「消えた流れ星」
茜色の空の下、少年は静かに校門を出ようとしていた。その足取りは寂しげで、その眼差しはどこか遠くを見つめていた。
「おーい!」
少年は誰かに呼び止められた。声を掛けたのは、真紅のランニングシャツを着ている短髪の少年、古市透だった。少年は振り向かずにその場に立ち止まった。
「祐輝…帰るのか?」
透は冷静を装いながら問いかけた。
「…」
祐輝と呼ばれたその少年は何も答えずに、顔を少し俯かせた。それから間もなく、ゆっくりと、枯れ葉が重なる道路へと歩き始めた。
「俺は…信じてるからな!必ず、戻ってくるって!」
躊躇いを捨て、透は叫ぶようにそう言った。もちろん、祐輝には聞こえていたはずだ。しかし、周りに居た数人の生徒が見つめる中、祐輝は何事もなかったかのように歩いていった。透は離れていく祐輝の背中を、哀しそうに目で追っていた。それから、グラウンドへ駆け足で向かっていった。
夏に行われた全日本中学校陸上競技選手権大会から一ヶ月が過ぎようとしていた。空には赤とんぼが飛び交うようになった。祐輝は大会の日を境に、陸上部から姿を消した。
***
「ラスト一本! 位置に着いて、よーい、ドン!」
真実は凛とした透き通った声を張り上げた。合図とともに短距離の部員達が勢いよく走り始めた。真実は部員達のフォームを確認しながら記録帳に何かを記述している。…祐輝は今日も来なかった、そんなことをふと思った。星空祐輝。中学一年生の秋頃から才能を開花して、中学二年生の春には関東の天才スプリンターと呼ばれた少年。しかし真実は、祐輝がが天才だとは思っていなかった。真実は知っていた、その少年がどれだけの努力をしてきたかを。他の部員なら、3日で音を上げることだろう。あらゆることに制限をかけ、少しでも、より速く走る為の努力を惜しまずしてきた。そこに一切の妥協はなかった。一体何が君をそこまで突き動かすのか…それは私にもわからない。でも、いずれは私にも見えるかもしれない…君の目指している景色が…、そう思ってた。
『…それなのに…君は…―――』
真実はセミショートの髪に手をかけ、暗くなってきた空を見上げた。夜空はもやもやと曇っていて、ひとつも星を見ることができなかった。
次回に続きます。