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ANOTHER REALITY  作者: マンドラゴラ
第二章 善悪が交差する口
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第三十九鐘 紫紺の矢

 ウィルとの戦闘を開始したハイトは、様々な攻撃を試す。ウィルに地に伏せられるが、それを利用してハイトはアイテムを使い、見事ウィルが装備している盾を破壊する事が出来た。ハイトが優位に立つ状況にも拘らず、ウィルは余裕の笑みを絶やさない。怪訝に思うハイトにあの矢が突き刺さる。

 扉に塞がれてからどのくらいの時間が経ったのだろう。

 私は儀式の場に入ってから、扉ばかりを見詰めていた。

 扉の先にある見通す事の出来ない戦闘。そこで戦っているであろう彼の姿を脳裏に浮かべる。


(大丈夫かな……)


 私はハイトが負けるなんてこれっぽっちも思っていない。彼の頭の回転の速さと戦闘能力は群を抜く程で、どんな事が遇っても思いもしない発想と戦術で切り抜けるだろう。

 それでも、心配はしてしまう。今すぐハイトに加勢したい身体を、私は必死に押さえ付けていた。


(信じて待つんだ)


 今の私に出来る事は、ミリアちゃんをこの場から出て行かないように見張る事だ。


「そんなに二人の事が気になるのか?」


 後ろからミリアちゃんの声が聞こえた。振り返ると彼女はタオルで汗を拭きながら私に歩み寄っていた。


「うん……ちょっとね」


 ミリアちゃんは、ハイトとウィルが戦っている事を知らない。不安にさせたくないし、何より見せたくないからだ。


「あの二人なら魔物の集団に襲われても大丈夫だ。心配しなくても良かろう?」


「そうだね……その通りだよね」


 私はミリアちゃんに同意するように言った。これ以上変に心配して訝しがられたら元も子も無い。


「ミリアちゃん踊り上手だったね。誰かに教わったの?」


 私は彼らの話題から逸れる為に、彼女の踊りに触れた。


「うむ、これは母様から受け継いだ“シンベル”に伝わる伝統的な神楽だ」


 ミリアちゃんは胸を張って誇らしげにその神楽について語った。

 神楽と言っても、音楽に合わせてリズムカルに踊躍するようなものでは無い。両手に半透明の白い布を持ち、水流の如くしなやかに舞う。手首に付けた鈴の音色だけが彼女の舞を清らかに飾る。

 派手に飾らずに静かに舞うその姿は、正に神に捧げる舞だった。


「ミリアちゃんのお母さんから教わった踊りなんだ。きっと、綺麗な人なんだね」


 ミリアちゃんがこんなに綺麗な子なのだから、お母さんも同じく綺麗な女性なんだろう。

 そう私が何気なく言った言葉に、ミリアちゃんは顔を暗くした気がした。


「うむ……そうだ。母様は誰もが認める程綺麗な人だった」


(…………?)


 何故、過去形なのか。私は不思議に思った。

 そして、一つの嫌な結論に辿り着いた。

 私の表情の変化を見て、ミリアちゃんは寂しそうに微笑んだ。


「一年前に逝ってしまったよ」


 私の予想の答え合わせをするかのように、ミリアちゃんは言った。


「ごめん……私、余計な事言っちゃって……」


「良いのだ。もう受け入れたからな」


 ミリアちゃんは気にしていなさそうに言うが、重い空気が伸し掛かかった。


「私にとって母様は偉大だった」


 そんな空気の中、ミリアちゃんは話を続けた。私は黙って聞いていた。


「母様はあまり声を出さない人だったが、“シンベル”の中で一番優しかった。母様の微笑みを思い浮かべるだけで安心できるぐらい、私は母様の事が好きだった。母様は私の尊敬する人であり、目指す目標だ」


 ミリアちゃんは虚空を眺めながら言葉を出した。


「逝く前に母様は私にこう言ったんだ。誰かに憎しみを抱くような生き方はしないで、って。母様は依然と変わらない笑みでそう言っていたよ」


「……素敵なお母さんだね」


 多分、私は羨ましそうにそう言っただろう。

 お互いに衝突していた関係とは掛け離れた、心地好い仲。あの家庭には欠けていた温もりを、眼の前にいる少女は持っていた。


「うむ、私は母様の子で本当に良かったと思うよ」


 晴天の表情でミリアちゃんは言った。


(……一体、どんな感じなんだろう)


 自分の母親を誇りに思うと、どんな気持ちになれるのだろうか。

 私にはきっと、確かめる日は来ないだろう。


「話は変わるが、ハイトには驚いたぞ」


 曇天の気分で行き成りの言葉に、私が驚いた。


「え、何で?」


 ハイトが一体何をしたってうんしたね。色々とやったね。


「似ているのだ。雰囲気が母様に良く」


「そうなの?」


「言葉が少ない所や、隠れた優しさが母様にそっくりだ」


(……ああ)


