第三話 すれ違い
追記 8/7 サブタイトル追加
「――はい。おそらく〝エルフ〟はまだ完全に我々を信用していないと思われます。不用意に騎士団を近づけるより私1人で王国まで旅をした方が良いと思われるます」
「……判った。王国本部にも通達しておこう。丁重にエスコートしろよ?世界の命運がかかっているんだからな」
ふぅ。
彼女が此処を避けた理由は正直判らない。
だけど、あの怯えた表情だけは見たくなかった。
出逢ってから半日程度しかたっていないが、ある程度は彼女の事が判った気がする。
大人びた風貌だが、その実、子供っぽいところもあり、初めての事…乗馬などには抵抗があるが、それを必死に隠そうとしている。
要するにまだ子供という事だ。
今日の盗賊戦の時に見せたあの精霊術の威力は凄まじかったが、あの威力に本人が驚いていた事から推測するに彼女は戦い慣れていない。
出会ったときの投球こそは凄かったし、寸分狂わず俺の頭を掠めて木に刺さっていた。
身体能力は高いのかもしれないが、カットラスの構え方を見る限り、剣の腕は甘い。
おそらく、不安なのだろうな。
このエレンシアに来て、そう時間もたっていない。
元の世界には『家族』や安心できる場所があったに違いない。
が、此処にはそれがない。
唯一、一番多く時間を供にしている俺をほんの少しでも信頼してくれていればいいが…
彼女の支えになるにはどうしたらいいものかな……
……ふむ。
まずは信頼関係を築くところからか。
子供っぽいところから人形をプレゼント…?
いや迂闊に逆鱗に触れるわけには行かない。
どうするべきか…
とりあえずは、今の関係を維持しつつ、少しずつ向上させるでいいのか?
悩みながらも、民間の宿舎に戻り部屋に入る。
同室を選んでくれたと言うことは、まだ信用に足りると思われてる……のか?
余程疲れていたのか、彼女はすやすやと寝息を立てていた。
狐のような精霊…『フクス』と彼女は呼んでいた精霊を抱きかかえ寝ている。
その姿はやはり、見た目相応の年頃の少女だ。
「ふぅ…ん……」
彼女が寝返りを打ち掛け布団がはだける。
しかし、フクスはしっかりと抱えたまま離さない。
はだけた掛け布団をそっと掛け直し、別のベッドへ潜り込み少し遅くなったが就寝した。
………
「おはようございます。ヒュース」
翌朝、目を覚ますと彼女が先に起きていた。
〝エルフ〟は人一倍洞察力に長けていると伝え聞いていたが、本当のようだ。
右肩に精霊『フクス』を乗せ軽く一礼する 〝エルフ〟
その動作一つ一つが気品に満ち溢れていて思わず見取れてしまった。
……頭の頂点部が寝癖で跳ねているのも何と言うか、良い意味で少女らしい。
「…どうしました?」
「いえ、何でもありません。ただ、王国では『勇者召喚の儀式』の準備は整っているそうです」
危なかった…〝エルフ〟の洞察力を侮っていたようだ。
だけど、一つ判ったぞ。
先のように見つめられるのは嫌いのようだ。
「……判りま――――クゥ――――」
了承の言葉を述べたかったのだろう。が、その声は彼女の腹の虫が邪魔をした。
彼女は恥ずかしいさの余りになのか、掛け布団を両手で持ち、耳まで真っ赤に染まった顔を隠してしまった。
その仕草もまた可愛らしい。
ああ、そういえば昨日から何も食べてなかった。
無理もないか…
「そ、それはそうとお腹が空きましたっ」
〝エルフ〟は顔をを隠したまま言う。
今更だが掛け布団は白く薄いので真っ赤に染まった顔が見えているのには気付いてないのだろうか?
とりあえず布団の傍らに置いたバッグの中を覗く。
・ロングブレッド
・干し肉
・水
うん。物の見事に携帯食しかない。
〝エルフ の口に合うかどうか判らないが、ロングブレッドを半分ほどに割く。
「〝エルフ〟様。この様な携帯食しか手持ちにないのですが…」
ブレッドを差し出す。
〝エルフ〟は顔を隠していた掛け布団を少しずらしブレッドを見る。
掛け布団を片手に俺の手からブレッドを取り口にする。
数回の咀嚼の後コクリと飲み込んだ。
そのまま数回、口に含み咀嚼する。
俺の視線に気付いたらしく、俯き気味に言う。
「食べないのですか?」
「いえ、その、〝エルフ〟様のお口に合うかどうか判らなかったので……」
「―――フォルです」
口ごもってしまったが〝エルフ〟は全く別の事を言い出した。
「―え?」
「私の名です。フォル・モーント。い、何時までも〝エルフ〟様と呼ばれるのは気恥ずかしく感じます」
それだけ言うと〝エルフ〟――――いや、フォル・モーントはブレッドをパクパクと食べ始めた。
真名を教えて貰えたと言う事は関係が向上した、と考えて良いのだろうか?
………
「そう言えば……エレンシアには季節の移り変わりはあるのですか?」
ブレッドを食べ終わった頃、フォルが言い出す。
季節とは…候の事だろうか?
「ありますよ。
穏暖気候のマハート候。
厳熱気候のヒータ候。
麦雨気候のエリア候。
穏寒気候のフェルト候。
厳寒気候のフール候。
5候と呼ばれています。」
おそらく彼女の世界にも候はあったのだろう。
呼び名こそは違うが。
フォルは上を向き人差し指で艶やかな桜色の唇を押し当てながら思案している。
その可愛らしい仕草を胸の鼓動が高鳴る。
不意に彼女が俺の方を見る。
まさか鼓動が聞こえたのだろうか?
