第十一話 災厄は突如として
小夜のルーンの本当の力がッ!?
ではどうぞ
「――で、どうしてこうなったのかしら?」
「……俺の記憶ではお前が先に喧嘩を売ったと思うが?」
「……だよなー。それに魔女サンが突っ掛って行った気がする」
「ごめんなさい。サヨさん、私には弁解できません…」
王国闘技場に向かう道を歩きながらぼやいているゴシック&ロリータ調の服を纏った小夜。明らかに不機嫌だ。
後ろに続く、3人は若干、うんざりしているようだ。
こんな事になったか、それは数10分前に遡る。
† † †
マアト執事が小夜の部屋へ訪れ、〝エルフ″が到着した旨を伝えた。
それを聞いた途端、周りが気付かない程度、小夜は僅かに眼を開いた。
「――つまり、エルフに逢えって事?」
「然様に御座いますな。準備が終り次第、参りましょう」
「…成程、O.K.もう行く予定だったし行くわ。隼人は…置いて行きましょう」
そう言ってマアト執事に案内された諸見の間、先着が居た。
白銀のワンピースを纏った腰近くまで伸びた金髪のエルフ。
黄土色のベストと白い生地の薄いズボンを履いた赤褐色短髪の青年。
水色のシャツの上に白いべストを羽織り、ハーフパンツと言ったボーイッシュなショートカット赤毛の少女。
3人は小夜たちを見据え待っていた。
「貴方が…『魔女』さん、ですか?『勇者』さんは?一緒ではないのですか?」
「ええ、私たちだけよ。そっちは?一般人と子供?それで争い事に参加できると思っているの?」
「はい、その通りです。2人とも、私を信じ、また私が信じる大切な『仲間』です」
「くだらない。なんならその2人が信用に値するかどうか見てみたいわ」
「フフッ、判りました。御見せ致しましょう。確か…王国には闘技場がありましたよね?ヒュース?」
「ええ、確かにあそこなら万全に戦えるでしょう」
「決まりでしょうか?」
「ええ、構わないわ」
周りを無視してドンドン話が進んでいく。
エルフの朗らかな灰色の双眼と小夜の冷淡で無機質な双眼。
お互いに眼と眼を見つめ合い視線を逸らさない。
「申し遅れました…私は、フォル・モーントと申します」
「自分はヒュース・クラストと言います」
「オレはウィン・アルゼン。一応言っておくけどオレは女だ」
やがて、エルフはフッと笑みを浮かべて名乗る。
それに続き、赤褐色短髪の青年が深く一礼し、赤毛の少女は猫の尻尾の様に纏めた三つ編みを弄りながら、俯き加減にぶっきらぼうに言った。
「『魔女』暁 小夜」
「俺はヴィンセント・クライン。よろしく?」
「…シン・マクスウェル」
「えと、ラミア・ネル・フィアンネですっ。宜しくお願いしますっ」
小夜は腕を組み見下す様に不機嫌なままに睨む。
親玉同士が妙な空気を創り出した為、ヴィンセントが疑問系を使ったのも無理はないだろう。
対するシンはそんな事はどうでも良いらしく素っ気なく名乗る。
ラミアは伝説の〝エルフ″を目の当たりにしてか軽く噛みつつ、しっかりと自己紹介した。
その視線は赤毛の少女――ウィン・アルゼンを凝視している。
「宜しくお願い致しますね。では、王国闘技場でお待ちしています」
エルフ達は青年――ヒュース・クラストを先頭に闘技場へ向かった。
「んで?何であんな喧嘩腰だったの?理由があるんでしょ」
「大した理由なんてないわよ、私はただ見定めるだけ。彼奴らが『駒』として視野に入れて良いかどうかを、ね」
んーッと両手を頭上に上げ、背筋を伸ばし、欠伸が出てしまった口許を手で隠す小夜。
冷たい視線をエルフ達が出て行った扉に向ける。
「さ、わざわざ先に行って待っていてくれてるんだから、作戦会議でもしながらゆっくり行きましょう」
小夜は黒レースのリボンでポニーテール風に束ねた髪の毛に指を通す。
そして、ゆっくりと歩き出した。
† † †
闘技場に出る薄暗い通路を出た小夜たちを迎えたのは罵詈雑言の嵐だった。