 私はその乙女の表情を見てある事に気が付いた。


「だから、ミリアちゃんハイトの事が好きになったんだ」


「……――なっ、なっ、何故知っているのだ!?」


 心底驚いたようにミリアちゃんは大声を上げた。恥ずかしいのか、顔は真っ赤に染まっていた。


「何でって……ハイトに対するミリアちゃんの言動を見ればね」


 分かり易い方だと思うけど。


「そ、そうか……」


 顔の熱を冷ますようにミリアちゃんは手で扇いだ。


「……知っているのならもう隠す必要は無いな」


 そして、普段通りの毅然とした態度に戻った。


「そうとなればロゼ、ハイトとの思い出話を聞かせてくれないか?」


 先の恥じらいはどこに行ったのか、ミリアちゃんは眼を輝かせて言った。


「それは良いけど、私ハイトに逢って一ヶ月半くらいしか経ってないよ?」


「そうなのか? その割りには息が合っていたが」


「出逢ってからずっと二人で助け合って来たからね」


 振り返ってみると、短い期間に色々な事があったものだ。


「ならば、様々な出来事があったのだろう? 少しでも聞かせてくれ」


「良いよ。そうだね、まずはハイトと初めて出逢った時の事を――」


 私はハイトと初めて出逢った日の出来事からミリアちゃんに語り始めた。

 わくわくした雰囲気を出しながら私の話に耳を傾ける彼女を見ていると、悲しい気持ちになる。


(今、扉の向こうの状況を知ったら、どう思うだろう)


 好きな人と自分を護ってくれる仲間が戦い合っている光景を見て、彼女はどれ程苦しむのだろうか。

 私には、分からない。

 私には、待つ事しか出来ない。






「がぁッ……!」


 俺は肩から伝わる痛みに耐え切れず膝を付いた。

 全身から嫌な汗が否応無しに出る。


「流石のハイト君でも、この攻撃は想定外でしたか」


 その場で立ち止まったまま、ウィルは俺に声をかけた。


(想定内だった……)


 俺はウィルの質問に、頭の中で答えた。

 何時かあの矢を仕掛けて来るだろうと、俺は殺し合いが始まる前から予想していた。だから、俺はウィルが奇妙な言動をしないか最善の注意を払った。

 だが、それには一つ穴があった。

 それは……。


(ノーモーションで発動出来るのかよ……!)


 これが最大の失敗であり、最大の脅威だった。


 ――構える必要はありませんよ――


 全くその通りだ。


(モーション無し、タイムラグ無しでどうやって避けろと言うんだよ!?)


 人間には第六感があるだろ? 何て言葉は、寝言は寝て言え以下だ。そんなのはフィクションの特権で、この状況でそれを頼る程俺は楽観的では無い。

 しかし、他にこれ以上の対策案が出ない。

 思案している内に、絶望の現実に倒れそうな身体から紫紺の矢が消えて消滅した。貫通した傷から血が流れ落ちるが、それを気にする程俺に余裕が無かった。


「立ち上がりますか? それとも、諦めますか?」


 ウィルが立ち上がらない俺を煽った。


「……ッ」


 俺は膝に手を付きながらも、おもむろに立ち上がった。


「正直キツイんじゃないですか?」


 余裕釈釈の表情でウィルが俺に訊ねて来た。

 キツイなんてレベルじゃ無い。肉体的にもダメージがあるが、それ以上に精神的なダメージの方がでかかった。

 予測不可能な攻撃。それが巨大な鉄壁となって俺の前に立ち塞がる。下手な対処は逆にその鉄壁をこちらに倒れさせるだけだ。


(打開出来る気がしないなこれ……)


 未来予知でもしろと言わんばかりの状況。自分で一蹴した第六感にさえ頼りたくなる程だ。

 しかし……。


(諦める訳にはいかない)


 この絶対的に不利な状況にも関わらず、俺は諦める気は無かった。

 俺が立てるのは、俺を待っていてくれる一人の存在のおかげ。

 脳裏に浮かぶ太陽のような笑顔が、消えそうな気力を奮い立たせる。


 ――信じてるから――


 その言葉が、俺に勇気を与えてくれる。


(気をしっかり持て)


 左肩を負傷したが、剣を振れる。脚も動く。脳も働く。

 なら、充分だろう?