背筋に冷たい汗が流れる。
「では…今はエリア候ですね?」
杞憂だったようだ。
それと同時に拍子抜けした。
何故判ったのだろうか?
「正解です。何故判ったのですか?」
「雨音です。直に本降りになると思いますよ」
その言葉通り、窓を穿つような勢いで大粒の雨が降り注ぐ。
窓の冊子に当たり流れ落ちる雨粒を見ながら思う。
古来の学者殿達が『麦雨』と名付けたのも頷ける、と。
大麦ほどの大きさの雨が大量に落ちる様と、大麦を収穫した篭から流れ出る様が似ているから。
そんな有り体な言い文だったが、様にその通りなのだから仕方がない。
だが、麦雨自体はすぐに途切れる。
置き土産に轟雷を落として。
瞬間走る稲光。
数分後、爆音が轟いた。
「ひゃっ!?」
それと同時に、甲高い悲鳴が耳をつんざいた。
顔を正面に向けると頬を薄く朱に染め口許を左手で抑えているフォルの姿があった。
思わず笑みが零れるが彼女はそれが気に喰わなかったようだ。
プイッと顔を背け、ベッドから立ち上がり、未だに降り止まない雨を窓の傍に立ち見やる。
麦雨こそはすぐに尽きるが、その後も雨は続いているのだ。
「……?あれは…………?」
彼女の隣りに立ち彼女が見た物を俺も見る……が…雨で窓の外が見えない。
……彼女には何が見えているのだろうか?
見えない以上答えられない…聞いてみるか。
「すみませんが、一体何が見えたのですか?」
「…煤塗れの子供の手を引く女性……でしょうか?」
煤塗れ……もしかしたら……アレかな。
彼女の世界には無かったのかもしれない。
「…奴隷と奴隷商………多分…そうだと思います」
「……………そうですか……よし」
何が『よし』なのだろうか…?
窓から離れた彼女は袖を捲り剣を確認すると『フクス』にエルフと精霊にしか判らない言語で何か言うとそのまま部屋を出て行こうとする。
慌てた俺は彼女の手を掴んだ。
「な、何をなさるおつもりですか!?」
「何を…と言われましても……あの子を開放するだけです」
「無駄です!あの子1人を開放した所で全ての奴隷が解放させる訳ではありません!!
それに法令にも奴隷商は認可されているのです!」
「………法によって認可されているから、目の前の悲劇を見逃すのですか?」
「そ、それは――――」
「所詮、貴方もその程度と言う訳ですね…」
彼女と、目が合う。
呆れたような、それでいて期待外れだったような。
少なくとも今までの彼女からは想像出来るない程憤慨しているようだ。
今まで築いてきた多少の信頼関係が一気に崩れ去る気がした。
それだけは阻止したい。
彼女はきっと武力で制するつもりだ。
なら、別の法を開示すれば何とかなるだろう。
「…あの子1人だけなら開放する手立てはあります」
「聞きましょう」
………
数分後、俺たちは土砂降りの雨の中、奴隷商を追っていた。
理由は簡単。
先程開示した方法に彼女も納得してくれたからだ。
雨に体温を奪われたくはないから、宿を出てからほぼ全速で走っているというのに彼女はぴったりと後ろを走りついて来ている。
健康な美脚だ……いやいや、そうじゃない。それ以上の考えは危険だ。
先程のように信頼を失うかもしれない。
体力もかなりあるようだ。息切れ1つしないなんて。
「ヒュース!見えましたっ!」
後ろから叫ばれハッと目を凝らす。
然程遠くないところに薄茶色い服が煤塗れになっている紅毛の子供と、その幼い手を引く見るからに悪人面をしている老婆。
「そこの奴隷商!!止まってくれ!!!」
「………なんだいぃ?あたしゃ忙しいんだよぉ…この餓鬼ぃ…またしくじりやがってぇ……」
ひどくしゃがれた声を発する老婆を目の当たりにしてフォルが俺の背中を軽く引く。
……確かにこの老婆には恐怖を抱くな。
古寓話にでも出てきそうな魔女のようだ。
「提案なんだが、その子供を俺たちに売ってほしい」
「売ってほしいだぁ?いくらでぇ?」
――よし!食付いた!!
俺がフォルに開示した方法。
それは――買い取り。
虎の子のネセリウス金貨であの子を奴隷商から買う。
提案した時のフォルが浮かべた満面の笑みに思わず見惚れていた。
そんな事は胸の中に閉まっておこう。
どうやら信頼関係の悪化は免れたようだし。首尾は上々。
後は交渉次第だ。
「ネセリウス金貨一枚でどうだ?」
「…!?………この餓鬼に金貨だってぇ……?……くっく……いいねぇ…売ったよ…ホレ糞餓鬼ぃ…さっさと行きな…」
懐から取り出した金貨を老婆に投げつける。
それを確かに確認した老婆はゆったりと動作で歩いてゆく。
「大丈夫だよ。もう大丈夫だから…」
紅毛の子供は何時の間にかフォルが抱締め頭を撫でていた。
ゆっくりと優しく安心させるように囁く。
自らの服が汚れる事なんてお構いなしに。
その後ろ姿が遠き日の母の姿と重なり思わず目頭が熱くなる。
「…フォル。先に宿へ帰って居てください。その子の服を買ってきます」
了承の言葉を待たず走り出した俺は目頭を押さえ曇天の中を走り服屋を探した。
少年物の服があればいいのだがな。
手持ちの金貨で足りるように調整する必要もある。
……勢いであの子を買ってしまったが…これから如何するかな。
まぁ、彼女と話し合って決めるか。