何処から知ったのか大量の人、大量の罵声、投付けられる小石のような物。
小夜は、それら総てをまるで当り前の様に受け止め、観客席を見渡す。
不意に振り返るとラミアと同じ目線に立つように屈み、ラミアを抱き寄せ呟く。
「怪我するかもしれないから、私から離れないように」
「は、はいっ……」
「貴方達は、この程度の拒絶に負けるような『弱い』人間じゃないでしょう?」
「…当たり前だ」
「むしろ、この逆境具合が神祇官署と何ら変わりないからね」
皆の返答に、満足気に頷いた小夜は立ち上がり、歩き出す。
闘技場のフィールドへ。
そこに待つ、自分たちの敵の元へ。
投付けられる小石のような物、小夜とラミアに向けられた物は当たる寸前に何かに弾かれ地に落ちる。シンは鞘で叩き落しヴィンセントは飄々と躱す。
「……貴女は物凄く嫌われているのですね」
「そんな事どうでもいいわ。昔から私に味方なんていない。周りは総て敵だらけよ」
「よく判りませんが……一応、この試合は友好目的の模擬戦と言う名目にさせて頂きました」
「前座はいいわ。ルールは?」
「それについては自分が、制限時間無し、片方のメンバーが全員が戦闘続行不可、戦闘不可条件は気絶、メンバーの降参。万が一にでも相手を殺した場合は即刻死刑………最後の事項は闘技場のオーナーからですが」
模擬戦と銘打たれた、それのルールは王国闘技場の通常対人戦のそれを大して変わりはない。
説明したヒュースが言った最後の事項以外は。
『万が一にでも相手を殺した場合は即刻死刑』
本来は、殺しそうに成程までに剣闘士の感情が昂る場合はオーナーなどが制止に入る。
当然、死刑になる事もなく、謹慎程度で済む。
オーナーの意図は知り得ないが、それでも、見え隠れする魂胆は隠しきれていない。
「異論はないわ。私たちは4人でいいのかしら?」
「それについては問題ありません。こちらも4人ですので。『フクス』」
だが、小夜は動じない。何事もないかのように続ける。
優美な笑みを浮かべたフォルは一言、虚空に向けて言った。
瞬間、茶色に近い黄色の毛並みに黒の縞模様が入った体長90cm以上はありそうなキツネがしなやかに伸びた6本の尾を振りながら、フォルの傍らに座っていた。
「………可愛いっ」
「それを1人と考えていいのね。なら、始めましょう。そろそろこの険悪な雰囲気にも飽きて来た所だし」
フクスと呼ばれたキツネらしい動物に目を燦々と輝かせているラミアの頭をポンポンと撫でながら動物に視線を向ける。
どういう奴かは判らないが用心しておく事に変わりはない。
「予定変更よ。ラミア、あの狐は頼んだわ」
「はいっ!!任せてくださいっ!!」
フィールドの端に戻った後、小夜は未だに目を輝かせているラミアを向く。
しばらくして、空に向けられた銃口が火を噴き、試合開始の合図を告げた。
刹那、走る出す両チーム。
小夜は真直ぐにウィン・アルゼンの元へ走り、それに気付いた、ウィンは立ち止まり迎撃の体制を取る。
細身の体から繰り出されているとは思えない素早く力強い正拳突き。
小夜はひらりとスカートを翻し避ける。それにまた観客からブーイングの嵐が起こる。
しかし、避けた正拳突きはあくまでフェイント。ウィンの本命は中段回し蹴り。
素早く身を捩り回転を掛けて横一線に足を振り抜く強靭な一撃。王国に着くまでに倒してきた魔獣は大体このコンボで沈めてきた。
が、小夜は違った。
小夜には『ラグズ』の効果で異常なまでに発達した後天的な勘が備わっている。
故に識っていた。正拳突きがフェイントである事も、本命が回し蹴りである事も識っていた。
回転しているウィンの視界から、小夜は消える事はなかった。
小夜は回し蹴りと同じ向きへ走っていた。
避けられたのだ。
ウィンの自信が、信じ続けた自分の体の総てが、いとも容易く軽々と避けられたのだ。
