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第十話 過去、現在、未来

「……なぁ、もう9時過ぎてるよな?」


翌朝、ヴィンセントは大広間の螺旋状の階段に腰を掛け脚を踏み鳴らしていた。

その傍らには階段の手摺に背中を預け、腕組みをしているシンの姿がある。


「そうだが、彼奴らが起きて来ないな」

「……見に行くか?」

「しかし、ラミアの部屋は何処だ?」

「あーっ、そう言えば、赤冠レッドキャップは魔導院の自室に戻ったのかぁ?」

「……だとすると、俺たちは待つしかないできないじゃないか?」

「………いや、俺に良い・・考えがある――――」


思い切り立ち上がったヴィンセントは意地の悪い笑みを浮かべていた。

通常、王立魔導院に入れる者は制限されている。

魔導院生、魔導院長と魔導院に関係する者或いは王族の者のみしか入る事は許されない。

故にラミアが魔導院に帰って居た場合、ヴィンセント達にはどうする事もできないのだった。

シンはそれを知っているため、不思議そうに首を傾げるが、ヴィンセントは軽い足取りで階段を上って行く。


「……まさか、な」


魔導院に向かうには大広間の階段を上る必要はない。

上の階に進むヴィンセントの行動で行先が大体予想できたのか、軽く溜息を吐くと階段を上り、ヴィンセントに続いた。


 




  †  †  †






ヴィンセントが立ち止まったのは小夜と隼人の部屋の前だった。

追付き立ち止まったシンは予想が的中していたようで、後ろ髪を掻きながら小声で言った。


「……今更かと思うが、お前、『魔女』を利用するつもりだな? いや、『魔女の肩書き』と言った方が正しいか」

「そゆ事。昨日のアレを見る限り、魔女サンと一緒に行けば魔導院内にも入れるっしょ」

「…はぁ……まぁいい。彼奴にどう見られても知らんぞ。後、聞かれたら〝最初に言い出したのはお前だ″と伝える」

「そりゃないよぉ…だったら〝剣闘士だって同意した″って言う」

「知るか。〝俺は此奴から何も聞いてない″と答える。事実、俺は何も聞いていない」

「いやでも、どうするか知ってるじゃん?」

「どうかな?あくまで俺の推測だ。お前の考えとは違うかもしれん」


次々にお互いに擦り付け合う2人。

『暁 小夜』をまだ理解していない2人は殆ど鍛え抜かれた勘でもしもの事を踏まえて言い合う。

ただ、真剣に擦り付け合っていたため、ドアが開いていた事に気が付かなかった。


「お二方、サヨ様がお呼びにございます」

「うおっ!?」

「……アンタか…呼んでいると言う事は、彼奴はもう起きているんだな」

「ええ、では、私は朝食を運んでくるよう言われてますので、失礼致します」


一礼し、廊下を歩いていったマアト執事。


「…んじゃ、まぁ気を取り直して、魔女サンと逢おうか」


扉を開き中の様子を窺ったヴィンセント。

そこには、上半身だけ起こし白い箱型の見知らぬ物体を握り、苦虫を噛み締める様な顔をした小夜が俯き、握っている物体を必死に動かしている。


「はぁ…なんで昨日気が付かなかったんだろう…明らかにおかしい・・・・……」


時折、ぶつぶつ独り言を漏らしながらしきりに指を動かしている。

傍から見れば異常とも思えるその行動を小夜は引切り無しに繰り返す。

そして、動きが止まった。


「……やっぱり、充電が減ってない・・・・・・・


ディスプレイに表示されている電波を示すアンテナは消え、『圏外』と表示されている。

圏外の場合、通信機能が完全に失われるため、通信サービスを利用する事が出来ない。

基地局などないこの世界では当たり前だろう。

それはいい。事実、小夜はそうだろうと仮定し、携帯を触ろうともしなかった。

だが、携帯の機能を使わずとも充電は減る。

ましてや、もう《エレンシア》に召喚されて4日が過ぎている。普通なら昨日の時点でディスプレイすら表示されなかったはず。

先程、老執事に確認した限り、この携帯に表示される時間と《エレンシア》の時間は同じ。

通話、メール、インターネット等は使用不可だが、他の機能は使えた。

何故、こうなっているか?

それを考えようともした。否、している。

答えは判らない。現状では憶測すら思い浮かばない。


小夜はじっと徐々に暗くなりつつあるディスプレイを見つめていた。

ディスプレイが完全に消えた後、ふと頭を上げると、僅かに開いたドアの隙間からヴィンセントの姿が視界に入った。

そして、不機嫌に眉を寄せる。


「入るなら入ればいいじゃない?」


見るからに不機嫌な態度になった小夜と目が合ったと思った矢先に声を掛けられたヴィンセントがビクッと体を震わせる。

意を決して、唾を飲み込み、そっとドアを開け、中に入る、苦笑いを浮かべて。

その後ろにシンが続いた。

2人の視線は小夜が握っている物に向けられている。


「えーっと、魔女サン?それはナニカナ?」

「……あっちの世界の道具。小型多様通信機って所ね」

「通信?という事は、それで情報の伝達が可能、という事か?」

「ええ、そうね。それ以外にも機能はあるんだけど、私は使ってない。むしろ使う意味が判らない」

「へぇ~、昨日から魔女サンの世界はすげーっとは思ってたけど、なんかこう……言葉通り『世界が違う』ね。でさ、さっきから気になってたんだけど…なんで赤冠レッドキャップに膝枕してんの?」


