ文字を読んでいる。
この紙は小夜から注文した物だった。
† † †
先程と同じ樹園の中にぽつりと佇む、白いの円テーブルに座った小夜。
先程と違うのは小夜の周りに3人の仲間が居る事だ。
「改めて、暁 小夜。17歳。趣味と言える趣味はなし。向こうの世界だと学生だったわ」
「私はラミア・ネル・フィアンネですっ。15歳。王国魔導院の赤冠から来ましたっ。得意な魔術属性は雷と風と光ですっ!」
渋茶色のフードコートを被った碧髪金眼の少女。その可愛らしくあどけない風貌は庇護欲を駆り立てさせる。
「俺はヴィンセント・クライン。18歳。神祇官なんつー役職だが、ただの神官となんら変わりはない。他の奴らは魔術が得意だが、俺は魔術よりかは銃撃が得意だ」
赤褐色の服、アッシュグレイの長髪に整った顔立ちの青年。テーブルに置いた左手は鈍い金色の機械のような物で覆われている。
「俺はシン・マクスウェル。剣闘士をやっていた。剣筋なら王国騎士団とも張り合えるだろう」
深い蒼のTシャツの上にこれまた深い蒼のジャケットを羽織り、所々破れたダメージジーンズを履き、黒髪を後ろで結びポニーテール風にまとめた糸目の青年。
全員の自己紹介が終わった後、小夜はテーブルに肘を突き指を組みその上に顔を乗せる。
「…そうね。まず、ラミア」
「はいっ!なんですか?」
「赤冠って何かしら?」
「簡単に言うと、王国魔導院生の階級です。赤冠、青冠、黄冠、緑冠……他にも色々あるんですけど、その中でも赤冠は好成績を収めた者のみしか入れないんですっ」
「判ったわ。次、ヴィンセント。貴方の左手は義手?」
「…ああ、そうだ。小さい頃魔獣に喰われてな。左腕の肘から下はこいつさ」
ヴィンセントは少し間を開けた後に服の袖を捲し上げる。
普段服に隠されているその内側、金属と肉体の接続部は見るに堪えない酷い有様だった。
ラミアが軽く悲鳴を上げると顔を背け、パーカーを被る。
無理もない、魔導院内でこのような傷を見る機会などある筈もなく、ましてや、15歳の少女には精神的にもきつい筈だ。
事実、向こうの世界で多少とはいえ慣れた小夜でさえ、その傷痕を見て気分が悪くなった。
「判ったから、それを隠して。最後ね、シン。貴方は魔術を扱えるのかしら?」
「ああ、地と水を少し程度だな」
「そう、なら後は武器ね。余り手の内を曝したくないんだけど…」
フリルの付いたスカートのポケットから紅く手の平に収まる程度のアーミーナイフ。
否、バタフライナイフを違法改造された物だ。
手慣れた手付きで収納されていた機能を全て引き出し、皆に見せる。
魔法陣の部屋を調べた時のペンライトはこれに収納されていた物を取り外した物。
「正直、これからの戦闘じゃこれは役に立たないでしょう。勿論、魔術を覚えるつもり。でも近接戦闘に入った場合は?」
「そりゃ…必然的に武器を使うしかねぇだろ」
「そうね。でも私は殺されそうになったり死にかけた事はあっても、殺した事はない」
「…王国闘技場に様々な武器が置かれている。それを使ってみるといい」
「そうね…鍛錬してくれる?」
「協力はしよう。後はお前次第だ」
「OK.なら今後の予定は決まりね。闘技場に行って私が使う武器を決める。その時に貴方達の能力も見ましょう」
† † †
円形にそびえ立つ壁に囲まれた闘技場。
陣魔術には、回復系統魔術が存在し骨折、軽傷は簡単に回復できる。
故に訓練とは言え魔術を扱える者が王国闘技場には数人待機している。普段は。
そう、今此処にいるのは『魔女』本人とその仲間たちのみ。
他の人間は小夜たちが入ってくるや否や、一目散に散っていった。
正方形に切り出した岩を敷き詰めた100平方はあると思われるフィールドに小夜は木短剣を構えていた。
邪魔になりそうだったゴシック&ロリータのスカートは膝上までの短い物に履き替え、袖を軽くまくり上げている。
眼前には小太刀の鞘を左手に下げたシン。
――全く、隙がないわね…不意打ちはさすがに無理がある、か。
威圧感を直に感じつつも、眼前の敵を観察する小夜。
何時も通りの癖に自嘲し、すぅ…と短く息を吸い、短剣を下に構え走り出す。それと同時に右手をポケットに入れ、瞬時にドライバーを取り出し投球する。
一直線に顔を目掛けて飛ぶドライバーをさして驚く様子もなく、シンは左手に握った鞘を逆手に持ち直し、ドライバーを弾く。
小夜はシンの一歩手前で大きく踏み出し懐に入り込むように前に飛び込み、臑を狙い短剣を横薙ぎする。
――――カァァァン!
