「前夜の記憶」
―――ガチャ!
祐輝はゆっくりとドアを開けた。家の中は明かりがついてないせいで薄暗い。以前より広く感じられる玄関で、祐輝は靴を脱ぎながら後ろ手で鍵を閉めた。祐輝は靴下を脱ぎながら短い通路を真直ぐ歩き、途中で左側に見えた洗濯機に丸めた靴下を投げた。リビングには、食卓用の縦長のテーブルがひとつ置いてあり、椅子は両側にふたつずつ設置されている。キッチンは片付いていてとても綺麗だ。祐輝の部屋は、机の上や床に陸上関係の本が山積みになってる。自分のベッドに辿り着いた祐輝は、制服のままベッドに倒れこんだ。そして、仰向けになり天井を見つめた。ふと、目線をずらし、部屋に飾ってある、ひとつの写真を凝視した。それから暫くの間、物思いに耽っていた。
***
『明日は歩美お姉ちゃんと一緒に応援しに行くからね、お兄ちゃん』
うむ、僕がお願いせずとも、来てくれたのかもしれないな。まぁ、どっちにしろ、良かった良かった。
『そっか、ありがとな、梨奈。母さんも来るのか?』
このところ働き詰めだったからな、少し心配だ。
『うん!明日はゆーきゅーとって、うちと歩美お姉ちゃんを車で連れてってくれるってさ』
梨奈は、無邪気な笑顔を僕に見せた。
『それは良かった。僕も頑張らないとな』
全日本中学校陸上競技選手権大会、通称〈全中〉。遂にここまで来たんだ。決勝には残らないとな。…出来るのか?一瞬、不安が目の前を覆ってきた。
『お兄ちゃんなら、大丈夫。お兄ちゃんは誰よりも早いもの』
…妹は屈託ない微笑みを浮かべながらそう告げた。妹の過大評価気味の励ましに照れながらも、なんだかいけそうな気がしてきた。
『ありがと。明日は夏休み最後だし、でっかい花火を咲かせましょうか』
…ちょっと上手いこと言おうとしてみた。
『歩美お姉ちゃんのこころに?』
…!
『な、何を言ってるんだよ!』
『べっつにー。じゃ、おやすみ、お兄ちゃん』
妹にからかわれたようだ。しかもそれが的を射ているのだからぐうのねもでない。
『お、おやすみ、梨奈』
まだ8時50分くらいだが、明日に備え早めに寝ておいたほうがいいもんな。まぁ、いつもの就寝はは9時半くらいだし、早すぎるかもしれないけど。妹は自分の部屋で勉強でもするのだろう。
…歩美お姉ちゃん…か。先輩ではなくお姉ちゃんか。朝日歩美。僕の同級生であり、妹の親友兼部活の先輩。確か、小学生の頃から妹と朝日は仲が良かった。妹曰く「気がすごく合う」らしい。なるほど、本当の姉妹のようだしな。…いつに知り合ったんだっけ。うん、妹が一年生のときから吹奏楽初めて、そのときに知り合ったんだったな。好きな楽器は二人ともトランペットでそのころから色々と意気投合してたな。よく家で遊んでいたのを覚えている。
…さて、なんだか眠くなってきた………不思議と緊張感はない。全身が研ぎ澄まされているのを感じる。明日が楽しみだ。
おやすみ…朝日…
***
僕はそのまま眠りについた…―――
…続きます。感想などくれると、とっても嬉しいです。