一瞬、憂いを帯びた表情をする小夜。

咄嗟にヴィンセントが話を切り替える。それぐらいの配慮はできる様だ。


「…昨日、この子が私と一緒に寝たから。起きた時、正直驚いたわ。抱き着かれてたんだから。起き上がったらそのまま今の体制になったの」

「なんつーか……姉妹みたいだな」

「サヨ様、朝食をお持ち致しました」

「ありがと、食べ終えたら外に出しておけばいいのね」

「然様に御座いますな。では、失礼致します」

「…それだけ…?」

「…まぁ、起きたばかりであまり食欲が無いと言うのもあるけど、普段もこんな感じね。後、昔の出来事で肉類が食べられないわ」


運ばれてきた少量の野菜サラダを黙々と食べ始める小夜。

部屋を出た執事とほぼ入れ替わりで入ってくる人物が一人。

心身ともにボロボロと言った風貌の隼人だ。

そのままふらふらと部屋入り、4人には目もくれずベッドに倒れこんだ。


「…ふぅ、そこにあるタオル濡らして投げておいて」

「…ぃゃ…ぃぃょ………ぁあううんっ!!…先に謝っておこうかな。ごめん。ヴァルバトスさんに小夜の過去ちょっとだけ話した……」


一瞬、小夜は不機嫌に隣りのベッドに倒れている者を睨み、フォークを投げそうになるが寸前で止める。

倒れ伏せている物体がまだ何か言いそうに見えたからだ。


「…それで……ヴァルバトスさんは泣いてくれたよ。やっぱり人情家だね」

「そんなのただの憐みよ。無駄な感情でしかない。その程度の事よ」

「えーっと、魔女サンの過去って聞いても?」

「そうね。何も面白味もないけれど、話す上でラミアに聞かせる訳にはいかないから、丁度いいタイミングではあるわ」


と言って、膝の上のラミアの碧髪のミディアムボブを愛おしげに撫でる。


「まぁ、そうね。時間潰しぐらいにはなるかしら。



小夜は父母と2つ上の姉と小夜の4人家族。


何処にでもあるような普通の家庭に住んでいた。


夫婦の仲が悪いわけでもなく、親子の中が悪いわけでもなく、姉妹の中が悪いわけでもない普通の家庭。


何時も通りの日常に誰もが満足していた。


そんなある日、姉が壊れた・・・・。いや、心が壊れる程の事件に巻き込まれた。


女性にとって尤も多大な肉体的・精神的苦痛をもたらす事件、強姦にあった。


その日から、姉は変わった。


誰をも悲観し、総て憎み、恨み、その総てを『自傷』と言う行為にぶつけた。


両親と小夜は幾度となく止めようとしたが、無意味に終わり、只々、時が過ぎ、そして姉が内側に溜めこんでいた自傷行為だけでは晴れなかったドス黒い何かが爆ぜた。


その日は丁度、姉の16回目の誕生日で、小夜は学校が終わると同時に近くのケーキ屋に向かい、両親から頼まれていた御遣いを終え、家路に着いていた時だ。


そして、小夜が自宅に着いた時には、もう既に総ての終わりが始まっていた。


自宅から濛々と黒い煙が上がり、向かいの家の人が消防署に電話を掛ける音。


手から滑り落ちたケーキ箱が地面にぶつかり奏でる『ぐちゃっ』と言う低く鈍い音。


混沌と化す状況で、小夜の真っ白になった頭の片隅に嫌な予感が過る。


周りの制止を振り切り、ドアをこじ開けリビングへ駆けた。


そこには、豪勢な誕生日会を予定していただろうと思われる道具が散乱し、腹部に包丁の刺さった一点から徐々に紅に染まっていく白いエプロン姿の母が仰向けに倒れ死んでいた。


隣りには、わざわざ早く帰ってきた父の紺色のスーツが真っ赤に染まる程、血を吸って死んでいた。


絶望感に苛まれ、その場に膝を突いた、小夜はその光景に涙を流すと同時に、鼻腔を通る嫌な臭いに胃の中が逆転する様な気分に任せ、口まで上がってくる吐瀉物を手で抑えきれずに吐いた。


汚れた手をリビングの床とスカートで拭い、涙を拭き、2階の姉の部屋を目指した。


姉の部屋のドアは完全に開かれていて、小夜はドア枠を手摺代わりにし、中の様子を窺った。


姉が燃えていた・・・・・・・


その場で泣き崩れていた小夜を救助隊が助け、小夜の体は助かった。


だが、心は壊れ、瞳から光が消えた。




その後、姉さんを強姦した奴らを見つけだして復讐して、それで……私の生きる意味は消えた。ただ空虚に其処に居るだけ。それが今の私よ。ね、面白味の欠片もないでしょう」


喋り続けたお陰で喉が渇いたのか野菜サラダと共に頼んだブラックコーヒーを口に含む小夜。

想像し得なかった過去にシンとヴィンセントはどの様な言葉を掛けるべきか考え倦ねていたが、ラミアに聞かせなくてよかったと確かに安堵していた。

隼人は意識をとうに投げ出し睡魔に身を任せている。


重たい静寂が部屋を包み込む。

溜息すら吐けそうにない状況で不意にラミアが目を覚ました。


「うぅん?皆さん…どうしたんですか?…顔が怖いですよ?」

「ちょっと、ね。でも大丈夫よ」

「そーだな。赤冠(レッドキャップ)も起きた事だしそろそろ行動開始行きますか!」


それぞれが身仕度を整えた。

そして、爆睡している隼人にラミアが治癒の陣魔法を掛けた所で再び、ドアが開いた。


「サヨ様。『エルフ』様が城に御到着なられました」


マアト執事の一言で小夜の中で今日の方針が決まった。


遅くなりました…

一つだけ、言い訳させてください

数回ほど吐瀉物を出しそうになりました

ええ、感性豊か過ぎるのも酷な物です

でわでわ

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