(俺はまだ死んでいない)


 死なない限り藻掻き続けろ。這い蹲ってでも生にしがみつけ。


「覚悟は出来ましたか?」


 巨槍を構えて、ウィルは死闘を再開させようとしていた。


「ああ」


 俺もその言葉に応じて、右手に力を込めて剣を構えた。


「さあ、第2ラウンドです」


 そう言った後、ウィルがこちらに駆け寄って来た。盾を失った為か若干速くなっていた。

 俺は専守防衛をするだけに留め、紫紺の矢の対策を練る事に専念した。


(落ち着け。これはゲーム・・・だ)


 迫り来る巨槍を躱しながら、俺は昔のようでそれ程経っていないログインルームでの出来事を思い出していた。

 振り返るのは、馬鹿があの時言っていた言葉。


 ――君にはぼくの創ったゲームをしてもらうんだよ!――


 確かにあれはそう自慢げに語っていた。


(ゲームに必要な最低条件は何だ)


 そんなの考えるまでも無い。


(プレイヤーがクリアー出来る構成だ)


 どれ程難易度が高かろうとクリアー可能なら、それはゲームであり、逆にどれ程簡単だろうとクリアー不可能なら、それはゲームとは似て非なる物だ。

 このミッションはその馬鹿が仕掛けたシステムだ。

 ならば……。


(全てのミッションはPCがクリアー出来るように創られている筈だ)


 だから、俺にも勝利への道がある。


(それを見つける為のヒントはもう持っている)


 ――古の伝承に従いしき神の矢を欺き――


 これがあの矢を攻略する鍵だ。

 眼につくのは、伝承と言う単語。


(これがヒントならば、俺が知っている伝承の筈だ)


 そうでなければ、これはヒントとして機能しないからだ。


(だが……)


 俺が知っている伝承なんて複数ある。

 ノアの箱舟、ギリシア神話、古語拾遺、祝詞など、他にも様々な神話、伝承を知っている。これらから一つだけが選ばれているのかもしれないし、複数を混合しているのかもしれない。特定するのは容易ではなさそうだ。


(一つずつ考えていくしかない)


 ヒントの文章。それから絞られる神話、伝承を思い浮かべる。


(……くそッ)


 どれだけ思考を働かせても、あの矢を対処する案が出て来ない。

 焦る脳を無理矢理整えさせ、思考を続けながらウィルと殺し合う。

 しかし、当たり前だがそれが長く続く筈が無い。

 ウィルの攻撃を紙一重で躱し続けるが、突然挟んだ騙しの一撃に対応が遅れ、重心がずれた。


(まずい……!)


 無理に重心を直そうとはせず、流れに任せて距離を取ってから体勢を立て直そうと試みるが、それを許す程彼は弱くなかった。


「<ロウグランデュオ>」


 絶好の機会に放ったウィルの強力な単突槍スキルが俺の右肩を深く抉った。


「ぐッ……!」


 肩から流れる血が地面にその軌跡を描きながら、俺は無様に転がった。

 両肩から激痛が走るが、休んでいる暇は無い。痛みが伴う左腕を支えにして立ち上がろうとした。


「もう終わりにしましょう」


 ザスッ――。


 ウィルの言葉とあの音が聞こえ、左脚から何かに貫かれた痛みを覚えた。

 見なくとも分かる。そして、これが意味する事も。


「どうでしたか? “リターンアロー”の味は」


 仰向けのまま視線をウィルの方へと向けると、彼は少し離れた位置で俺を見下ろしていた。


「……“リターンアロー”と言うのか、あの矢は」


 この状況の打開より、何故か紫紺の矢の名前が頭に引っ掛かった俺は、自然と口からその言葉を出していた。


「そうです。可笑しいですよね。返されてもいないのにリターンだなんて」


 ウィルもその事が矛盾しているのに気付いていたのか、苦笑しながら言った。

 ウィルの言う通りこれは変だ。

 変だからこそ、何か重要な事が隠されている・・・・・・

 もう後が無い。それを見つけなければ、俺は此処で死ぬ。

 俺だけでは無い。ロゼもミリアもそうだ。


(死ぬ気で考えろ。でなければ生き残れないぞ)


 俺は今までの出来事とミッションを再び思い返していた。


 ――古の伝承に従いしき神の矢を欺き――


 ――大体伝承って古くから伝わっている話でしょ? わざわざ書く必要なんてあるのかな?――


 ――“リターンアロー”の味は――


 ――返されてもいないのにリターンだなんて――


(…………!!)


 俺の頭の中で小さなピースが繋がり、一つの大きな答えとなった。

 俺は最早足腰にさえ力が入り難くなっている身体を剣を支えにしながら立ち上がった。


「……まだ立ち上がりますか。貴方に勝ち目はありません。潔く負けを認めてください」


 ウィルが呆れたような口調で俺に降参を促した。その声には、悲痛の色が混じっていた。


「……悪いが、断る。どんな事があっても、俺は死ぬ訳にはいかないんだ」


 俺の為にも、ロゼの為にも、俺はこんな所でゲームオ−バーになる事は許されない。


「……分かりました。ならば……」


 顔の表面から感情を殺して、ウィルは静かに告げた。


「死んでください」


 この殺し合いの終幕を。

 そして、俺は背中から最早馴染みのある感触を覚えた。


 <ヴォウグ>


 盾スキルの一つ。敵から自分へのヘイトを稼ぐ。ヘイトを稼ぐと自分が狙われやすくなり、他の仲間から敵を遠ざける事が出来る。待機時間は0,6秒。

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