乾いた音が響いた瞬間、小夜の喉元に鞘の鯉口が突き付けられていた。
「右臑を狙いに来るあたり勘は良いらしいな。だが、甘い」
「…今何があったか教えてくれる?」
「鞘でお前の短剣を弾き、そのまま鯉口をお前の喉元に突き付けただけだ。逆に聞きたいんだが、最初に投げたアレは何だ?」
「ああ、向こうの世界の道具よ。どうせなら不意を付こうかと思って」
「……先の樹園で見せた物と言い……まぁいい、それで、次はどうするんだ?」
「そうね…他にもいくつか使ってみるわ」
† † †
「…そっか…小手先でも力技でも勝てないなら、もっと複雑に不意を突けばあるいは…うん……シン!これで最後!今度はそっちから攻撃してきて」
それから数回武器を取り換えシンと模擬戦を行っていた小夜は、不意に顔を上げる。
冷淡だった表情に僅かな変化が――その双眸に――光が燈っている。
「いいのか?」
不敵な笑みを浮かべる小夜が頷いたのを確認したシン。
右順手に構えた刃と左逆手に構えた鞘、一対の剣を握り直し、短く深呼吸をする。
次の瞬間、数メートル先に居た小夜の眼前まで跳び、右手を突き出していた。
小夜は判っていたかのように左足を半歩後ろに下げ。右半身になり、それを躱す。
突きを避けられたシンはフッと軽く笑みを零し、左手を――逆手に構えた鞘を小夜の死角……背中を狙い横薙ぎに振るう。
さっきまでのように終わったと確信したシンが見た小夜の表情、悪戯心の元、口角が吊り上ってるのを見てハッとする。
――まだ終わっていないッ!
