第三十七鐘 偽りの騎士
扉の前まで着いたハイト達は、儀式を終えようと中に入ろうとするが、一人襲撃者の正体に気付いたハイトは、ロゼとミリアの二人に先に言って待っていて欲しいと頼んだ。納得のいかないロゼを何とか説得して、ハイトはウィルに挑む。
「……どうして分かったのか聞かせて貰えませんか?」
否定せずに俺の疑いを受け止め、ウィルは至って冷静に訊ねて来た。
「色々あるな」
「色々とあるのですか」
「そうだな、まずは此処の魔物だな」
「魔物……ですか?」
俺の着眼点が意外だったのか、鸚鵡返しに訊いて来た。
「ウィル、アンタはこの洞窟の難易度はどう感じた?」
俺はそれに答える前に、ウィルに質問した。
「簡単でしたね。特に苦戦する戦いもありませんでしたし」
「ああ、俺も同じだ。簡単すぎるんだよ、此処」
「…………」
「アンタが知っているかどうかは知らんが、昨日俺とロゼはミッションを受けた」
「…………」
驚いた様子も無くウィルは静聴していた。
「ミッションは難題な内容が基本。それはアンタも知っているだろう」
「……はい」
ウィルの表情が少し歪んだ。
「今回の難題はこのクエストの成功。だから、矛盾が生じる」
脳に思い浮かべるのは、この洞窟での戦闘シーン。
「出現するのは、雑魚ばかり。ミリアでも少数なら対処出来る程のな。とてもじゃないがミッションとは思えない温さだ」
「…………」
「サービス? そんな筈は無い。あの馬鹿が詰まらないだろうからな」
「あの馬鹿……このゲーム世界を創った神様の事ですか?」
「ああ、俺達プレイヤーを勝手にこの世界に連れ込んだ迷惑な創設者だ」
脳裏に馬鹿笑いしている馬鹿の姿が過ぎり、吐き気がした。
「話を戻すぞ。サービスでは無いなら、何故簡単になっているのか……。アンタならどう考える?」
俺は無意味な質問をウィルに投げ掛ける。こんな事をして何がしたいのか俺にも分からない。無駄な時間を過ごす事になるのにな。
(……いや、そうしたいのかもな)
時間稼ぎをして、少しでも現実を先延ばししたいのだろう。
(……甘いな)
「……簡単になっているのでは無く、わざと簡単にしている……?」
そんな俺の弱さを汲み取ったのか、ウィルは真面目に答えた。
「魔物ごときに死なれたら詰まらない……捩曲がった馬鹿の事だ。容易に思い付く」
そうやって掌の上で踊っている俺を、笑っているのだろう。
「この事から俺達が懸念するのは、此処の魔物では無く別の何か。今回の襲撃者がそれに該当する」
「…………」
「その襲撃者だが……十中八九人間だ」
「何故です?」
「言っただろ。魔物じゃ詰まらないと」
「…………」
「なら、一体何者なのか。そこで鍵となったのが、襲撃者の行動だ」
「…………」
「最初の不意打ち以外、襲撃者はミリアを攻撃する事は無かった」
「それは慎重だったからではないのですか?」
「俺もそう考えていた。だから、俺は扉の奥まで進む事を提案したんだが、もし違うとしたら? 襲撃者に別の意図があったなら、前提が崩れる」
「……例えば?」
「例えば、襲撃者が扉の仕様を知っていたとかな」
「…………」
「それなら、襲撃者が今まで攻撃して来なかった理由が分かる。油断している俺達を扉の奥で殺せるからな」
「…………」
「扉は次期村長が巫女、そして護衛にしか開けないようになっている」
「そこで私を疑った……と言う訳ですか。しかし、ハイト君。それではまだ不十分ですよ? 私では無い第三者の襲撃者が扉の仕様を知っていて、それでかつ、扉の奥で攻撃するとは別の手段があった、と言う可能性がありますよ?」
ウィルが俺の推理の穴を指摘した。それでも、ウィルは俺がその可能性を否定出来る根拠があるのを既に知っているのだろう。でなければ、俺が襲撃者がウィルだと指定した段階で俺の疑いを認める筈が無い。
「抜かりは無い。この第三者だが、コイツは二つに分けられる。“シンベル”に関係のある者か、そうでは無いか」
「…………」
「まず、“シンベル”に関係のある方だが、これは無いと決めて良い。ミリアが言っていたからな。“シンベル”には敵対する関係が無い事を」
それは俺が矢からミリアを庇った後に、ミリア本人が断言した言葉だ。
「次に“シンベル”に関係の無い方は、これも可能性は低いだろう。わざわざ無関係なキャラクターを用意するよりも、アンタを襲撃者にした方が手っ取り早く、より面白いと思うだろうさ」
「……確かに」
「そして、極め付けはアンタの行動だ」
「…………? 私の?」
何の事だが理解出来ないと言わんばかりに、ウィルは首を傾げた。
「魔物との戦闘中、アンタは危険な状況のミリアを救おうとはしなかった。実力不足だった? そんな筈は無い。アンタは俺と同等の実力者であり、PCだ。こんな雑魚集団に遅れを取る奴じゃないだろ」