現実を突き付けられ愕然とするウィンの視界が突然、冷たい何かに覆われ暗くなる。それと同時に感じる、小夜の抑えたような息遣いと首筋に当てられた冷たい鉄の感触。
「今、貴方の頸に剣を突き付けてるのだけれども、助かりたいなら降参して?」
「へっ…早速オレを退場させようって魂胆だったのかよ……」
「ええ、元々貴方を先に潰す予定だったわ。そのまま真直ぐ3歩歩けばフィールドから降りられるわ」
耳元で囁く酷く冷静な声。
1歩、2歩と歩きウィンは立ち止まる。
――オレは知ってる。過去の経験上、こんな声を出す奴は大体悪い奴だった。だったら…コイツも――
「悪いなッ!オレは目ぇなんて見えなくてもお前みたいな奴の場所位、匂いで判んだよ!!」
ウィンはバックステップで一気に小夜との距離を縮め裏拳を放つ。
「――残念ね…まだ使いたくはなかったんだけど、背に腹は代えられない」
飛来するウィンに対し小夜は避けようともせず、ただ淡々とフィンガースナップをした。
瞬間、ウィンの視界を覆っていた冷たい何かが消え、眼を開けたウィンの視界に映り込んできたのは自分を囲む様に張巡らされた水の壁だった。
壁はウィンを包み込む。そして、見えてしまった水の壁の向こう側光景に思わず空気を吐いてしまった。
小夜から左腕が消えていた。吹き込む風に煽られ漆黒の衣装の左袖がパタパタとたなびいている。
ウィンは水の壁から無理矢理手を突き抜き、小夜に向け手を伸ばしたが、直後、限界を感じたウィンは静かに意識を投げ出した。
小夜はそれを確認すると、素早く水の壁を解き、ウィンの容体を確認する。その時に左腕は元に戻っていた。
息をしている事を確認した小夜はチラリと周りを見る。
シンとヴィンセントは何気に息の合ったコンビネーションでヒュースを翻弄し、ラミアは最大展開した陣魔術でフクスを追い詰めている。
ただ一人、誰にも狙われず唖然としていたフォルは血相を変えてウィンの元へ駆けつけようとしている。
「ッ!?貴女は!この試合のルールを忘れたのですか!?人殺しなんて…」
「はぁ…せめて確認しなさい。しっかり生きてるじゃない」
フォルはウィンを抱きかかえる。そのまま小夜を睨む眼は明らかに憤慨してる。
「それに…貴女のその腕は一体――」
「貴女…莫迦なの?敵にそんな事を教える筋合いはないわ」
小夜は嘲笑と共に再びフィンガースナップの構えを取り鳴らした――が乾いた音が響き渡らなかった。
それを何かが何かを突き破る轟音が掻き消したからだ。
闘技場の出入り口に立ち込めていた砂煙が晴れ、その何かが姿を現した。
草食恐竜のような巨大な胴体と大蛇の首が9つ、強靭な前足と後ろ足、1対の翼を持った怪物。
神話で描かれる――ヒュドラーそのものだった。
「チッ…エルフ」
「は、はい。なんでしょう?」
「貴女たちは観客の避難を優先して、私たちがアレを何とかする」
「えっ!? で、ですか私たちも戦った方が良いのでは?」
「莫迦ね。今の状況、私に敵意を向けていた観客は大混乱している。でも毛嫌いしている私の言葉が届くと思う? 私は思わないわ。だったら適材適所に人材を分けるしかないでしょ」
「…………判りました。その代り、必ず生きていてください」
そう言うとフォルはウィンを抱え、ヒュースの元へ駆けて行った。
小夜が振り向くとそこには、シン、ヴィンセント、ラミアが小夜を見て静かに頷いた。
「シン、まずはアレは何?」
「ヒドラ。剣闘獣と分類される種類の爬虫類怪物だ。属性としては闇に分類されて居た筈だ。おそらく俺たちの次の試合の準備中に扉を破壊してきた、という所だろう」
「爬虫類ね。O.K. 決まったわ。皆、時間を稼いで。客が避難を終えるまで」
話し合いは実に短く終った。
こうして話し合っている間も、ヒドラと呼ばれた怪物は近づいているのだ。
この防戦の後に、『魔女』暁 小夜は『水禍の魔女』と呼ばれるようになるのだか、そんな事は今の小夜は知る由もなかった。
すみませんでした
非常に遅れてしまいました