鞘が背中に当たりかけた直前、小夜が前に踏み込んで、姿勢を低く、渾身の力を込めてシンに向けて飛び出し、肩から体当たりをした。
しかし、それでも、シンは体制を崩しただけで倒れはしない。
一時の静寂の後、剣を肩に担ぎシンが口を開く。
「……中々、いい一撃だ。だが、何故だ?何故、俺が背中を狙うと判った?」
「ふふ、その疑問に答えるのはまだ早すぎるわ。味方とは言え簡単に手の内総てを曝け出すのは好きじゃないの」
〝判った″と言う言葉には齟齬がある。
実際、小夜は次の攻撃が何処へ来るか否、次が来るかすら判ってなどいなかった。
何故なら『ラグズ』の効果で最初の突きを躱した直後、再び『ラグズ』から感じただけだ。
――背中に来る…!なら、このまま――
そして、体当たり。予測とは裏腹に倒れはしなかったが、それでも一撃を与えられただけ立派な功績と言えるだろう。
「サヨさんすごいですっ!あそこから体当たりするなんて思いつかなかったですっ!」
「また、赤冠の治癒を受けると思ってたぜ」
「…それは流石にないわ。で、これからだけど、私だけで結構時間を使ったから、次は貴方達の能力を見せてもらえる?」
「いや、やめておいた方がいい。直に降るぞ」
「何?多少の雨なら気にせず続ければいいじゃない」
「まぁ、多少ならの話だな。魔女サン知らないだろうけど、この時期の雨はいろいろ危険な訳でな」
シンが指差す方向には濛々と暗雲が立ち込めていた。
渋々ながらも2人の言葉に従い、闘技場を後にした小夜。
その後、目にした『麦雨』。
思わず従ってよかったと安堵の溜息を洩らす。
そして、今は射撃場に居る。
射撃場と言っても、こじんまりした物で数メートル先に得点の書かれた人型の的が置かれたレーンが4個あるだけの小さい部屋。
最初は人がいたが、闘技場と同じく『魔女』ご一行が入ると皆、部屋から出て行った。
小夜は真ん中のレーンに立ち引き金を引く度に1発ずつ弾丸を発射、排莢、再装填を行う半自動式銃を構えていた。
「そーそ、両脇を締めて構えた時に腕が下がらないように」
「……こんな所かしら」
「12発中5発か。まぁまぁだな」
「じゃあ、貴方はどうなの?」
初めて撃った銃撃の結果が『まぁまぁ』と評され不機嫌に眉をしかめた小夜に問い掛けられたヴィンセントは徐に右太腿のホルスターから愛銃を取り出し右手で持つ。
小夜が扱った半自動式銃とは違い、黒く鈍い光を放つそれは、回転式拳銃と分類されるものの一種だ、という事しか小夜には判らない。
堂に入ったそれを見た3人が固唾を飲んだ。
「そんな見られると何処飛んでいくか判らないぜ?」
射撃場に響いた銃声は6発。
遅れて3人が的を見る。
「全弾命中……」
「ま、こんなもんだろ」
肩を竦めたヴィンセントの一言、それが小夜にとっては何故か、苛立たせる要因となった訳で、それでも、その鬱憤を晴らす要素もない訳で、言いようのない憤りと無意味に近い思考が延々と頭の中をせめぎ合っていたが、何時までも立ち止まる訳にはいかないと頭を振る。
「……まぁ、いいわ。ラミアの術も見たいけど、外は麦雨だし、時間もないからまた明日でいいかしら?」
「はいっ!」
「…なら、明日の集合場所とかを決めておいた方がいいな」
「そうね、大広間でいいんじゃないかしら?時間は………ってそう言えばこの世界の一日は24時間なの?」
「そうだが?そっちの世界もか?」
「ええ、そうよ。なら、9時過ぎに大広間に集合」
「ああ」 「はいっ!」 「判った」
「…あ、そうだ。ラミア、何かの紙にこの世界の文字を書いて頂戴」
† † †
「これが…『わ を ん』っと…大体把握したわね…後は暗記するだけね」
大きく背筋を伸ばすと膝元の少女を見る。
途中まで、一緒に読んでいてくれたが、やはり睡魔には勝てなかった様子で、突然小夜の膝の上に倒れこんできたのだ。
不思議に思った小夜がラミアに視線を向けると完全に瞼を閉じすやすやと寝息を立てているラミアの姿があった。
そっと碧髪を撫でると再びこの世界の文字の解読にかかって今に至る。
隼人は帰ってきていない事を獣人からスパルタ指導でも受けているのだろうと考えに至り、ラミアを抱きかかえてベッドに入る。
ふと携帯が気になり、画面を開くが特に変化はなかった
小夜自身、微睡み掛けていたため、変化のないと言う異常に気付かずにそのまま瞼を閉じた。
久方ぶりの麦雨さん
麦雨気候と言っても常に降っている訳でなく、突然降り出す感じだと思って頂ければ結構です