「…………!」
「他にも、ミリアが涙声で礼を言った時、何故返答しなかった? アンタの性格上傍に寄ると思ったが、アンタは離れた所でミリアを見詰めるだけだった。あれは、何か後ろめたい事があったからではないのか?」
「…………」
「これらの点から、俺はアンタが襲撃者だと睨んだんだ。何か不満があるんだったら言ってくれ」
俺がウィルに返答を求めると、彼は頭を振って苦笑し、パチパチと弱々しく拍手をした。
「……見事ですよ。その慧眼と頭脳は、正に鬼才としか言いようが無いですね」
「…………」
俺はウィルの褒め言葉に何の返答も出来なかった。
「改めて自己紹介をしましょうか。私の名前はウィル。かつて、アメリカで大手IT産業会社で勤めていた“テリクス”の“騎士”。そして、か弱き少女の命を狙う愚かな襲撃者です」
ウィルは仕切り直しのように、自らの正体を軽快に名乗った。
「……何故こんな事をしたんだ」
俺はウィルの本意を知る為に質問をした。
「私も同じなんですよ、ハイト君。私も昨晩ミッションを受けました」
「…………!」
「内容は君とは正反対で、ミリアを殺す事」
「……なるほど。だから、あれから襲撃が無かったのか」
ウィルは進んでミリアを殺したかった訳では無い。ミッションのせいでやらされていただけだ。
「アンタはこれからどうするつもりだ」
ウィルの行動次第で、俺の取るべき対処も変わる。
「私も死にたくありませんからね。今まで様々な理由で生き残る為に人を殺めてきました。今回もミリアを殺して魔の手から逃れようとしたのですが……」
そこでウィルは言葉を切り、首を横に振った。
「……駄目ですね。殺そうとすると、思い出が私を止めてしまいます」
思い出とは、恐らく“シンベル”で過ごした日々だろう。
「それに……同い年なんですよ。ミリアと私の娘は」
「…………」
「ミリアの姿を見ると娘が脳裏に浮かんで……」
そこまで言うと、ウィルは黙り込んだ。
(……親……か)
ウィルが親だと知ったからか、彼を見ていると俺の両親を思い出す。
何時だって、親父は自分よりも俺と母さんを優先していた。自分を捨ててまで親父は俺と母さんを護り続けていた。
母さんも、それに劣らず優しかった。どんな時も、母さんは俺と親父を気遣っていた。
俺はそれがとても不思議だった。何故、自分よりも相手を優先するのか、理解出来なかった。
――それは家族だからだよ――
それが、質問した俺に返って来た理由だった。
それを知っても、俺は腑に落ちなかった。
親子の縁だからと言っても、結局それは血の繋がった他人。当時の俺は、そんな親不孝な考えを持っていた。
その俺を、両親は捨てずに育ててくれた。
血の繋がった厄介者だと言うのに……。
「諦めるのか?」
俺は沈黙を続けるウィルに平淡な声をかける。
今のウィルの姿を、何故か見たく無かった。
「諦めるも何も……私は殺したく無いんです。私の手で、ミリアの命を絶ちたくありません」
悲痛な声でウィルは拒否した。
「アンタはそれで良いかもしれないな。だが、アンタの家族はどうする」
「…………!」
ウィルが勢い良く顔を上げた。
「行方不明になったアンタの事を未だに待ち続けている妻子を、アンタは捨てるのか?」
自分でもウィルを責める理由は分からない。だが、諦めてほしく無かった。
「アンタには帰りを待ってくれている人間がいる。それを踏み躙らないように、精一杯生き延びるべきじゃないのか。たとえ、護る筈だった人間を裏切ってでもな」
「…………」
俺の言葉を受け止め、ウィルは徐に瞼を閉じた。
俺が言った事は、自分を不利な状況に追い込むだけの自滅行為だ。だが、生きる権利は誰にも存在する。ウィルにも、裏切って生き残る選択が出来る。己の人生をどうするかは、本人の自由だ。俺が決めるものでは無い。
「……後悔しないで下さいね。私にこの選択を教えた事を」
開いたウィルの眼には、覚悟が決まっていた。
「今更するかよ。アンタを殺せば良いだけの話だ。それに……」
「それに?」
「自分を捨ててまでアンタは俺達を有利に立たせようとしたんだ。その返しと思ってくれれば良い」
「……そうですか」
ウィルが笑みを浮かべる。これが最後に見る笑みになるのだろうか。
「いきますよ、ハイト君。手加減は許しませんよ」
「後ろに仲間がいるのに手を抜く馬鹿がいるかよ」
俺は漆黒の剣を、ウィルは銀製の槍を構える。
それぞれの待ち人の元に帰る為、俺達は大地を蹴った。
<騎士>
“兵士”からスタイルアップ。HPと守備、魔防が上がりやすく、俊敏が上がりにくい防御特化型戦士スタイル。槍と盾を扱い、タンクとして前線に立つ。戦士系スタイルにも拘らず“治癒魔法”を少し扱える。




